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03 よろしくね

 ガタゴトと規則正しく揺れる音。

 頬に感じる柔らかな感触。

 心地よいまどろみの中、玲衣は目を覚ました。


「あ、起きた」

「んぅ……ここどこ? キミは……」


 霞む視界の中、自分を見下ろす青みがかった白髪の美少女。

 控えめな胸だが、深い青の瞳に、ピンク色の唇が瑞々しい。

 しばらくその少女に見とれていた玲衣だったが、


「……あっ! リンちゃん! 大丈夫? 怪我はない? ドラゴンは?」


 どうやらしっかりと起きたようだ。

 頭の中に浮かぶ疑問を次々とぶつけていく。


「落ち着け、一つ一つ説明するから。まずここは馬車の中で……」

「っていうか今膝枕してもらってる! 嬉しい!」

「降りろ」


 ジト目で向かいの席に押しのけるリンナ。

 しぶしぶといった感じで席についた玲衣は、改めて彼女の服装を見た。


 大きな黒いマントの下に白いシャツ、短めのスカートを履いている。

 手には、宝玉のはまった木の杖。

 それから手荷物一式、これはかなりの量だ。


 一方のリンナも、玲衣を観察する。

 巨竜を仕留めて見せたこの少女、見れば見るほど普通の女の子だ。

 特別鍛えている様子もなく——まあそれなりに出るところは出ているが。

 サイドテールに結った赤茶色の髪に星の髪飾り、人懐っこい顔と態度。

 見たことのない服を着てはいるが、それ以外に特別変わったこともない。


「まずは自己紹介からだな。私はリンナ・ゲルスニール。見ての通り召喚師だ。姉を探して王都まで旅をしている」

「リンじゃなかった」

「え?」

「ごめん、なんでもない。えーっと……色々突っ込みたいけど、自己紹介だよね。私は加香谷玲衣。よろしくね」

「カガヤレイ……変わった名前だな。カガヤが名前か?」

「レイが名前だよ。そっか、名字が後なんだ」

「わかった、よろしく。レイ」


 自己紹介も済んだところで、期待にそわそわしながら玲衣が話を切り出す。

 彼女が召喚されてからずっと抱いていた疑問、その核心に迫るべく。


「ところでリンちゃん、ここって……地球?」

「チキュウがどこかは知らないが、ここはヴァルフラントだろ」


 玲衣は勢いよく席から立ち上がった。

 そして目を輝かせ、両手を高々と突き上げる。


「異世界召喚だこれ! 夢にまでみたヤツだ!」

「おおう。異世界? 何言ってんだコイツ」




 ☆☆




「そんなバカな。異世界があるだなんて」


 自分のいた世界のことを説明した玲衣は、リンナの意外な反応に首をかしげる。


「あれ? リンちゃん召喚師なんでしょ? 異世界から色んなの呼んでバァーってするやつ」

「バァーってなんだ……。私たち召喚師は、この世界のどこかにいる生き物を宝玉で呼び出すんだ。異世界から呼び出すだなんて聞いたこともない」

「じゃあ私はなんなのさ」

「わからないよ。そもそも人間を召喚するなんて事自体前代未聞なんだ」


 杖の先端で淡い光を放つ、ひび割れた宝玉をリンナは見つめる。


「……この宝玉を使ったら突然光が走って、レイが現れたんだ」


 彼女の言葉に、玲衣も胸元から首飾りを取り出す。


「私も、この首飾りが光って、気づいたらドラゴンの前だったの」


 玲衣の首飾りは、いわゆるロケットペンダントだ。

 カバーを開いて中を見ると、宝石のような欠片が淡い光を放っていた。


「一緒だね、光り方」

「……ん、これ以上考えてもわからないな、これは。とりあえずレイは元いた場所に帰すよ」

「え゛」


 露骨に嫌そうな顔でたじろぐ玲衣。

 そんな彼女をリンナは訝しげに見つめる。


「なんだ? そんなに帰りたくないのか?」

「帰りたくないよ! これから胸躍る冒険が始まるっていうのに!」

「またわけのわからんことを……。時々はここに呼んでやるから」

「やだぁー! ねぇ待ってほんと待って」


 せっかく退屈な毎日から抜け出せると思ったのに、また逆戻りになってたまるか。

 必死の猛抗議をする玲衣だったが、リンナは聞く耳持たず。

 集中力を高め、呼び出した感覚とは逆の力の流れをイメージ。

 元の場所へ送り返すべく、杖を高く掲げた。


「——送喚!」


