表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

ナッツとラッチの悪魔の噂

 へったくっそな合唱に陽気な荒くれ達、上機嫌に煮物を肴に強い焼酎を楽しむ男達。

 歌っれ騒ぐ男達の卓でキュウリとキャベツの浅漬を皿へと盛り、配って歩く。


 「僕からの差し入れでーす。」

 「ぼうず、食って良いのか?」

 「食べて食べてー。酒のツマミにどうどう?」

 「おっほ、これは、疲れにも良さそうだ。おぃ、お前ら、歌ってないで食ってやれ。」

 一変した表情でキュウリをあらたに口に含み、舌で転がす用に舐め回し、ゴリッとゆっくり噛み締め、鼻から大きく息を吸う。目を閉じ、ゴリッ、ゴリッと、宝石を味わうように楽しむ、最後の願いで食べる一切れのベーコンを味わうように。ベーコン・・・。


 「おねーさん、ベーコンの炙り盛り塩と梅昆布茶ね!」

 「・・・・坊主も飲むのか?ジュースおごってやろうか?」

 「ぼちぼち稼いでるから。

 それ(漬物)気に入ったみたいだし、ゆっくりしていいから。

 僕も飲むし。」

 「おぉおぉ、そうかそうか。

 ほらみろコイツラ、嬉しそうだぜ。」

 直視したくないので目を逸らせていたが、飲んで歌って騒いだ男達が、大事なものを味わうように揃って上を向いている。なんでそんな味わってるの、なんなのこの人達。


 チップと金を渡し、お姉さんからブツを受け取る。


 「酒に合うでしょ?」

 「うむ。これどこで買えるんだ?

 野営に持っていけば、酒が進む。」

 「あー、そのうちダンジョン門近く?まだ売ってないからね。」

 「そうかそうか。

 で、何の用事だ?」

 「噂をちょっと聞きたくさ。

 悪魔の館とか、生贄の人さらいとか、そんな話知らない?」


 噂を調べているのは、ドイツが行方不明の人達が攫われて生贄になっているん噂があると教えてくれたからだ。

 いわく、西方へ向かう先の毒林に不気味な館があり、誰かが上位悪魔を召喚しようとしている。

 召喚の生贄に何人も犠牲になり、村ごと飲み込まれた、王都で犠牲になった人も多いらしい。

 館近くは怨霊が飛び交い、犠牲者の亡骸が亡者として守りを固めている。らしい

 怪談話にも似た感じの噂だが、冒険者蔓延るこの世界は謎は暴力で解決するので、寝ない子供を驚かす可愛い嘘しか残らないそうだ。そんな嘘も、子供達が歪まないよう、悪意が無いようにと気を使っているんだとか。噂を監修している専門家集団がいるとかいないとか。


 そんな王都で、誰かが傷つくような噂が流れるなんて、本当のことか、流れ者が適当に話しているかのどちらからしい。ドイツ君は魔術に詳しい僕に話を持ってきたのも、そういった理由だ。

 悪魔召喚はその筋の人間にはメジャーで、この世界でも、悪魔を使役し土木作業に建築にと役立てている地方はある。だが、そもそもとして悪魔は生贄を取らないのだ、彼ら悪魔たちの制約的な話で、悪魔が生贄を求めることは不可能なのである。

 そんな理由で、酒場のおっさん達に噂を聞いて回っている。

 悪魔がキュウリとキャベツの浅漬になるかと思ったがな。


 「ぼうず、そいつは臭せえぜ、ぷんぷん嫌な匂いがしやがる、気を付けるんだぜ。」


 僕の後ろの女二人組が、目を据わらせこちらに向けて立ち上がる。おっさんやめろ、黙れ、馬鹿でかい声出すんじゃねえぇ。

 僕は、近づいてきたお姉さんの腰にギュッと抱きつき、見上げる。


 「お姉さん、いい香りだから。このおっちゃん馬鹿だから違うの。

 座ろ、ねっ。」

 「チッ。」

 「ぎゃはは、子供に馬鹿にされてるぞ。子供に助けられてよかったな。女の扱いもぼうずに教わったらどうだ。」

 「ふん。姉さんたちすまねえ、ちょいときな臭い話をしててな。」

 「チッ。」


 渋々と、机と椅子を引き寄せ座るお姉さん達。ヒョイと僕を抱え上げ膝に座らせられても、女の、特に若い女には逆らうなと教え込まれている僕は、流されるまま撫ぜられるに任せるがままだ。

 お姉さんたちからは、薄っすらと香油の良い香りがしていた。悪くない、望ましい。


 「これ、お店の試供品です。どうぞ。」

 「ふふっ、良いのよ気にしなくて。今度よらせてもらうよ。」


 こんな事もあろうかと、お近付きの粗品を用意してあるのだ。店のモチーフがハンコで押された紙袋に入れた、バラの香りとスミレの香りの石鹸を、一人ずつ渡す。一人に1つ渡さなければいけない、ここも間違えてはいけない。

