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20 今はまだ分からないけど

「おや、レイ殿にリンナ殿。こんなところで会うとは奇遇だな」


 背後から聞き覚えのある声。

 手を繋いで雑踏を歩いていた二人は、後ろを振り向く。

 白銀の軽鎧を身に付けた金髪の女騎士。

 ヒルデの姿がそこにあった。


「あっ! ヒルデさん、お久しぶり……というほどでもないか」

「こ、こんにちは、見回りですか」


 軽く挨拶を返す玲衣。

 リンナはまだ少し緊張しているようだ。


「うむ、まあそんなところだ。ところで今日二人は何を?」

「えへへ、リンちゃんとデートです」

「違っ! ただ二人で出掛けてるだけで!」


 大慌てでリンナは弁解する。

 しかし顔を赤くして手をバタバタさせていては、まるで説得力が無い。


「あーもうっ! そ、そうだ! オルトロスの件、ギルドに報告していただいて、ありがとうございました」


 話題が変な方向に行く前に、リンナは真面目な話に持っていこうとする。


「おかげで特別昇級試験を受ける事ができて、無事B級になれました」

「おお! それはめでたい! 私も報告を上げておいた甲斐があったというものだ」


 うんうんと頷き、ヒルデは賛辞を送る。

 玲衣は自分の事のように胸を張り、リンナを褒め称え始めた。


「リンちゃんは凄いんですよ! 高等テクニックだっていう部分強化をマスターしちゃったし、山でトカゲに囲まれた私をそれを使って助けてくれて、本当にカッコよかったんですから」

