26 その想いの名は
「レイおねーさん、シフルは出来るだけ王都にいるのです。困った時はいつでも頼っていいのですよ」
「うん、ありがとうシフルちゃん。またね」
「はいなのです」
騎士団の詰め所を後にした二人は、北部住宅街で別れた。
自宅に戻るのだろう、元気よく走っていくシフルを玲衣は見送る。
一人になった玲衣は、王都の空を見上げながら考える。
七傑武装、伝説にのみ存在が記された召喚武器。
そして、それを操る七英刃。
玲衣一人ならばとても太刀打ちできる相手ではないだろう。
だが、ヒルデにシフルという頼もしい味方を得た。
あとは、彼女が立ち直ってさえくれれば。
彼女が隣にいれば、玲衣は何とだって戦えるのだから。
☆☆
フォルクルーム203号室。
玲衣は鍵を開け、彼女が待つ部屋へと戻ってきた。
「……ただいま、リンちゃん」
「……ん、おかえり」
玲衣が帰った時、リンナは既にベッドから抜け出していた。
寝巻から着替え、窓辺に座って外の景色を眺めている。
「ヒルデさんに会ってきたよ。シフルちゃんにも」
「……そっか」
リンナは窓から視線を移さない。
「二人とも協力してくれるって。これで百人力だね」
「……そうだな」
「七傑武装っておとぎ話に出てくる武器なんだって……ってそれは知ってるか」
「……うん」
玲衣の方に顔を向けず、返事もどこか上の空。
そんな彼女を見かねた玲衣は、提案をする。
「……ね、リンちゃん。散歩いこっか」
「散歩……?」
思わず玲衣に振り向くリンナ。
やっとこっちを見てくれた事を嬉しく思いながら、腕をグイグイと引っ張る。
「ほらほら、せっかくいい天気なんだしさ」
「ちょ、ちょっと、引っ張るな」
半ば強引にリンナを連れ出した玲衣。
二人がやってきたのは、住宅街の一角にある高台。
王都を一望できる絶景スポットとして人気のある場所だ。
「いい景色だね、リンちゃん」
青空をバックにそびえる白い王城、その下に広がる街。
草原から吹き付ける風が、爽やかに髪を撫でる。
サイドテールをなびかせながら柵に体を預け、玲衣は景色を楽しむ。
一方、リンナの視線は玲衣の左腕の包帯に注がれていた。
身体能力強化の影響か、全身に出来たかすり傷はほぼ完治している。
だが深く抉られたあの傷は、さすがに治りが遅い。
「……私のせいだ」
リンナの心を深く苛む自責の念。
そもそも姉は自分が召喚師になるのを良く思っていなかった。
「私が召喚師になったりしなければ……」
でも、召喚師になる事は生きる意味であり、目標だった。
「私がレイを呼んだりしなければ……」
そうすれば、彼女が命の危機に晒される事なんてなかった。
でもそうすると、彼女と出会う事は出来なかった。
「姉さんも、レイを殺そうだなんてしなかった……」
大好きな姉と大切な人が殺し合う姿。
それをただ見ていることしか出来なかった自分の不甲斐なさ。
そしてずっと感じ続けている玲衣への負い目。
彼女の心は悲鳴を上げていた。
「全部……、私の……っ」
「……ありがとう」
「え……?」
突然の言葉。
玲衣はリンナに視線を移し、微笑んだ。
「なんで……、お礼なんて」
「言ったでしょ。私、リンちゃんが呼んでくれた事、感謝してるって」
「で、でも……っ、あんな目にあったのに……!」
わからない。
彼女の言っていることがわからない。
いっそ責めてほしかった。
無理やり知らない世界に引き込んで、命がけの戦いをさせられて。
なのになんで、そんな顔でありがとうなんて。
「確かに最初はね、単純に異世界に来られた事が嬉しかった。でも今は、少し違うの」
「違うって……?」
「私、何よりもリンちゃんに会えた事が嬉しい」
真っ直ぐな目で、言葉で、気持ちを伝える。
彼女の心の奥底まで届くように。
「だから何度でも言うよ。ありがとう、リンちゃん。私を呼んでくれて。貴女と出会わせてくれて」
細い身体を優しく抱きしめる。
ともすれば折れてしまいそうな儚げな印象の少女。
だが玲衣は知っている。
リンナの中には一本の強い芯がある事を。
だから、彼女の心を少しでも軽くしたい。
玲衣は胸に秘めた想いの限りを彼女にぶつけていく。
「呼ばなかった方がよかったなんて、そんな悲しい事言わないで。私はもう、リンちゃんがいないと生きていけないくらいなんだから」
