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16 疾風迅雷

 頭上に渦巻く巨大な雷雲。

 唸り声のような不気味な音を響かせながら、その内部に膨大な電力が蓄積されていく。

 ここから放たれる雷撃は、下手をすればS級召喚獣の一撃に匹敵する威力を秘めているかもしれない。


「これ……避けなきゃヤバいよね……!」


 ボルトリザードの雷撃は直線上の攻撃であり、対象が回避した場合に追尾するものではない。

 その事は今まで散々攻撃に晒され続けた玲衣にはよくわかっている。

 だがあの雷雲から放たれる一撃は、恐らく極太の電撃だろう。

 よほど距離を取らなければ、無傷ではすまない。


「って言っても……」


 玲衣は頭上から自分の周囲に目を移す。

 彼女の周囲、取り囲むように配置されているのは十数個の小さな雷雲。

 彼女を決して必殺の範囲から逃がさないよう、狡猾に仕組まれた雲の檻だ。


「コイツら、頭良すぎない……?」


 思わず愚痴をこぼしたくなる。

 小さな雷雲は、電撃を発射してこない。

 彼女が逃げようとした時に発射し、逃げ道を塞ぐのが目的だからだろう。

 あの速度・密度の雷撃を回避しきり、巨大雲の攻撃範囲から逃れる事は、今の玲衣の敏捷性では不可能。


「万事休すってヤツかな……」



「レイおねーさん! まずいのです!!」


 あの状況から逃れる事は不可能だ。

 このままでは玲衣は確実に命を落とす。

 もう試験だなんだと言っている場合ではない。


「ふーちゃん、いくですよ!」

「ふーっ」


 シフルはポケットから宝玉を取り出そうとして、ふとリンナの方に目を向けた。

 この状況において、彼女は先ほどから声一つ発してはいない。

 いくら冷静に努めるように言いつけたとしても、これは不自然だ。


「リンナおねーさん?」


 リンナは杖を両手で握りながら目を瞑り、意識を集中させていた。

 この状況をひっくり返す一手が自分には残されている。

 もし失敗したら、そんなことは全く考えていなかった。

 ただ玲衣を助けたい、その一心で集中力を高め、精神力の塊を体内にため込む。


 イメージするのは脚部の強化。

 リンナは目を開くと、ため込んだエネルギーを玲衣へと送り込んだ。


敏捷強化スピードブーストッ!!」



 玲衣の体が白い光に包まれる。

 リンナの想いと力が、彼女の中を駆け巡った。


「リンちゃん……ありがとう」


 刹那、巨大な黒雲が強烈な光を発する。

 玲衣は思いっきり地を蹴り、駆けだした。

 無数の小さな雷雲から、迎撃の雷光が迸る。


 ——見える。全然遅い!


