19 二つの星
「……んぅ」
心地よいまどろみの中、リンナはうっすらと目を開ける。
目の前には小さな寝息を立てる玲衣。
周囲に目を移すと、まだ住み慣れたとはいかないものの、紛れもなく自分の部屋。
朝の光はカーテンに遮られ、部屋の中は薄暗い。
「あぁ……そっか、帰って来たんだった」
まだ覚醒しきっていない頭で、リンナは思い出す。
五日間の小旅行を終え、無事に王都に戻り、そしてB級召喚師に昇格したこと。
そしてその五日間、こうして玲衣と寄り添って眠ることが無かったこと。
玲衣の温もりを感じていると、安心して熟睡できる。
こんなこと、本人には絶対に言えないが。
「……ぐっすり寝てるなー」
目の前で、あどけない寝顔を見せる彼女を、リンナは見つめる。
普段結っているサイドテールは下ろされ、肩まで伸びた赤茶の髪。
顔にかかっている前髪を、リンナは指で払ってあげる。
ふと、すぅすぅと寝息を立てる唇に彼女の目が奪われる。
「レイ……」
その唇に吸い寄せられるかのようにリンナは顔を寄せる。
そして目をつむり、顔を傾けて……。
「ってなにしようとしてるんだ私はあぁぁぁぁぁ!!!?」
「うわっ!! びっくりした、なになに!?」
静かな朝に響くリンナの絶叫。
至近距離で叫ばれ、玲衣は飛び起きる。
強制的に夢から覚めた玲衣が最初に見たものは、顔を真っ赤にし、頭を抱えて悶えるリンナの姿だった。
「ど、どうしたのリンちゃん。どこか具合でも悪い?」
「あぁぁぁ、私は何もおかしくない、どこも悪くない、悪いのはシフルだぁ……。あいつがあんな事、キ、キ……とか言うからぁ……」
玲衣の頭にクエスチョンマークがいっぱい浮かぶが、とりあえず体調が悪いとかではなさそうだ。
元気そうなリンナに胸を撫で下ろす。
リンナは枕に顔を埋め、なにやら呻いていた。
☆☆
朝食を終え、身だしなみも整えて。
二人は手を繋いで王都の中心街へと歩いていく。
王都に戻ったら一緒にパフェを食べるという約束を果たすために。
シフル曰くデートである。
そう、デートなのだ。
「リンちゃん、まずはどこへ行こうか」
玲衣の服装はピンクのホルターネックの上に半袖の上着をはおり、ピンクのミニスカートで合わせている。
いつもの動きやすさを重視した服装とは大きく異なっている。
もちろん腰に剣などという物騒な物は下げていない。
「そうだな……、いきなりパフェってのもなんだし、ウインドウショッピングでもしようか。欲しいものがあったら買う感じで」
リンナはいつも身につけている大きな黒マントを外し、青のワンポイントが入った白のブラウスに、膝丈の青いスカート。
いかにも召喚師な普段のイメージとは違った、儚げで清楚な趣だ。
二人がまず入ったのは小物店。
店内の戸棚にはきらびやかなアクセサリーがズラリと並ぶ。
「うわーっ、このアクセかわいい!」
さっそく手にとって品定めを始める玲衣。
彼女はこういったアクセサリーには凝るタイプだ。
いつも身につけている星の髪飾りは、バイト帰りに見つけて一目惚れした代物だった。
一方のリンナはこういったものには無頓着な方である。
ツインテールをしばっているのはただの黒いゴムで、特に飾り気も無い。
自分を着飾る行為という行為が、いまいちピンとこなかった。
「私はこういうの、よくわかんないんだよな。適当に見てるよ。レイはゆっくり選んでて」
ブラブラと店内を見て回るリンナ。
キラキラと輝く色とりどりのアクセサリーに、少し目がチカチカする。
やっぱり私にこういうのは向いてないな。
再確認するように心の中で一人呟く。
「リンちゃーん! これ見て、これ!」
嬉しそうに走り寄ってくる玲衣。
なにやら手に持っているようだ。
「どうした、レイ。なにか良い品でも見つけた?」
彼女の気に入った小物でも見つけたのだろうか。
玲衣はリンナの前に、二つセットの髪留めを差し出した。
手のひらの上に乗せたそれは、青いゴムに星の飾りがついたデザイン。
「これって……」
「えへへ、私の髪飾りとデザイン似てるでしょ? リンちゃんの髪留めにどうかなって。私とおそろいみたいに見えるし」
玲衣とおそろい。
その言葉はリンナの心を大きく動かした。
やっぱりオシャレにはピンとこない、興味はない。
興味はないけど、玲衣とおそろいなら、それなら。
「……ん。着けてもいいかな」
「やったっ! じゃあさっそく買ってくるねっ」
リンナに笑顔を見せると、カウンターへと走っていく玲衣。
サイドテールが上下に跳ね、まるで犬の尻尾のようだ。
どうも彼女は犬っぽいとリンナは常々思っていた。
やたらと人懐っこいのだ。
むやみに抱きついてくるし、スキンシップも激しい。
それは彼女の今まで抱いてきた孤独感の裏返しなのだが。
この世界に来る前の彼女を良く知らないリンナには、そこまではわからなかった。
「買ってきたよ、さっそく着けよう! 今すぐ、ね!」
「え、ここでか」
会計を終えた玲衣は、さっそく星の髪留めをリンナに着けようとする。
「大丈夫だよ、私が着けてあげるから。ほら」
「……じゃ、頼む」
玲衣はリンナの後ろに回ると、馴れた手つきで元の黒ゴムを外し、新しい髪留めを付けていく。
彼女の中で抗いがたいもふもふとの葛藤が起きていたが、さすがにこの場でやったら怒られるだろう。
