表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/95

28 リンナ、茹で上がる

「それでは、前払いの報酬です。どうぞお受け取りください」


 大量の金貨が詰まった大きな袋をホズモンドはリンナに手渡した。

 ズッシリとした重量感に、改めてリンナは驚く。


「あの……、本当にこんなに貰っていいんですか?」

「勿論です。夢の実現のためならその程度、大した金額ではありませんよ」


 迷いなく言いきって見せるホズモンド。

 よほど今回の探索行に賭けているのだろう。


「では出発は明朝七時、王都西口の馬車乗り場に集合といきましょう。よろしいですかな?」

「はい。世界蛇、見つかるといいですね」

「ええ、それではワタクシはこれで」


 手を軽く振ると、ホズモンドは意気揚々と立ち去っていく。

 その背中を玲衣とリンナは見送る。


「行っちゃった、なんか凄い人だったね……」

「ん、まぁ……。変人だけど悪い人ではなさそうだし……」

「そうだね、考古学が大好きって感じで……。変人だけど」




 ☆☆




 翌日、王都西口。

 旅装で依頼人を待つ、二人の少女の姿があった。

 玲衣は長袖のシャツにハーフパンツ、真新しい焦げ茶のマントを身につけている。

 腰に下げた剣は、昨日新たに買ったもの。

 長い戦いの中、特にグングニルとの激しい打ち合いで刃こぼれが酷く、買い換えたのだ。

 リンナはいつも通りの黒マント姿、当然背中にはかなりの荷物を背負っている。

 森林地帯への玄関口であるこの場所、玲衣は初めての依頼の事を思い出す。


「この場所、思い出すねぇ。キノコ狩りの依頼の事」

「ん。なんか、もうずいぶん前の事に思えるな……」

「そうだね……、あれから色々あったもんね」


 実際、そんなに日数は経っていないのだが、なんだか遠い日の事のように思える。

 二人で思い出に浸っていると、聞き覚えのある男の声がした。


「おぉ、お二人とも。こちらにいましたか」


 視線をそちらに向けると、大荷物を背負いヨタヨタと走ってくる依頼人の姿。


「いやはや、申し訳ない。色々と準備をしていたら遅くなってしまって」

「いえ、私達も今来たところですから」


 ホズモンドの服装は、いかにも探検隊といったベージュの半袖半ズボンに丸いサファリハット。

 形から入るタイプなのだろうか。


「さて、私達が目指すのはバリエル大森林の奥深く、簡単には辿り着けません。そこでまず、森の中ほどにあるバリエ村まで馬車で向かいます」


 ホズモンドは大森林の地図を広げ、森の中にある村を指さす。


「ここで一泊し、準備を整えてから森に入ります。何せ目指す場所は人跡未踏、何が起こるかわかりません。十分な備えをお願いしますよ」

「分かりました。依頼を受けたからには必ずお連れします」

「お金もあんなに貰っちゃったしね」

「おぉ、頼もしいお言葉! では早速出発といきましょう!」


 ホズモンドが地図を畳むと、三人は馬車へと乗り込む。

 ひとまずの目的地はバリエ村。

 森に囲まれた村とはどんな所なのか、玲衣は少し楽しみだった。




 ☆☆




 太陽が沈む頃、馬車はバリエ村へと到着した。

 馬車から真っ先に飛び出したのはホズモンドだ。


「では、ワタクシはこれから情報収集に行ってまいります」


 言うが早いか、彼は突っ走っていってしまった。


「元気だね……、あの人」

「ん、まぁ放っておこう。村の中なら危険も無いだろうし」


 馬車から降りた玲衣とリンナは周囲を見回す。

 未開の村をイメージしていた玲衣だったが、意外にも他の町と大して変わらない。

 森の中に木々を切り開いて造ったこの村は、大森林の奥地に向かう召喚師の為の重要な拠点となっている。

 村の中の施設の質も、他の町と大差は無い。

 レストランに宿はもちろん、各種店舗が並んでいる。


「意外と他の町と変わらないんだね、リンちゃん」

「そうだな、というか私の故郷より賑わってる」

「そうなんだ。いつか行きたいな、リンちゃんの故郷」

「何もないぞ? 本当に」

「いいの。リンちゃんが生まれ育った場所でしょ? それだけで行く価値あるよ」

「……な、なんだそれ……っ」


 微笑む玲衣の言葉に不意打ちを食らい、顔が真っ赤になってしまう。

 想いを自覚してしまった今、彼女の発言の一つ一つがリンナの心に深く響く。


「と、とりあえず宿に行こう。明日からしばらく森の中なんだ。しっかり休んでおかないと」

「あ、待ってよリンちゃーん」


 早足で歩いて行ってしまうリンナを、玲衣は追いかけた。



「さて、レイ。覚悟はいいな……」

「え? 何の話?」


 宿の部屋に着き、荷物を置く。

 すると早々に、リンナは口を開いた。

 なお、当然部屋割りは二人部屋と一人部屋、ホズモンドは別室である。


