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12 特訓開始

 馬車に揺られてのニザベル山脈への旅。

 四人乗りの馬車に玲衣とリンナは隣り合って座り、その向かいにシフル。

 彼女は頭にふーちゃんを乗せ、楽しそうに足をパタパタ振っている。


「リンナおねーさん、凄いのです。オルトロスを二頭も倒したなんて」

「いや、あれは……」


 気まずそうに目をそらすリンナ。


「あれはレイが一人でやった事で、私は何もできなかったんだ」

「どういうことなのです? レイおねーさんはリンナおねーさんの召喚獣なのです。リンナおねーさんの力と言ってもいいのです」

「それは、そうだけど……」

「もっと自信を持ってもいいと思うのですよ」

「ふー」


 シフルは二コリと笑ってみせる。

 ふーちゃんも相槌を打つように鳴いた。


「レイおねーさんは見たところただの人間なのです。A級召喚獣と戦えるくらい強力な身体能力強化エンハンスを与えたのはリンナおねーさんなのです」

「そうだよ、リンちゃん。私一人の力じゃ何もできないんだから。私こそリンちゃんに助けられっぱなしだよ」

「そうかな、でも……。私はもっと強くなりたい。だから……」


 玲衣の力になりたい。

 姉に少しでも近づきたい。

 様々な想いを込め、真剣な眼差しをシフルに向けて。


「私に、シフルの技術を教えてほしい」

「いいのですよー」

「あ……、ありがと」


 断られても何度でも頼み込む覚悟だったところをあっさりと了承され、少し気が抜けるリンナ。

 一方のシフルは興味津々といった感じで話題を変える。


「ところで二人はいつも一緒なのですか? 送喚とかしないのです?」

「えへへ、私たちとっても仲良しだから」

「帰したくてもなぜか帰せないんだ」

「リンちゃん!?」


 照れ笑いを浮かべていた玲衣だったが、リンナの一言に肩を落とす。

 そして向かいに座るシフルに抱きついた。


「シフルちゃん、リンちゃんが冷たいよー」

「よしよし、なのです」


 シフルのお腹に頬を擦りつけながら頭を撫でてもらう玲衣。

 サイドテールが犬の尻尾のように揺れている。

 その様子を眺めるリンナの胸に、モヤモヤとしたものが広がっていく。


 ——あ、あれ? なんだこれ。


「も、もういいだろ。シフルも迷惑してるし」


 玲衣をシフルから引きはがそうと、両肩を手で引っ張る。


「えー、そんなことないよね」

「シフルはいつでもうえるかむなのですよ」

「いいから離れろー」


 無理やり玲衣を自分の隣に戻したリンナ。

 二人の様子にシフルは何やら納得した様子。


「二人はとっても仲良しさんなのです」

「でしょー」

「どこが!」


 言葉では否定するリンナだが、その顔は真っ赤に染まっている。

 玲衣の手はいつの間にかリンナの髪をもふもふしていた。

 とうとう欲求に負けたのだろう。


「シフルとふーちゃんもとっても仲良しなのですよ」

「ふー」


 シフルが頭の上に手を回して撫でてやると、満足げな声を上げる。

 表情はずっと眠たそうなまま変わらないが。


「シフルちゃんとふーちゃんもいつも一緒にいるの?」

「なのです。ふーちゃんは元々お母さんの召喚獣なのです。ずっとずっと、小さい頃から一緒なのですよ」

「そんな召喚獣、私は見たことがないけど、なんていう名前なんだ?」

「ふーちゃんはふーちゃんなのです」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 もっともな疑問をぶつけてみたリンナだったが、答えは聞けなさそうだ。

 シフルはふーちゃんを膝の上に乗せ、優しく撫でる。


「……ふーちゃんがいなかったら、シフルはA級召喚師になれていないのです。ふーちゃんあってのシフルなのです」

「ふーちゃんあってのシフル……か」


 リンナはシフルの言葉に、隣に座る玲衣をじっと見つめる。

 召喚師は召喚獣あってこそ、こんな風に強く繋がれたら。

 そうしたらもっともっと強くなれるのだろうか。

 リンナの視線に気づいたのか、玲衣と目が合ってしまう。

 微笑む玲衣の顔を、リンナはまともに見ることができず、すぐに目を逸らしてしまった。


 ——なんなんだ、さっきから。少しおかしいぞ、私!



