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02 光の剣

 目の前に広がる異様な光景。

 玲衣はひとまず、自分の現状把握に努める。

 まず、ここはどこかの草原、地平線まで緑一色。

 ここまで広大な草原は、狭い日本にはあまりないのではないか。


 北海道かどこか、その可能性は……最初から無いだろう。

 目の前にいる巨大なドラゴン。

 北海道にはいない生き物である。

 否、地球中探してもこんなものはいるはずが無い。


「女の子? なんで……」


 背後から声。

 ふりむくと、きれいな蒼白の長い髪を頭の両サイドで結んだ、小柄な少女が座り込んでいた。

 玲衣を見上げるその目には、困惑の色が見て取れる。


「かわいい……」


 うっかり見とれてしまい、のんきにもそんなことを呟く。

 だがそれは巨竜の足音によってかき消され、一方のリンナは大慌てで玲衣の後ろを指さす。


「危ない! 後ろ! ドラゴン来てる!」


 慌て過ぎて片言ぎみのリンナが指さす先には、突然現れた少女を獲物と見定めたフレイムドラゴン。

 ズシン、ズシンと轟音を響かせ、その巨体で二人に迫る。


「うわ、そうだった! 逃げなきゃだよね。立てる?」


 座り込むリンナに手を差し伸べる。


「だいじょう……つっ! 足痛めたっぽい」


 彼女の手を取り立ち上がろうとするリンナだが、右足首に走る痛みに顔をしかめた。

 そうこうしている内にも、ドラゴンは接近してきている。

 爪の一撃が届く距離までもうあとわずか。


「よし! じゃあ私が運ぶから」


 そう言って玲衣はリンナをひょい、と抱え上げた。

 いわゆるお姫様だっこである。

 すこし気恥ずかしいリンナだが今はそうも言っていられない。

 恥ずかしがるのは命が助かってからだ。


 一方の玲衣は違和感を覚えていた。

 腕の中の少女が、妙に軽い。

 否、これは——。


「しっかりつかまっててね、舌噛まないように」

「え? それって」


 妙な確信の中、玲衣は駆けだした。


 ——速い。

 彼女の走るスピードは、人間の出す限界の速度を優に超えている。


「うひゃあああああ!?」


 激しい振動にがくがくと揺れるリンナ。

 もはや何が何だかわからないといった感じだ。


 玲衣も戸惑っていた。

 この状況、自分のこの力、そして後ろを自分とほぼ同じ猛スピードで追ってくるドラゴン。

 ……ドラゴン?


「えっちょっと待って? あいつあんなに速いの?」


 見上げる程の丘のような巨体があの速度を出せるとは。

 逃げ切れるつもりでいた玲衣の当ては外れた。

 スピードは同じ、ならば体力勝負。

 だがあんなデカブツに体力で勝てるのか?

 分が悪い賭けには違いない。

 自分の体力が尽きた時、待っているのは間違いなく、死だ。

 それよりも、一か八か自分に備わった力に賭ける!