 石鹸の香りを嗅いでしまったおねえさんの機嫌は良さそうだ。ローブの上から太ももをさすさすされる。


 「でだな、ぼうず。嫌な臭いがするんだ。」

 「おい、おっさん。やめろ。」

 「がっはっは、冗談だ。」

 「酔っ払いが。」(僕の太ももをさすさすするスピードがあがる)

 「その話な、先月くらいから急にあちこちで広まってな、そんな事あるわけねえじゃねえか。

 なんで上品ぶった臭え食い物屋と、小汚え飲み屋で同じ話が流れてやがる。

 な、おまえさんらもそう思ってるだろ。」

 「そうねぇ、臭いかどうかは気に食わないけど、喫茶店でもケーキ屋でも聞いたわね。

 そっくり同じ噂だったから、誰かが裏で無理やり話に盛ってるって事になってるわ。」

 「お、なんか知ってんのか?この漬物食えよ。ぼうずもっとだしてやんな。」


 さすさすに満足したお姉さんから、もう一人のお姉さんに僕が渡され、片足に座らされる。おねえさんに遊ばれていると、漬物のリクエストが来る。お近づきの品はこうやって使うんだな。うむうむ。


 「これ、浅漬です。食べてみて。

 特別におみやげにこれもどうぞ。」

 「お、俺達にも土産はもらえるのか?」

 「やだなおっちゃんたち。女の人は特別って決まってるじゃない。」

 「そうだな。がっはっは。

 まぁ、食え食え、食ってみろよ。クッってなるから。がっはっは。」

 「お、良いね、さっぱりして。ありがとう、ぼっちゃん。」


 「そうだね、大きな声じゃあれだから、こっちに耳をよこしな。」

 ・・・

 「汚い顔を伸ばして来んじゃないよ。耳だけよこせばいいんだよ。

 ふん。まぁいいわ。

 でだ、話してる女捕まえて聞いたのさ、いくら貰ったのか。

 そこそこ貰ってて、紹介しろって言ったけど、前金もらってそれ以来合ってないそうだ。」

 「そりゃまた剛毅な話だな。腐れ貴族のくせえ臭いがするぜ。」

 「臭い臭い言ってると、お前らが臭くなるわよ。

 ねー、ぼっちゃん。」


 顔をこねくりまわすんじゃない。顔はヤメロ。

 顔やら胸やらこねくられながらも、欲しい情報は集まった。こねられたお返しにチューしてチューすると平然と返される。これが大人の余裕か。しばらく酒に付き合いながら、こねこねされる。


 ダンジョンと山に入っての狩猟を交互にする生活をしているそうで、この街に来てから随分と生活に余裕が出来たらしい。

 街も清潔だし、食事も酒も美味いし、べっぴんさん達も沢山いて、この街に来てから、もう一人の自分に目覚めたようだという話だ。

 お姉さん達も、遠くから護衛でここに来て、拠点を移すか考えていたらしい。お抱えの冒険者に興味ない?と聞かれたけど、そういう事なのかな?もう少し大人になったねって返事しといた。

 大きな胸に顔を押し付けられ後頭部グリグリされた。やめろ、おっぱいは卒業してるんだ。

 ぐしゃぐしゃの髪を優しく手櫛で梳かしてくれる、もう一人のお姉さん。


 「他の人達には内緒ね。自警団のリーダーに話したいって言えば、冒険者の仕事も自警団にも入れるから。

 遊びに来るだけでも良いよ。」


 面白い話があれば、店か王都の家に手紙ちょうだいと頼んでおく。

 誘惑されてる気がするけど、気にしない事にする。

 良さげな人達で憑いてる死霊さん達も賛成してくれたので、うちの領にも誘っておいた。

 名刺の裏に、日付と酒場の悪魔の話って入れて渡す。



 「その噂なら知ってるわよ。」


 ママンが詳しい事を教えてくれる。

 その土地は、神に捨てられた見捨てられた地、呪われた土地と言われている。だけど、生態系が毒に特化しているだけで、毒を持つ動植物達の楽園になっている。同じ薬草でも、その土地で取れるものは、効果が段違いで、むしろ神が保護している土地なんだそうだ。

 知り合いの薬師の凄腕の錬金術師が、その毒林に移住して死ぬまで研究したいとボヤいていた。世捨て人になっちゃうわね、と、寂しげに教えてくれた。

 少なくとも、3年前に通っていた頃は、館も小屋さえ無かった。奥の山を少し登ると、ゾンビやリビングアーマーが多少いるだけで、狩り尽くすのを心配するレベルで少なく、死霊的に見ても安定した場所だったと。

