28 リンナ、茹で上がる
「それでは、前払いの報酬です。どうぞお受け取りください」
大量の金貨が詰まった大きな袋をホズモンドはリンナに手渡した。
ズッシリとした重量感に、改めてリンナは驚く。
「あの……、本当にこんなに貰っていいんですか?」
「勿論です。夢の実現のためならその程度、大した金額ではありませんよ」
迷いなく言いきって見せるホズモンド。
よほど今回の探索行に賭けているのだろう。
「では出発は明朝七時、王都西口の馬車乗り場に集合といきましょう。よろしいですかな?」
「はい。世界蛇、見つかるといいですね」
「ええ、それではワタクシはこれで」
手を軽く振ると、ホズモンドは意気揚々と立ち去っていく。
その背中を玲衣とリンナは見送る。
「行っちゃった、なんか凄い人だったね……」
「ん、まぁ……。変人だけど悪い人ではなさそうだし……」
「そうだね、考古学が大好きって感じで……。変人だけど」
☆☆
翌日、王都西口。
旅装で依頼人を待つ、二人の少女の姿があった。
玲衣は長袖のシャツにハーフパンツ、真新しい焦げ茶のマントを身につけている。
腰に下げた剣は、昨日新たに買ったもの。
長い戦いの中、特にグングニルとの激しい打ち合いで刃こぼれが酷く、買い換えたのだ。
リンナはいつも通りの黒マント姿、当然背中にはかなりの荷物を背負っている。
森林地帯への玄関口であるこの場所、玲衣は初めての依頼の事を思い出す。
「この場所、思い出すねぇ。キノコ狩りの依頼の事」
「ん。なんか、もうずいぶん前の事に思えるな……」
「そうだね……、あれから色々あったもんね」
実際、そんなに日数は経っていないのだが、なんだか遠い日の事のように思える。
二人で思い出に浸っていると、聞き覚えのある男の声がした。
「おぉ、お二人とも。こちらにいましたか」
視線をそちらに向けると、大荷物を背負いヨタヨタと走ってくる依頼人の姿。
「いやはや、申し訳ない。色々と準備をしていたら遅くなってしまって」
「いえ、私達も今来たところですから」
ホズモンドの服装は、いかにも探検隊といったベージュの半袖半ズボンに丸いサファリハット。
形から入るタイプなのだろうか。
「さて、私達が目指すのはバリエル大森林の奥深く、簡単には辿り着けません。そこでまず、森の中ほどにあるバリエ村まで馬車で向かいます」
ホズモンドは大森林の地図を広げ、森の中にある村を指さす。
「ここで一泊し、準備を整えてから森に入ります。何せ目指す場所は人跡未踏、何が起こるかわかりません。十分な備えをお願いしますよ」
「分かりました。依頼を受けたからには必ずお連れします」
「お金もあんなに貰っちゃったしね」
「おぉ、頼もしいお言葉! では早速出発といきましょう!」
ホズモンドが地図を畳むと、三人は馬車へと乗り込む。
ひとまずの目的地はバリエ村。
森に囲まれた村とはどんな所なのか、玲衣は少し楽しみだった。
☆☆
太陽が沈む頃、馬車はバリエ村へと到着した。
馬車から真っ先に飛び出したのはホズモンドだ。
「では、ワタクシはこれから情報収集に行ってまいります」
言うが早いか、彼は突っ走っていってしまった。
「元気だね……、あの人」
「ん、まぁ放っておこう。村の中なら危険も無いだろうし」
馬車から降りた玲衣とリンナは周囲を見回す。
未開の村をイメージしていた玲衣だったが、意外にも他の町と大して変わらない。
森の中に木々を切り開いて造ったこの村は、大森林の奥地に向かう召喚師の為の重要な拠点となっている。
村の中の施設の質も、他の町と大差は無い。
レストランに宿はもちろん、各種店舗が並んでいる。
「意外と他の町と変わらないんだね、リンちゃん」
「そうだな、というか私の故郷より賑わってる」
「そうなんだ。いつか行きたいな、リンちゃんの故郷」
「何もないぞ? 本当に」
「いいの。リンちゃんが生まれ育った場所でしょ? それだけで行く価値あるよ」
「……な、なんだそれ……っ」
微笑む玲衣の言葉に不意打ちを食らい、顔が真っ赤になってしまう。
想いを自覚してしまった今、彼女の発言の一つ一つがリンナの心に深く響く。
「と、とりあえず宿に行こう。明日からしばらく森の中なんだ。しっかり休んでおかないと」
「あ、待ってよリンちゃーん」
早足で歩いて行ってしまうリンナを、玲衣は追いかけた。
「さて、レイ。覚悟はいいな……」
「え? 何の話?」
宿の部屋に着き、荷物を置く。
すると早々に、リンナは口を開いた。
なお、当然部屋割りは二人部屋と一人部屋、ホズモンドは別室である。
