世界樹と母と犬と夕日に乾杯
ホットミルクにトースト、ベーコンエッグとソーセージにちょっとしたサラダ。母さんがいて、お姉ちゃんがいて、父さんもいる。幸せってこんな日常なんだよな。パルサは年寄りくさい目をして朝食を食べていた。
「パルサちゃん、飛行機出来たから世界樹行ってくる?」
「うん。行けるようになった。」
「お母さん、マザーコアもおうちに連れてきていい?」
「もちろん良いけど、ゴーレムなんだっけ?」
「うん。それなんだけど、私達みたいな肉体ボディ欲しいらしいの。これってお願いしてもいい?」
「大丈夫よ。パルサちゃんがするから。良いよね、パルサちゃん。」
「うん。大丈夫。顔とか体とかどうするの?」
「うーん。聞いとくけど、元々持ってないから適当にお願いするかも。」
「はーい。」
「じゃ、待ってるだろうし、行ってらっしゃい。」
「はーい。」×3
パルサ父はニコニコと笑ったまま一言も話さなかった。
庭に出したフライングイエイに乗り込む。
母と黒ちゃんはお留守番だ。
下向きのバーニアからジェットの火炎が吹き出し機体が浮かぶ。徐々に高度を上げ、鳥が飛ぶ高さまで昇る。バーニアの回転と共に進路を世界樹へ向け水平に加速していく。
因みに、ジェット火炎は飛行になんら関係のない飾りであり演出である。
機体下の窓から、手を振る家族と離れていく家を見送った。
「しゅっぱーつ!」
☆
ソファーでお茶を飲みながら寛ぐ、ノッチとラッチとパルサ。
「暇だね。」
「うん。」
「パル坊は前世の親の事って何か覚えてる?」
「うーん。小さい時は、あちこち連れて行ってもらった。地域のイベントだったり、お祭りだったり、遊ぶ場所だったり。あとは共働きだったから、家に一人でいることが多かったかな。」
「そうか。親ってどんなものなんだろうな。」
「今の、母さんや父さんみたいな感じじゃない?
心配してくれて、生きるための色んな事教えてくれて、一緒に食べるごはんがおいしい。」
「パル坊も親みたいなもんか?」
「僕から見ると、ナッツもラッチも家族だと思ってるよ。お姉ちゃんみたいな感じ?」
「お姉ちゃんか。わかんないけど良いねそう言うの、家族だろ。」
「うん。家族。」
「わたしも家族よ。パルサちゃん。
ラッチは俺の嫁って言っても良いのよ。」
「ラッチは俺の嫁。」
「キャー」
真面目な話に耐えられなくなったのか、ラッチがからかってきた。そのまま返すのが正解と思ったのだが、ナッツが見る見る不機嫌になっている。
「ナッツは俺の嫁。」
「ふふっ。こいつめ。ういやつめ。」
ナッツの膝の上に乗せられて後ろから抱きつかれ、ナッツにこねこねされる。喜んでる喜んでる。
これってどう返すのが良いんだろうか?
彼女達が喜んでいるからどうでもいいや。
パルサは思考を投げ捨て、されるがままになっていた。
☆
「本機は目的地:世界樹に到着しました。付近にある遺跡を捜索いたします。」
「着いたね。木が凄くて何も見えないけど。」
「すげー、全部、木だ。」
「ほんとね。
あと、それと、マザーコアはあっちの方ね。」
「指示方向へ迂回します。遺跡捜索は継続します。」
「ゴーレムさん、よろしくねー。」
「よろしくお願いします。当機、及び、わたくしの事はフェイとお呼び下さい。」
「え、イエイなんじゃ…。」
「お断りです。フェイとお呼び下さい。」
「よろしくね、フェイさん。」
「うん。フェイね。その方が良いね。うん。」
「変な名前の場合はゴーレム組合でストライキも可能です。名前を付ける場合は既存のゴーレムにご相談下さい。」
「ご、ごめんなさい。」
「坊っちゃん、対象の遺跡を発見いたしました。滞空待機しますか?着陸しますか?」
「ぼっちゃんなんだ…。良いけど。空いた場所で着陸お願い。」
「オーケー。本機はこれより着陸いたします。」
・・・
「着陸いたしました。」
「ありがとーフェイ。」
前に乗った時はこんなに自己主張激しくなかったんだけど、どうしちゃったんだろう。まぁ、良いや。フェイを次元の倉庫に入れる。
「着いたー!