「それを言うならレイだって、いつも体を張って私の事守ってくれるし、美味しい料理も作ってくれるし、感謝してもし足りないくらいなんだからな」

「リンちゃん……、そんな事思ってくれてたんだ……。えへへ、嬉しい」

「べ、別に、これくらい思って当然だろ……っ」

「あー……コホン」


 見つめ合い、二人の世界に入り始めた玲衣とリンナに、自分の存在を思い出させる咳払い。

 二人はハッと気付くと、照れくさそうに目線を逸らした。


「とにかくB級昇格おめでとう。ところで……あれから襲撃者は現れたか?」


 不意に真剣な表情になり、ヒルデは話を切り出す。

 玲衣とリンナも、その表情は途端に引き締まった。


「いえ……、あれから現れていません。昇級試験中に襲ってくるかと思っていましたが……」


 リンナの答えに、口元に手を当てるヒルデ。


「残念ながらこちらも手がかりはゼロ、だ。なにも尻尾は掴めていない」


 首を横に振り、軽くため息をつく。

 リンナ達からなにか新しい情報が掴めるか、と期待していたが、ここまで動きが無いとどうしようもない。


「一体何者なんだろう……。何が目的でリンちゃんを狙って……」

「わからないな。ただ、何かが起ころうとしている……。そんな胸騒ぎがしてならない。こんな時、あいつがいてくれたら……」

「あいつ?」


 ヒルデの呟きに、玲衣は思わず聞き返す。

 うっかり口から漏れてしまったか、とヒルデは苦笑い。


「あぁ、聞こえてしまったか。実は昔、私と一緒に剣を学んでいた友がいたんだ。その腕前は私以上だったよ」

「ヒルデさんよりも強いんですか!?」


 驚愕に包まれる玲衣。

 生身の体で、強化された自分をあしらったヒルデ。

 彼女よりも強いだなんて、もはや想像もつかない。


「試合であいつに一本取れた事は、数える程しかなかった。本当なら、あいつが騎士団長だったろうな」

「それで……、その人は今どこに……?」


 恐る恐る尋ねる。

 ヒルデの口ぶりからして、故人では無いと思うが。


「わからない。あの日……、師匠が殺された日、あいつは自分の無力さを嘆き、そして姿を消した……」


 絞り出すようなヒルデの声、そして重苦しい沈黙。

 これ以上なにがあったか聞くことは、二人にはできなかった。


「……ハッハッハ、そんな顔をするな! 昔の事だ。忘れてくれ」


 豪快さを感じない、どこか無理をした笑い声だった。

 笑顔を作ると、ヒルデは片手を振る。


「すまなかったな、こんな話をして。では、私はこれで」


 別れを告げ、雑踏の中へ消えていくヒルデ。

 不穏な気持ちはくすぶっていたが、今あれこれ考えても仕方ない。


「……いこっ、リンちゃん。デートの続き」

「だっ……だからデートじゃないって!」


 リンナに微笑み、ギュッと手を握る。

 玲衣の笑顔と温もりは、いつもリンナの不安を取り除いてくれる。

 たとえ何が起きても、レイと二人なら大丈夫。

 なんの根拠も無いが、リンナにはそう思えるのだ。




 ☆☆




 デートから戻った玲衣は、リンナとのもう一つの約束を果たすべく闘いへ臨んだ。

 彼女の好物を作るという約束。

 戦場はキッチン、敵は神狼亭のステーキ。

 あの味に並ぶ、いや、越えて見せる。

 並々ならぬ闘志を燃やし、激闘の果てに。


「はいどーぞ、召し上がれ」

「おぉ……これは……!」


 リンナの前に出された羊肉のステーキは、その辺りのレストランなど相手にならない代物だった。

 王都ではタングリス種のヤギ肉は高価すぎたため、羊肉で代用。

 臭みの無いラム肉を使用し、ソースの味も出来る限り再現。

 素材の問題もあって完璧に再現したとまではいかないものの、かなりの自信作だ。


「いただきます、じゅるり……」


 肉を切り分け、口に運び、一噛み。

 芳醇なソースと肉汁の旨みが口の中で弾け、リンナは幸福感に浸った。


「っはぁぁぁぁ……。おいしい……」

「ほんと? 神狼亭のステーキとどっちが美味しい?」


 リンナは真面目な顔でしばらく考える。


「うーん、甲乙つけ難い。でもレイの味、私は好きだ」

「そっか……、うん。今度は私の方が美味しいって迷わず言ってもらえるように頑張るね」


 すこし残念そうな玲衣だが、あのステーキと接戦を繰り広げたのだ。

 そのことは今後の彼女の自信につながった。


「レイの料理は本当においしいよ。いつでもお嫁さんになれるな」

「……お嫁さん?」


 お嫁さん。

 結婚。

 ウエディングドレスを着て誰かの隣に立つ自分を、今まで玲衣は想像した事もなかった。

 だれか男の人の隣にいる自分を想像しようとする。

 しかし、どうにもしっくりこない。

 なら誰ならしっくりくるのか。


 目の前で幸せそうにステーキを食べるリンナをじっと見つめる。

 ウエディングドレスを着る自分、その隣に同じくウエディングドレス姿のリンナ。

 二人で一緒にブーケを投げて。

 なんだか妙にしっくりきてしまった。


「んぅ? どうしたレイ、顔が赤いけど」

「なっ……何でもない!」


 ブンブンと頭を振り、妄想を吹き飛ばす玲衣。

 その様子をリンナは怪訝な表情で見つめていた。


 ——うぅ、リンちゃんと結婚する自分を想像するなんて……。



 夕食を終え、入浴を済ませ、玲衣は寝巻姿で鏡の前に座っている。

 自分の髪をヘアブラシで整え、手入れを終えると、リンナを手招きする。


「おいで、リンちゃん。髪、やってあげる」

「……ん、ありがと」


 リンナが鏡の前に座ると、玲衣は後ろに回り、膝立ちに。

 サラサラの長い髪を、ブラシに通していく。

 玲衣がリンナの髪の手入れをするのは、旅行中にも欠かしたことの無い彼女達の日課だ。


「どう? ブラシに引っかかって痛かったりしない?」

「平気だよ。レイが上手だから」

「違うよ。リンちゃんの髪が綺麗だからだよ」


 ゆっくりと長い髪にブラシを通し、整えていく。

 沈黙も苦痛にならない、二人だけの静かな時間。

 心地よい感覚の中、リンナは口を開く。


「レイ、明日からはいよいよB級の依頼をこなしていく事になる。危険な目にも会うと思う」

「そうだね。……不安?」

「いや、不思議と全然不安は感じないんだ。……レイがいるからかな」


 いつになく素直な言葉に、思わず玲衣のブラシを動かす腕が止まってしまう。


「……私も、リンちゃんさえいれば、何があっても平気かな」


 再び手を動かし始める。

 日増しに大きくなっていく、リンナへの想い。

 この気持ちが何なのか、ずっと孤独だった彼女には、今はまだよく分からない。

 でもそれは、きっと素敵なものなのだろう。

 そのことだけは、今の玲衣にも分かっていた。

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