「ねえキミ、名前は?」

「リン、ぬあ゛あ゛あああ」


 揺れで頭がシェイクされているリンナ。

 がくんがくんしていてまともに喋ることができない。


「リンちゃんだね。あいつから逃げ切るのは無理だと思う。だからここで迎え撃とう」

「ぬぁっ、に言ってぇ」

「リンちゃん、荷物に武器とか入ってない?」

「短剣っ、入ってるけどっ」


 ブレーキをかけ、止まる玲衣。

 リンナをそっと地面に下ろし、バッグから短剣を取り出す。


「無茶だ! 生身で、しかもそんなナイフみたいな剣で!」

「勝算が無いわけじゃないよ。あいつの鱗多分硬いよね」

「あぁ、並の剣じゃ歯が立たないけど…」

「わかった、ありがとうね」


 リンナをじっと見つめる。

 絶対にこの少女を守らなければ。

 そんな使命感にも似た衝動が、彼女を突き動かしていた。

 会ったばかりの少女の為にドラゴンに立ち向かえる自分が不思議だったが、彼女の顔を見ると不思議と恐怖は失せていく。


「いってくる」


 リンナに微笑むと、深紅の巨竜に視線を向け、キッと睨み据える。



 地を蹴り、巨竜の眼前に間合いを詰める。

 振りぬかれた巨竜の剛腕、右薙ぎの大振りを、玲衣は一足跳びでかわした。

 5メートルはあろうかという大ジャンプだ。


「思った通り、身体能力が跳ね上がってる!」


 どういう理屈かわからないが、今は関係ない。

 着地した玲衣は続けて襲い来る太い尻尾の薙ぎ払いを、ジャンプで回避。

 一回転し、巨竜の鼻先に着地する。


「よくあるパターンだよねっ。目だけは柔らかいってやつ」


 狙うは竜の瞳、短剣を逆手持ちし、柄尻に左手を添え体重を乗せる。


「喰らえッ」


 巨竜の眼に短剣を突き立てんとする玲衣。

 だが、城塞のごとき鱗に覆われたまぶたが、それを阻まもうとする。


「それもよくあるパターン!」


 刺突を止め、閉じられたまぶたの隙間をこじ開けていく。

 わずかに開いた隙間、全身全霊で竜の瞳に刃を突き立てた。


 だが、この攻撃は致命傷にはならなかった。

 眼球の奥、脳を傷つけるには、刀身があまりにも短すぎる。

 巨竜は暴れ狂い、首を振って玲衣を振り落とす。

 落下した彼女をその剛腕が弾き飛ばした。


「あ゛うッ! ぅぐっ……」


 全身がバラバラになりそうな衝撃を受け、吹き飛び、さらに硬い地面に叩きつけられる。

 未だかつて味わったことのない痛みに玲衣は身悶える。



 ——怖い。

 今すぐここから逃げ出したい。

 でも、泣きそうな顔で私を見ているあの子。

 今彼女を見捨てたら、きっと私は一生後悔する。


 なぜかはわからないが、絶対に彼女を助けなくてはいけない。

 自分でも不思議で仕方ないが、その強い想いが彼女を突き動かす。


「だから……」


 立ち上がり、敵を見据え、玲衣は願う。


 もっと、——彼女を守る力を!



 リンナの心は自責の念でいっぱいだった。

 おそらくあの子は普通の女の子だ。

 あの異常な身体能力も、召喚されたときに付与されたもので。

 私が苦し紛れに割れた宝玉なんて使わなければ、彼女はこんな目にあわずにすんだのだ。


 リンナは祈った。

 奇跡でも何でもいい、彼女を——助けて!



 それは、同時に起こった。


 玲衣が首から下げた、母の形見の首飾り。

 リンナの杖の先端の、ひび割れた宝玉。

 その二つが、玲衣が現れた時のように輝きだす。


 そして、光は玲衣の右掌に集まっていき、光の剣を形作った。


 実体は無いが、確かにそこにある、握り込める。

 その刀身は半透明で、もやもやと陽炎のようなオーラが立ち上っている。


「なにが、起こったの」


 リンナの方を見やる玲衣。

 彼女にも何が起こっているのかわからないようだ。

 でも……。


「これなら……いける!」


 全身に力がみなぎる。

 さっきまでとは比べ物にならないほど。

 巨竜から受けた傷も痛みも消えてしまった。

 はっきり言って、負ける気がしない。



 地を蹴り、飛び出す。

 次の瞬間、玲衣は既に巨竜の腹の下にいた。

 まずは力の確認、巨竜の腹に鋭い蹴りを見舞う。

 固い皮膚に足先がめり込み、竜は苦悶のうめきをあげ、その巨体がわずかに宙に浮く。

 勝てる、そう確信した玲衣は、光の剣を両手で握りしめた。


「おりゃあぁぁぁぁあっ!」


 両手で持って全力で叩きつけた光の剣。

 峰も刃も関係無い遮二無二な一撃は、巨竜の体躯を両断するには至らず。

 しかしその衝撃に、フレイムドラゴンは吹き飛ばされる。

 砂塵と轟音を立て、おもちゃのように転がっていく巨体。

 やがてその動きを止め、粒子となって消滅した。


「送喚されてく……っていうか、あの子、A級召喚獣に勝っちゃった」


 目を丸くするリンナ。

 玲衣は彼女に向き直ると、二カっと笑ってブイサインを作る。


「イエイ! リンちゃん見てた?」

「元気そうだな。はぁ〜〜、よかったぁ」


 緊張の糸が切れたリンナは、目を閉じて深い息を吐く。

 しかし、首飾りと宝玉の発光が弱まると、光の剣は消滅し、そして……。


「あれ、世界が回って……」


 玲衣は仰向けに倒れたのだった。



 一連の流れを上空から見守っていた銀髪の女性。

 A級召喚獣が倒された反動を、彼女は全く意に介していない。


「素晴らしいわぁ、ふふっ」


 歓喜に口元を歪め、そうこぼすと、彼女は忽然と姿を消した。


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