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21 初めての討伐依頼

 王都ヴァルフ北西のなだらかな丘陵地帯。

 この辺りは温暖で安定した気候のため、召喚獣の牧場があちこちに点在している。

 天気は雲ひとつ無い快晴、草原を吹き抜け、緑の匂いを運ぶ風が心地よい。


 今この場所を、二人の少女が連れだって歩いている。

 目的地はとある牧場。

 家畜や召喚獣を狙って現れるという肉食召喚獣の討伐依頼を果たすためだ。

 サイドテールを爽やかな風になびかせながら、玲衣は隣を歩くリンナへと話しかける。


「依頼を出した牧場って、まだなのかな。王都からもう一時間くらい歩いてるけど」

「依頼主はナディス牧場だったよな。そろそろ見えてくると思うけど」


 リンナがB級召喚師として初めて請け負う討伐依頼。

 B級召喚師の依頼は、低ランクの召喚獣の捕獲・討伐が主だ。

 日常の雑用がほとんどを占めていたC級の時とは違い、命の危険に晒される恐れもある。

 そのことは重々承知だが、今のリンナに不安は無かった。

 部分強化の習得と、玲衣の存在。

 この二つが、彼女の中で大きな自信となっているのだ。

 もちろん気を抜いたり、油断しているわけではない。


「あ、あれじゃない?」


 玲衣が指さす先、丘の向こうに見える召喚獣牧場。

 立てられた大きな看板に、ナディス牧場と書かれている。


「ようやく着いたな。王都のすぐ側って話だから歩きで来たけど……」

「ほら、リンちゃん! 早くいこっ」


 リンナの手を取り、玲衣は走りだす。


「うわっとと、ほんと元気だな」


 一緒に走りだしながら、リンナはクスリと笑った。



「とうちゃーく!」

「ハァ……ハァ……、け、結構、距離あった……」


 全力疾走で牧場へと駆けこんだ玲衣。

 手を引かれていたリンナは、思った以上の距離を全速力で走る羽目になった。

 手を膝について、肩で息をするリンナを、玲衣は心配そうに見守る。


「あ、ごめんね、リンちゃん。あんなに遠かったとは思わなくて」

「だっ……いじょうぶだから……っ、きたえて、るからっ……」


 息も絶え絶えだが、少し休めば大丈夫そうだ。

 リンナを近くの木陰に座らせると、玲衣は興味深げに辺りを見回す。

 まず目を引くのは柵に囲まれた広大な放牧地。

 羊や山羊、温厚なC級召喚獣が思い思いに草を食んでいる。

 今いる入り口の周囲には、木製の小屋がいくつか並ぶ。

 その中でも最も大きいものが、牧場主が住んでいる家だろう。


 玲衣が眺めていると、その家のドアが開く。

 姿を現したのは同じぐらいの年頃の少女だ。

 彼女はこちらに気がつくと、やけに勢いよく駆け寄ってくる。

 青いオーバーオールを身に付けたオレンジ髪の少女。

 まず間違いなく牧場の人間だろう。

 まだ復活していないリンナに変わり、玲衣が挨拶する。


「はじめまして。私達、召喚師ギルドの依頼を受けてきた……」

「リンナちゃんだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 玲衣の横を駆け抜け、木陰に座り込むリンナにダイブする少女。

 そのままリンナに抱きつき、頬ずりまで始めた。


「久しぶりだねぇ! まさかリンナちゃんが来てくれるなんて、もうこれは運命だよね!」

「ライア!? どうしてここに!? っていうか頬ずりはやめろぉ」

「えー、いいじゃん。それにしても召喚師になれたんだね。しかも討伐依頼ってことはB級でしょ?」


 玲衣を完全に無視して話を進める少女。

 そもそもリンナに妙に馴れ馴れしいのはどういうことか。


「……えっと、リンちゃん。この人知り合い?」


 出来る限り笑顔を作りつつ、玲衣は会話に入っていく。


「あぁ、故郷のフロージで一緒だった、幼馴染の……」

「ライア・ナディウスです。リンナちゃんとは将来を誓い合った仲です」


 満面の笑みで何を言うのかこの少女は。

 思わず笑顔を崩しそうになる。


「……それって、どういう?」

「どうって、そのままの意味ですよー。大人になったら結婚しようねって、昔……」

「……へぇ、そうなんだぁ。ほんと? リンちゃん」


 リンナの方へ顔を向ける玲衣。

 明らかに目が笑っていない。


「いや、子供の頃のごっこ遊びでそんな事言ったような……。まさかライア、本気にして……」

「だよね! リンちゃんが本気でそんなこと言うはずないもんね!」

「ちょっと、あなたさっきからリンちゃんリンちゃんって馴れ馴れしいんだけど、一体どんな関係なの!」


 リンナから体を離し、玲衣に食ってかかるライア。

 もちろん玲衣は一歩も引かない。


「はじめまして、レイっていいます。リンちゃんの召か……『パートナー』です。リンちゃんとは一緒に住んでます」

「んなぁ……っ、同棲って、リンナちゃん、どういうこと!? 浮気なの!?」

「あーもう、二人とも落ちつけ」


 これ以上続けると収拾がつかなくなりそうだ。

 話がこじれる前に、リンナは二人の間に割って入った。


「えーっと、まずは……。ライア、どうしてこの牧場にいるんだ?」

「実はここ、元々お爺ちゃんの牧場だったの。でも突然お爺ちゃんが亡くなって、処分されそうになって。お父さんもお母さんも牧場を継ぐなんて嫌だって言うから、私が貰っちゃった」