「これから私たちは行き帰りも考えて、四日間は森の中だ」

「うん、そうだね」


 そんな事は玲衣も承知の上だ。

 一体彼女は何を言おうというのか。


「分かってないみたいだな。これから四日間……、お風呂に入れないという事を!」

「あ……っ!」


 それは、年頃の少女にとって死活問題であった。


「ど、どうしようリンちゃん!」

「残念だがレイ、諦めるしかない」

「うぅ、もし臭っても嫌いにならないでね、リンちゃん」

「いや……、そんなことで嫌いには……、ならないけど」


 抱きついてきた玲衣の胸の中で、リンナは小さな声で呟く。

 むしろ玲衣の臭いなら嗅ぎたい、などという発想は瞬時に消し去る。


「とにかく今日を最後にしばらく風呂には入れない。思い残すことのないようにだな……」

「思い残すこと……。それならあるよ」


 リンナをハグから解放すると、彼女の目を見つめて微笑む。

 そして、玲衣はその言葉を口にした。


「リンちゃんと一緒にお風呂入りたい」

「んなぁ……っ」


 予期せぬお願いに絶句するリンナ。


「ね、いいよね。ここのお風呂広いみたいだし、リンちゃん疲れてないでしょ」

「え、えっと、その……」


 風呂が狭い、疲れていて一人で入りたい、そのどちらの言い訳も使えない。

 何か、恥ずかしい以外の理由が何かないか、リンナは頭脳をフル回転させる。

 しかし、何も、思いつかなかった。


「よーし、けってーい! さ、行こっか」

「あ……あぁ……」


 もはや逃げ場など、どこにも無い。

 念願叶って嬉しそうな玲衣に手を引かれ、リンナは力なく歩いて行った。



「うわぁ、広いねぇリンちゃん」

「うっ……うん……」


 大浴場へとやってきた二人。

 想い人の一糸纏わぬ姿を、リンナは直視できない。

 それに自分の平坦な体つきは、玲衣に比べてあまりに貧相だ。


「じゃ、じゃあレイ、私は体洗ってくるから」


 恥ずかしさと情けなさで居たたまれないリンナ。

 とりあえず玲衣から離れようとするが。


「あ、じゃあ私が背中流してあげるね」

「…………」



「リンちゃん、きれいな肌。真っ白で羨ましいな」


 リンナの背中を泡立てたタオルで優しく洗う。

 まるで壊れ物を扱うような優しい手つきは、彼女のリンナへの想いで溢れていた。

 一方のリンナは心臓がバクバクと音を立てている。

 鏡越しに背後の玲衣の姿が見えているのだ。


「そ、そんな事ないよ……。私なんてこんなちんちくりんだし……」

「私にはリンちゃん、とても魅力的に見えるよ?」

「なぁ……っ」


 顔を見なくても分かる。

 この少女はお世辞でこんな事は言わない。

 心からそう思って言っているのだ。

 それが分かっているからこそ、リンナの顔はさらに紅潮する。


「あ、あの……、もういいから……っ、あとは自分で……」

「そう? じゃあ流しちゃうね」


 わたわたと両手をせわしなく振るリンナ。

 玲衣は桶に汲んだお湯で泡を流すと、自分の体を洗いにいった。


 リンナはおぼつかない足取りで湯船に向かい、体を沈める。

 頭の中に焼き付いて離れない玲衣の体。

 同性の裸だというのに、ドキドキしすぎてどうにかなりそうだ。

 しかし、自分がこんな事になっているというのに玲衣はいつも通り。

 玲衣は自分の事をなんとも思っていないのか、それともこの幼児体型が悪いのか。

 そんなネガティブな事を考え始めてしまう。


 玲衣はすっかり舞い上がっていた。

 リンナと一緒に入浴するというのは、彼女がこの世界に来た初日からの悲願だったからだ。

 鼻歌を歌いながら体を洗い終えると、リンナの入っている湯船へと向かう。

 そして広い浴槽に入ると、リンナの真横に向かい、ぴったりと寄り添った。


「えへへ。リンちゃんと一緒にお風呂っ」


 楽しげに首をゆらゆらさせる玲衣。

 リンナは口まで湯船に浸かり、ブクブクと泡を吐き出している。

 まるで何かと戦っているような表情で。

 その顔はこれ以上無いほど真っ赤に茹で上がっている。


「……リンちゃん、大丈夫? 顔真っ赤だよ」


 さすがに異変に気付いた玲衣は、心配して声をかける。


「ん、平気。優しいな、レイは。そういうところが好きなんだ」


 朦朧とした意識の中、リンナはもはや自分が何を言っているのか分かっていない。

 思った事をそのまま口に出してしまう。

 いつにない素直な言葉に玲衣は感激した。


「リンちゃん……。私も大好きっ!」


 感極まっての熱烈なハグ。

 全身を包み込む柔らかさと、顔に押し付けられた二つの膨らみ。

 天国のような心地の中、とうとうリンナは意識を手放した。


「……あれ? リンちゃん? もしかしてのぼせちゃった!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