11 亜麻色の髪の少女
「特別昇級試験!?」
「ってなに?」
ここは召喚師ギルドのカウンター。
今日も大勢の召喚師で賑わっている。
玲衣とリンナはキノコ狩りの翌日、さっそく次の依頼を受けにきていた。
きていたのだが……。
突然の受付嬢からの提案に、リンナは困惑していた。
その後ろで玲衣はもちろん首をかしげている。
「騎士団の方から報告がありまして、オルトロス二頭の討伐の件」
これまた困り顔で説明を始める受付嬢。
騎士団からの確かな情報とはいえ、C級召喚師がオルトロスを二頭も仕留めたとは、にわかには信じられないだろう。
実際、仕留めたのは玲衣である。
だからこそ、リンナは迷っていた。
突然B級に昇格するチャンスがきても、自分には分不相応なのではないか。
「通常、C級の依頼を一定数完了することでB級への昇格が許されますが、その実力が抜きんでているとみなされた場合に限り、B級に昇格する試験を受けることができます」
「昇級試験かぁ……どうしよう」
まだ実力不足、それはリンナが一番よくわかっている。
断ろうか、と頭を悩ませるリンナ。
「なお、この試験は危険度の高い地域にて行われるため、高位の召喚獣への備えとしてA級召喚師が一名同行します」
A級召喚師、その言葉を聞いてリンナの表情が変わる。
カウンターに腕を乗せて、身を乗り出した。
「A級の人と一緒に行けるんですか!?」
「はい、そうなっております」
「受けます!」
即決したリンナに、玲衣は少し以外そうに言葉をかける。
「リンちゃん、断ろうとしてなかった?」
「A級が同行するとなれば話は別だ。一人で修業するよりもずっといい経験になる」
A級召喚師の技術を教わることができれば、独学での修業とは比較にならない経験が積める。
問題は、それを快く引き受けてくれるかどうかだが。
「では、こちらが試験内容となります」
提示された依頼書には『ボルトリザード十匹の捕獲』と記されている。
達成報酬五万Gはかなりの高額だ。
それは同時に難易度の高さも示している。
場所はニザベル山脈の雷鳴の山。
「結構遠いところだな。行きだけで二日はかかりそうだ」
受付嬢は透明な宝玉が十個入った箱を取り出し、カウンターへと置く。
「こちらが支給品となっております。旅費は全額ギルドの負担となります。同行する召喚師の方にはこちらから連絡を入れておきますので、明朝七時に王都東口の馬車乗り場へどうぞ」
「わかりました」
リンナは宝玉の入った箱を重たそうに持ち上げると、受付を後にする。
「リンちゃん、その宝玉ってなに?」
「召喚獣を登録してないまっさらな宝玉。これに登録してくるのが今回の試験だ」
「割と簡単そうじゃない?」
備え付けのテーブルに箱を置くと、リンナは首を横に振った。
「召喚獣の捕獲は討伐よりもずっと難しいんだ。殺さずに手加減しなきゃいけないからな」
「生きたまま動きを止めないと駄目って事?」
「そう。そして召喚獣の額に未登録の宝玉を当てれば、宝玉とリンクして呼び出せるようになる」
箱の中の宝玉を荷物の中へと詰めていくリンナ。
「同行してくれる召喚師も、試験そのものには一切手を貸してくれない。気を引き締めないと」
「がんばろうね、リンちゃん」
宝玉を詰め終わると、リンナは力強く頷いた。
「ああ、絶対強くなるんだ」
☆☆
ニザベル山脈。
ヴァルフラントの北側に連なる大連峰。
鉱石の採掘が盛んだが、王都からは遠く離れており、生息する召喚獣の危険度も高い。
「長旅になる。準備はしっかりしていくぞ」
「リンちゃん、準備万端って感じだね……」
翌日の六時ごろ、二人の部屋では旅の準備が終わろうとしていた。
リンナの背中に君臨する超特大の大荷物。
もはやリンナの身長よりも大きい。
半ば呆れ気味に眺める玲衣であった。
「抜かりはない。なにが起きても安心だ。さあ出発!」
「でもそれって玄関から……」
意気揚々とドアを開け、一歩を踏み出したリンナだったが、
ガッ!
