表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/95

38 剛剣・グラム

 アスラは一人、部屋でのんびりとくつろいでいた。

 事件の事後処理、押収した証拠の整理や手配も終わり、明日には王都ヴァルフへ帰還する予定だ。

 アジトへの突入からしばらくは様子のおかしかったヒルデ。

 そんな彼女の事をアスラは心配していたが、すぐにいつもの調子を取り戻し、のほほんと温泉巡りの毎日を過ごしている。

 彼女とは同室だが、いつも温泉に出掛けていて部屋にいる方が稀な程だ。

 一人でいる方が気が楽なタイプのアスラは、外の景色を眺めつつ鼻歌を歌っていた。

 いつも通りなら、ヒルデが帰ってくるのはもっと後のはずだ。


「アスラ、今戻った」

「うひゃああっ」


 突然カギが開く音がして、ドアが勢いよく開け放たれた。

 完全な不意打ちを受けたアスラは、思わず椅子から飛び上がる。


「す、すまない。驚かせてしまったか」

「いえっ、お、お早いお帰りですねっ」


 小刻みに震えながら返事を返すアスラ。

 ヒルデは自分の荷物の置場所に行くと、中から鎧とバンムルクの宝玉を取り出す。

 その荷物は、明日の早朝王都へと送られる予定だったものだが。


「どうしたんですか? そんなもの取り出して」

「皆と一緒には帰れなくなった。大切な用事が出来たんでな」

「大切な用事? それって一体……」

「——あいつを、シズクを連れて帰る」


 ヒルデの口から飛び出した名前。

 アスラは、思わず椅子から転げ落ちる。


「ぶへぇっ! だ、団長、シズクさん、見つけたんですか!?」

「ああ。明日、私が必ず連れ戻す」


 鎧とバンムルクの宝玉を取り出した後も、ヒルデは荷物を探り続けている。


「あの、団長。一体何を探して……」

「明日、必ず必要になる物だ。……あった、これだ」


 かすかに熱を持った、緑色の宝玉。

 それを荷物の中から取り出すと、バッグの口を閉める。


「アスラ、お前は皆を連れて先に帰っておいてくれ。私は一日遅れで帰る。あいつと一緒にな」

「……戦うんですね。あの人と」


 静かに頷くヒルデ。

 アスラは心配気な表情を浮かべた。

 修行時代、ヒルデはシズクに大きく負け越している。

 その事を間近で見てきた彼女はよく知っているのだ。


「あの……、負けませんよね。必ずあの人と一緒に帰ってきますよね」

「ハッハッハ、当然だ! 必ず勝つ。だからそんな顔をするな」


 ポンポンと軽くアスラの頭を叩くと、ヒルデはカギを持って部屋を出ていく。


「私はまた温泉巡りに行ってくるよ。今から気張っていても仕方ないからな」


 ドアを閉めて廊下に出たヒルデは、ひんやりとした冷気を放つ宝玉と、ほのかな熱を持つ宝玉を交互に見つめ、懐へしまう。


「多少無理をしてでも、勝ってみせるさ」


 一人小さく呟くと、廊下を歩いていった。




 ☆☆




 翌日の昼過ぎ、昼食をとった騎士団の五人はヒルデを残してフィーヤの町を後にする。

 町はずれの馬車乗り場で、ヒルデは王都に帰る部下たちを見送りに来ていた。


「団長、必ず無事に戻って欲しいであります」

「団長!」

「ダンチョー!」

「大丈夫だ。安心して待っていてくれ」


 口々にエールをおくる団員達に、笑顔を見せるヒルデ。

 最後に、神妙な顔のアスラに目を向ける。


「団長。信じてますから」

「ああ、必ずシズクと二人で帰ってくるよ」


 ペコリと一礼すると、アスラは他の三人と共に馬車へ乗りこむ。

 ゆっくりと動き出した馬車は、次第に遠ざかり、やがて見えなくなった。

 馬車が見えなくなるまで見送っていたヒルデは、ゆっくりと息を吐くと、眼前にそびえるヒンダス火山を見上げる。


 必ずシズクを連れ戻す。

 固い決意と共に中腹を睨むと、玲衣とリンナの待つ宿へと戻っていった。



 宿の前では、既に二人が準備を終えて待っていた。

 戻ってきたヒルデに、玲衣は声を掛ける。


「ヒルデさん、見送りは済んだんですか?」

「ああ。そちらも準備は万端といったところか」

「はい。戦うのはヒルデさんだけど、決闘を受けたのは私達だし、それに……」

「ヘレイナが何をしてくるか、分かったものじゃないしな」


 シズクは信用できても、ヘレイナは絶対に信用できない。

 あの女は間違いなく、一対一の決闘に泥を塗るような事を平気でする。


「ふむ。そのヘレイナという女、よっぽど二人の怒りを買っているようだな」

「今度会ったらブッ飛ばします」

「そうだな。いい加減ムカついてる」

「ハッハッハ、これは頼もしい。では行こうか」


 ヒルデを先頭に、三人は約束の場所へと向かい歩き始めた。




 ☆☆




 空が茜色に染まる頃。

 ヒンダル火山の中腹、赤茶けた地面がむき出しになった広い平地。

