30 封印の地
森を包むのは夜の闇。
パチパチと音を立てて焚き火が燃え、辺りを頼りなく照らす。
既にホズモンドは寝袋に包まって眠りに就いている。
玲衣は焚き火の前に座っており、その隣にリンナが腰を下ろした。
「レイ、そろそろ見張りは交代だ。ゆっくり休んでくれ」
「うん、リンちゃん。よろしくね」
見張りの交代を告げに来たリンナに言葉を返す玲衣だったが、その場から動こうとしない。
「……どうした? 休んでおかないと体に響くぞ?」
「えへへ、ちょっとリンちゃんと二人で居たいなって」
「……っ。そ、そっか」
その想いはリンナも同じである。
しかし、彼女にはこうして素直に気持ちを伝える事がどうしても出来なかった。
真っ直ぐに自分の気持ちを伝えられる玲衣が、少し羨ましく思う。
「ね、リンちゃん。この依頼が終わったらさ、またデートしようよ」
「またって……、前のはデートなのか?」
「どう見てもデートだったよー。あ、それかさ、どこかに遠出するのはどう? お金はいっぱい貰ったから余裕あるし」
「ん、それもいいかもな」
「ふふっ、リンちゃんと二人で旅行かぁ。楽しみだな」
玲衣と話していると、自分の中の様々な心配事がちっぽけな物に思えてくる。
リンナは改めてこの少女との出会いに感謝した。
「どこがいいかな? やっぱり温泉とか」
「おん……せん……!?」
玲衣の発言に天国のような地獄を思い出し、のけぞるリンナ。
「あ、リンちゃんってのぼせやすいんだっけ。温泉は止めとく?」
「いや……、特別のぼせやすいわけでは無いんだけど……」
「そっか。じゃあ決定ね!」
「う、うん……」
☆☆
太陽が昇ると、一気に蒸し暑さが襲う。
たっぷり睡眠をとったホズモンドは、絶好調といった具合で高らかに叫ぶ。
「さぁ、お二人とも! 準備はよろしいですか? いよいよ今日は世界蛇封印の地まで行きますよ!!」
「あはは……、元気ですね」
「そりゃそうですとも! いよいよ今日、私の悲願が叶うのですからッ!」
「って言うか、今日は白衣なんですね。探検隊の服じゃなくて」
「ええ、ワタクシの正装ですから! 世界蛇に失礼の無いように!」
暑苦しいテンションに若干イラつくが、まあ浮かれるのも無理は無い。
リンナは手早く準備を済ませると、既に準備完了していたホズモンドに声を掛ける。
「ホズモンドさん、出発しますよ。くれぐれも勝手に居なくならないでくださいね」
「それはもう。私だってもう死にかけるのはゴメンですから」
出発の準備が整うと、三人は深い森の奥地へと分け入っていく。
木々の合間を縫うように歩き、落ち葉の積もった足場を踏み分け進む。
キャンプ地を発って四時間。
気付けば太陽も真上に登り、正午が近い。
幸い召喚獣の襲撃は無く、道のりは順調といったところだ。
「ホズモンドさん、あとどれくらいで着くんですか?」
先頭を行く玲衣はホズモンドに声を掛ける。
「そうですね……。このペースならあと三時間程、といったところでしょうか。日が沈む前には辿り着けそうです」
一体どうやって算出しているのかさっぱり不明だが、とにかくあともう一息だ。
玲衣が気合を入れなおした瞬間、突然ホズモンドが叫び声を上げた。
「おわあああぁぁぁぁ、あ、あれはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うわっ、びっくりした」
ホズモンドのすぐ前を歩くリンナは、その声に小さな体をビクっと震わせる。
一方の考古学者は前方に何かを見つけたようで、一人突っ走っていく。
「ちょっと! 勝手に居なくならないでって……! もう……、追いかけるぞ、レイ」
「うん。はぁ……、世話の焼ける人だな……」
ため息を吐きつつ追いかける玲衣とリンナ。
二人が追いつくと、彼は森の中にそびえる石の柱を入念に調べていた。
「一人で行かないでくださいって……何ですか? この柱」
リンナの質問に勢い良く振りかえると、まるで少年のように瞳を輝かせながらホズモンドは早口でしゃべり始めた。
「よくぞ聞いてくれました! これは恐らく黄昏の伝説、その時代に造られた遺跡の一部! 見てくださいこの紋様! この文献の記述とそっくりだ! 世界蛇封印の地が近い証拠でしょうか。あぁ、この周囲にも同じような遺跡が点在しているはず……。調べに行きたい、あぁ、でも世界蛇が……」
ホズモンドの様子に圧倒されつつも、リンナは返事を返す。
「ほ、本当に考古学が好きなんですね……」
「えぇ、大好きですとも。声を大にして言えますよ。好きなものには素直でいたいのです」
「好きなものには……素直に……」
横目で玲衣を見る。
いつか自分も、彼女に想いを伝えられるのだろうか。
誰よりも好きだというこの気持ちを。
「ん? どうしたの、リンちゃん」
「な、なんでもないっ」
彼女と目が合うと、つい逸らしてしまう。
もう少しだけ素直になりたい、あそこまでとは言わなくても。
貴重な遺跡を眺めては奇声を上げる考古学者を、リンナは少し羨ましく思った。
高い湿度に耐えつつ、三人は足を動かし続ける。
汗が肌を伝い、地面へと落ちていく。
太陽は傾き始め、周囲の風景に石の柱が目立ってきた。
明らかに今までと雰囲気が違う。
