13 追想
「……ん、ここは……」
「あ、リンちゃん気がついた?」
リンナが目を覚ましたのは、見慣れない一室だった。
ベッドの脇に座って、リンナを覗き込んでいるのは玲衣。
彼女が意識を取り戻し、一安心といった様子。
その後ろにはシフルもいる。
「ここは宿屋だよ。リンちゃん訓練中に倒れちゃったの覚えてる?」
「あぁ……、レイに力を送ったら、なんだかすごく疲れて……」
「まだ少し寝ていた方がいいのですよ」
シフルがリンナの横たわるベッド脇に腰掛ける。
ふーちゃんは頭に乗っておらず、テーブルの上で眠そうにしている。
リンナが倒れたあと、玲衣は大慌てだった。
リンナを抱え上げると、急いで医者に連れて行こうとした。
それをシフルがなだめ、リンナを休ませるように指示。
宿の部屋を取り、リンナを休ませていたのだ。
外はもう日が沈んで、夜の闇に包まれている。
それなりの時間意識を失っていたようだ。
「ごめん、迷惑かけたみたいで」
「いいんだよ、リンちゃん」
申し訳なさそうに目を伏せるリンナの頭を、玲衣が撫でる。
リンナの心は温かな気持ちに溶かされていった。
「部分強化は力加減が難しいのです。必要以上に力を渡すと、召喚師の体力が限界まで持ってかれるのです」
「だからこその高等テクニックってこと?」
「なのです。シフルも始めの頃は何度も倒れたのです」
玲衣の言葉に過去の失敗を思い返すシフル。
十歳だというのになんだか貫禄を感じる。
リンナは天井を見つめ、ふう、とため息を一つ。
「まだまだ姉さんには追いつけそうにないな」
リンナの姉、ディーナ。
天才の名を欲しいままにした、S級召喚師。
玲衣の中に、ある一つの疑問が生まれた。
「ねえ、リンちゃんはお姉さんに召喚師の技術を教わらなかったの?」
「シフルも不思議なのです。部分強化はA級程度の実力があるなら大体の人が出来る技術なのです。それを知らないだなんて」
「あぁ……、それか。私も不思議なんだけど」
優しかった姉、いつも自分の事を守ってくれた。
姉との思い出を確かめるように振り返った後、リンナは言葉を続ける。
「実は、私は姉さんから召喚師の事をなにも教わっていないんだ」
「どういうこと!?」
「ディーナさん、何も教えてくれなかったのです?」
これには二人も驚きを隠せなかった。
S級召喚師であるディーナは、リンナにとって身近にいる最高の先生だったはずだ。
そのディーナから何も教わっていないとは。
「なんというか。姉さんは私が召喚師になるのを、良く思っていなかったみたいなんだ」
「仲が悪かった、とかじゃないんだよね」
「姉さんはとても優しかった。理想の姉だと今でも思ってる。でも、召喚師の技術だけは何度頼んでも絶対に教えてくれなかった。私の召喚術は完全に独学なんだ」
姉妹の仲はいたって良好だった。
それでもディーナはリンナに、召喚師の事だけは教えようとはしなかった。
これではまるで——。
「まるで、リンちゃんに召喚師になってほしくなかったみたい」
リンナもそのことは薄々気付いていた。
姉は私を召喚師にしたくなかったのではないか、と。
「……襲撃者や光の剣といい、わからないことだらけだな」
「なんなのです? それは」
リンナの呟いた言葉に、シフルは当然疑問を抱く。
「実は私、高位の召喚師に命を狙われてるみたいなんだ」
「そんなことあるのですか!?」
玲衣とリンナはそろって頷く。
「二頭のオルトロスも、その襲撃者がけしかけてきたものだと思う」
驚嘆しながらも納得いった様子のシフル。
そもそもあんな森の入り口にオルトロスが出現すること自体が不自然なのだから。
「光の剣っていうのは、私が使える不思議な力なの」
玲衣は首に下げたペンダントを指で一撫ですると、右手をじっと見る。
「リンちゃんを守らなきゃって強く思う時、なのかな。ペンダントが強く光って……」
「私もレイを助けたいって強く願うと、レイを呼んだ宝玉が光だすんだ」
「え、そうだったの!?」
目をキラキラさせ、嬉しそうに尋ねる玲衣。
リンナはハッと気付くと、顔を真っ赤にして話を無理やり軌道修正する。
「と、とにかく! そうするとレイの右手に光の剣が現れるんだ」