「なるほど、昔から牧場を継ぐんだって言ってたもんな。しかもいきなり牧場主か」


 ライアはコクリと頷く。

 この大きな牧場を切り盛りするのは苦労が多い事だろう。


「そうなの。大変なことも多いけど、ずっとやりたかった事だもん。今凄く充実してる。でも……」

「依頼にあった召喚獣か」


 彼女の表情が不意に曇る。

 依頼の件、家畜を襲う召喚獣がライアの心に暗い影を落とす。


「夜になるとね、現れるの。私は怖くてチラッとしか見れてないんだけど、二本足で歩く大きな影が、家畜を殴り殺して……その肉を……」

「二本足で歩く……。それだけじゃ犯人の特定はできないな」


 野生の肉食獣にとって、柵の中の家畜は簡単に手に入るごちそうだ。

 一度味を占めれば、何度だってやってくるだろう。

 その内に人を襲い始めるかもしれない。

 こうなればもはや、駆除するより他は無い。


「やられた家畜の死体は無いのか? 何か手掛かりが残っているかも」

「昨日やられた分はまだ処分してないけど……かなり酷いよ、見るの?」

「私は平気だ。少しでも相手の情報が欲しいところだし」

「わかった。それじゃあ案内するね」


 小さな小屋の一つへ、ライアは歩いていく。

 リンナも彼女に付いていこうとして、しかし玲衣の事が気になった。

 彼女は先ほどから全く会話に参加していない。


「レイ、まだ怒ってるのか? なんでそんなに機嫌が悪いのか知らないけど、ライアは一応依頼人なんだから」

「……怒ってないもん」


 こんな事を言ってはいるが、明らかに不貞腐れている。

 だがこんな調子で依頼に支障が出ては困る。


「ライアが気に入らないのは仕方ないとしても、依頼が終わるまでは集中してほしい」

「……わかったよ。リンちゃんのB級として初めての仕事だもん。絶対に失敗は出来ないよね」

「そうじゃない。危険な召喚獣が相手かもしれないんだ。レイにもしもの事があったら、私は……」

「リンちゃん……」


 リンナが自分を心配してくれている。

 そのことが分かっただけで、玲衣の心のモヤモヤは薄れていく。


「リンナちゃーん、何してるのー。こっちだよー」

「あぁ、ごめん。すぐ行く」


 待ちくたびれたのか、小屋の入り口から身を乗り出しライアが呼ぶ。

 返事を返すと、リンナは玲衣を促す。


「ほら、行こう」

「……うん」


 リンナの後に続き、玲衣はライアが待つ小屋の中に足を踏み入れた。


 藁が敷き詰められた狭い小屋の中、血なまぐさい臭いが漂う。

 臭いの元は、小屋の端にある盛り上がったシートの下だろう。

 ライアは意を決して、そのシートをめくる。


「これが、昨日やられた山羊だよ」

「うっ……!」


 思わず口元を覆う玲衣。

 凄まじい力で殴られたのか、山羊の頭は陥没していた。

 首の骨が折れ、おかしな方向を向いている。

 腹は食い破られ、内臓はあらかた食われていた。

 さらに、体のあちこちに噛みちぎられた跡があり、白かった毛皮は赤く濡れている。


「レイ、大丈夫か。無理なら外に出た方がいい」

「……話聞きたいし、残るよ。リンちゃんこそよく平気だね……」

「昔、家畜の解体の手伝いとか色々したからな」


 リンナは山羊の傷口を念入りに調べる。

 噛み跡から分かるのは、鋭利な牙を持っている事。

 まるで切れ味鋭いナイフで切ったような傷跡だ。

 さらに口の大きさ、爪跡の形から熊と仮定した場合、五メートルは超える大きさとなる。

 次に首の折れ方。

 山羊の頭蓋骨を陥没させ、首の骨を折り曲げる一撃。

 一体どれほどの力で殴ればこうなるというのか。

 二足歩行の肉食獣で夜行性、かつこれほどの腕力を持つ召喚獣。

 生息域も考慮し、リンナの中で大体の予測はついた。


「これは……おそらくクレセントベアの仕業だ」


 クレセントベア。

 特殊な能力は持たないものの、その剛腕と凶暴性でB級中位に位置づけられる召喚獣。

 駆けだしのB級召喚師なら、すぐに救援を要請する相手だ。

 だが、オルトロスやボルトリザードの大群を相手取った玲衣ならば、不覚を取ることはないだろう。


「コイツが出るのは夜だ。それまでに作戦を立てよう」

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