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18 昇格

 山の間に日は落ち、夜空に広がるは満点の星明かり。

 シンブの町は山から戻った登山者や炭鉱夫で活気に満ちている。

 町の中央から少し外れた通りの一角、料理屋『神狼亭』。

 その店内のテーブル席に、三人の少女が座っている。


「さあ、リンナおねーさんB級昇格記念、祝勝会なのですよー!」


 ジョッキに入ったオレンジジュースを片手にテンションを上げるのはシフル。

 登山装備から、いつも身につけている白のローブへと着替えている。


「いや、まだ昇格してないから、王都に戻ってギルドに宝玉届けるまでは。……でもありがとう」


 軽く苦笑いしながらも、嬉しそうなリンナ。

 大きな黒のマントを壁に掛け、小柄な体がさらに華奢に見える。


「ほら、リンちゃんもジョッキ持って! 乾杯だよ、乾杯」


 ジョッキ一杯になみなみと注がれたジュースを片手に、リンナを急かす玲衣。

 この場で一番リンナの昇格を喜んでいるのは、おそらく彼女だろう。

 もしかしたら、リンナ本人よりも。


「しょうがないな……、ジュースじゃ締まらない気もするけど」

「私たちみんな未成年だからね……」


 リンナもジョッキを手に取ると、テーブルの中央で三つのジョッキが音を立ててぶつかる。


「かんぱーい!」

「……乾杯」

「乾杯なのですよー」


 シフルはグビグビと喉を鳴らし、ジュースを飲み干していく。

 そしてジョッキの底をテーブルに叩きつけた。


「ぷはーっ、この為に生きてるのです」

「お酒じゃないんだから……」

「ふーっ」


 既にテーブルには料理が配膳され、並んでいる。

 おあずけされているふーちゃんは、肉を前に辛抱たまらんと言わんばかりの声を上げた。


「ふーちゃん、もう我慢できないみたいだね」

「なのです、冷めない内に頂くのですよ」


 三人の前にはそれぞれ、タングリス種のヤギ肉のステーキが並んでいる。

 厚切りに切られ、たっぷりかけられたソースにガーリックが散りばめられている。

 焼きたての肉からは湯気が立ち上り、香ばしい香りが食欲を刺激する。

 テーブルの真ん中には大きなボウルに盛りつけられたシーザーサラダ。

 畑で採れるような野菜がメインだが、周辺の山で採れたのだろう山菜類も混じっている。


「ではさっそく……」


 リンナはナイフとフォークを手に取ると、分厚い肉を切り分けていく。

 切断面から肉汁が溢れ、ソースと混じり合う。

 切り分けた肉のブロックをフォークに刺し、口の中へ運んでいく。

 リンナの小さな口は、一口でそれを頬張った。


「っっ!」


 一噛みした瞬間、口の中に広がる濃厚な肉の旨み。

 ヤギ肉特有の癖は無く、ソースの甘辛い味と肉汁の味が見事に調和する。

 締まった肉質には筋もなく、容易に噛み切る事ができた。

 咀嚼し、飲み込む。


「っはぁぁぁ〜〜〜」


 口内に残る余韻に、リンナはしばらく浸っていた。


「リンちゃん、凄く幸せそうな顔してるね。お肉大好きなんだ」

「あれは多分聞こえてないのですよ。完全に自分の世界に浸っているのです」


 二人も自分のステーキを切り分け、口に運んでいく。

 シフルはふーちゃんのために、さらに小さく切り分けてあげていた。

 それに勢いよく喰らいつくふーちゃん。

 ヒナなので食べざかりなのだろう、本当の姿ではないが。


「あむっ、うん! 凄く美味しい! この味、なんとか真似できるかな、どうだろう……」


 玲衣は一口頬張り、味の良さに感嘆する。

 リンナと談笑しながら食べたかったが、彼女は自分の世界から帰ってこない。

 それならせめて、なんとか味を真似てリンナに食べさせてあげたい。

 しっかりと味わってソースの成分を推理していく。


「ああっ、ふーちゃん! それはシフルの分なのですよー!」


 シフルは自分の為に切り分けた大きな肉をふーちゃんに取られ、悲鳴を上げていた。



「おいしかったー! シフルちゃん、こんなお店よく知ってたね」


 テーブルの上には空いた皿に空のボウル。

 出された料理をきれいさっぱり平らげた三人は、食後の飲み物を味わっている。

 味に大満足の玲衣は、通りから外れた場所の穴場の店をシフルが知っていた事が気になった。


「この前登山に来た時に、穴場の料理屋があるって小耳に挟んだのですよ」

「最初は神狼亭なんて大それた名前だと思ったけど、最高だった。はぁ……」


 いまだ余韻に浸っているリンナ。

 よっぽどここの味が気に入ったのだろう。


「なのです。三神獣の名前を使うなんて、よっぽどの自信がないと名前負けなのです。その点ここは名前に見合う味なのですよ」

「三神獣って? ……あ、ごめん。なんでも聞きすぎだよね……」


 玲衣は思わず謝罪の言葉を口にする。

 質問でたびたび話の腰を折ってしまうことに、申し訳無さを感じていたのだろう。


「気にしなくていい。レイはこの世界のことは知らないんだし。むしろ謝るのは勝手に呼び出した私の方だ」

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのです。むしろどんどん聞いてくれていいのですよ、レイおねーさん」

