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01 喚んだ少女と喚ばれた少女

 玄関の鍵を開け、住み慣れたアパートの一室へ。

 ただいまのあいさつも、ただの独り言だ。

 軽くため息をつき通学カバンを放り投げると、靴も脱がずに玄関に座り込み、首から下げたペンダントを手のひらに乗せて眺める。


 彼女は、加香谷玲衣かがやれいは孤独だった。

 十歳のころに両親を亡くし、親戚も無く一人暮らし。

 親の遺産で食いつないではいるが、それも有限だ。


 毎日学校から帰っては、休む間もなくスーパーのバイトに。

 ベテランのおばさんに無視されながらも懸命に働き、帰ったら家事に炊事。

 それが終わったらもう寝る時間。

 自分のための娯楽に割く時間など無く、友達も出来ず、付き合いが悪いと陰口も叩かれる。


 十六歳の少女はこの現実に疲れていた。

 誰かが自分を、非日常の世界に連れ出してくれないものか。

 幼い日に憧れた、剣と魔法のファンタジーの世界へ。


 だが、そんなことを常日頃考えていた彼女も、さすがに度肝を抜かれたことだろう。

 突然母の形見のペンダントが光を放ち、全身が眩い光に包まれたかと思うと……。



 ——目の前に巨大なドラゴンがいるのだ。


「なに……これ」


 そんな感想しか出てこないのも、無理はないだろう。




 ☆☆




 どこまでも続くような緑の草原、抜けるような青空。

 爽やかな風が髪をくすぐる。

 土や石が剥き出しの荒く舗装された道を行くのは、小柄な少女。

 彼女、リンナ・ゲルスニールは王都を目指し、旅をしている。


 リンナは王都の東にある、フロージという小さな田舎町で生まれ育った。

 優しい両親と姉に囲まれ、彼女の子供時代は幸せなものであった。

 だが五年前、突然姉はリンナの前から姿を消したのだ。

 家族にも何も告げず、ある日突然突然に。


 姉は天才だった。

 十五歳にして、生ける伝説と謳われるS級召喚師に上り詰めたのだ。

 彼女は、ディーナ・ゲルスニールはリンナの誇りだ。

 そんな姉に憧れ、彼女も召喚師の道を志した。

 いつかその遠い背中に追い付く日を夢見て。


 リンナは姉を探すため両親に頼みこみ、十五歳の誕生日に家を出る許可を得た。

 そして今、彼女は姉の手がかりを求めて、この国で最も人口の多い王都ヴァルフを目指し旅をしている。


「さすがに歩きはきついな……馬車でも拾えばよかったか」


 額に流れる汗を拭いつつ、一人愚痴をこぼすリンナ。

 目の前には果てしなく続く緑の地平線。

 王都はいまだ、影も形も見えないままだ。



 そんなリンナを遥か上空から見下ろす一つの影があった。

 人である。

 胸元が大きく開いたローブを身に付けた女性。


 もしこの光景を誰かが見たとしたら、仰天する事だろう。

 たとえ召喚師であっても、自分一人の力だけで宙に浮くことはできないのだから。


「見つけた……あの子ね。ふふっ、この時をどれほど待ったことか」


 銀の長髪を風になびかせ、その女性は妖艶な笑みを浮かべる。

 そして懐から金属製の杖を取り出した。

 その先端には赤い宝玉がはめ込まれている。


「さあ、行ってきなさい、フレイムドラゴンちゃん」


 女性が杖を高く掲げると、赤い光が奔流となって渦巻きだす。




 重い荷物を背負い進むリンナは、大質量の何かが落下してくる気配を感じる。

 目の前に轟音を響かせて落下した「それ」は、その瞳にリンナを捉え、唸り声を響かせた。

 彼女の眼前に突如として、深紅の巨竜が立ちはだかったのだ。