荷物がつっかえた。
「………………」
「……出れないね、やっぱり」
「うぅ……、なんでぇ」
「よしよし、荷物減らそっか」
がっくりと膝から崩れ落ちるリンナ。
落ち込む彼女の頭を撫でつつ、玲衣は慰めるのだった。
王都東口。
北の山岳地帯への馬車は、ここから出ている。
多くの馬車が乗客を待つ乗り場の近く。
さわやかな朝の空気の中、玲衣とリンナは同行者の召喚師を待っていた。
「ね、ついてきてくれるA級召喚師の人ってどんな人だろう」
「A級だぞ、A級。凄い人に決まってる!」
子供のようにワクワクしながら、リンナはその登場を心待ちにしている。
目をキラキラさせるリンナを、玲衣は微笑ましく思った。
「嬉しそうだね、リンちゃん」
「当然! A級の人に話を聞けたり、修業をつけてもらえるんだ。こんなに楽しみな事があるか」
小さな体をそわそわさせ、そのたびに揺らめくツインテール。
飛びついてもふもふしたい強烈な欲求を、玲衣はなんとか抑え込む。
「おーい、なのです」
その時二人の耳に聞こえたのは、幼い少女の声。
白いローブに身を包んだ十歳ほどの女の子が、二人の方へと駆け寄ってくる。
「リンナさんですよね。おまたせしました、なのです」
「えー、と。キミ、どうしたの? 名前は?」
かがんで目線を合わせ、優しく問いかける玲衣。
一方のリンナは、何故か全身を震わせ、口をパクパクさせている。
「シフルはシフルなのです。二人についていくのです」
「私たち、これから危ないところに行くよ? ついてくるのはちょっと……」
「レイ……! 違う! 彼女は……」
「え?」
「A級召喚師……シフル・ガールデン……!」
「え?」
玲衣はシフルを見て、リンナを見て、もう一度シフルを見た。
「その通りなのです」
「えええええええええっ!?」
驚きの中、玲衣はシフルを観察した。
目の前で無邪気に笑うこの少女。
亜麻色というのだろう、薄茶色の髪をおさげにしている。
手に杖を持ち、今その先端に宝玉ははめられていない。
そして、頭に何か乗せている。
最初はぬいぐるみかなにかだと思ったが、よく見たら生き物だ。
緑色の羽毛が生えた丸い体に、眠そうな目、くちばし、翼、足、尾羽が全てくっついた、まんまる生物。
鳥なのだろうか、これは果たして。
「ほんとに? この子がA級召喚師?」
「シフルは間違いなくA級召喚師なのです。失礼なのです」
「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって」
頬を膨らませ、ぷんぷんと擬音が出そうなシフル。
玲衣が謝ると、シフルはすぐに笑顔になる。
「いいのです。シフルは大人だから気にしないのです」
「ふー」
その時、頭の上の鳥——おそらく、が鳴き声を発した。
「うわ、なんか鳴いた」
「この子はふーちゃんなのです。自己紹介してるのです」
「そうなんだ。私はレイ・カガヤ。よろしくね、シフルちゃん、ふーちゃん」
「よろしくなのですよ」
「ふー」
和やかに挨拶を交わす二人と一羽の後ろ、恐る恐るリンナが近づいてくる。
「あ、あのっ、私、リンナ・ゲルスニールっ、です」
「ガチガチだね、リンちゃん」
ヒルデの時もそうだったが、どうやらリンナは有名人に弱いようだ。
緊張のあまり声が裏返っている。
「だって、あのシフル・ガールデンだぞ! わずか十歳でA級になった……」
「リンナおねーさん、シフルはそんなに凄くないのです。そもそもリンナおねーさんの方が年上なのですし」
わずかに表情が曇るシフル。
だがすぐに笑顔を浮かべると、明るい調子を取り戻す。
「それにディーナさんの方が凄いのです。あの人は九歳でA級になったのです」
「ほら、リンちゃん。シフルちゃんもこう言ってるんだし、ね」
「うぅ……、よろしく、シフル」
しぶしぶ敬語をやめ、リンナは握手の手を差し出す。
「はい、よろしくなのです」
満足そうにその手を両手で握りしめ、ブンブンと振った。
「ところでレイおねーさんはリンナおねーさんのお友達なのです?」
シフルは玲衣を不思議そうに見つめる。
当然の疑問だろう、召喚師に何故か同行者がいるのだ。
「えっと……、私、異世界から来た、リンちゃんの召喚獣なんだ」
「……まじなのですか」
「マジです」
人間が召喚獣だなんて前代未聞である。
驚愕の表情のまま固まるシフルだったが、すぐに表情を崩した。
「まあ、その話は後でゆっくり聞くのです。そろそろ出発の時間なのです」
「あまり待たせても馬車の人に悪いしな」
「じゃあニザベル山脈に向けて、しゅっぱーつ!」
「おー、なのです!」
「…………」
「ほらほら、リンちゃんも」
「……お、おー」
拳を高くかかげる三人。
北方に連なるニザベル山脈への、長いようで短い旅が始まった。




