33 絶対に守り抜く
「さあ、もう隠れる場所はないよ」
「くっ……」
粉々に砕け、舞い散る鍾乳石群。
光輝く切っ先を、玲衣は敵に向ける。
「こんなはずは無い……。こんな事が起こるはずが……」
完全に計算が外れ、歯噛みするホズモンド。
彼の知る限り、あの力は一人で扱える代物ではない。
——そう、本来あの力を一人で使えるはずが……。
「たあぁぁぁぁぁぁッ!」
「チッ! 考えるのは後です……!」
光の剣を構えて一気に間合いを詰める玲衣に、ホズモンドの思考は中断される。
咄嗟に背後に飛びのいた彼の眼前を、切っ先が薙いだ。
顔に感じる風圧に、ホズモンドは肝を冷やす。
彼女の今のスピードは、敏捷強化を受けていた時よりも早い。
「距離は詰めさせません!」
背後に高く飛びながら、ホズモンドは穿弓の弦を引き絞る。
これまでの攻防で、玲衣の身体に出来た『的』は一つだけ。
だが、狙い撃ちに作戦をシフトする事は愚策だろう。
狙う場所が分かっていれば、必ず攻撃に対応される。
ならば、乱れ撃ちの中に本命の矢を潜ませる。
「いきますよ、レイさん!」
多くの矢の中に紛れさせ、玲衣の左肩、的に向けてホズモンドは『二の矢』を放つ。
一の矢によって出来た的を、二の矢が穿って即死させる、それが穿弓ミストルティン。
放たれた無数の矢が雨の様に降り注ぐ。
「もうその手は通用しない」
玲衣の周囲、浮かび上がる無数の光球。
それは矢じりのように形を変え、その先端を空中の敵へと向ける。
「行けッ!」
玲衣が光の剣をホズモンドに向けると、光の矢は切っ先の指す方へ撃ち出される。
無数の光の矢は、穿弓の放った矢の雨とぶつかり合い、相殺していく。
ズドドドドドドドド!
轟音と共にホズモンドの攻撃は全て撃墜された。
「バカな……、こんな攻撃まで……」
「まだ一つ、残ってる!」
最後に残った光の矢を、空中で身動きのとれないホズモンドに向けて撃ち出す。
その一撃は、彼の右大腿部へと突き刺さった。
「ぐあぁぁぁぁっ……!」
右太ももを撃ち抜かれ、バランスを崩して落下するホズモンド。
受身も取れず地面に叩きつけられ、足の傷で立つ事が出来ない。
「こんな……、こんなはずでは……」
「機動力は封じた。もうチョロチョロと逃げる事も出来ないよ」
倒れ伏した敵に玲衣は近づいていく。
ホズモンドは上半身を起こして弓を射るが、苦し紛れの攻撃など当然光の剣に弾かれる。
「凄い……、今のレイが光の剣を出すと、ここまで強いなんて……」
リンナは圧倒的な戦いに目を奪われる。
玲衣の勝利は目前、だが。
妙な胸騒ぎを、リンナは覚えていた。
「わ、ワタクシを殺す気ですか……!?」
「私は人殺しはしないし、したくない。だからその弓、破壊させてもらう!」
玲衣は光の剣を振りかぶり、ミストルティン目がけて振り下ろす。
その刃が穿弓を両断しようとした瞬間。
「あ、れ……?」
突然光の剣が消え失せ、彼女の全身を凄まじい疲労感が襲う。
そして、力無くその場へ倒れ込んでしまった。
「レイ!? 一体どうしたんだ!?」
「わ……わかんない……。突然……、光の剣が消えて……」
「フフフ……、フハハハハハハハハハハハッ」
笑い声を上げつつ、ホズモンドは足をかばいながら立ち上がる。
「なるほど、やはりあの力は一人で扱える物ではない。無理やり出したとしても、ごくわずかな時間しか持続しないという事ですか!」
「時間制限が……、あったって事か……!」
リンナの胸騒ぎは、あの力の本質を本能的に理解していた故か。
シールドフライが倒された反動から回復しつつあるリンナは、全身に精一杯の力を入れて身体を起こす。
このままでは玲衣がやられてしまう。
ひび割れた宝玉を拾いに行かなければ。
「さて、レイさん。ずいぶんと手こずらせてくれましたねぇ。お礼に一撃であの世へ送って差し上げますよ」
ホズモンドは弓を引き絞り、倒れた玲衣の左肩に狙いを定める。
光の剣使用後の疲労感によって、玲衣は動く事が出来ない。
「レイ……!」
無理やり身体を引きずって宝玉へ向かっていたリンナだったが、ここからではもう間に合わない。
「では、さようなら」
限界まで絞られた弦が解き放たれようとした瞬間。
「やめろ、ホズモンド!!」
リンナの声が空洞中に響き渡った。
「んん? どうしましたか? リンナさん」
ホズモンドはゆっくりとリンナの方へ振り向く。
リンナは短剣を両手で握りしめ、自分の首に突き付けていた。
「レイを殺したら私も死ぬ! 私が死んだらお前は困るんだろ!」
「おやおや……。そう来ましたか」
彼女の目を見る限り、どうやら本気のようだ。
ホズモンドはそう判断し、考えを巡らせる。
ここで穿弓で短剣を弾くのは簡単だが、そうすると次は舌でも噛みちぎりそうだ。
彼女に死なれた場合、三神獣の存在を証明するという夢は永遠に叶わなくなる。
ここは大人しく見逃すのが賢明か。
「……それはつまり、ワタクシに付いてきてくれるという事でよろしいのですかな?」
「それでレイの命が助かるなら……」
「いいでしょう。ワタクシも無駄な殺生はしたくない。命拾いしましたねぇ、レイさん。精々リンナさんに感謝することです」
穿弓から矢を消し、ホズモンドは足を引きずりながらリンナへ向かっていく。
「リンちゃん……っ」
——身体が動かない。
ホズモンドの背中を見送る事しか出来ない。
このままじゃ、リンちゃんが連れて行かれる。
このままじゃ、リンちゃんを守れない。
そんなのは嫌だ、絶対にリンちゃんを守るんだ、動け、私の体!
