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17 いつも一緒にいたいから

 元の小さな体に戻ったふーちゃん。

 先ほどの雄姿はどこへやら、定位置であるシフルの頭の上に戻って微動だにしない。


「ふーちゃん、凄い召喚獣だったんだね」

「S級召喚獣フレズベルク……、ガルーダをあんなに簡単に……」

「ふっふっふ、もっと褒めるがいいのですよ」


 驚きの声を上げる二人に、シフルは得意げに胸を張る。

 トレッキングポールの先端についた青い宝玉は、今は光を放っていない。


「ごめんね、ふーちゃん。あんまり頼りにならなそうとか思っちゃって」

「レイおねーさん、そんな事思ってたですか!?」


 ふーちゃんの全身を撫でまわしながら謝罪する玲衣。

 一切動じずにされるがままのふーちゃんに対し、シフルはそれなりにショックだったようだ。


「シフル、なんでこの子は普段こんな姿なんだ?」


 リンナが疑問を口にする。

 シフルはニコリと笑い、玲衣とリンナに順番に目を向けてから答えた。


「いつも一緒にいたいから、なのです」

「いつも、一緒……」


 コクリと頷き、シフルは言葉を続ける。


「シフルはふーちゃんといつも一緒にいたい。ふーちゃんもそう思ってくれている。でも、元の姿では一緒にはいられないのです」


 頭の上のふーちゃんを一撫で。

 ふーちゃんは気持ちよさそうに目を細める。

 長年連れ添った相棒との強い絆。

 玲衣とリンナにも、目に見えないそれがはっきりと感じられた。


「だから、普段はわざと不完全な姿で召喚しているですよ」

「そういう事だったのか……」

「不完全な召喚って?」


 納得のいったリンナに対し、まだ玲衣の疑問は解かれていない。

 彼女の問いに対し、今度はリンナが答える。


「ああ、レイは知らなかったか。召喚獣の格に対して召喚師の力量が大きく劣っていると、不完全な姿で召喚されたり、命令を聞かなかったりするんだ」

「なるほど、強い召喚獣にはリスクもあるって事か……」

「ちなみにこの姿は、フレズベルクの雛なのです」


 ようやく全ての疑問が解け、すっきりとした表情の玲衣。

 しかし、ふとある事に思い当ってしまう。


「あれ……。じゃあ私、赤ちゃんの姿で召喚されたかもしれなかったって事?」

「それは……ないんじゃないか? レイが何級の召喚獣かは知らないけど、人間なんだし」


 恐ろしい想像に身震いする玲衣だったが、それはないだろう。

 強大な力を持つ存在に対し、召喚者の格が落ちる場合にそれは起こる。

 ただの人間の少女である玲衣に、その事例は起こり得ない。

 しかし……。

 そこまで考えて、リンナは一つの可能性に思い当ってしまう。


「不完全な召喚……。実体の無い……」


 光の剣。


 強大な力を秘めたあの謎の力。

 実体を持たない刀身が、不完全な召喚の結果だとしたら。

 その力にふさわしい実力を付けた時、一体何が起こるのか。

 そもそもあれが召喚術によって呼び出されている物なのかすら、今はわかっていない。

 憶測で考えるには、確証が無さ過ぎるか。


「おーい、リンちゃん! そろそろ行くよー」


 ハッと現実に引き戻されるリンナ。

 よほど深く考え込んでいたのか、玲衣とシフルは下山の準備を終え、歩きだそうとしている。


「あ、ああ。ごめん、すぐ行く」


 考えを中断し、忘れ物がないか荷物の中身を確認する。

 黄色の光を放つ宝玉が十個、しっかりと確認すると、二人の方へと小走りで向かう。



 玲衣を先頭に、三人は草をかき分け、登山道を目指し歩き始めた。

 先頭を進む玲衣に聞こえないよう、シフルは小声でリンナに話しかける。


「リンナおねーさん、この感じだと、召喚獣の刷り込みの件はまだ言ってないのです?」

「……言ってない。多分、これからも言えないと思う」


 軽くため息を吐き、玲衣の背中を眺める。

 主を守るため、召喚獣にインプットされる好意。

 洗脳まがいの、偽物の感情。

 彼女に対する後ろめたさは、心の中にくすぶり続けたままだ。


「シフルは思うですよ。たとえきっかけがどうだったとしても、一緒に過ごした時間がそれを本物に変えてくれるって」

「ふーっ」


 シフルとふーちゃん。

 強い絆で結ばれ、片時もそばを離れない彼女達。

 その間にある強い絆は、積み重ねた時間が作りだしたものだ。

 決して召喚術が作りだした紛いものではない。


「……そうだな。これから私たちも、作っていけるよな。レイ」


 彼女に聞こえないように小さく。

 だけどしっかりと想いを込めて、リンナは呟いた。


「でもぶっちゃけ、レイおねーさんの気持ちはもうとっくに本物みたいですけどね」

