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37 湯煙回顧録

 白く濁った温泉、ほのかな硫黄の匂い。

 見上げれば、湯けむりで霞んだ空。

 三方を高い柵で囲まれてはいるものの、この解放感は中々味わえるものではない。


「ハッハッハ、何度入ってもいい湯だ!」


 肩まで温泉に浸かり、豪快に笑うヒルデ。

 彼女はタオルで体を隠したりはしていない。

 温泉のふちに腰かけて足だけ浸かった玲衣は、隣に同じく座っているリンナに念の為確認する。


「ねえ、リンちゃん。ヒルデさんタオル巻いたりしてないけど……」

「あの人はほら、豪快だから」

「あぁ、なるほど」


 ごめんなさいヒルデさん。

 リンナは心の中で謝りながら、嘘がばれないことに胸を撫で下ろす。

 この一言であっさりと納得する玲衣も玲衣だが。


「二人ともどうした、タオルなんか巻いて。この解放感を味あわないのは損だぞ」

「いえ、遠慮しときます」


 水しぶきを立てて堂々立ち上がるヒルデに、リンナは返す。

 普段鎧を着ていて分からなかったが、ヒルデも中々のスタイルをしている。

 しかし、その体を見てもリンナは別にドキドキしたりはしない。

 やはり玲衣は特別なのだ。


 隣に座る彼女に目をやる。

 汗に濡れたうなじ、タオルによって寄せられた谷間、すらりと伸びた脚。

 どれも眩しすぎて、リンナはすぐに目を逸らしてしまう。


「ところで二人は旅行か? ここはかなり高い宿だが、何か臨時収入でもあったとか」

「そうなんです。大体五十万Gぐらい手に入って」

「ごじゅっ……! それはまた、景気がいいな」


 玲衣の口にした金額に思わずたじろぐヒルデ。

 しかし、通常の依頼でそのような大金が手に入るわけがない。


「一体どんなおいしい儲け話だったんだ? 詳しく聞かせてくれ」

「実は、世界蛇の宝玉の場所を見つけたって考古学者が依頼に来て、でもその人は七傑武装セブンアームズを持った——」

「待った! この場所でその話を続けるのは止めよう」


 七傑武装セブンアームズと聞いた途端、ヒルデは真剣な表情に変わり話を制止する。

 広い温泉の中では、一般の宿泊客も入浴を楽しんでいる。

 確かにこの話を何も知らない人に聞かれるわけにはいかない。


「後で二人の部屋に伺う。話はその時にしよう」

「そう、ですね」

「それより今は温泉を楽しもうじゃないか。ほら、リンナ殿。タオルを外せ、タオルを」

「ちょっやめ、やめてくださっ、やめろぉ〜」


 リンナに飛びかかり、ヒルデは無理やりタオルを引っぺがす。

 タオルの下から現れたリンナの白い肌を見た瞬間、玲衣の心臓がドキリと跳ねる。

 以前一緒に入った時はテンションが上がって何も感じなかったが、落ち着いて思い起こしてみると。

 裸で抱き合ったり、胸を顔に押しつけたり、もしかしてとんでもない事をしていたのでは。


 顔が熱くなる。

 胸の鼓動が収まらない。

 視界に写るのは、タオルを取り返そうと必死なリンナの姿。

 彼女の裸をこれ以上見ていると、なんだかおかしな気分になりそうだ。


「えと、私先に上がるね。部屋の鍵は開けとくから」

「ん、もう上がるのか。湯あたりでもした?」

「まあ、そんなとこ。じゃあ、リンちゃんはゆっくりしてて」


 足早に脱衣所へと向かっていく玲衣。

 なにか様子がおかしいとは思うが、とりあえずリンナがタオルを巻く理由はなくなった。

 ヒルデから取り返そうとするのは止め、落ち着いて湯船に浸かる。


「ふぅ、改めていい湯ですね、ヒルデさん」

「む、タオルはもういいのか。やっとリンナ殿にもこの解放感が伝わったようだな。ハッハッハ」




 ☆☆




「そうか、そんな事が……」


 玲衣たちの宿泊する部屋に赴いたヒルデは、世界蛇を巡る冒険の事、その時新たに判明した情報について聞き終えた。


「まさかそのひび割れた宝玉が七傑武装セブンアームズの一つ、聖剣の宝玉だったとはな。これは驚いた」

「私達もびっくりしましたよ。でもヘレイナの目的がリンちゃんの宝玉だというなら、色々と納得はいきます」

「そうだな。それにしてもよく無事だった。穿弓ミストルティン、恐ろしい力を秘めた武器だ」

七傑武装セブンアームズには特殊な能力が備わっているみたいです。姉さんのグングニルは追尾攻撃、ミストルティンは即死攻撃」

「属性の力を秘めた召喚武器は多いがな。しかし、またいつ次の敵が襲ってくるか……」

「次の、敵……」


 ヒルデの懸念は既に現実の物となっている。

 先ほど決闘を申し込んできた新たな刺客。


「ヒルデさん、実はもう新しい敵と会ったんです。ついさっき」

「なんだと!? もう戦ったのか」

「いえ、敵は決闘を申し込んできました。明日の夕刻、ここに来いって」


