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29 世界蛇を求めて

 森に囲まれた村に訪れる静かな朝。

 少し肌寒いくらいの気温の中、清浄な空気を玲衣は胸一杯に吸い込んだ。


「んー、爽やかな朝だぁ」


 両手を伸ばして伸びをする。

 凝った体がほぐれていく感覚。


「さて、ホズモンドさんは……、まだ来てないみたいだな」


 玲衣の後ろ、宿の玄関が開き、リンナが姿を現した。

 その手には、透明の宝玉が握られている。


「リンちゃん、その宝玉は?」

「宿の人から借りたんだ。カエリバトの宝玉」

「カエリバト?」

「強い帰巣本能を持つC級召喚獣だ。自分の住みかがどんなに離れていても、その方向をじっと見つめる習性がある」


 言いながら、リンナは宝玉をマントの内ポケットにしまい込む。


「このカエリバトはこの宿で飼われているから、森の中で呼び出せば村の方向がすぐに分かるってわけだ。飛べないから逃げられる心配もない」

「さすがリンちゃん、準備万端だね!」

「ふっふっふ、抜かりは無い」


 二人がそんな話をしていると、道の向こうから今回の依頼人が現れた。


「おぉ、お二人とも。おはようございます」

「おはようございます……、あの、宿にいたんじゃ……」


 思わぬ方向から現れたホズモンドに、玲衣は疑問を投げかける。


「いやはや、情報収集に夢中になる内に、酒場で眠ってしまいまして」

「えぇ……、大丈夫なんですか?」

「ハハハ、ちょっと頭や体の節々が痛みますが、なぁにこの通り」


 ホズモンドは得意げにその場で体をひねったり、前屈をしたり。

 なにやらポキポキと音が聞こえる気もするが。


「さて、いよいよ世界蛇を目指す冒険が始まります。お二人とも、準備はよろしいですか?」

「バッチリです!」

「いつでも行けます」


 グッと右手を前に突き出して親指を立てる玲衣と、控えめにマントの影で立てるリンナ。

 二人の様子をみてホズモンドは大きく頷くと、森への道を歩み出した。




 ☆☆




 そこは、昼間でも薄暗い。

 樹齢数百年は軽く超える太く大きな木がそこかしこに立ち並び、日光を遮る。

 だというのに気温は高く、おまけに湿度まで。

 周囲からは得体の知れない様々な生き物の鳴き声が途切れなく聞こえ、濃い緑の匂いが鼻を突く。

 ここはバリエル大森林。

 王都西部に位置する強大な召喚獣の巣窟である。


「さすがに足場が悪いね、リンちゃん、ホズモンドさんも大丈夫?」

「私は平気だ、レイ。でも……」

「ハァ、ハァ……。私も、平気っ、です……」


 道なき道をかき分け、先頭を進む玲衣は後ろを振り返る。

 後続の二人が自分を見失っては一大事だ。

 足腰を鍛えているリンナはともかく、ホズモンドは明らかにインドア派である。

 おまけに昨夜は酒場のテーブルに突っ伏していたというのだから、この道のりは大変であろう。


「もう少しペースを落としましょうか」

「いえ……、私に構わないで下さい……。足手まといになるようだったら、置いていってくれても……」

「……いや、依頼人を置いていくわけにはいかないですよ……。それに私もレイも目的地が分からないし」


 とんでもない事を言い出す依頼人に、冷静に正論で返すリンナ。

 ホズモンドがこんな調子で、本当に無事世界蛇が封印された場所まで辿りつけるのか。

 リンナは少しだけ不安になる。


「ホズモンドさん、こっちの方向であってます?」


 先頭を行くのは、目的地の方向も分からない玲衣だ。

 定期的にホズモンドに確認を取る。


「はい、間違いありません。羅針盤が示す方向と、文献に記された場所。寸分の狂いもありません」

「そうですか……」


 そこまでの自信がどこから出てくるのか。

 玲衣も少し不安になった。

 もし見つからなくても、カエリバトがある限り遭難ということは無いだろうから、そこは安心だが。


「ところでリンちゃん、この森って具体的にどんな召喚獣がいるの?」

「基本的には獣タイプだな。オルトロスみたいな」

「あぁ、またアレと戦うかもしれないのか……」


 素早い動きに苦しめられた記憶が脳裏を過ぎる。


「そんなに心配しなくていいと思うぞ。前に戦ったオルトロスは、ヘレイナの身体能力強化エンハンスが掛かっていたんだから」

「あ、そっか。その分野生のヤツよりパワーアップしてたんだ」

「それにレイ自信も、あの時より強くなってる」


 リンナが思い出すのは、グングニルの身体能力強化エンハンスを受けたディーナと玲衣の激しい打ち合い。

 あの時のディーナの実力は、ヒルデに並ぶものだった。

 恐らくまだ底は見せていなかったが、それでもそんな相手に玲衣は食らいついて見せたのだ。

 玲衣の体に掛かった身体能力強化エンハンスは、少しずつ強くなっていっている。

 それはリンナが成長した証なのか、それとも。