 右手にはなだらかな傾斜、左手には切り立った崖、その下には見渡す限りの森が広がる。

 この場所で風に長いポニーテールの黒髪をなびかせ、静かに佇む一人の女性。

 目を瞑り、集中力を高めていた彼女は、他者の気配を感じると静かに目を開ける。


「約束通り来たこと、まずは感謝する。でも、呼んでいない人間まで来てるけど」


 シズクの前に現れた人間は三人。

 内二人は、決闘を申し込んだ玲衣とリンナ。

 そしてもう一人は。


「久しぶりだな、シズク」

「……貴女達、一体どういうつもり」


 ヒルデの挨拶は無視し、二人を睨みつける。


「お願いがあるの。私達との決闘、ヒルデさんにやらせてあげたい」

「昔何があったのか、ヒルデさんから聞いた。私からも頼む。ヒルデさんと戦ってあげてくれ」


 二人の説得に、シズルは表情一つ変えない。

 全く耳を貸さないといった態度だ。


「何をバカなことを。私が決闘を申し込んだのは貴女達。今さら相手を変えるなんて」

「お願い、ヒルデさんはずっとあなたの事を想ってる。あなただってきっと——」

「くどい。私の相手は貴女達二人。早く構えて」

「でも……!」

「レイ殿」


 ヒルデは玲衣の前に一歩出ると、彼女に向けて首を横に振る。

 そして、シズクへと向き直った。


「ではこうしたらどうだ。私、ヒルデ・フリードは、今からお前に決闘を申し込む。日時は今、場所はここだ」


 ポーカーフェイスを崩さないシズクの顔を見て、ニヤリと笑う。


「どうだ? お前は私に挑まれた決闘に勝った後、改めて約束を果たせばいい。これなら決闘の相手を変える事にはならんだろう」

「はぁ……、屁理屈を。いい、そこまで言うなら相手をする。でも、貴女は絶対に私には勝てない」


 ヒルデの説得に折れたのか、それとも面倒くさくなったのか。

 軽くため息をつくと、シズクは懐から緑の宝玉を取り出した。


「どうかな。四年間鍛錬を積んできたのは私も同じだ。昔のようにいくとは思わない方がいい」


 ヒルデも懐から、冷気を放つ緑色の宝玉を取り出す。

 四年前の彼女には無様な敗北を喫してばかりだった。

 だが、この戦いだけは、なんとしても。


「召喚、バンムルク!」


 緑の光が輝き、ヒルデの右手に出現する青い刀身。

 渦巻く冷気、氷の魔剣がその姿を現した。


「ふうん、それなりの召喚武器を持っている。でも、私のグラムに比べれば、なまくら同然」


 シズクが右手に握りしめた宝玉。

 それが光を放つと同時に、凄まじいプレッシャーが迸る。


「くっ、これは……!」


 まるで暴風雨の中に立っているように錯覚するヒルデ。

 これが剛剣の力の僅かな一欠片だとでもいうのか。


「召喚。来て、グラム」


 シズクが小さく呟いた瞬間、紫色の光が溢れだし、シズクの右手に剣を形作っていく。

 ヒルデの遥か後ろ、戦いの邪魔にならないように離れていた玲衣とリンナにも、その剣が放つ凄まじいプレッシャーが伝わる。


「うっ、なんだこれ! こんなに離れているのに、この重圧……」

「リンちゃん、辛かったらもっと離れようか」

「いや、ここで見届けるよ。あの人の戦いを」

「そっか、分かった。……負けないで、ヒルデさん」


 シズクの右手に集中した光が弾け、紫色に輝く剣が姿を現す。

 玲衣が知る日本刀のような細身の刀身に、グングニルと同じく美しい装飾が施されている。

 そして何よりも、その刀身から迸る圧倒的な力。

 対峙しているだけで、ヒルデの頬を汗が伝う。


「それが、剛剣・グラムか。七傑武装セブンアームズには特殊な能力があると聞く。正々堂々を謳うなら、教えてはくれないか」


 駄目で元々、少しでも揺さぶりをかけられれば。

 そう思い、質問を投げつけたヒルデだったが。


「特殊能力? グラムにそんなものは無い。属性も宿ってはいない」

「何!? それでは身体能力強化エンハンスを与える以外、普通の剣と変わらないではないか!」


 本当に答えた事も驚きだが、その回答内容はもっと驚きであった。

 七傑武装セブンアームズの一つにも関わらず、何の能力も属性も持っていないとは。


「だからって見くびらないで。この剣の身体能力強化エンハンスは、聖剣・レーヴァテインに次ぐ。油断していると、あっという間にあの世に行くよ」

「……なるほど。シンプルだが強力。最も厄介かもしれんな」


 元々のシズクの実力に加え、凄まじいまでの身体能力強化エンハンス

 限りなく勝ち目は薄いが、勝算が無い訳ではない。

 懐に収まった熱を持った宝玉を一撫ですると、ヒルデはバンムルクを両手で握りしめた。


「ではいくぞ、シズク!」

「来なさい。先手は譲ってあげる」


 両手でグラムを持ち、体の前に構えるシズク。

 一部の隙も見せない相手に、ヒルデは果敢に走り込んでいく。

 夕日の中、決闘の幕が切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