 玲衣はシズクに渡された地図をヒルデに見せる。


「ふむ、決闘か。正々堂々とした態度だな。嫌いではない」

「そうだ、ヒルデさんみたいな鎧を着ていましたよ。色は赤黒かったけど」


 玲衣の発言に、ヒルデの眉がわずかに動く。


「……名前は、聞いていないか」

「えーっと……、リンちゃん、なんだっけ」

「おおう、忘れたのか。確かシズク・レギンスと名乗っ——」

「シズクだとッ!?」


 突然大声を出して立ち上がったヒルデに、リンナの体がビクッと跳ねあがる。

 我に返ったヒルデは、「すまん」と謝罪しつつ、その場に腰を下ろした。


「ど、どうしたんですか? すごい剣幕で……」


 玲衣も彼女の様子に面くらっている。

 常に朗らかなヒルデがあんなになるとは、一体シズクという敵と何があったのか。

 ヒルデは一度大きく息を吐き、心を落ち着けると、少しずつ話し始めた。


「以前少しだけ話した事があったな。いなくなってしまった友の事を」

「もしかして、その人が?」

「ああ、シズク・レギンス。私と共に剣を学んだライバルにして友。彼女の事を忘れた事は一日たりとも無い」

「あの……、何があったのか、聞いても……」

「そうだな。決闘を挑まれた以上、二人にも無関係の事ではない」


 玲衣の言葉に、ヒルデは昔の事を一つ一つ思い返していく。


「今から四年前、私達二人は騎士団長である師匠の元、日々剣の修業に励んでいた」

「ヒルデさんの師匠……」

「豪快な男だった。いつも言っていたよ。皆を守るための剣を振るえ、と。私の笑い方も、師匠のが移ったんだ。だが……」


 それまで口元に浮かべていた笑みが、消えた。


「ある日、一人の男が師匠の命を狙ってきた。そいつの名はオルタ。騎士団のナンバー2だった男だ」

「副団長が、団長を襲う!? そんな事件があったのか」

「リンナ殿が知らないのも無理はない。騎士団の恥として公にはされていない事件だからな。オルタは何をやっても師匠に勝てなかった。ため込んだ妬みが爆発したんだろう」

「それで師匠は、斬られて……?」


 玲衣の問いにヒルデは首を横に振る。


「オルタは、S級召喚獣を召喚したんだ。A級召喚師のヤツが召喚したそいつは暴走し、まず主人を喰い殺した」

「力に見合わない召喚獣を呼んだ召喚師によくある末路、だな」

「そのまま暴れ出したそいつは、その場にいた私とシズクに襲いかかった。私もシズクも何も出来ず、一歩も動けなかったよ。師匠はそんな私達をかばい、深手を負った」


 奥歯を噛み締め、拳を握り震わせるヒルデ。

 あの時自分に力があれば、せめて師匠の足手まといにさえならなければ。


「万全の師匠なら勝てたはずだった。だが、深手を負った師匠は相討ちに持ち込むのがやっとだった。私は酷く後悔したよ。だがアイツは、シズクはそれ以上だった。師匠が死んだ事に深く責任を感じ、自分に力が無い事を責め、誰にも負けない力を手に入れると言い残して——姿を消した」

「ヒルデさん……」


 過去に起きた事件を語り終えたヒルデ。

 シズクの事は常に気がかりだった。

 だが、まさか七傑武装セブンアームズの使い手として玲衣達に戦いを挑んでくるとは。


 彼女が今、闇を彷徨っているというのならば。

 ヒルデの中で、決意は固まった。


「レイ殿、リンナ殿。恥を忍んで頼む」


 ヒルデは二人に対し、深く頭を下げながら頼み込む。


「シズクとの決闘、私にやらせてくれ!」

「ヒルデさん!?」

「ちょっ、頭を上げてください」

「頼むっ! あいつが今もあの時の事で苦しんでいるのなら、私が救ってやりたい! あいつを連れ戻すのは、私の役目なんだ!」


 シズクと二人、修業に励んだ日々。

 共に競い合い、笑いあう、楽しかったあの頃。

 それを取り戻す事が出来るのなら、なんだってやってやる。

 そんな想いを込め、二人に届くように訴える。


「……わかりました。大切な人なんですよね。いいよね、リンちゃん」

「ん、ここまで言われて譲らないわけにはいかないな」

「レイ殿、リンナ殿……。すまない、恩に着る」


 ヒルデはもう一度頭を下げると、二人に感謝を伝える。


「では、私はこれで失礼する。明日の準備をしなければならなくなった」

「準備……ですか?」

「ああ。必勝の策、とでも言おうか」


 自信ありげな顔をして見せると、彼女はドアを開けて部屋を後にした。

 必勝の策、だが危険な賭けでもある。

 しかし、シズクがあの頃よりもさらに強くなっているのなら、絶対にあの力は必要だ。


「師匠、見守っていて下さい」


 廊下に出たヒルデは小さく呟き、自分の部屋へと歩き出していった。

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