「だから、今のレイなら案外簡単に倒せちゃうかもな」

「あはは、買いかぶり過ぎだよ。でもありがと」


 後ろを振り返り、リンナの目を見つめる。

 リンナも玲衣の瞳を見つめ返した。

 深い森の中、二人きりの静かな時間が訪れる。

 そう、二人きり。

 最初に違和感に気付いたのは玲衣だった。


「……ん? あれ? ちょっ! リンちゃん、ホズモンドさんがいない!」

「え? うわ、本当だ! 一体どこに……」


 慌てて周囲を見回す二人。

 その時、少し離れた場所からホズモンドの叫び声が響く。


「あっちだ! 急ごう、レイ」


 二人はすぐに声の方向へと走りだす。


「ホズモンドさん! 無事です……か……」

「ひぃぃぃ、レイさん、助けてくださぁい!」


 先に駆け付けたのは玲衣。

 彼女の目に飛び込んできたのは、召喚獣の襲撃を受けるホズモンドの姿。

 それもA級召喚獣に、である。

 一刻も早く助けに入らなければならない状況。

 しかし、その召喚獣の姿を見た瞬間、玲衣は固まってしまった。


「レイ、どうした! 早く助けに……。あ……」


 少し遅れてやってきたリンナは、玲衣が助けに入らない事に疑問を抱いた。

 だが、その召喚獣の姿を見た瞬間、納得してしまう。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、無理無理無理無理!!!」

「A級召喚獣、ジャイアントセンチピード……」


 ホズモンドを襲っていたのは、長さ二十メートルはある巨大なムカデだった。

 長い身体でホズモンドの周囲を囲み、ゆっくりと周回している。


「レ、レイ、とにかく早く助けないと!」

「嫌だ絶対無理キモイキモイキモイ!!!」

「私のためだと思って、我慢してくれ!」

「リンちゃんのため……?」

「そう、私の為に」

「うぅ、リンちゃんの為なら、私……」


 リンナへの想いが生理的嫌悪感を上回ったようだ。

 玲衣は剣を抜き、ジャイアントセンチピードに向き合う。

 無数に生えた足が不気味にうごめく様子に鳥肌が立つが、リンナの為と自分に言い聞かせる。


「ホ、ホズモンドさん、今助けます……っ」


 大ムカデへと恐る恐る接近していく玲衣。

 ジャイアントセンチピードは敵対者を察知すると、彼女の方へ向き直った。


「ひぃっ! こっち見た!!」

「レイ、落ち着け。多分次は毒液を飛ばしてくる」

「毒液……?」


 ジャイアントセンチピードは大アゴを広げると、口の奥から粘液塊を撃ち出した。

 自分に向かってくるそれを、玲衣は軽々とかわす。

 ただし、目尻に涙を浮かべながら。


「これが毒液……? もういや……」

「レイ、次が来る!」


 地べたに広がる濁った液体を嫌悪感たっぷりに見つめる玲衣だったが、リンナの言葉に気を取り直す。

 ジャイアントセンチピードの射出する毒液を軽快な体捌きで回避しながら、敵との距離を詰めていく。

 接近した外敵に対し、ジャイアントセンチピードは大アゴでの直接攻撃を仕掛ける。


「背中の上に飛び乗れ!」

「これの背中に……うぅ」


 玲衣は高く跳躍すると、大アゴでの挟み込みを回避。

 大ムカデの頭の上に着地すると同時に、リンナは溜めこんでいた力を送り込んだ。


筋力強化パワーブースト!」


 玲衣の体を赤い光が包み、力を増大させる。


「そいつの背中は固い甲殻に覆われている、でも今のレイならぶち抜けるはずだ!」

「分かった……、もぅ、早く死んで……」


 半泣きになりながらも剣を両手で持ち、振り落とそうと暴れるジャイアントセンチピードの脳天に突き立てた。

 黒光りする甲殻に剣が深々と刺さり、傷口から緑色の体液が吹き出す。

 その様に玲衣の顔から血の気が引いていく。


「汁っ、緑の汁が! もうやだぁ!」


 刺した剣を両手で掴んだまま、思わず尻尾の方へ全力で走りだす。

 その結果、ジャイアントセンチピードの背中は、頭から尻尾にかけて斬り開かれていく。

 背中を開かれたジャイアントセンチピードは、身もだえすると倒れ伏し、絶命した。



「うっ……ひっぐ……リンちゃぁん……。うえぇぇぇぇ……」


 敵を倒した玲衣はリンナに抱きつき、とうとう泣きはじめる。


「よしよし、よく頑張ったな」


 玲衣の頭を撫でて慰めながら、リンナはホズモンドをギロリと睨んだ。


「いやはや、どうもありがとうございます。死ぬかと思いましたよ」

「ホズモンドさん、黙って居なくなるってどういうつもりですか」

「いやぁ、少し用を足したくなっちゃって。若いお嬢さん二人にこんな事を言うのもアレかなって思って、ちょっと行ってすぐに追いつくつもりだったんですけどね。ははは」

「……とにかくこれからは気をつけてください」


 脳天気にも程がある発言に、怒りを通り越して呆れるリンナだった。

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