 体を傾け、頭をずらし、最小限の動きで避けながら、玲衣は雷の檻を疾風の如く走りぬける。

 直後、極太の雷撃が、凄まじい轟音と共に大地を抉りぬいた。

 岩盤が砕け、土煙がもうもうと立ち込める。


「レイおねーさん、どうなったのです!?」


 シフルたちのいる場所からは、舞い上がる砂に邪魔されて玲衣の姿は確認できない。


「大丈夫、レイは無事だ」


 落ち着き払ったリンナの声。

 シフルが目をこらすと、土煙の中、うっすらと人の影が見て取れた。

 人影が高速で移動し、剣を振り上げると、パチンと小気味良い音が響いていく。

 やがて土煙が晴れると、玲衣が最後のボルトリザードを峰打ちで気絶させていた。



「ふぅ、なんとかなったぁ……」


 その場に大の字に寝転がる玲衣。

 その体を覆っていた白い光が消えていく。


「レイッ、怪我はないか!」


 リンナは玲衣に駆け寄っていく。

 気を失ったり、体力を消耗しすぎたという事はなさそうだ。


「リンナおねーさん、この土壇場で部分強化を成功させちゃいましたね」


 本当に大した人だ、とシフルは関心しきりだった。

 これで試験は成功、リンナはB級に昇格となる。


「でも、もしかしたらすぐにB級どころじゃなくなるかもですよ、ふーちゃん」

「ふー?」


 玲衣のそばに走り寄ったリンナは、玲衣を助け起こす。


「レイ、ごめん……。私の判断ミスで危険な目に合わせて……」

「私は平気だよ。それよりさっきのってリンちゃんの部分強化だよね」

「あ、ああ。成功……したみたい」

「凄いよリンちゃん! おめでとう!!」

「むぐっ」


 リンナを勢いよく抱きしめる玲衣。

 彼女の胸に顔を埋もれさせたリンナが、手足をバタバタさせる。


「ハイハイ、イチャつくのはそこまでなのですよー。コイツらが意識を取り戻す前に、捕獲作業を終わらせないと」

「あぁ、そうだった。リンちゃん早くしなきゃ」

「ぷはっ、レイが離してくれないからだろ」


 文句を言いつつも、少し名残惜しそうなのは気のせいだろうか。

 玲衣から体を離すと、リンナは背負っていた荷物の中から宝玉を取り出し、倒れているボルトリザードの額に当てていく。


「よしっ、これで最後」


 最後の十個目が黄色に変わると、リンナは感慨深げにそれを眺める。

 あとはギルドに報告すれば、B級召喚師に昇格だ。

 今まで玲衣の身を案じてそれどころではなかったが、ようやく彼女の中に実感が湧いてきた。

 最後の一つを荷物の中に大事にしまいこむ。

 そして曇天を仰ぎ見ると、達成感に大きく息を吐いた。

 ——これが青空なら尚良かっただろう。


「じゃ、トカゲ達が起きる前に行こうか」

「そうだな、早く下山しよう」



 三人がその場から立ち去ろうとした時、ボルトリザード達が突然意識を取り戻した。

 思わず身構えるが、どうやら彼らが気にしているのはもっと遠くの方のようだ。

 上を向き、左右を向き、なにかに怯えるようにどこかへ姿を消してしまう。


「一体どうしたの!?」

「何かが近づいてきているみたいなのです!」


 やがて大きな羽ばたきの音が彼女達の耳に届く。

 上空を見上げたリンナが見たのは、巨大な翼を広げて旋回する巨大な鳥。

 黄色い羽毛に覆われたその全長は、八メートルはあろうかという怪物だった。


「あれはガルーダだ! A級召喚獣がこんなところにくるなんて……!」

「きっとさっきの極太の落雷におびき寄せられたのです! あいつの好物はボルトリザードですから」


 ガルーダは三人の上空を旋回し続けている。

 おそらく既に彼女達はその目に捉えられている。

 玲衣は腰の剣を抜くと不敵に笑った。


「リンちゃん、今私負ける気しないんだ。リンちゃんはどう?」

「私も、右に同じだ」


 二人で並んで、上空の敵を見据える。

 旋回の軌道が変わった。

 もうじき急降下して攻撃をしかけてくるだろう。


「コホン、やる気満々のところ悪いのですが、こういうのは本来シフルの役目なのです」


 咳払いしつつ、二人の前にシフルが進み出た。

 確かに彼女の役目は元々、高位の召喚獣が襲ってきた時の為の備えである。


「それに、正直。二人を見ていてウズウズしていたのですよ。さあっ、いくですよ! ふーちゃん!」

「ふーっ」


 ふーちゃんは勢いよくシフルの頭から飛び降りた。

 シフルはポケットから宝玉を取り出し、トレッキングポールの上にはめ込む。

 その宝玉が発する輝きは、青色。


「青い宝玉!? S級召喚獣の……!」

「あの登山杖、召喚杖だったんだ……」


 シフルは目を閉じ、精神を集中させる。

 ふーちゃんの小さな体が青い輝きに包まれ、その大きさを、姿を変えていく。


 光が弾け、姿を現したのは美しい緑の羽毛に覆われた巨鳥。

 猛禽の鋭い眼光が敵を睨み、流線形の美しい体に長い尾羽がたなびく。


「召喚完了! さあ、やっちまうですよ、ふーちゃん!!」

「キュイイイイィィィィィィィッ!!」


 上空のガルーダを杖で指し示すシフル。

 天空の王者の呼び名にふさわしい威容が、大空へと飛び立った。


「あれがふーちゃんの本当の姿!?」

「あれって、フレズベルク!!」


 ふーちゃん、フレズベルクは上空を旋回するガルーダと同高度に到達。

 ガルーダは突如現れた敵に対し、すぐさま巨大な雷雲を生成する。

 ボルトリザードのものとは比較にならない大きさ。

 おそらく発射までの間隔も、非常に短いだろう。


「無駄なのです! ふーちゃんにそんなもの効かないのですよ!」


 フレズベルクが宿すは風の魔力。

 全ての大気を支配するとまで言われる絶大な風の力を持つ。


 魔力を風に変換し、雷雲に向けて放つ。

 疾風の刃が雷雲を粉々に吹き飛ばした。

 最大の武器を軽々と破られ、ガルーダは狼狽する。


「トドメなのです! 吹き飛ばしちゃえ!!」


 フレズベルクの前方、大気に異変が生じる。

 小さな渦が生まれ、すぐにそれは竜巻へと姿を変えた。

 緑の翼を一羽ばたきすると、竜巻は真っ直ぐにガルーダへと向かっていく。

 危機を察知し、背を向けて逃げ出すガルーダ。

 しかしその速度よりも、竜巻の方が速い。


 黄色の巨鳥が風の渦に捕まると、飲み込まれ、高速で回転していく。

 激しい回転の中、上も下もわからなくなったのだろう。

 やがて竜巻から放り出され、地面へと墜落していく。

 草地に堕ちたガルーダは、どうやら気を失ったようだ。


「よくやったのですよ、ふーちゃん」


 フレズベルクがシフルの前に降りたつと、シフルは杖を掲げる。

 するとポン、と音が鳴り、小さなふーちゃんの姿に戻るのだった。

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