「お二人とも、封印の地はそろそろです。ここからは周囲をよく確認しながら進みましょう」
ホズモンドが古文書を開きながら声を掛ける。
この近くに世界蛇が封印されている。
さすがのリンナも少し緊張してきた。
周囲を注意深く見回しながら進む。
先頭を行く玲衣は、森の中に開けた場所を見つけた。
「ホズモンドさん、前の方に広場みたいになっている場所が……」
「そこです! 行ってみましょう!」
草木をかき分け、三人は広い空間へと出た。
木々は生えておらず、短い草が爽やかな風に揺れる。
ジメジメとした森の中から一転して快適な広場だ。
だが何よりも目を引くのは、広場の真ん中にある大きな岩山。
密林の中に唐突に現れた明らかに不自然な場所。
ホズモンドの鼻息が荒くなる。
「ま、間違いありません……、ここです……。古文書に記されていた、世界蛇封印の地……!」
全身を小刻みに震わせながら、絞り出すような声でホズモンドは告げる。
「ここに……、世界蛇が……」
リンナもいよいよ現実味を帯びてきた三神獣の存在に、声が震えていた。
「とりあえず近寄ってみよう。遠くから眺めてるだけじゃ世界蛇は見つからないよ」
感動に浸る二人は玲衣の言葉に気を取り直す。
「そ、そうだな。世界蛇が本当にあるのか、まだ分からないんだ」
「では行きましょう。文献によれば中央の岩山に封印が施されています。あぁ、いよいよ世紀の大発見が間近に……!」
ホズモンドを先頭に、岩山へと近づいていく。
草地は非常に歩きやすく、長年放置された場所とは思えない程だ。
やがて三人は、岩山の前で足を止める。
見たところ何の変哲もない岩の塊だが。
「入り口は……、この辺りです。リンナさん、この場所に立ってください」
「私が? わかりました」
ホズモンドの指示した場所にリンナは立つ。
その場所も、見る限りでは何も無い。
「その場所でひび割れた宝玉を掲げ、祈りを込めるのです。そうすれば、封印が……」
リンナは宝玉をセットした杖を掲げ、静かに祈りを捧げる。
すると、宝玉が淡い光を発し、玲衣のペンダントも同様の光を放ち始めた。
「え、私のペンダントも……? やっぱりこの欠片って……」
「さあ! 封印が解かれますよ!!」
次の瞬間、地面が揺れ始める。
岩山の壁面が二つに割れ、左右にスライドしていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
腹の底に響くような重低音を響かせ、古の封印が解き放たれた。
あらかじめ言われてはいたが、実際にこうなるとリンナも驚きを隠せない。
「ほんとに……、私の宝玉で封印が……」
「おぉ……、古文書に記された通りだ……。さぁ、世界蛇の宝玉はこの中です」
岩山にポッカリと開いた洞窟の入り口。
中は暗くてよく見えないが、どうやら地下へと続く坂道になっている。
「中は暗いな、明かりが無いと危ない。こんな事もあろうかとランプを持ってきてある」
リンナは背中の荷物を漁り、ランプを取り出すとドヤ顔をしてみせた。
固形燃料を入れて火を点ける。
これで暗闇の中でも進む事が出来そうだ。
「そのランプ、ワタクシに持たせて下さい。是非ワタクシが先頭を行きたい。世界蛇の宝玉を最初に見つけるのは、このワタクシでなければならないのです!」
「あ、はい……。まぁ、いいですよ」
熱弁を振るうホズモンドにランプを渡す。
明かりを手に入れたホズモンドは意気揚々と洞窟に足を踏み入れた。
「なるほど……、中はただの洞窟のようですね。別段変ったところはない……」
「あまり急ぎ過ぎないで下さいね、どんな危険があるか分からないし」
一応玲衣が忠告するが、ホズモンドはどんどん先に向かっていく。
「私達もいこ、リンちゃん。もう危険は無いと思うけど」
「そうだな。私も世界蛇の宝玉見たいし」
ホズモンドの後に続き、二人も洞窟へ入っていく。
「うぅ、ちょっと肌寒いかも」
洞窟の中はひんやりと冷たい空気が流れる。
思わず両腕を擦り合わせる玲衣。
先頭を行く考古学者は寒さなど感じていないようだ。
内部は鍾乳石が垂れ下がり、地下水が地面を濡らしている。
しばらく坂を下っていくと、その景色は一変した。
「うわぁ、何これ」
「広い空間だな……。しかも明かりがある」
玲衣達が足を踏み入れたのは、広いドーム状の空間。
天井も高く、一体どういう仕組みなのか、地下深くにも関わらず中は明るい。
地面から生えた鍾乳石が円形に並んだ場所のその中心、台座の上にある物を見た瞬間、ホズモンドは叫ぶ。
「おぉ! おおおぉッ!!! ついに見つけました!! これこそが、世界蛇ヨルムンガンドの宝玉!!!」
その宝玉は、今までリンナが見たどの宝玉とも違う紫色をしていた。
一目散に台座へと駆け寄るホズモンド。
だが世界蛇の宝玉をホズモンドは手に取らず、じっくりと眺めるのみ。
やがてゆっくりと玲衣達の方へ振り向くと、こう告げた。
「さて。お二人とも、ご苦労様でした。ではレイさん、リンナさんの宝玉とそのペンダント、そしてリンナさん本人をワタクシに渡して下さい」
そこまで言うとホズモンドは一旦言葉を切り、ニヤリと口元を歪める。
「穿弓・ミストルティンに選ばれた、このホズモンド・マッケシーにね」