「二人とも。……ありがとう」


 二人の言葉に、玲衣の心は少し軽くなった。

 玲衣の表情が和らいだのを確認したリンナは、話を戻す。


「三神獣っていうのは、まあ……おとぎ話に出てくる三体の召喚獣の事だ」

「おとぎ話? 実際にいるわけじゃないんだ」


 意外な答えに少し戸惑う玲衣。

 最強の称号を持つ召喚獣達だとか予想していたのだが、まさか空想上の存在とは。


「氷の爪牙で全てを引き裂く神狼、地平線の果てまで続くほど長大な身体を持った世界蛇、絶大な魔力を持つ地獄姫。この三体が三神獣と呼ばれているんだ」

「おとぎ話の英雄譚に登場する、バケモノ達なのですよー」

「そうなんだ。三神獣かぁ、実際にいたら面白いのにな」


 規格外の存在に想いを馳せる玲衣。

 その様子にリンナはうんうんと頷く。


「わかるぞ、レイ。私も小さい頃、神狼を従える自分を想像してたんだ。……今でも、もしかしたら本当にいるんじゃないかって、少しだけ思ってる」

「リンナおねーさん、意外とロマンチストなのです」


 話の途中、不意に真剣味を帯びるリンナの声。

 少し茶化した口調のシフルだが、リンナの表情は崩れない。


「なんだか懐かしい感じがするんだ、神狼って響きが。自分でもよくわからないんだけど」


 冗談を言っているようには見えない。

 その目は少し遠くを見ているような気がして、玲衣は訳も無く不安になった。




 ☆☆




 馬車を乗りついで二日、百キロ程の道のり。

 日が落ちかけた頃、三人を乗せた馬車は王都ヴァルフ東口へと到着した。


「一番乗りーっ!」


 馬車から勢いよく飛び出したのは玲衣。

 王都の舗装された石畳を踏みしめると、両手で背伸びをする。


「あーっ、帰ってきたって感じがする!」

「レイは都会っ子だな。私は山の方がよかったかも。ごちゃごちゃしてないし」


 続いて降りてきたリンナ。

 いまだ都会の喧騒に慣れていないようだ。


「フッ、都会の空はシフル達には狭いのです。シフルはまたふーちゃんと野山へ旅立つのですよ」


 最後に降りてきたシフルは、空を見上げて呟いた。

 顔を大きく上に向けているため、頭の上のふーちゃんが落ちないように懸命に羽ばたいている。


「……さて、二人とも。シフルはここでお別れなのです」


 二人に向き直り、一拍置いて話を切りだしたシフル。

 その口調は努めて明るく、出来るだけ湿っぽくならないように。


「そっか……。寂しくなるね……」

「この五日間、ずっと一緒だったもんな」


 どうしても暗くなってしまう二人の表情。

 シフルはニッコリと笑い、懐から取り出した紙切れに筆を滑らせていく。


「大丈夫ですよ、またすぐに会えるのです。ここがシフルの住所なのです、寂しくなったらいつでも会いに来ていいのですよ」


 紙切れを玲衣に手渡し、じっと見つめ、そしてリンナに目を移す、二人の顔を焼き付けるように。


「シフル、ありがとう。シフルのおかげで私は胸を張ってB級に昇格できる。本当に感謝してる」