「そろそろお昼なのです。お腹が空いたのです」


 馬車が行くのは緑の大草原。

 王都は遥か地平線の彼方、前方には山脈がかすんで見える。

 太陽はほぼ真上、正午になろうとしていた。


「そうだな。お昼にしようか」


 リンナは荷物の中からバスケットを取り出す。

 彼女の荷物は玲衣の手によって、常識的な量となっていた。

 バスケットを開けると、中にはセーフリム豚のカツサンドが二人分詰まっている。

 ヴァルフラント周辺で畜産されている品種で、さっぱりとした味わいだ。


「おいしそうなのです〜」

「レイの料理はおいしいからな」

「いつもリンちゃんが嬉しそうに食べてくれるから、はりきっちゃうんだ」


 シフルもバッグの中から弁当箱を取り出す。

 色どり豊かで栄養の考えられた、愛情たっぷりといった弁当。


「それ、シフルちゃんのお母さんが作ったの?」

「はいなのです」

「たしか王都に家族で暮らしてるんだっけ」

「なのですよ。シフルはあまり家に帰れないのですけど」


 ふーちゃんに肉を与えながら、弁当を堪能するシフル。

 幸せそうにカツサンドを頬張るリンナを眺めながら、玲衣も口いっぱいにかぶりつく。

 和やかな空気の中、馬車は順調に、中間地点の宿場町へと向かっていた。




 ☆☆




 日も傾きだした頃、三人を乗せた馬車は宿場町へと到着した。

 今日はここで宿をとり、明日山のふもとの町へ。

 明後日に山へと入る計画だ。


「さあ、さっそく特訓開始なのですよ」


 町へと降りたった三人。

 町の中央に位置する広場のど真ん中、シフルは腕を組んで仁王立ちし、高らかに宣言した。


「いや、もう少し邪魔にならないところでやらないか」


 人が少ないとはいえ、町の中心地である。

 召喚師の修業には適していないのではないだろうか。


「この修業は場所を選ばないのです。大きな召喚獣を使う人だったら無理ですが、リンナおねーさんの召喚獣はレイおねーさんなので」

「そうなのか……?」

「そうなのです」


 ふんぞり返って見せるシフル。

 頭の上からふーちゃんが落ちそうになっている。


「ところでシフルちゃん、具体的にどんなことするの?」

「特訓にはレイも必要だって言ってたけど……」


 シフルは人差し指を立てて言った。


「『部分強化』の訓練なのです」

「部分強化……?」

「これはかなりの高等てくにっくなのですよ」


 通常、召喚獣には召喚師の力量に応じた身体能力強化エンハンスがかかっている。

 そこにさらに一つの能力に限り、強化を上乗せする事が可能。

 力、耐久力、速さのどれか一つを状況に応じて底上げする。

 それこそがこの技術の極意だという。


「ただし、あまり連続で使ったり長時間使用するのは危険なのです。召喚師の精神力を大きく消費してしまうので」

「全部の能力を同時に上げるとかはできないの?」

「それは無理なのです、どんなに力のある召喚師でも。これはルールと言ってもいい、決まりなのです」

「部分強化か……」


 シフルの説明に確かな手応えを感じるリンナ。

 これを覚えればもっと玲衣の力になれる、手助けができる。


「ではさっそくやり方を教えるのです。え、と。こう召喚獣に気を……ぬぬぬって感じで溜めて送り込むのです」

「ぬぬぬ……?」


 シフルのレクチャーはよくわからなかったが、とりあえずやってみる。

 杖を構えると意識を集中し、召喚獣に、玲衣に精神力を送るため、体内にため込む。

 脚部の強化をイメージし、杖を掲げると一気に力を解き放った。


敏捷強化スピードブースト!」


 玲衣の体に力が流れ込み、全身を淡い白光が包み込む。


「あ、なんだか体が軽いかも」


 いつもよりずっと体が身軽に感じる。

 軽く走ってみるつもりで、駆けだした玲衣。

 すると、あっというまに広場の端まで到達してしまった。


「すごいよリンちゃぁぁぁぁぁぁぁん」


 高速で戻ってきた玲衣だったが、リンナの様子がおかしい。

 息が荒く、顔色も悪かった。

 そして玲衣を包んでいた白い光が消え失せ、敏捷強化スピードブーストの効果が失われてしまう。


「リンちゃん、どうしたの! 大丈夫!?」

「へいき……、ちょっと、疲れただけ……」


 リンナに駆け寄り、体を支える玲衣。

 一方のシフルは、こうなる事は分かっていたようだ。

 心配はしても慌てる様子はない。


「最初はこんなものなのです。力加減が難しいから、力を与えすぎると召喚師に大きな負担がかかるのです」


 肩で息をしながらも、リンナは杖を構える。


「レイ、次いくぞ……」

「ふらふらだよ、無茶しちゃだめ!」

「そうなのです、馬車の移動中にも訓練はできるのです。ひとまず宿に向かうのですよ」

「大丈夫……、まだいけるから……」


 再び意識を集中しようとするリンナ。

 その足元がふらつき、視界が霞む。

 そのまま意識を手放し、その場に倒れ込んだ。

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