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24 敵

 信じられない。

 信じたくない。

 目の前の光景が現実だと、リンナは認めたくなかった。

 ずっと憧れていた姉。

 ずっと追い求めてきた姉。

 それが今、玲衣に刃を向け、殺そうとしている。


「嘘だ……、何かの間違いだ……。そうでしょ、姉さん……。そうだと言って……」


 震える声で問いかける。

 記憶の中の優しい姉に戻ってくれると信じて。


「リンナ、積もる話もあるだろうが、まずは……」


 ディーナはグングニルの切っ先を玲衣へと向け、言い放つ。


「こいつを殺してからだ」


 リンナは思い知る。

 姉は本気だ、本気で玲衣を……。

 呆然自失、膝から崩れ落ちるリンナ。

 集中が途切れ、玲衣を包んでいた青い光も消滅してしまう。


「リンちゃん……! あんた、リンちゃんのお姉さんなの!? ならどうしてこんな事を……!」

「言ったはずだ。これから死ぬお前に……、教える意味は無いッ!」


 ディーナはその場でグングニルを二回振るう。

 真空の斬撃が二つ、玲衣へと迫る。

 防御強化シールドブーストが消えてしまった今、まともに食らえば間違いなく致命傷を受ける。


 まずは目を凝らし、攻撃の位置を確認。

 半透明の真空波、その一撃目は既に目前に迫っている。

 その右斜め後方、少し遅れて二撃目。

 跳躍は間に合わない、足を切断されるだろう。

 右側にかわした場合、二撃目に体を両断される。


「なら……」


 最適解は左へのサイドステップ。

 わずかにかすり傷を負うものの、二つの斬撃は玲衣の後方へと飛んでいく。

 だが、これで終わりではない。

 すぐに向きを変え、玲衣を両断せんと背後から迫る。


 チラリと背後を見やった玲衣は、おもむろにディーナへと駆けだした。

 背後に斬撃を引き連れながら、ディーナへと迫る。

 ディーナはグングニルを横倒しに構え、玲衣を迎え撃つ。


 繰り出された横薙ぎは、しかし空を切る。

 玲衣は既に彼女の頭上、体を捻りながら高く飛んでいた。


「よし、これで……!」


 ディーナの目前に迫る二つの斬撃。

 玲衣の急な跳躍に対応できず、真っ直ぐに。

 しかし彼女は眉一つ動かさない。


「私がこんな間抜けな最期を遂げると思ったか?」


 ディーナの眼前、突如斬撃は掻き消えた。

 追尾する斬撃を飛ばすという特性故のセーフティ。

 神槍・グングニルに自滅の二文字は無い。


「まだまだぁ!」


 ディーナの背後、玲衣は着地と同時に剣を振り抜く。

 当ては外れたが背後を取った。

 だが玲衣の鋭い斬撃は、神槍の柄に受け止められる。

 既にディーナは体を反転し、玲衣と相対していた。


「ここまで近ければ、攻撃は飛ばせないでしょ……!」


 再びの鍔迫り合い。

 距離を詰めない限り、ディーナ相手に勝ち目は無い。


「接近戦ならば私に勝てると? 自惚れるな」


 柄の先端、石突きでディーナは玲衣の腹部を強打する。


「う゛っ!」


 衝撃によろめき、わずかに後ろに下がった玲衣に、槍の連撃を浴びせ掛ける。

 目にも止まらぬ早業。

 剣で受け止め、かろうじて致命傷は避けているものの、とても全てをさばききれない。

 瞬く間に玲衣の傷は増えていく。


「諦めろ。お前に勝ち目は無い」

「諦める……もんかぁッ!」


 体中に傷を作りながらも、玲衣の闘志は折れない。

 ディーナに負けじと、持てる限りの速さで剣をくり出して行く。

 ギン! ギン! ギギン!