「これから私たちは行き帰りも考えて、四日間は森の中だ」
「うん、そうだね」
そんな事は玲衣も承知の上だ。
一体彼女は何を言おうというのか。
「分かってないみたいだな。これから四日間……、お風呂に入れないという事を!」
「あ……っ!」
それは、年頃の少女にとって死活問題であった。
「ど、どうしようリンちゃん!」
「残念だがレイ、諦めるしかない」
「うぅ、もし臭っても嫌いにならないでね、リンちゃん」
「いや……、そんなことで嫌いには……、ならないけど」
抱きついてきた玲衣の胸の中で、リンナは小さな声で呟く。
むしろ玲衣の臭いなら嗅ぎたい、などという発想は瞬時に消し去る。
「とにかく今日を最後にしばらく風呂には入れない。思い残すことのないようにだな……」
「思い残すこと……。それならあるよ」
リンナをハグから解放すると、彼女の目を見つめて微笑む。
そして、玲衣はその言葉を口にした。
「リンちゃんと一緒にお風呂入りたい」
「んなぁ……っ」
予期せぬお願いに絶句するリンナ。
「ね、いいよね。ここのお風呂広いみたいだし、リンちゃん疲れてないでしょ」
「え、えっと、その……」
風呂が狭い、疲れていて一人で入りたい、そのどちらの言い訳も使えない。
何か、恥ずかしい以外の理由が何かないか、リンナは頭脳をフル回転させる。
しかし、何も、思いつかなかった。
「よーし、けってーい! さ、行こっか」
「あ……あぁ……」
もはや逃げ場など、どこにも無い。
念願叶って嬉しそうな玲衣に手を引かれ、リンナは力なく歩いて行った。
「うわぁ、広いねぇリンちゃん」
「うっ……うん……」
大浴場へとやってきた二人。
想い人の一糸纏わぬ姿を、リンナは直視できない。
それに自分の平坦な体つきは、玲衣に比べてあまりに貧相だ。
「じゃ、じゃあレイ、私は体洗ってくるから」
恥ずかしさと情けなさで居たたまれないリンナ。
とりあえず玲衣から離れようとするが。
「あ、じゃあ私が背中流してあげるね」
「…………」
「リンちゃん、きれいな肌。真っ白で羨ましいな」
リンナの背中を泡立てたタオルで優しく洗う。
まるで壊れ物を扱うような優しい手つきは、彼女のリンナへの想いで溢れていた。
一方のリンナは心臓がバクバクと音を立てている。
鏡越しに背後の玲衣の姿が見えているのだ。
「そ、そんな事ないよ……。私なんてこんなちんちくりんだし……」
「私にはリンちゃん、とても魅力的に見えるよ?」
「なぁ……っ」
顔を見なくても分かる。
この少女はお世辞でこんな事は言わない。
心からそう思って言っているのだ。
それが分かっているからこそ、リンナの顔はさらに紅潮する。
「あ、あの……、もういいから……っ、あとは自分で……」
「そう? じゃあ流しちゃうね」
わたわたと両手をせわしなく振るリンナ。
玲衣は桶に汲んだお湯で泡を流すと、自分の体を洗いにいった。
リンナはおぼつかない足取りで湯船に向かい、体を沈める。
頭の中に焼き付いて離れない玲衣の体。
同性の裸だというのに、ドキドキしすぎてどうにかなりそうだ。
しかし、自分がこんな事になっているというのに玲衣はいつも通り。
玲衣は自分の事をなんとも思っていないのか、それともこの幼児体型が悪いのか。
そんなネガティブな事を考え始めてしまう。
玲衣はすっかり舞い上がっていた。
リンナと一緒に入浴するというのは、彼女がこの世界に来た初日からの悲願だったからだ。
鼻歌を歌いながら体を洗い終えると、リンナの入っている湯船へと向かう。
そして広い浴槽に入ると、リンナの真横に向かい、ぴったりと寄り添った。
「えへへ。リンちゃんと一緒にお風呂っ」
楽しげに首をゆらゆらさせる玲衣。
リンナは口まで湯船に浸かり、ブクブクと泡を吐き出している。
まるで何かと戦っているような表情で。
その顔はこれ以上無いほど真っ赤に茹で上がっている。
「……リンちゃん、大丈夫? 顔真っ赤だよ」
さすがに異変に気付いた玲衣は、心配して声をかける。
「ん、平気。優しいな、レイは。そういうところが好きなんだ」
朦朧とした意識の中、リンナはもはや自分が何を言っているのか分かっていない。
思った事をそのまま口に出してしまう。
いつにない素直な言葉に玲衣は感激した。
「リンちゃん……。私も大好きっ!」
感極まっての熱烈なハグ。
全身を包み込む柔らかさと、顔に押し付けられた二つの膨らみ。
天国のような心地の中、とうとうリンナは意識を手放した。
「……あれ? リンちゃん? もしかしてのぼせちゃった!?」