 悪魔召喚については僕もママンも出来るんだけど、生贄が必要な要素など欠片もなく、頭のおかしな人が妄想に囚われ暴走してるなら、怖い話あるあるネタだと言うことに。


 ママンも気になるので、みんなで調べる事になった。

 良い機会なので、毒林へ行ってついでに遊んでおいで。そういう事らしい。



 毒林へ向かう街道から少し離れ野営をしていた。

 テントに吊り下げたカンテラが柔らかく輝き、野営気分に浸らせてくれる。

 もそもそと外へ出て、焚き火の前で話すナッツ達の間に座った。


 「この辺りも森が深いね。」

 「一緒に寝てあげようか?」

 「ううん、夜の森を見たかったんだ。」

 「そうか。」


 ナッツは静かにタバコをくゆらし、手を止め話に付き合ってくれる。

 自在鎌の柄に染めた革紐を巻いていた。ナッツはそうかと言って、紐を編む作業に戻った。

 何もかも飲み込んでしまうような黒い森から響く虫の音が、止まってしまいそうな時間の流れを追いかけているようだ。

 ラッチが隣に座り直しピタリとくっつき、毛布を広げ自分ごと包んでくれる。


 「寒くない?」

 「ラッチはさ、家族に会いたいとか思う事ない?」

 「私達は、気付いた時には誰もいなかったの。遠い遠い昔の事だけど。」

 「何もすることが無くて、姉さんと街を掃除していたの。昔々の映画を見て、掃除をして、本を読んで。

 マザーコアが色々教えてくれたけど、動かずに覚えるだけじゃダメだって教えてくれた、

 自分で道具を作って、その道具を使って掃除して。壊れた街を掃除して修理して。姉さんと話をして。

 ずっとずっと、誰もいない街で暮らして。」


 ぱちぱち燃える焚き火からお湯をとり、ゆっくりゆっくりとカップに注ぐ。

 神聖な儀式をおこなっているようにゆっくりと。


 「どうぞ。」

 「こうやって、知らないだれかに、紅茶を入れる事も知らなかった。

 紅茶が美味しいなんて考える事もなかった。

 出来る事をひとつひとつ増やす事だけが、生きている理由だった。

 長い長い時間を生きて、沢山の事が出来るようになって。」


 「ずっとずっと、ずぅーっと生きて。

 愛される事を初めて知ったの。

 ずっとずっと、ずぅーっとずっと、あなたに会いたかったの。

 やっと会えたの。

 わたしのパルサ、あなたに会いたかったわ。」

 「僕も二人を好きだよ。」


 ラッチとナッツは顔を見合わせ笑う。

 ラッチの腕が、僕を抱きしめる腕が温かい。

 静かな夜は何も起こらず、ラッチとナッツの思い出話が続いていた。



 水が枯れ、短い草があちこちからちくちく生える、小さな白い丸石で出来た石の道。枯川に到着した。

 ここからは街道を外れ、バギーだけで進む。

 次元の倉庫へ荷馬車を片付け、ラッチのバギーを用意するナッツが、いたずらな顔をして問いかける。


 「パルサは、どちらのおっぱいが好きなんだ?」


 昨夜ラッチに抱きついて寝てたのをからかっているようだ。寂しかったのかもしれない。

 逃さないとしつこく聞いてくるナッツがウザい。

 これだから格好つけの見栄っぱりは邪魔くさいんだ。ブツブツ。


 「ふたりとも大好きだよ。」


 おっさん的模範解答がお気に召さなかったようだ。ラッチと比べてどこが良いんだ?とか、マクロ的に見てどうなんだ?とか、風呂でちゃんと確認しろだの、だんだん下品になるし、しつこい。

 ラッチは可愛らしく笑いながら、両手で胸を押さえてウインクしてて、止める気が全くない。

 だめだこいつら。


 「早く行きたい。」


 ナッツがムキになって可哀想なので、ナッツのバギーの後ろに乗り。出発を催促する。

 鼻歌を歌いながらバギーに乗ってきてイラッとした。ギュッと抱きついて好きって言ってやった。

 ナッツがラッチに向かいやったったって顔をする。ラッチは笑って僕に投げキッスしている。


 「しゅっぱーつ!はいやー!」

 「しゅっぱーつ。おー。」


 ナッツの太ももを平手でパーンと音を立て鳴らし、バギーを出発させた。



 なだらかな河跡をバギーは進む。

 V字に抉れた渓谷を進む、緑が濃く自然豊かな観光地のような雰囲気。雨が降ると帰れなくなりそうだ。

 暇になるたびに目の前で振られるお尻がムカつく。ムカつくので、都度お尻を叩き、素肌をさらす脇腹を鷲掴みするのだが、癖になってしまわないか心配だ。

 ナッツのアピールって何か違うんだよな。いたずらして怒られる事を喜ぶ子犬みたいだ。ほんとどうしよう。


 深く抉れた渓谷を登りきると、開けた場所に出た。カルデラ盆地だ。

 中央には透明な湖が広がる、大部分を占める草原と、シダっぽい灌木が飛び地で茂り、恐らく毒草であろう草が風にさらわれ靡いている、赤いや紫色の葉を付けた木々が林となり森を作っている。