ここから見る世界樹は良いね。」
「映画の1シーンみたいですね。」
「そんな映画見たっけ?私も見たいぞ、ラッチ、あとで教えて。」
「ナッツったら。
喩えですよ喩え。
それより、マザーコアが呼んでいるので行きますね。」
「こっちだよー。」
「待ってよ、遺跡探索したいんだけど。」
「ここって、昔、私達が住んでた場所らしいので、何も無いですよ。
それより行きましょう。」
似たような石造りの家が続く、石畳が続く道、家々の石組みが薄い赤錆色に変色している、隙間なく石でびっしり覆われた街は、植物や虫もいない、何の生命も見出だせないここは死の町を連想させる。こんな場所で二人きりは寂しいだろうな。
高台にある神殿へ進む、足音だけが響く。
「あの神殿で生まれたんです。たぶん。気付いたらあそこにいましたから。」
「そうそう、誰も居なくて。
マザーコアに誰もいないって言われたけど、街中を探したっけ。」
楽しそうに思い出を語る二人。気が重くなるけど、ついて行くだけだ。
幸い神殿はもうすぐだ。
「マザーっと、いたいた。」
「マザー!来たわよー!」
「ようこそ娘達。待っていた。困っていた。あれ。」
「ん?」
「え?」
「あれは?」
マザーコアは、ナッツやラッチに始めてあった時と同じ、見た目は完全にクレイゴーレムだった。首から下げたメダリオンで話をしているのだろう。そんな事より、マザーコアの指が指し示す場所には犬がいた。
犬?だよね?
「世界樹。上から落ちて。きた。犬。一緒。連れて行って。頼みたい。」
「パル坊いいだろ?」
「う、うん。良いけど。ちょっと待ってね、母さん呼んじゃうね。」
神殿の奥の間にドアを貼り付ける。
家にいたママンと黒ちゃんを呼んできた。
「はじめまして。ナッツとラッチのお母さんしてるパルサママよ。」
「ようこそ。パルサ母。娘達。世話になっている。」
「たどたどしいわね、どこか壊れてるの?」
ママン、喧嘩になるからド直球はやめてって、いつも言ってるのに。
どっちが母親対決みたいになってるし。怖いよ。
「メダリオン。汎用。会話容量。少ない。」
「あぁ、ゴーレムが会話機能ないのね。」
「そう。会話不要。デストロイ。OK。悪は殺す。」
怖い。マザーコア怖い。
「会話機能は後で何とかするから。あの犬連れて帰っていい?」
「良いわよ。見た事ない魔物だけど。」
「うそん、魔物なの?」
「犬って魔物だもの。その犬も魔石っぽいし魔物よ。」
「えー。」
魔物だったっぽい。
「はいはい、連れて帰るわよ。
マザーコアさんも、ていうか、固有名ないの?呼びにくいわ。」
「昔の個体番号ならあるそうです。K03-GC0015だそうです。」
「あら、ナッツちゃん、通訳ありがとうね。
そうねえ、どうしましょ。」
「番号をもじってミイコでどう?」
「そう。ミイコ。OK。」
「じゃ、ミイコさんも、帰るわよー。」
ドアを通り、家まで帰った。
ママン、犬の歯茎をムギっと押し上げて犬歯を見ている。
ぐったりした犬は、辛そうに鼻をフヒフヒさせている。
「母さんどう?なにかわかった?」
「立派な犬歯よ。どうして元気ないのかしら?」
犬歯を見てただけだった。
「ステータス見るとわかるかも!」
「あったわね、そんなの!」
「魔素臓器不全?何か知ってる?」
「魔素が昇華しきれてなくて酔っちゃってる状態ね。人間なら死んでるわ。
魔素の昇華器官が容量足りてないのかも。」
「昇華器官ってあるんだ。」
「魔石の事よ。
魔石には幾つか役割があって、魔物の臓器としても動作してるのよ。ていう学説?」
「治りそう?」
「治らないわ。」
マザーコアさん、悲しそうに犬を撫ぜてる。
「研究室行くわよ。パルサ、犬連れてきて。」
「治らないんじゃ…。」
「改造するのよ!」
「あぁ、そういう。」
犬を台車に乗せドアを通って研究室に行くと、ママンは魔石を手に待っていた。
犬を作業台に乗せる。
「さ、行くわよ!」
「ちょっと、待って。」
マインドスタン!
