10 リンナの想い
黄昏に染まる空。
赤く染まった草原の道を、騎士団の馬車行列が行く。
その中の一つ、リンナは馬車に揺られながら、思い悩んでいた。
今、疲れ果てて自分の膝枕で眠るこの少女。
玲衣の自分への献身は、言い方は悪いが常軌を逸している。
もちろん玲衣には、感謝してもしきれないぐらいだ。
だがそれでも。
「はぁ……」
ため息をつきつつ、彼女の髪を軽く撫でる。
夕日に照らされ、玲衣の髪は燃えるような赤に見える。
リンナは改めて彼女の行動を思い返す。
最初に出会ったフレイムドラゴンの時はどうか。
あの時の行動は、普通の少女にしてはいささか思い切りが良すぎるが、納得出来ないこともない。
なにせ自分の命が懸かっていた。
戦わなければ、あそこで殺されていたのだから。
しかし森での出来事はどうだろうか。
玲衣は自らの戦いを放り出し、その身を盾にしてリンナをかばった。
自分の命よりもリンナの命を優先しての行動。
まだ出会って一週間ほどの相手に、普通の少女がそこまでできるだろうか。
「考えられる可能性は……」
この事は絶対に玲衣には言えないだろう。
召喚獣がなぜ召喚師のために命を賭して戦うのか。
見ず知らずの場所にいきなり呼び出され、よく知りもしない相手の為に戦わされる。
だというのになぜ、自らを使役する召喚師に、召喚獣は牙を剥かないのか。
その答えは、召喚時に掛けられる『召喚師に好意的感情を持つ』作用だ。
好意の度合いは様々ではあるが、少なくとも召喚した主に攻撃を仕掛けることはない。
この作用が、人間である玲衣にも適用されているとしたら。
玲衣が命を賭けて自分を守る理由がこれだとしたら。
「レイ……」
彼女の名前が口からこぼれる。
もし自分を守るという気持ちだけではなく、自分に向ける笑顔、親愛、それら全てが。
その全てが、召喚術の作りだした偽物であったとしたら。
手足の先が震える。
胸の奥がキリキリと痛む。
洗脳紛いの方法で得たのかもしれない絆。
それでもなお、それを失いたくない気持ち。
そして、玲衣への負い目と後ろめたさ。
頭の中がごちゃごちゃになる。
リンナの目から涙があふれ、こぼれた。
「……んぅ、……リンちゃん? 泣いてるの?」
「レイ、ごめん。起こしちゃったか」
涙を拭い、平静を装うリンナに、玲衣は心配そうに身を起こし、顔を覗き込む。
「どうしたの? なにかあった?」
「なんでもないよ。心配かけてごめん」
「なんでもなくない。リンちゃん凄くつらそうな顔してる」
「じゃあ聞くけど、レイは……」
答えを聞くのが怖い、でも聞かずにはいられなかった。
「どうしてそこまでして、私を守ってくれるんだ?」
その問いに、玲衣は改めて思い返す。
どうしてリンナを必死に守ろうと思うのか。
真剣に考え、首を捻り、体まで捻る。
そしてたどり着いた結論は……。
「一目惚れ……かな」
「私は真面目な話をしているんだが」
ジト目でにらむリンナに、玲衣は慌てて弁明する。
「違うよ、大真面目! それ以外に浮かばなかったんだもん。異世界に召喚されて、最初にリンちゃんと出会って。運命だって思った。リンちゃんを守らないと一生後悔するって、すごく大事だって思ってるから」
照れくさそうに笑う玲衣。
リンナの疑念は晴れなかったが、彼女の言葉は不思議と心を落ち着かせてくれる。
夕日の赤に顔の赤さが隠されている事を祈りながら、リンナは玲衣の胸に飛び込む。
ポフッ、と音を立てて飛びついて来たリンナを、玲衣も抱きしめた。
「リンちゃん、甘えん坊さんだ〜」
「うっさい」
たとえきっかけが偽物だったとしても、これから作っていくものはきっと本物だ。
