15 雷撃の檻
道なき道を、草をかき分け進む三人の少女。
目的はボルトリザード、その捕獲だ。
山の中腹は背の高い木が少なく、まばらに立っているのみ。
草が生い茂る、比較的見通しの良い環境となっている。
「シフルちゃん、ボルトリザードってどんな召喚獣なの?」
先頭を進む玲衣は、シフルに疑問を投げかける。
どんな姿かわからなければ見つけようがないからだ。
「シフルはここから一切助言はしないのですよ。あくまで試験官兼いざという時の用心棒なのです。試験の手助けはできないのです」
「そっかー、残念。頼りにしてたんだけど」
「……私じゃ頼りにならないのかー?」
頬を膨らませて拗ねたような口調でぼやくリンナ。
彼女はきちんと予習をしてきていたようだ。
「あ、ごめん。そういうわけじゃなくって」
「シフルの方が頼りになるんだろ」
「機嫌直してー。そうだ、王都に戻ったらパフェ食べにいこ、パフェ」
「……ぱふぇ」
「リンちゃんの好物もたくさん作ってあげるから、ね」
「しょ、しょうがないな。特別に許してやる」
機嫌を直したリンナに、ホッと胸を撫で下ろす玲衣。
その様子を最後尾から見守っていたシフルが口を開いた。
「デートの約束を取りつけましたか、やりますねレイおねーさん」
「シフルちゃん!!」
「と、とにかく! ボルトリザードの特徴だろ!」
無理やり話を元に戻すと、リンナは目標の特徴を上げていく。
「まず大きさは70センチくらい、全身が青紫の鱗で覆われている。最大の特徴は警戒時に広げる背ビレだ」
「背ビレ?」
「これを広げると、雷の魔法を撃ってくる合図だから、注意してほしい」
「雷の魔法か……。全身からバリバリって感じで出してくるのかな」
リンナは首を横に振る。
玲衣のイメージしているものと実情はかなり違うようだ。
「まず小さな雷雲を生成するんだ。その中で溜めた電気エネルギーを敵に向かって放出する。強い召喚獣ほど、チャージの時間は短い」
「もしかしてあの山頂の雷雲も?」
「そういうことだ。あの辺りには強力な雷属性の召喚獣が沢山いるからな。常にそいつらの生み出す雷雲に覆われている」
おかしな山の景色に納得いった様子の玲衣。
前を向くと、ボルトリザードの姿を探しながら進んでいく。
やがて、隆起した岩盤の上。
青紫の大トカゲが姿を現した。
どうやら一匹だけ、岩の上で休憩しているようだ。
「いたよ、二人とも」
小声で後ろの二人に知らせる玲衣。
その場に緊張が走る。
二人をその場に留まらせ、腰の剣を抜くと、気配を殺して忍び寄っていく。
あと、二十メートル、まだ気付かない。
あと十メートル。
ボルトリザードの全身がピクリと跳ね、敵対者の存在を感知した。
「気付かれた!」
大トカゲは玲衣を見据えると、全身を震わせ、折りたたんでいた背ビレを大きく広げる。
そして、自らの頭上に小さな黒い雲を生み出した。
攻撃の前兆、玲衣はジリジリと距離を詰めつつ、雷雲に注意を払う。
黒い雲の中、ゴロゴロと音を立てながらエネルギーが溜まっていく。
やがて電光が走り、雷鳴とともに電撃が一直線に玲衣へと向かってきた。
「あぶなっ!」
光が走った瞬間に合わせて、あらかじめ前方に転がって回避していた玲衣。
恐らく撃たれてからでは間に合わなかっただろう。
玲衣は次の攻撃が来る前に、剣が届く距離まで走り込む。
そして、剣の腹でトカゲの頭を思いっきり叩いた。
「ていっ!」
「ゲェッ……」
潰れたカエルのような鳴き声を上げて気絶するボルトリザード。
玲衣は大きく息を吐くと、リンナとシフルに向かって手を振った。
「おーい、やったよー!」
元気にブンブン手を降る玲衣に、ほっとした様子のリンナ。
すぐさま気絶したボルトリザードに駆け寄ると、荷物の中から透明な宝玉を取り出す。
ボルトリザードの額に当てると、宝玉は黄色へと色を変える。
「よし、捕獲完了。これでこの宝玉からいつでもコイツを呼び出せる」
「なるほど、召喚獣の捕獲ってそうやるんだ」
あらかじめ話は聞いていたが、やはり実際に見るのとでは実感が違う。
リンナの手の中で黄色の光を放つ宝玉をまじまじと眺めながら、玲衣は疑問を口にした。
「召喚獣の宝玉の色って、強さと関係あるんだっけ」
「そう。C級は透明、B級が黄色、A級が赤、S級が青だ」
「S級召喚獣かー。私まだ見たことないんだよね」
「私も今まで青い宝玉なんて、姉さんが持ってた一つしか見たことがないな」
「そうなんだ。……ふーちゃんの宝玉の色って、何色なんだろ」
チラリとシフルの頭の上を見る玲衣。
暇そうな主人の上で、やっぱり眠たそうな目をしている。
「わからないけど、A級召喚師のシフルがあそこまで信頼してるくらいだし。多分凄い召喚獣……なんじゃないか?」
リンナも自信なさげに返答するしかなかった。
なにせリンナもあんな召喚獣は見たことがないのだ。
「さあ、あと九匹も捕まえなきゃなのですよ。急がないと日が暮れるのです」
「ふー」