「レイ……」
「私の隣にいてくれてありがとう。リンちゃん、大好きだよ」
——あぁ、まただ。
レイに抱きしめられると安心する。
レイの言葉を聞くと心が軽くなる。
レイと一緒にいると、何も怖くなくなる。
「……こちらこそ、ありがとう。レイ」
俯いていた顔を上げ、玲衣と目を合わせる。
「もう大丈夫。心配かけて悪かった」
その瞳は強い意志を宿し、もう揺るがない。
「思い出したよ、私の目標。姉さんを超える召喚師になること。だったら、こんな事で立ち止まっていられない」
——レイのおかげで思い出す事が出来たよ。
私の中の、譲れない“二つ”の芯。
姉さんを超えたいという想いと、そしてもう一つ、レイを守りたいという想い。
もう絶対に忘れない、だから。
「姉さんを……、ディーナ・ゲルスニールを超えてやろう! 私達二人で!!」
「リンちゃん……。うん! 私達二人なら、絶対に負けないよ!!」
抱き合っていた身体を離し、玲衣とリンナは隣り合って景色を眺める。
爽やかな風に吹かれながら、リンナは呟いた。
「本当にいい景色だな、レイ」
「そうだね、いい景色」
玲衣の横顔をチラリと見る。
彼女に対してリンナが抱いていた想い。
その正体はずっと分からなかった。
玲衣と一緒にいると安心する。
玲衣にくっつかれるとドキドキする。
玲衣が危険な目に会うと、胸が張り裂けそうになる。
でも今、やっと。
「やっと分かったよ、レイ」
「ん、何が?」
「ふふっ、何でもない」
——私は、レイに恋してるんだ。
☆☆
その場所は、ヴァルフラント領内のとある町。
おそらくは廃棄された酒場だろう、店内には当然『客は』誰もいない。
木製の板で作られた壁に貼り付けられたチラシは、風化していて読む事も困難だ。
埃が積もったテーブルと椅子、空っぽの樽。
それぞれに腰掛ける五人の男女の姿がそこにはあった。
「キャハハッ! 七英刃だって、ウケるんだけど。ボク達六人なのにっ」
大きな樽に腰掛けた少女が、足をバタつかせながら笑う。
「だから最後の一つをこれから奪い取るのだというのに。まったくこれだから頭の足りないガキは……」
壁にもたれかかった青年が、キザったらしく前髪をかき上げながら小馬鹿にした口調で返す。
少女はカチンときたのだろう、樽から飛び降り青年へと向かっていく。
「何か言った? 笛吹き野郎。ボクに潰されたいの?」
「やるのかい、クソガキ。僕の召喚獣に勝てるとでも……」
「ハーイ、喧嘩はそこまでよ」
パンパンと手を叩き、場を収めるのはヘレイナ。
その少し後ろにはディーナもいる。
「さて、全員そろって……ないみたいねぇ」
酒場をグルリと見回すと、一人足りない事にヘレイナは苦笑する。
「『グラム』か……。やれやれ、本当あいつは付き合いが悪いなぁ」
青年が嫌みったらしくため息混じりに吐き捨てる。
「私は嫌いではない。強さのみを純粋に追い求める姿勢、尊敬に値する」
口を開いたのはディーナ。
彼女に対し、少女はムッとしながら詰め寄っていく。
「ちょっとあんた、抜け駆けしようとしたって聞いたんだけど。天才だかなんだか知らないけどチョーシ乗ってんの!?」
「まぁまぁ、許してあげましょう。もうしないって約束してくれたんだし、ね」
「うぅ……、まぁヘレイナがそう言うなら」
二人の仲裁に入ったヘレイナの言葉に、少女はしぶしぶながら身を引いた。
「さて、時は来たわ。スクスク育つのを待つのはもう終わり。これより『収穫』を開始する」
ヘレイナは酒場を見渡すと、これまで一度も口を開いていない男に目を向ける。
「まずは『ミストルティン』、貴方が行ってくれるかしら。アレも手に入れたいし」
「えー、なんでさー。ボク達みんなで行って囲めば一発じゃん」
ヘレイナの決定に少女は抗議の声を上げる。
ヘレイナはクスリと笑うと、少女へと向き直った。
「確かにそうだけど、それはプライドが許さないって感じの人がいっぱいいるし、ね」
「プライドねぇ」
青年にディーナ、『ミストルティン』と呼ばれた男や、ここにいないもう一人『グラム』。
納得といった表情でため息をつく。
「さて、それじゃあ頼むわね、『ミストルティン』」
「……では、行ってまいります」
男は立てつけの悪いドアを開け、その場を後にした。