そう願いながら、リンナは玲衣の温もりを感じていた。
☆☆
王都西口でヒルデら騎士団と別れた玲衣とリンナ。
召喚師ギルドで報酬を受け取り、夕食を店で済ませて。
帰宅した時には外はもう真っ暗であった。
「ただいまぁ〜〜もうだめ……」
玲衣は部屋に戻るやベッドに飛び込み、ぐったりと横たわる。
もはや一歩も動く気はなさそうだ。
「せめてシャワーは浴びろー。色々転がりまわったりしたんだから」
「もう動けないよー、リンちゃぁん」
「よしよし、よく頑張った」
ベッドの脇にしゃがみ込んだリンナに、頭を撫でられる玲衣。
心地よさそうに目を細め、リンナの方にコロリと顔を向ける。
「ありがと、ちょっと元気出た」
「ふふっ、それはよかった」
「ということで、一緒にシャワー浴びない?」
「いってらっしゃい」
「そんなー!」
冷たく断られ、がっくりと肩を落として浴室へと向かっていく玲衣。
リンナが彼女の誘いを断る理由は、今までは単純に浴室が狭いからだった。
だが今日は、なんだか妙に照れくさいのだ。
その原因が果たして何なのか、今の彼女にはまだよくわからなかった。
玲衣に続いてリンナもシャワーを浴び、あとは寝るだけとなった頃。
二人とも寝巻きに着替え、髪はまっすぐに下ろしている。
玲衣は鏡台の前でヘアブラシを使い、髪を整えていた。
「リンちゃんも使うよね、もう少し待ってて」
「いや、今日はいいかな。疲れたし、早く寝たい」
「駄目だよ、きれいな髪してるんだから。こっちおいで」
ちょいちょいと手招きし、リンナのヘアブラシを手に取る。
そして鏡台の前にリンナを座らせ、その後ろに回った。
「疲れてるなら、私がやってあげる」
「いや、レイの方こそ疲れてるだろ」
「平気平気」
玲衣はリンナの長い髪にブラシを通していく。
きめ細やかな青白の髪がするりと通り抜け、流れていく。
「きれいな髪……、うらやましいな」
「レイの髪もきれいだと思うけど」
赤みがかった茶色の髪。
夕日を受け、まるで赤い宝石のように輝いて見えた。
「えへへ、そんなこと言ってもらえたのはじめてかも」
照れ笑いしながらも、リンナの髪を少し手に乗せる。
サラサラの髪が全く絡むことなく、指の間をこぼれ落ちていく。
「なんか、レイに髪を整えてもらうの、すごく安心する」
「よかった。またやってあげるね」
髪をブラシに通しながら、心地よい沈黙が訪れる。
やがて、玲衣が口を開いた。
「あのね、ヒルデさんが助けに来てくれた時。安心したんだけど、悔しかったりもしたんだ」
ピクリと動くリンナの肩。
腕を動かしながら、玲衣は話を続ける。
「私の力が足りなかった、私一人じゃリンちゃんを守り切れなかったって」
「……私も、悔しかった」
「……え?」
突然のリンナの言葉。
ブラシを動かしていた玲衣の手が止まる。
「レイばかり危険な目に合わせて、私は見てるだけ。何もできなかった。こんなんじゃ姉さんに追いつけるはずなんてない」
「……リンちゃん」
「もっとレイの力になりたい。守られるだけじゃなくて、レイと一緒に戦いたいんだ」
玲衣は小さな肩に腕を回し、リンナを後ろから抱きしめる。
ふわりと、石鹸の甘い香りがした。
「そうだね、私たち二人とも、まだまだ全然だ」
「強く、なりたいな」
「なろう。一緒に強くなっていこうよ」
胸の前に回された玲衣の手のひら。
その手に自分の手を重ね、リンナはコクリと頷いた。
二人で眠るシングルベッド。
リンナはもう、狭いとは思わない。
寄り添い、手を繋いで、玲衣とリンナは互いの温もりを感じながら、深い眠りについた。