 金属同士の激しく打ち合う音が響く。


「思ったよりはやるが……、どうしてあの力を出さない」


 あの力、光の剣。

 玲衣に宿った不思議な力。

 確かにあれを使う事が出来れば勝機は見えてくる。

 だが……。


「まさか……出さないのではなく、出せないのか?」

「……ッ!」


 図星を突かれ、僅かに玲衣は動揺する。

 あの力は恐らく、玲衣とリンナが互いを強く守りたいと願う事で発現する。

 しかし、今のリンナは地べたに座り込み、虚ろな目でこの戦いを見守るのみ。

 彼女があの状態では、光の剣は現れないだろう。

 だがそれよりも何よりも、玲衣が許せないのは、リンナにあんな顔をさせる目の前の『敵』だ。


「……ねぇ、あんた一体今まで何してたの……?」

「……? 何の話だ」


 激しい剣戟の最中、突然の玲衣の問いかけにディーナは眉根を寄せる。


「リンちゃんはね……、あんたに憧れて召喚師になったんだ。憧れの存在だって、いつか乗り越える目標だって、ずっと言ってた」

「……」


 玲衣の胸中に怒りが湧いてくる。

 リンナがずっと探していた憧れの姉。

 数年ぶりの再会を果たしたというのに。

 どうしてあの子はあんな顔をしなければならないのか。


「王都に出てきたのだって、あんたの手がかりを得るためだ。それなのに、あんたは何をしてる……?」

「……黙れ」


 言葉の応酬を繰り広げながら、武器を振るう手も休むことは無い。

 激しく打ち合いながら、玲衣は思いの丈をディーナにぶつける。


「リンちゃんに……、私の大切なあの子にあんな顔をさせて、あんたは一体何をやってるんだ!!」

「黙れと言っているッ!」


 無表情を決め込んでいたディーナが、初めて怒りを露わにする。

 正確無比な槍さばきが、荒々しいものへと変わった。


「貴様に……、貴様に何がわかると言うんだ!」


 力任せに玲衣の体勢を崩し、穂先で斬り付ける。


「あぅっ!」


 左腕の二の腕を深く斬りつけられ、激しく出血する。

 だが動かせない程ではない。

 再び両手で剣を構え、敵を見据える。

 ディーナは冷静さを取り戻したのか、僅かに距離を取って対峙する。


「……あの力を出すのを待っていたが、もういい。出せないというのなら、本気で潰すまでだ」

「本気……? 今までのは手を抜いていたとでも言うの……?」


 ハッタリであって欲しい、そう願う玲衣だったが。

 ディーナは懐を探ると、杖を取り出し不敵に笑う。


「フッ、忘れたのか? 私は召喚師だ」


 そしてもう一つ、青色の宝玉。

 以前リンナが言っていた言葉を思い出す。

 S級召喚獣の宝玉は姉のものしか見たことがないと。


「ここに来て、S級召喚獣まで……!?」


 絶望的だ。

 ディーナとS級召喚獣、一対一でも勝ち目は薄いというのに二対一。

 召喚阻止は無理だろう。

 そんな隙をディーナが見せるとは思えない。

 だが諦めるわけにはいかない。

 奥歯を噛み締め、剣を強く握る。


「ほう。この期に及んで諦めないか、いいだろう」


 ディーナは杖の先端に青色の宝玉をはめ込む。

 杖を高く掲げると、青色の光が溢れだした。


「出でよ、ス——」

「はい、ストーップ」


 ディーナの背後、音も気配も無く唐突に現れた女性。

 銀の長髪に胸元の大きく開いたローブ。

 妖艶な笑みを浮かべ、ディーナの杖から宝玉を引き抜いている。


「なんのつもりかしら、ディーナ。貴女の出番はまだの筈だけど」

「……チッ」


 忌々しげに舌打ちすると、ディーナはグングニルを送喚する。

 銀髪の女性はにこやかに頬笑み、玲衣とリンナに話しかける。


「はーい。会うのは三度目ね、お二人さん。おっと、あなた達にとっては初めましてだったかしら」

「あんたは……!?」


 満身創痍の中現れた、未知の人物。

 構えを解かず、剣を握り締めたまま問う。

 おそらくディーナの仲間であろうことは、やり取りから予想は付くが。


「あなた、レイちゃんって言うんでしょ? 私のフレイムドラゴンちゃんやオルトロスちゃんと遊んでくれてありがとう」

「……ッ! あんたが、リンちゃんを襲った召喚師……!」


 女は芝居がかった仕草でお辞儀をしながら名乗った。


「私はヘレイナ。七傑武装セブンアームズは魔輪・ブリージンガメンよ。よろしくね」


 赤、青、緑、黄の宝石がはめ込まれた右手の腕輪を、手をひらひらとさせながらこれ見よがしに見せる。


「ヘレイナ……。あなたたちは何者!? 一体何が目的なの!?」

「目的? 話すと思って? 何者か、に関しては……、そうねぇ」


 少し考え込む仕草をして見せるヘレイナ。

 やはりどこか芝居がかった態度だ。


「七人の英傑の刃に選ばれた者達……。七英刃とでも名乗っておこうかしら。ふふっ、即興にしては中々……」

「七英刃……!」


 ついに姿を現した敵。

 リンナの命を脅かした召喚師・ヘレイナ。

 敵意を込めて玲衣は睨み据えるが……。


「さて、そろそろ帰りましょう、ディーナ。またね、レイちゃん。近いうちに私のお友達が遊びに行くかも、ふふ」

「……召喚獣。次に会った時、必ずお前を殺す」


 次の瞬間、二人はどんな仕掛けを使ったのか、その場から忽然と姿を消した。

 周囲に人の気配は無く、ただ曇り空の下、薄暗い草原が広がるのみ。


「いなくなった……、どういうつもり……?」


 剣を鞘に収め、警戒を解く。

 敵がいなくなったのなら、やる事は一つ。


「……リンちゃん」


 座り込むリンナに、玲衣は近づく。

 玲衣の存在に気付いたのか、リンナはゆっくりと顔を向けた。


「……ぁ、レイ……私……」


 しゃがみ込み、リンナを抱きしめる。

 なんて言葉を掛けていいのか、玲衣にはわからない。


「姉さん……、どうして……どう、して……」


 やがてリンナの目から涙が零れ始める。

 静かに涙を流す彼女を、玲衣はただ抱きしめる事しかできなかった。

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