31 穿弓・ミストルティン
「……ホズモンドさん? 一体何を……」
この男は今何を言ったのか。
リンナを渡せ?
穿弓ミストルティン?
穿弓、暁の伝説に登場した名前。
七傑武装、ホズモンドはそれを持っている。
つまり……。
「まさかあんた、七英刃……!」
「ご名答。ここの封印を開けるため、貴女達を利用させてもらいました。苦労しましたよ、間抜けな振りをして油断を誘うのは」
「リンちゃんを渡せって……、ふざけないで! あんた達の目的は一体何なの!?」
騙されたことへの怒り。
見抜けなかった自分への怒り。
そして何よりも、リンナを渡せなどという馬鹿げた要求への怒り。
様々な怒りを込めて、玲衣はホズモンドを睨みつける。
「ワタクシ達の目的? そんなものはありませんよ。ワタクシ達は全員違う目的のために動いている。あるのは利害の一致だけだ。さしあたってワタクシの目的は三神獣全てを手に入れる事。そのためにリンナさんの宝玉と彼女の力が必要。そういう事です」
ヘレイナ達の目的が別々。
その事実に、ディーナとヘレイナのチグハグな行動を思い起こす。
彼女達の目的が違うのなら、ヘレイナがディーナを止めに入った事にも納得がいく。
だが、実質的なリーダーはヘレイナだろう。
ディーナが大人しく従った以上、その実力は……。
「嘘だったのか……?」
口を開いたのはリンナ。
握り拳を震わせ、奥歯を噛み締める。
「考古学が好きだって、夢を叶えるって、全部嘘だったのか!?」
「嘘ではありません。ワタクシは自分に正直でありたいのです。夢を叶えるためなら、悪魔に魂を売ったって構わない!」
大きく両手を広げ、仰々しい仕草でホズモンドは高らかに宣言する。
そして白衣の内ポケットから緑色の宝玉を取り出した。
「さて、レイさん。ワタクシは出来れば人殺しなどしたくない。大人しくリンナさんを渡して下さい。さもなくば、ワタクシは貴女を射殺さなければならなくなる」
「……で? 話は終わり?」
玲衣は腰の剣を抜き、切っ先をホズモンドへ、敵へ向ける。
「見くびられたものだね。私が自分の命惜しさにリンちゃんを差し出すとでも思った?」
「……つまり、交渉決裂と。残念です。では、貴女にはここで死んでいただく」
「私は死なない。リンちゃんも渡さない。あんたを倒して、それで終わりだ!!」
「いいでしょう! 召喚、ミストルティン!!」
緑の光が宝玉から迸り、ホズモンドの手に集中していく。
やがて光が失せ、木製の簡素な弓が姿を見せた。
「あれが穿弓……。なんかイメージと違うけど……」
「油断するな、レイ。あの弓が与えている身体能力強化、半端じゃない」
「そうだね、ビリビリ感じるよ」
剣を両手で構え、玲衣はホズモンドと対峙する。
間合いはかなり離れている。
剣と弓では近づかなければ勝負にならない。
だが、一直線に近寄ればいい的になるだけだ。
しかし動かなければ、いつまでも膠着するだけ。
意を決し、玲衣は敵を目掛けて駆けだした。
「来ましたね!」
玲衣に狙いを定め、ミストルティンを構える。
すると、何も無い空間から矢が現れ、ホズモンドはそれをつがえた。
「矢が出現した!?」
「ミストルティンの残弾数は無限! 降参するなら今の内ですよ!」
「誰が降参なんて!」
張り詰めた弦が解き放たれ、矢が真っ直ぐに玲衣へと飛ぶ。
見極められない速度ではない。
体を傾けてやり過ごし、一直線にホズモンドへと駆けこむ。
玲衣は間合いに入ると、剣を振りかぶる。
この窮地に、ホズモンドはニヤリと笑う。
「接近戦では勝ち目がありませんからね。隠れさせてもらいますよ」
ホズモンドはその場から忽然と姿を消す。
振り下ろした剣は、空しく空を斬った。
「消えた!? これがミストルティンの能力か!?」
「違うよリンちゃん、物凄い速さで動いたんだ」
周囲を見回すが、どこにもホズモンドの姿はない。
ただ地面から突き出した鍾乳石が周りを囲むのみ。
「隠れた……、みたいだね」