「ふぅ、やばいやばい。」
「あら、気が利くじゃない。うふふ。」
「ひょっとしてわざとマインドスタンしてなかったりするの?」
「そうよ、痛みがあったほうが治りも早いし。どっちにしろ、死んでも殺さないもの。大丈夫でしょ?」
死んじゃうほど痛いのは駄目だと思うよママン。
ママンの雰囲気が変わる。
カッと目を開き殺し屋の雰囲気を身に纏う。
ビクッとなり後ずさるマザーコア。怖いよね、僕も怖いし。
仰向けに寝る、犬の鳩尾に、腕をゆっくりずぶずぶと突き刺す。
無造作に傷へ大きすぎる魔石を当て…、ねぇ、それ、大きすぎない?
「ねぇ、母さん?それ、大きすぎない?犬の魔石だよね?」
「知らないわ。高純度の大きな魔石って持ってきたから。」
「良いの?大丈夫なの?そんな感じで?」
「生きるか死ぬかは気合よ!気合いが無いと生きられないの!」
「えぇぇ、違うと思う。」
「もう手遅れよ!融合しちゃったし。
大きければ生命力も強いの!」
「ええええ。」
「さあさ、気合を見せなさい!
犬!
麒麟の魔石よ!
気合を入れるのよ!」
麒麟って言ってるやん。知ってるやん!大丈夫かな、大丈夫なんだろうけど心配だよ。
いぬー!
目を見開き、口を前回に開き、四肢は異常に突っ張る。
首を激しく振り回し、繰り返し背中が弓なりになり、作業台からズリ落ちる。
「いぬー!気合はどうしたー!気合よー!き・あ・いー!
ほら!
ワォーン!」
ビクビクと残像を残す勢いで痙攣する犬、犬に向かい吠えるママン。
「ワォーン!ワォーン!ガウガウーワォーン!」
血を吐く犬、全身からバキバキと音がなり骨が砕け続ける!右に左に体を揺らし痙攣する犬!
犬に向かい犬っぽく吠えるママン!
部屋の隅でナッツとラッチにしがみつき震えるマザーコア。
あぁぁぁ、と、見つめるだけの僕。
「ワォワォワォーン!ガウガウー!ワォーン!ワォーン!」
バキバキと骨が砕け、ブチブチミチミチと腱や筋肉が千切れる!全身をギュッと縮め痙攣する犬!
治療魔法と死霊術の再生魔術をかけながら吠える母!
顎で合図され、ママンに合わせ再生魔術を全開でかける僕!
ガタガタと震えるマザーコアと娘達!
「ワォワォワォーン!ワォワォワォーン!ワォワォワォーン!」
ミシミシギチギチ、筋肉と骨が再生され続ける音が鳴り響く!犬なのか?犬?!
再生魔術をかけながら吠える母!
顎で合図され、ママンに合わせ再生魔術を全開でかける僕!
ガタガタと震えるマザーコアと娘達!
「グブヘェァ!グルルルォォォン!」
「もうちょっとよ!気合いを抜いちゃダメ!」
バキバキミシミシ、筋肉と骨が再生され続け、犬が全身を弛緩させ血反吐と共に塊を吐き出す。閉じた目を再び見開き全身に力を漲らせる犬。徐々に際限なく大きくなり続ける犬!
急に人語を話し始めるママン!
再生魔術を全開でかけるママンと僕!
バッシーン!