「あれが出ると凄い力が湧いてくるんだよね。体力ごっそり持ってかれるけど」
考え込み、頭の中で情報を整理したシフルは深く頷いた。
「そんな話は今まで聞いたことがないのです。リンナおねーさんには何か特別な力がありそうなのです」
「特別な、力……?」
もしそんなものが本当にリンナに宿っているとしたら。
謎の襲撃者の目的がその特別な力だったとしたら。
まだ憶測に過ぎないが、点と点が線で繋がってしまう。
重苦しい沈黙が流れる中、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「お食事をお持ちしました」
ドアが開かれ、宿の料理が室内へと運ばれてくる。
山が近いこともあってか、肉や川魚、山菜など山の幸が中心のメニュー。
「おいしそうなので、ってふーちゃん! それはシフルの分なのです!」
「ふー」
テーブルに並べられた肉にさっそく飛びつくふーちゃん。
シフルはふーちゃんを両手で抱え、必死で引き離す。
その微笑ましい様子に、玲衣とリンナの表情が緩んだ。
従業員は料理を並べ終えると、一礼してドアを閉める。
「リンちゃん、食べれそう?」
「ん、平気……っていうかすごいお腹すいてる」
リンナはゆっくりとベッドから起きると、席につく。
その隣に玲衣も腰掛けると、前々からやってみたかったことをリンナに提案する。
「ね、リンちゃん。あーんしてあげようか?」
「……やだ」
そしてあっさり断られた。
「うぅ、なんでさ」
「だって……その、シフルがいるだろ……っ」
「……えと、それって誰もいなかったら……?」
上目づかいで軽くにらんだあと、無言で首を縦に振るリンナ。
そのまま真っ赤になって黙ってしまう。
玲衣も顔を赤くして固まってしまった。
「……あ、と、とりあえず食べよ? 冷めちゃうしっ」
「そ、そうだな、うん」
少しギクシャクしたやり取りで食事を始める二人。
シフルは何かを察し、そんな彼女たちを温かく見守っていた。
「なるほどなるほど、あの二人は私たちの関係とは違うみたいですよ、ふーちゃん」
「ふー?」
☆☆
「はふぅー、いいお湯だねぇ、シフルちゃん」
「ぬふぅー、極楽なのですよー」
ここは旅館の大浴場。
玲衣とシフルは広い湯船でくつろいでいる。
「足を伸ばせるっていいねぇ。家のお風呂じゃこうはいかないよぉ」
「なのです。疲れが飛んでいくのですよ」
シフルの頭の上に乗っているのはタオルだけ、ふーちゃんはいない。
さすがに湯船を羽毛だらけにするわけにはいかず、リンナと一緒に部屋で留守番だ。
「それにしても、リンちゃんも来れば良かったのに」
玲衣がリンナを大浴場に誘った時、彼女は疲れを理由に一人でゆっくり入りたいから、と一緒に入るのを断った。
その割には顔を赤くして慌てていたが。
「でも疲れてるなら仕方ないかー」
「いや、あれはそういう感じでは……。それにしてもレイおねーさん、立派な物をお持ちなのです」
シフルはニヤニヤしながら二つの大きな膨らみを凝視する。
「ちょっ、シフルちゃんどこ見て言ってるの!?」
慌てて胸を両手で隠す玲衣。
シフルは照れる玲衣を見て楽しげに笑う。
「あははっ、レイおねーさん可愛いのです」
ひとしきり笑ったあと、シフルは突然黙ってしまう。
笑い疲れたのだろうか、玲衣がそう思った時、シフルは口を開いた。
「……ねぇ、レイおねーさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
「……どうしたの、シフルちゃん。なんでも言って」
不意に真面目なトーンになったシフルに、玲衣も真剣に耳を傾けようとする。
「シフル、ちゃんとリンナおねーさんに教えられていましたか? ……ちゃんと、A級召喚師出来てました?」
彼女の顔は暗く沈み、普段の天真爛漫な雰囲気は見られない。
「シフルちゃん? ……大丈夫。先輩らしく出来てたよ」
「レイおねーさん……」
彼女が何を気にしているのか、玲衣には分からない。
だけど、これは間違いなく玲衣の心からの言葉だ。
彼女の言葉に、シフルは明るい笑顔を浮かべ、ザバンと音を立てて元気よく立ち上がった。
「うん! シフル、明日も先輩として頑張るですよ!」