「シフルちゃん、また一緒に遊ぼう? だって私たち、もう友達だもんね!」

「二人とも……、うん! またね、なのです」


 最後にとびっきりの笑顔を見せると、シフルは背を向けて歩き出す。

 しかし思い出したように振り向くと、


「あ、そうだ! レイおねーさん、デートのエスコートがんばるですよー」

「ちょっ! もう、シフルちゃん! 最後までーっ」


 ぺロリと舌を出し、走り去っていった。


「……行っちゃったね」

「少し寂しくなるな」


 シフルが去って行った方向を、二人並んでしばらく見つめる。

 やがてリンナが口を開いた。


「……さて、ギルドに行こう。日が暮れる前に」

「そうだね、いこっか。リンちゃん、手繋がないで大丈夫?」

「うぅ……それは、……頼む」

「りょーかいっ」


 リンナの手が暖かい温もりに包まれる。

 この安心感を味わえるなら、都会も悪くないな、とリンナは思う。

 ぎゅっと手を繋いで、二人は都会の人ごみへと足を踏み入れた。




 ☆☆




「お疲れ様でした。ボルトリザード登録済みの宝玉十個、確かに確認しました。試験完了です」


 受付に試験終了を伝え、宝玉を預けたリンナ。

 確認が終了するまでの間、緊張でどうにかなりそうだったが、無事合格である。


「はぁ……、やったぁ……」


 緊張が解け、カウンターに体重を預けてもたれかかる。

 受付嬢は奥で作業を終えると、リンナの前に黄色のギルドカードを差し出した。


「おめでとうございます。リンナ・ゲルスニールさん、B級昇格です。これからはB級召喚師用の依頼を受ける事になります」

「私がB級召喚師……。本当になれたんだ……」

「それと依頼の達成報酬五万Gとなります」


 たっぷり金貨が詰まった布袋をリンナは受け取る。

 だが今は金貨よりも、輝いて見えるものがある。

 真新しい黄色のギルドカードに記された自分の情報。

 B級召喚師 リンナ・ゲルスニール

 彼女はそのギルドカードを眺めながら、受付を後にする。


「リンちゃんおめでとおぉぉぉぉぉぉ!!」

「うわぁっ、レイ!?」


 そして出迎える熱烈なハグ。

 大型犬に飛びつかれた子供のようである。

 玲衣の豊かな胸に、リンナの顔が埋もれた。

 リンナがもがき始めるまえに、玲衣は体を離す。


「リンちゃん、ほんとにB級に昇格出来たんだね! 凄いよ!!」

「レイのおかげだよ。レイがいなければ、私はまだC級のままだ」

「そんなことない、リンちゃんは立派だよ。ほら、胸を張って」


 傷一つ無く輝く黄色のカード。

 B級の名に恥じない召喚師として、いずれはA級、そしてその先へ。

 今日確実にリンナは、幼い日に憧れた遠い背中へ一歩近づいた。


「……そうだな、これがゴールじゃない。私はいずれ、姉さんに追いつくんだ」


 ——その日まで胸を張って、レイと一緒に歩んでいこう。

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