全身をバネのようにしならせ、全身を使い起き上がり、四つん這いになる犬らしき犬!
腰を落とし全身の筋肉をたわませる!
口を大きく開け上下左右にゴリゴリと筋肉を鳴らしながら首をひねる!犬!
「そう!いい!筋肉も気付いてる!筋肉に気合よ!気合いーダァッ!」
牛ほどになった犬は犬なのか?筋肉が全身を覆うよに浮かび上がり、顔も筋肉と筋肉が作る皺で超怖い!睨むだけで殺せそうな顔を振り回し眼光をあちこちに飛ばす犬!
テンションがあがって楽しそうなママン!
再生魔術を全開でかけるママンと僕!
「グルゥォーン!」
「この筋肉!筋肉!筋肉!筋肉!
いい!いい筋肉!いい筋肉!いい筋肉!」
全身をのけぞらせ遠吠えをする犬らしき犬!
再生魔術を全開でかけるママンと僕!
両手をギュッと握りしめ前乗りの姿勢で、犬をボコボコと右に左に殴り出すママン!
犬の横腹に叩き付ける殴る、ママンの拳が肉を殴る打撃音が連続して鳴り響く!
バコォボコォバコォボコォバコォボコォバコォボコォ!
「グハァァァ!」
「筋肉!筋肉!筋肉!筋肉!」
ミシミシと筋肉を響かせ、こちらを横目にゆっくりと向く犬。
ママンは再生魔術をかけ続け、両手の拳で殴り続ける、筋力強化もしているのかママンの全身が赤く光っている。
肉を殴る大きな打撃音が連続して鳴り響く!
打撃音が段々と激しく早く、よくわからないが、激しいビートを刻む!
ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!
バン!バン!バン!バン!バババン!バババン!ババババババン!
「カプッ」
「ふごごぉ!ごぉぉぉ!」
犬っぽくなくなった犬が、犬っぽくママンの頭を大きく咥える。
フゴフゴ言って、両手をぶんぶんするママン。
困った顔をする犬と、困った顔で見るパルサ。
マザーコアと娘達は耳を押さえて蹲り震えている。
「クア」
「ふー!気合注入完了だわ!」
大人しくなったママンを離す犬。
やり遂げた顔で腰に両手を当てるママン。髪がベタってしてるし、上気しててエロい。
犬を見上げてるパルサ。
「わふぅ」
ママンにスリスリして甘える犬。ガシッと頭を抱え飛ばされないようにするママン。
ぼーっと見てるパルサ。
犬がパルサを鼻先に乗せ跳ね上げる。ふわっと背中に乗ったパルサは困っている。
ママンが犬にジェスチャーで何かを訴えている。
困った顔する犬っぽくない犬。
「背中に乗せてほしいんだと思うよ。犬さん。」
「クァ」
パァって解った顔した犬は、パルサママの前にしゃがむ。
違うらしい、必死にジェスチャーするパルサママン。
困る犬っぽくない犬。
「鼻でピョーンて飛ばして欲しいんじゃないかな。」
そうそれってママン。
リクエストに答える犬。
ぴょーんてパルサの後ろに乗るパルサママ。
「もう、体大丈夫?どこも痛くない?」
しゃがむ犬から降りるパルサは問いかける。
犬はパルサへ向かってウインク。
「大きくなったねぇ、この大きさだと街でお披露目しないとなぁ。」
少し考えた犬は、ぐっと全身に力を入れる。
シューッと、全身から湯気をだし縮んでゆく犬。
「おぉ、これなら家の中でも安心だね。犬さん、よろしくね。」
「良かったね。犬さん。」
なんとかなり、ママンも落ち着いたのでキッチンへ戻る。
しばらくすると、マザーコアとナッツとラッチも照れながら戻ってきた。
「元気になってよかったね。犬さん。」
「良かった。犬。」
「うんうん。」
楽しく寛ぐ家族に、一匹と一ゴーレムは楽しそうに混ざっていた。
夕食で犬が何を食べるか、あれこれと楽しそうに話が続く。
窓の夕日に照らされるマザーコアは、幸せそうな娘達を見て笑っているように見えた。