「そうだね、じゃあ行こう」
玲衣は腰に剣を収め、リンナは荷物に宝玉をしまい込むと、その場を後にした。
再び玲衣を先頭に、三人は道なき道を行く。
「それにしても、さっきはラッキーだったな」
「え? 何が?」
唐突なリンナの発言に、玲衣が振り向く。
さっきの捕獲劇でなにか特別な事でもあったのだろうか。
「ボルトリザードは本来群れで行動する生き物なんだ。仲間が大勢いたらあんな簡単にはいかなかった」
「群れか……。囲まれたりしたら大変そうだな……」
その時、前方の茂みで草の擦れる音がした。
なにかが潜んでいるようだ。
玲衣が一歩踏み出すと、その生物は気配を察して逃げてしまった。
草の隙間からわずかに青紫の体が見えた。
おそらくボルトリザードだろう。
「いたよ、追いかけなきゃ」
「慎重に、だぞ。群れに囲まれたら厄介だ」
三人はボルトリザードが逃げた方向へと進んでいく。
草の背丈がだんだんと短くなり、見通しはさらに良くなっていった。
そして、玲衣はとうとう標的を視界に捉えた。
低い崖に囲まれた半円状の空間に、一匹のボルトリザードが佇んでいる。
「見つけたよ、一匹しかいないみたい。行ってくるね」
玲衣の言葉に、リンナはコクリと頷く。
二人をその場に待機させ、玲衣は剣を抜き放ち、駆けこんでいく。
先ほどの攻防で電撃発射までの時間は覚えた。
それよりも早く近寄り、気絶させることは十分に可能だった。
敵の存在に気付いたボルトリザードは大きく背ビレを広げ、警戒態勢をとる。
だがもう遅い。
雷雲を発生させる前に仕留めるべく、玲衣は剣を振りかざし——。
「レイ、危ない!」
リンナの叫びが耳に届く。
その直後、右側から響く雷鳴。
玲衣を狙った電撃は、とっさの跳躍によって回避された。
「攻撃!? どこから……!」
岩陰から姿を現したのはもう一匹のボルトリザード。
それだけではない。
次々と岩陰から現れるその数は、優に二十は越えていた。
「そんな! 囲まれた……!」
「待ち伏せ!? ボルトリザードにここまでの知恵があったなんて……! 逃げろ、レイ!」
玲衣の周囲を取り囲む、二十五匹のボルトリザード。
その全てが背ビレを広げ、一斉に彼女の周囲に雷雲を生成していく。
「これは……逃げられそうにないかな……!」
この数を相手に背を見せて逃げれば、たちまち撃ち抜かれてしまうだろう、だが……。
玲衣の頬を汗が伝う。
これほどの密度の攻撃を、一体いつまでかわし続ける事ができるだろうか。
「まずい! なんとか助けないと!」
リンナは玲衣のそばへ駆け寄ろうとする。
この状況は自分の作戦ミスだと、自分を責めながら。
その肩をつかみ、シフルが制止する。
「待つのです! 行ってどうしようというんですか!」
「放せ! 私のせいでレイが危ないんだ!」
「落ち着くのです。召喚師には冷静さも大切なのです。冷静にその場の状況を判断し、的確に行動する。それも召喚師の才能の一つなのです」
「シフル……。ふぅ、そうだな……」
シフルの言葉に、彼女は少しばかり平静を取り戻したようだ。
リンナは敵に囲まれる玲衣をじっと見つめる。
「でも、この状況。どう切り抜ければ……」
「ひとまずはレイおねーさんを信じるしかないのです」
でももし万が一の事が起こりそうなら——。
ズボンのポケットに入った宝玉をシフルは一撫でする。
自分が手出ししたら試験は失格。
それでも、彼女を見殺しにはできない。
「ふーちゃん、もしもの時は頼むですよ」
「……ふーっ」
「ゲェェェェェ!!」
群れのリーダーであろう個体の甲高い鳴き声。
それを合図に苛烈な攻撃が始まった。
玲衣を狙い、雷雲の一つから電撃が打ち出される。
攻撃の直前、黒い雷雲は雷光を発する。
それを合図に飛び下がった玲衣に、第二第三の電撃が襲いかかる。
「なんとか……、攻撃に転じないと」
バック転を二回、その直後に側転、前方へと跳躍。
玲衣のいた場所の草が次々と電撃を浴び、黒く焦がされていく。
四方八方から飛び来る雷の矢。
回避を続けるだけでは、いずれ捉えられる。
だが、この雷鳴の嵐の中、どうやって近づけばいいのか。
考える間もなく次々と打ち出される雷撃。
少しでも足を止めれば、次の瞬間黒コゲだろう。
「これ、ジリ貧ってヤツかな……っ」
出来る限り視界を広くし、強く光る雲に注意して。
前転、少しの間をあけての跳躍。
雷撃をかわしつづける玲衣は、小さな、だが確かな違和感を感じる。
攻撃の手数が減っている。
周囲を見回しても、取り囲む雷雲の数は十個ほど。
「バテてきた……? なんにせよチャンス到来だね!」
今の内に少しでも数を減らす。
そう判断し、攻撃に転じようとした時。
「レイ! 上だ!!」
リンナの叫びにとっさに頭上に目を向ける。
目に映る光景に、玲衣は驚愕に目を見開き、息を飲んだ。
「……冗談でしょ」
彼女の頭上、十数体のボルトリザードが力を結集し生み出した、巨大な雷雲が渦巻いていた。