「なっ……! フレイムドラゴン!? A級召喚獣がどうして突然!?」


 ありえない。

 A級召喚獣は、宝玉の入手にも苦労する希少なものだ。

 そんなものが野良で、こんなのどかな場所にいるはずがない。

 A級召喚師に命を狙われる覚えも、当然リンナには無かった。


 突然の事に驚き戸惑うリンナ。

 落ち着け、自分にそう言い聞かせ、対処法を探る。

 フレイムドラゴン、A級中位の強力な召喚獣。

 深紅の鱗は鋼鉄よりも硬く、鋭い爪牙は鍛え抜かれた剣よりも鋭い。

 そしてなによりも、その口から吐かれる灼熱のブレス。

 まともに戦って、C級召喚師の自分に倒せるはずがない。


 敵対意思はないんじゃないかという淡い希望は、次の瞬間崩れ去る。

 その双眸にリンナを捉えた巨竜は、鋭い爪を振りかざし、襲いかかった。


「逃げなきゃっ!」


 背中の大荷物を放り出し、全速力で走りだす。

 爪の一撃をかわし、リンナは懐から無色透明の宝玉を取り出すと杖にはめ込む。


「少しでも時間稼ぎになればいいけど……。来い、リトルワイバーン!」


 杖の先端、宝玉が輝き、緑色の小型の飛竜・C級召喚獣リトルワイバーンが姿を現す。


「風を起こして砂埃を巻き上げろ!」


 この召喚獣は戦闘には不向きだが、翼の力が非常に強い。

 目くらましをして時間を稼ぎ、丈の高い草むらに身を隠す。

 開けた草原でC級召喚師のリンナに出来るのは、その程度のことしかない。

 その事は彼女自身が一番よくわかっていた。

 もしこれが失敗すれば……。


 リトルワイバーンの巻き起こした砂埃が、フレイムドラゴンの視界を阻む。

 舞い上がる砂塵に、巨竜はうっとおしそうに目を閉じ、身をよじる。

 これならいける、活路が開けた瞬間、それは無残にも閉ざされた。


 ——ゴアアアアァァァァァッ!


 巨竜の咆哮とともに吐き出された灼熱の吐息は、砂埃を、リトルワイバーンごと跡形もなく消し飛ばす。


「ぐうぅッ!」


 鳩尾を強く殴られたような衝撃に悶絶し、倒れこむリンナ。

 召喚獣が倒された時、その強さ相応の反動が術者を襲う。

 C級の反動は比較的軽微なものだが、それでも十五歳の小柄な少女には十分だった。


「げほっ! ごほっ……! もうだめだ……、ここで終わるのか?」


 こんなところで、まだ何もしていないのに。

 姉の手がかりすら見つけられず、こんな意味不明の襲撃で。

 目尻に涙を浮かべ、咳き込むリンナ。

 その時、彼女の目の前に宝玉が一つ転がってきた。

 倒れこんだ時に懐からこぼれたのだろう。

 

 それは、ゲルスニール家に代々伝わる『ひび割れた宝玉』だった。

 誰も使い道がわからないまま、受け継がれてきた宝玉。

 旅のお守り代わりにと母が持たせてくれたのだ。

 くすんだ輝きを放つ、がらくた同然と思っていたその宝玉を、リンナは何かに導かれるように手に取った。


 目前に迫る深紅の巨竜。

 その足取りはゆっくりと、まるで獲物を弄ぶかのようだった。

 目前に迫る死を前に、藁をもつかむ思いで彼女は杖にはめ込み、祈りを込める。


「お願い、なんでもいいから……来て!」



 ——まず最初に、光。


 見たこともないような眩い輝きが宝玉から迸り、周囲を包む。

 ドラゴンも、少女も、誰も目を開けていられない。

 光の奔流はやがて収束し、何かを形作っていく。


「召喚……成功したの?」


 光が収まり、リンナとフレイムドラゴンの間に姿を現したものは……。


「なに……これ」


 呆然とそう呟く、見たこともない服を着た少女だった。

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