25 暁の伝説
「おや、道を行くのはレイおねーさんではないですか」
「あ、シフルちゃん。ふーちゃんも」
王都北部の高級住宅街。
久々の帰宅もそこそこに、ふーちゃんを頭に乗せて家から飛び出したシフルは、一人道を歩く玲衣とばったり出くわす。
「こんなところで何をしてるのですか? まさか、シフルに会いに来てくれたとか!」
「あはは、ごめん……。今日はそうじゃないんだ……」
気まずそうに後ろ頭に手を回す玲衣。
よくよく見るとその左腕には包帯が巻かれている。
「そうですかー、残念。今日はリンナおねーさんは一緒じゃないのですか?」
「うん、リンちゃんは……ちょっと、ね」
言い淀み、視線を逸らす。
これでは何かあったと言っているようなものだ。
「……一体何があったのです」
「隠し事は出来ないか……、実は昨日、襲撃者に襲われてね。これからヒルデさんに相談に行くところなんだ」
「襲撃者って、例の召喚師が現れたのですか!?」
「そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」
玲衣は迷っていた。
シフルを、まだ幼いこの少女を巻き込んでいいものか。
真実を知れば、この子は間違いなく手を貸してくれる。
だが、それでもしもの事があれば……。
「シフルの実力が信用できないって顔をしてるのです」
真っ直ぐな瞳で玲衣を見つめ、少しの怒りを込めて、シフルは訴える。
「シフルはリンナおねーさん達の先輩なのです。心配される程ヤワじゃないのです。それに……、そう言える自信を持たせてくれた友達が困っているのに、何もしないなんてシフルはゴメンなのです」
「シフルちゃん……。うん、わかった」
少女の真っ直ぐな言葉に、玲衣は迷いなく頷く。
彼女は守られるようなか弱い存在ではない。
S級召喚獣フレズベルクと心を通わせた、立派な召喚師なのだ。
「じゃあ一緒にヒルデさんのところに行こう。詳しい話はそこでするから」
「りょーかいなのです。っていうか騎士団長さんと知り合いだったのですね」
☆☆
王城にほど近い騎士団の詰め所。
多くの騎士が行き交い、物々しい雰囲気に包まれている。
軽い緊張の中、入り口を警備する騎士に話しかけようとした玲衣は、先に騎士に声を掛けられる。
「ややっ、あなたはレイさんではないですか」
「え、私を知っているんですか」
全身を鎧兜に包んでいるため表情はわからないが、やけに気さくで玲衣は拍子抜けする。
「あの団長との大立ち回り、感動しました。今日はやはり団長に用事が?」
「はい。ヒルデさんに話があって来たんですけど、会えますか?」
「そりゃあもう。さあさあ、どうぞお入りになって。おーい! 門を開けろー!」
騎士が大声で呼びかけると、鎖が巻きあがる音と共に、大きな木の門が重々しく持ち上がる。
そのまま彼は玲衣達を中へと案内した。
「ここが応接室です。団長を呼んできますので、それまでおくつろぎ下さい。それでは」
騎士が部屋を後にすると、シフルはフカフカのソファーに勢い良く座る。
「レイおねーさん、凄いのです! お尻が跳ねるのです!」
お尻でジャンプしながらはしゃぐシフル。
激しく上下にぶれるふーちゃんは、この程度では動じないようだ。
「ふふっ、シフルちゃんはしゃいじゃって。それにしても豪華な部屋だなぁ……」
玲衣は部屋の様子を見回す。
木製の戸棚はガラスが張られ、中には様々な品物が収められている。
玲衣には良く分からないが、おそらく高級なものばかりだろう。
戸棚の上には壺や花瓶、壁には絵画が掛けられている。
シフルの右側、ソファーに腰を下ろすと、腰が沈みこみ、座り心地は抜群だ。
しばらく落ちついていると部屋のドアがノックされ、ドアノブが回された。
「すまない、レイ殿。色々立て込んでいてな、待たせてしまった」
ドアが開き、待ち人が姿を現す。
ヒルデはドアを閉めると、玲衣達の正面のソファーに腰を下ろした。
「いえ、こちらこそ時間を割いてもらって」
「気にするな。む、そちらの少女は……シフル・ガールデンか」
「団長さん、シフルを知ってるですか?」
ヒルデの口から自分の名前が出たことに、シフルは驚いたようだ。
S級ならまだしも、A級の自分の名前が知られているとは思わなかったのだろう。
「わずか十歳にしてA級に昇格した天才だと聞いている」
「天才だなんてそんな事……」
照れくさそうに体をくねくねさせるシフル。
左右に振られるふーちゃんは、脅威のバランス感覚で全く動じない。