「いかにも。貴女に接近を許すつもりはありません。じっくりと狙い撃たせてもらいますよ」
ホズモンドの声は洞窟に反響して、どこから発せられているのかわからない。
確かなのは、どこかの鍾乳石の陰からこちらを狙っていることだけだ。
「一体どこに……」
周囲を警戒し、気配を探る。
だが、呼吸音も足音も、布擦れの音も聞こえない。
聞こえるのは自分の呼吸とリンナの息づかいだけ。
いつ襲ってくるのか。
剣を握り込み、唾を飲んだその瞬間、風を切り裂く飛翔音が右後方から聞こえた。
「そっち!」
剣を振るって矢を叩き落とす。
すぐに攻撃が来た方向を見るが、そのときには右方向から矢が飛んできている。
「こっちから!?」
なんとか反応し、前方に転がって回避。
しかし玲衣が動いた場所には、既に先読みで矢が放たれている。
「くっ、このままじゃ……」
弾き落としながら、玲衣は考える。
鍾乳石群は宝玉の台座を中心に、円形に配置されている。
現在地はほぼ中央、360度どこからでも狙い撃ちが可能だ。
戦闘開始直後、ホズモンドが動かなかったのは、自分を中央におびき寄せるため。
それなら……。
玲衣は周囲を囲む鍾乳石、その一つに向かって走りだす。
「おやおや、どこに行くのですか? そこにワタクシはいませんよ?」
嘲笑するような声を出しつつも、ホズモンドは妨害の矢を無数に撃ち出す。
それを回避し、弾きながら、玲衣は目的の鍾乳石に到達すると背中を預けた。
この鍾乳石があるのは奥まった位置。
これで敵の攻撃の角度は限定できる。
「チッ、さすがにこんな簡単な策はすぐ見破られますか。ですがワタクシの位置が分からなくては反撃のしようがない」
「ふふっ、どうだろうね」
玲衣はリンナに視線を送る。
その意図を瞬時に汲み取り、リンナは集中を開始した。
「全方位攻撃が封じられたならば、物量で押させていただきますよ」
ホズモンドの言葉の後、玲衣の前方180度から次々と矢が飛来する。
弾かれ、避けられた矢は、地面や岩に突き刺さると消滅していく。
グングニルの飛ぶ斬撃のように、ミストルティンにも特殊な能力があるはず。
無限の矢、これが穿弓の持つ能力なのだろうか。
「レイ、準備完了だ! 敏捷強化!」
「リンちゃん、ナイスタイミング!」
玲衣の体を包む淡い白光。
敏捷強化が掛けられ、周囲の時間経過が鈍化する。
彼女の目は、鍾乳石の陰から身を乗り出してこちらを狙うホズモンドの姿を捉えた。
「そこだッ!」
瞬間、一気に間合いを詰める。
一足飛びで鍾乳石に到達すると、その背後に隠れたホズモンドを追う。
絶対に逃がさない、勢いのまま鍾乳石の後ろに回り込んだ。
「……っ! いない!?」
敵の隠れる速度からして、確実に追いつけたはずだ。
わざと遅く動いて見せ、玲衣を誘い出したのか。
「まさか……、誘い出された……!」
「その通りです」
玲衣の背後、至近距離。
わずかに剣の届かない間合いでホズモンドは弓を引き絞り、口元を歪める。
「しまっ……」
撃ち出される矢。
敏捷強化の効果はまだ持続している。
スローモーションで迫る矢を素早く剣で弾き落とすが、奇襲を防がれたにも関わらずホズモンドは口元を歪める。
「二段撃ち、ですよ」
弾いた矢の真後ろ、全く同じ角度で飛来するもう一本の矢。
「後ろに!?」
剣を全力で振り抜いたばかりの玲衣に、この攻撃をかわす術はなかった。
矢が左の肩口に深々と突き刺さる。
「あぐっ!」
見事に誘い出された形だ。
今のこの状況はまずい。
とっさに一歩踏み込み、反撃の剣を振るう。
「おっと、危ない危ない。また距離をとらせてもらいますよ」
ホズモンドはブーストの掛かった玲衣すら目で追えない程の速度で退避。
そのままどこかへと姿を消してしまう。
玲衣はひとまずその場の鍾乳石に背中を預けると、射られた肩の傷を確認するが。
「あれ? 傷が……無い?」
射られたはずの左肩には、傷一つついていなかった。