「動け……! 動け、動け、動け、動けえぇぇぇぇッ!」
ゆっくりとリンナに近づくホズモンドは、背後の気配に足を止める。
後ろを振り向くと、意外そうに眉毛を動かした。
「ほう……。もう動けないものと思っていましたが」
「レイ……」
「ハァ……ハァ……、リンちゃんは……、渡さない……。絶対に、守る……!」
力が入らず、小刻みに震える足。
手はだらりと垂れ下がり、明らかに立っているのがやっとだ。
それでも目だけは闘志をむき出しにし、玲衣はホズモンドを睨み据える。
「リンナさん、どうやら彼女はまだやる気のようです。もし殺してしまっても、自殺などしないでくださいね」
穿弓に矢をつがえ、ホズモンドは玲衣の左肩を狙う。
限界を超えて立ち上がった玲衣の姿に、リンナは奮い立った。
「レイ……。私も、レイの為なら、こんな痛みくらい!」
あちこち痛む身体に鞭を打って、リンナは走りだす。
目指す先はひび割れた宝玉。
倒れ込みながら宝玉を拾い上げると、杖の先端にセットする。
「レイ、頼む! 敏捷強化ッ!!」
杖を玲衣に向け、リンナは力を送り込んだ。
玲衣の身体が白い光に包まれる。
鉛のように重かった体は、嘘のように軽くなった。
「リンちゃん、ありがとう! これでまだ——、戦える!!」
「貴女達……、悪あがきをッ!」
左肩への狙い撃ちをかわすと、玲衣は腰の剣を抜き放つ。
足のケガによってホズモンドの機動力は失われている。
懐に飛び込みさえすれば、こちらの勝ちだ。
「ワタクシの夢は……こんな所で潰えるわけにはいかない!」
ホズモンドは穿弓による乱れ撃ちを仕掛ける。
矢の弾幕によってその場に釘付けにするつもりだ。
「こんな攻撃ッ!」
玲衣はホズモンドに向けて、真っ直ぐに駆けだした。
大量の矢が真正面から襲いかかる。
「自滅するつもりですか! それも結構!」
「誰が自滅なんて!」
穿弓の最大の武器、それは最大の弱点でもある。
一度当たった場所が的となり、そこにもう一度当たった場合即死させる。
つまり一度当たっただけでは何のダメージにもならない。
「たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
気合いの叫びと共に、即死となる二の矢『のみ』を弾きながら、ホズモンドへと突っ込んでいく。
矢の雨が体中に当たりながらも、前進は止まらない。
「バカな! 体中に的を作りながら……。だが、それは諸刃の剣!」
至近距離まで迫りつつある玲衣は、もはや全身が的と言ってもいい状態だ。
体中どこに当たっても即死は逃れないだろう。
「勝負を焦りましたね、終わりです!!」
「終わるもんかぁぁぁぁぁッ!!」
玲衣は自らのマントを脱ぎ捨て、ホズモンドの眼前に広がるように放り投げた。
「目くらましのつもりですか! 今の貴女は全身が的、どこに当たっても!」
彼の放った必殺の矢はマントを穿ち——、そのマントごと後方へ飛んでいく。
「いない!? 一体どこに……」
「勝負を焦ったのはアンタの方だ」
ホズモンドの足下、深く身を沈め、剣を握り込む玲衣の姿。
「しまっ——」
「これで終わりだ、ホズモンドッ!!」
渾身の力で振り上げた一閃が、穿弓ミストルティンを真っ二つに断ち斬った。