「ところでリンナ殿はどうしたんだ? 二人はいつも一緒だと思っていたが」
「……今日はその事で、話があって来ました」
「シフルも、二人が困ってるって聞いて、ここまで付いてきたのです」
「……ふむ。聞こうか」
玲衣の表情にただならぬ雰囲気を感じ、ヒルデの顔が引き締まる。
「実は昨日、ある召喚師に襲われたんです」
「っ! 例の襲撃者か!」
玲衣は静かに首を横に振る。
「確かに襲撃者にも遭遇しましたが、私達を襲ったのはそいつではありません」
一旦言葉を切り、深く息を吐く。
そして、玲衣はその名を口にする。
「私達を……。いえ、私を襲ったその召喚師の名は……、ディーナ・ゲルスニール」
「何だと!?」
「リンナおねーさんの、おねーさんですか!?」
驚愕に染まる二人。
長い間行方知れずだった天才召喚師が突然現れ、妹達を襲った。
にわかには信じられない話である。
「……そうか。自らの姉に襲われ、リンナ殿は」
「はい。ショックが大きかったみたいで、今は部屋で寝てます」
ヒルデにもこの話はショックが大きかったようだ。
だがふと、玲衣の言葉に引っかかりを覚える。
「……待て、今“私”と言いなおしたが、どういうことだ」
「ディーナの狙いは、どうやら私の命みたいで、リンちゃんには手を出そうとはしませんでした」
「レイ殿の命を……? 一体どうして……」
「分かりません。とにかく彼女は神槍グングニルという武器を召喚して、私に襲いかかってきたんです」
「神槍……? 団長さん、それってもしかして」
玲衣の発した神槍という言葉。
シフルは何か心当たりがあるようだ。
「シフルちゃん、何か知ってるの!?」
「暁の伝説……。以前少しだけ話した、おとぎ話の英雄譚に出てくる武器なのです」
「暁の伝説か、あれはただのおとぎ話のはずだが」
「その話、詳しく教えて下さい!」
玲衣が以前聞いた話は、三神獣という怪物が登場するという事だけだ。
もしかしたら何かの手がかりになるかもしれない。
「あ、ああ。これはこの世界の人間なら誰もが知ってる話だが……」
昔、黄昏の召喚師と呼ばれる強大な存在が、世界を炎に包もうとした。
彼が従えるは長大な体躯を持つ世界蛇、絶大な魔力を操る地獄姫。
世界が絶望に包まれようとした時、七人の英傑が立ち上がった。
彼ら七人がそれぞれ持つは、穿弓、魔輪、幻笛、剛剣、雷鎚、神槍。
そして彼らを束ねる暁の召喚師が振るう、絶対の勝利をもたらすと言われる聖剣。
暁の召喚師は氷牙の神狼を従え、六人の英傑と共に黄昏に対峙する。
長い死闘の末、ついに聖剣が黄昏の召喚師を貫いた。
こうして世界に、安寧がもたらされたのだった。
「……と、いうのが大まかなあらすじだ」
「……魔輪。ブリージンガメン……」
「ん? なんなのです、それは」
ヒルデの語った話の中から、玲衣は聞き覚えのある言葉を拾う。
漏らした呟きに、問いかけるシフル。
玲衣は少し考え、言葉を返す。
「私達をたびたび襲った召喚師、ヘレイナって名乗っていましたけど」
「ヘレイナ……聞いたことの無い名前だな」
「シフルも、そんな召喚師は知らないのです」
二人ともその名前を聞いたことが無い。
つまり、表立って有名な召喚師では無いということ。
だが今はそれよりも。
「そのヘレイナが身に付けた腕輪をそう呼んでいたんです。魔輪・ブリージンガメンって」
「なるほど……。神槍に魔輪、か」
「一体どういうことなのです? 英傑の武器は実在するって事なのですか?」
「彼女達は、七傑武装と呼んでいました。そして、自らを七英刃と名乗った」
「七英刃……、そして七傑武装か」
深く考え込むヒルデ。
シフルは頭を抱え、もうなにがなにやら分からないといった様子だ。
「もし英傑の武器が本当に存在し、奴らがその全てを手中に収めていたとしたら、非常に危険だな」
「そうですね。一体何をしでかすつもりなのか……」
そして何故、ヘレイナはリンナを狙い、ディーナは玲衣を狙うのか。
「話は分かった。ヘレイナという召喚師の事も含めて調べておく」
話を切り上げ、ヒルデは席を立つ。
玲衣も伝えるべき事は全て伝え終えた。
ソファーから立ちあがり、ヒルデに一礼する。
「ヒルデさん、今日はありがとうございました」
「礼などいい。それよりも、早く帰ってリンナ殿のそばにいてやってくれ」
「はい。それじゃあ帰ろうか、シフルちゃん」
「はいなのです……。うぅ、とんでもない事になりそうなのです……」