「ふー?」


 シフルもリンナに聞こえないよう、ふーちゃんにささやくのだった。



「やったー! 登山道に出た—っ!」


 獣道を踏み越え、ようやく人間の歩く道に出る事ができた。

 両手を掲げ、歓喜の声を上げる玲衣。

 舗装などされていないも同然の道だが、道なき道を行くより何倍も歩きやすい。

 文明の有難みを身にしみて感じる。

 リンナは黒いマントに付いた大量の葉っぱを、せっせと落としている。


「さあ、日が暮れる前にさっさと下山するですよ」


 空は相変わらずの曇天。

 いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。

 ここから麓までは約四時間。

 シンブの町に戻る頃には日も落ちかけている頃だろう。

 シフルは山道を慣れた足取りで下り始めた。

 玲衣とリンナも彼女に続き、歩きはじめる。


「シフルちゃん、元気だね。あれだけ歩いたのに」


 スイスイと前を行くシフル。

 岩の出っ張りを軽く飛び越え、軽いステップで坂道を下っていく。


「ほんとにな。私は割と足が痛いのに」


 野山に慣れ親しんだリンナも、さすがにここまでではない。

 彼女の言葉を聞いた玲衣は、すかさず食いつく。


「リンちゃん足痛いの? じゃあ私がお姫様だっこを」

「しなくていいから」


 スッパリ断られ、肩を落とす玲衣。


「なんでさー。恥ずかしがらなくてもいいのに」

「別に恥ずかしがってるわけじゃない。まだ余裕はあるってだけだ」


 ——それに、レイに負担をかけたくないし。


「ん? なにか言った?」

「何も言ってない。ほら、シフルに置いていかれるぞ」


 歩くペースを上げるリンナ。

 シフルはかなり先に進んでしまったようだ。

 こちらを振り向いて、立ち止まっている。


「あーっ、待ってよリンちゃん」


 玲衣もリンナを追いかけ、二人はシフルに追いついた。


「まーた二人でイチャイチャしてたのですか? 仲がいいのです」

「ごめんごめん。待たせちゃったね」


 ニヤニヤしながら冷やかしてくるシフルに対し、玲衣の対応は既に慣れたものであった。

 すぐさま謝罪し、シフルと共に歩きはじめる。

 一方のリンナは顔を赤くしていたが。



「そういえばシフルちゃんってA級召喚師なんだよね。S級じゃなくて」

「そうなのです。シフルはA級なりたてなのです」


 長い山道を下っていく三人。

 鬱蒼とした森林地帯にさしかかり、濃い緑の匂いが鼻を突く。

 玲衣の質問から、話題はシフルの事に流れていく。


「S級召喚獣をあそこまで操れるのに、S級には上がれないの?」

「そうだな。さっきのふーちゃん凄かったし」

「……S級になるためには、色々な召喚獣を操れないと駄目なのです。ふーちゃんはシフルの事を思って言うことを聞いてくれてるだけですから」


 そこで言葉を切り、木々の合間から覗く曇天を見上げるシフル。


「本来のシフルの実力じゃ、S級はもちろんA級召喚獣も従えられないのですよ」


 少し寂しそうに笑い、ふーちゃんを撫でる。

 本来自分はA級の器じゃない、そんな思いがずっと彼女の中にくすぶっていた。


「ふーちゃんがいなければ、シフルはただの子供なのです」

「そんな事ない!」


 珍しく声を荒げたのはリンナだ。

 シフルはリンナの方へ振り向き、思わず足を止めた。


「シフルは私に部分強化を教えてくれたじゃないか。そのおかげで私はレイを救えたし、これからもレイの力になれる自信を持てたんだ。だから、そんな事は言わないでほしい……」

「リンナおねーさん……」


 シフルの目尻に浮かぶ涙。

 それをごしごしと腕で擦ると、シフルの口元が少し緩む。


「えへへ、先輩としてかっこ悪いとこ見せちゃいましたね」

「シフル……」


 抱えたものを吐き出せて少しスッキリしたのだろう。

 少し照れたように笑って見せるシフル。

 すると、頭の上のふーちゃんが空を見て一声上げた。


「ふーっ!」

「どうしたですか? ふーちゃん……、あっ!」


 山の天気は変わりやすい。

 こと雷鳴の山に至っては、それが顕著だ。

 分厚い雲の切れ間から差し込む陽光。

 木々の合間から降り注ぐそれは、三人と一羽を暖かく照らす。

 暖かい日だまりの中、彼女達はしばらく足を止めていた。


「……いこっか。リンちゃん、シフルちゃん」

「ん、そうだな」

「飛ばして行くですよー」


 雲は薄くなり、青空が広がっていく。

 登りよりもはるかに軽い足取りで、三人は山道を下っていった。

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