強く自制し、髪留めの交換は無事完了した。
「はい、出来た。凄く似合ってるよ。ほら、見て」
ポーチの中から手鏡を取り出し、リンナに渡す。
リンナはそれを受け取ると、自分の髪留めを確かめた。
淡い髪色に浮かぶ、二つの星。
そのデザインは確かに玲衣の髪留めと似て、むしろそっくりだった。
「レイとおそろい……」
彼女と同じものを身につけている。
リンナの胸になにか暖かいものが溢れて来た。
玲衣と出会ってから味わうようになったこの感覚。
今はまだこの気持ちがなにかわからないけど、それは凄く心地のいいもので。
「……ありがとう。大切にするよ」
「えへへ、気に入ってくれたみたいでよかった」
安心したように笑う玲衣。
リンナは手鏡を返すと、また二人手を繋いで歩き出す。
「次はどこへ行く?」
「ふふっ、リンちゃんとならどこへでも」
「……それ一番困るやつだ」
昼食時、二人は街の中心に近いカフェの二人席に、向かいあって座っている。
昼食をとり、そしてパフェを食べるために。
ここは王都でも有数のスイーツが食べられる有名店。
幸い並ばずに入れたが、運が悪ければ一時間待ちもあるという。
まず運ばれてきたのはこの店の特性パスタ。
セーフリム豚のベーコンとタングリス山羊のチーズソースがたっぷりとかけられ、食欲を誘う匂いがする。
「おいしそう……、いただきます」
ソースをたっぷりとからめ、ベーコンと一緒に麺を口の中へ。
芳醇なチーズの香りと、パスタの柔らかい食感が口内に満ちる。
リンナは一口目をしっかりと味わうと、テーブルに備え付けられた粉チーズを二振り。
ソースと混ぜ合わせ、二口目をいただく。
濃厚さがさらに増し、それでいてくどくない。
さっぱりとした後味が残り、非常に満足のいく味だ。
「本当に幸せそうに食べるよね、リンちゃん」
うっとりとした表情のリンナを眺めながら、玲衣もパスタを口に運ぶ。
リンナに自分の料理の方がもっと美味しいと言わせたいと、対抗心を燃やしながら。
「美味しかったね、ここのパスタ」
「そうだな、でもメインはあくまでパフェ……!」
リンナの目がギラリと光る。
そう、あれだけ美味しかったパスタも、言わば前座。
本命がとうとう彼女達のテーブルに運ばれてきた。
「おお……、これが……ッ」
「ジャンボフルーツパフェスペシャル三段盛り……っ」
特大の透明なグラスに盛られた果物とクリームの巨大な塔が、テーブルの上にそびえ立った。
「ジャンボフルーツパフェスペシャル三段盛りとなります。ごゆっくりどうぞ」
ジャンボフルーツパフェスペシャル三段盛り。
一番下に敷き詰められた柑橘系の果物の上にクリームとチョコの層。
続いてフレークとイチゴペーストの層が重なり、一番上に敷き詰められたアイスクリームと生クリーム。
最上部に八分の一に切ったメロンが突き刺さった、スイーツの魔城が二人の前に立ちはだかる。
「さぁ、覚悟はいいか。レイ……」
「うん、行こう。リンちゃん」
真剣な表情で二人はスプーンを手に取り、前後からアイスをすくう。
そして口の中に運んだ。
「……うま」
「なにこれ、凄く濃厚だよ! こんなの食べたこと無い!」
口の中に広がる特濃のバニラアイス。
舌の上でとろけ、食後の火照った体を冷やしてくれる。
玲衣が子供の頃連れて行ってもらった牧場で食べたアイスも、これほどの濃厚さは無かった。
リンナは恍惚としている。
「ところでリンちゃん、この前言ったこと覚えてる?」
「……え、なんの事だ?」
キョロキョロと辺りを見回してから、玲衣は口を開いた。
「今度二人っきりの時に、あーんしていいってやつ」
「んなっ!?」
リンナはてっきり家でやるものだと思っていた。
まさかこんな公共の場で言いだすとは。
「どこが二人っきりなんだ! 誰かに見られるだろ、絶対!」
「平気だよ、周りを良く見て」
リンナがテーブルの周囲をよく観察すると、まず前後はついたてで視界を塞がれている。
壁側には窓も無く、外から見られる心配もない。
廊下側は狭い通路となっており、そこを誰かが通らない限り周りからこの席の様子はわからないようになっていた。
「わかった? ほら、リンちゃん。あーん♪」
「うぅ……、わかったよ、やればいいんだろ……っ」
二人の時にすると約束してしまった手前、断る事も出来ない。
満面の笑みでアイスを乗せたスプーンを差し出す玲衣。
リンナは意を決して、身を乗り出し口を開けた。
「あ……、あーん……」
リンナの口の中に、玲衣はスプーンを運んでいく。
そしてリンナは口を閉じ、アイスは彼女の口の中へと消えていった。
「どう?おいしい?」
リンナの口からスプーンを引き抜き、楽しそうに尋ねる玲衣。
リンナは顔を赤くして咀嚼する。
恥ずかしくて味わうどころではない。
「うぅ……、味なんてわかんない……」
念願叶って満足気な玲衣。
再びアイスをスプーンですくって口に入れると、なにかに気付いたのか突然顔を真っ赤にした。
まるで瞬間湯沸かし器である。
「あぅ……、これってもしかして……」
心臓がバクバクと音を立てる。
自分のスプーンをじっと眺めると、左の指先で唇に触れ、玲衣は小さく呟いた。
「間接キス……だよね」