 ……しかし、何も起こらなかった。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするリンナ。


「あ、あれ? どうなってんだ? 送喚! 送っ!喚!」


 何度やっても無駄であった。

 まさかこの少女は送喚できないとでもいうのか。

 玲衣は目の前の席に座り、ニマニマしたままである。


「送喚できない!? なんで……」

「これからよろしくね、リンちゃん」


 してやったりと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる玲衣。

 人間を召喚してしまった上に元の場所に戻す事も出来ないリンナは、あまりの事に頭を抱えてしまった。



「ぁーもぅ、どうなってるんだ、どうしてこんなことに……」

「ところで、聞くタイミング逃してたんだけどさ」


 頭を抱えてブツブツつぶやくリンナに、玲衣は尋ねる。


「はぁ、帰れないってのに、なんでそんなにのんきなんだ……」


 なんとか立ち直ったリンナは頭を上げ、ため息交じりに言葉を返す。


「で、なんの話?」

「この馬車とか、さっきのドラゴンとか」

「ああ、まだだったな。まずフレイムドラゴンはレイが倒した。覚えてるか?」

「うん、もちろん。あの光の剣、すごい力をくれたんだ」


 右の手のひらを見つめ、グッと握りしめる玲衣。

 光り輝くあの剣。

 現れた途端、凄まじい力が身体に宿ったのを感じた。


「私も驚いた。あのフレイムドラゴンはA級中位の召喚獣。ただの人間が敵うはずない」

「でも私、自分で言うのも難だけど、普通の女子高生だよ」

「ジョシコウセイがなにかは知らんが、多分召喚されたことで身体能力強化エンハンスを受けたんだろうな」

「エンハンス?」


 聞きなれない言葉に玲衣は首をかしげる。


「召喚師の力量によって、召喚獣の身体能力が強化されるんだ。だから同じ召喚獣でも達人が呼ぶ方が強い」

「じゃあリンちゃんは凄い召喚師なんだ!」

「いや、私はただのC級召喚師で……」


 尊敬の眼差しを向ける玲衣だったが、リンナは恥ずかしげに顔をそむける。


「C級って?」

「召喚師のランクだ。C級からS級まであって、S級なんてこの国に数人しかいない。一番下の私はまだひよっこ」


 リンナの脳裏に浮かぶのは、姉のディーナ。

 今の自分と同じ年の頃にはS級召喚師だった超天才、今はどこで何をしているのか。

 

「とにかく、フレイムドラゴンを倒した後、レイは意識を失った。その後、通りかかったこの馬車を拾ったんだ」

「なるほど。さっき召喚獣はこの世界の生き物だって言ったよね。あの竜も野生の動物だったの?」


 すぐさま首を横に振るリンナ。

 そして真剣な表情、緊張を孕んだ声で話し始める。


「それはあり得ない。まず第一に、あそこは宿場町と王都をつなぐ街道。そんな場所にあんな怪物がいるわけない。第二に、お前に倒された後、フレイムドラゴンは送喚されたんだ」


 竜が送喚された。

 その事実は、まぎれもなく高位の召喚師がフレイムドラゴンを召喚し、リンナを襲わせたことを意味している。


「つまり、リンちゃんは……」

「誰かに命を狙われた。それもA級以上のバケモノのような召喚師に……!」


 声が震える。

 わかっていた。

 わかってはいたのだが、改めて認識したその事実はリンナを恐怖させるには十分だった。


 自分よりも遥かに圧倒的な力を持つ存在が、自分の命を狙っている。

 しかも、狙われる理由に全く心当たりがないのだ。

 うつむき、膝の上にのせた手でマントの裾を握る。

 震えだした小さな体の少女を前に、玲衣は……。


「大丈夫だよ」


 優しく抱きしめた。

 ふわりと甘い香りと温もりがリンナを包む。


「また襲ってきても、私があの光の剣でやっつけちゃうから!」


 全身に感じる暖かく柔らかな感触。

 不思議と安心感を覚え、リンナの不安はどこかへと失せていく。


「まったく、どこまでポジティブなんだか」


 クスリと口元を緩めるリンナ。

 体を離し、玲衣と見つめ合う。

 やがて、どちらからともなく吹き出し、笑い合った。


 ——コイツと一緒なら、何があっても乗り越えて行ける気がする。


 そんな予感めいた気持ちを、リンナは抱いていた。


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