 うわさのあれかどうかわからないけど、大きな屋敷も見える。

 渓谷から続く緩やかな崖を降り、木々の間を縫って湖へと進む。


 湖は通常の飲料にも使える水質で、澄んだ水に色とりどりの魚が泳ぐ。クサフグっぽいのもいる。あいつだ。真水なのに。

 クサフグを見付けテンションが上がってしまい、網漁でザッと魚を捕まえた。普通に毒持ちの魚だった。昼に食べよう。


 平原の中を進み、湖の反対側に見える館へと向かう。

 石塀に囲まれた、広い庭と大きな畑がある御屋敷だった。

 70cmほどの高さで石垣が作られ、石垣を土台にして建物が建てられている。

 王都でも中々みない立派な屋敷である。


 門の前でしばらく考えた後、勝手に門を開けて入る。

 屋敷のドアノッカーを、と、思ったら外されているようだ。

 ドアが開いているようなので勝手に入り、挨拶をする。


 「コンニチワー!」


 ナッツとラッチが付いてきてくれるのを確認していると、奥から40ほどのおじさんが出てきた。

 古き良き時代のイギリス人みたいで、パリッとしたシャツに清潔感もバッチリだ。

 超、普通っぽいおじさんだ。


 「はい、こんにちわ。どういたしました?」

 「今、王都で、この屋敷の主が悪魔召喚に生贄を捧げている、極悪っぽい噂が流れていまして。

 聞きたくないですか?」

 「ほぉ、面白い。

 お茶でも出そう。来なさい。」


 通された部屋は書斎のようだった。

 並んでいる本を眺めると、召喚術や、魔術研究や、古代遺跡についての書籍が多く並んでいる。

 この本だけ見てると悪魔召喚ぽいもんなぁ…。

 おじさんはニヤニヤと、本を眺めるパルサを見ていた。


 「気になった本はあったかい?物によるが必要なら進呈しよう。」

 「いいんですか?うれしい。

 ところで、悪魔召喚なんて本は無いでしょうか?」

 「ふふっ、あるのなら、是非、私も欲しいね。是非、読んでみたい。」

 「ひとまず、ゆっくりしなさい。」


 茶番ジョブの打ち合いを終わらせ、お茶をごちそうになる。

 グレードの高く美味い紅茶を、ずずっと飲みながら、お菓子も遠慮なくいただく。

 噂のあれこれを説明する。

 噂を聞いたおじさんは、渋い顔で考え込んでいる。

 ゆっくりとした時間が流れる。


 自己紹介やなんやかんや話をする。

 おじさんはパルサママの例の知り合いだった。

 うんうん、話を聞いていると、おじさんの独白が始まった。

 真剣に聞く事にする。

 ナッツが、みんなの分の紅茶を入れてくれる。


 義手や義足など補助具を専門にする魔術エンジニアだったおじさんは、王都に店を持ち、それなり以上に成功していた。

 しかし、8年前、妻と娘が劇場からの帰り道に何者かに襲われ、妻は死に、娘も逃げた所を後ろから斬られ、傷は治ったものの腰から下は動かなくなってしまった。娘の体調は徐々に悪くなり、今から3年前に死んでしまった。

 娘のためにと、自分の持つ全ての技術、全ての分野の第一人者に協力を要請し装具を開発し続けたが、どうすることも出来ないまま、娘を失ってしまった。


 おじさんは腐ったおじさんとなり、飲んだくれた毎日だったが、ある日、舞踏スキルを鍛えるスーツ、筋肉スーツが届く。

 筋肉スーツに色々思う所があったおじさんは、たとえ娘が歩けるようになったとしても、背中の傷のせいで長くは生きられなかったのだと、ようやく現実の世界に帰ってこれた。

 今はここで、残った人生を送ろうと思っている。

 背骨を切られても治療出来る薬品が開発出来れば、あの頃の娘も自分も救われただろうと、屋敷を移設して頑張っている。

 おっさんなりに前に進んでいるらしい。

 一つ言わせて貰えるなら、事ある毎に、娘と妻の肖像画の前に行って泣くのはやめるんだ。


 「事情を話していただきありがとうございます。

 噂について、何か知りませんか?」


 「さて、出処はどこか知らないが、私も調べなければいけないだろうな。

 きっとどこかで私に繋がっているはずだ。」

 「あと、別の話になるが、、、君のお母さんだが。

 彼女とは昔から知り合いでね。

 筋肉スーツは娘のために開発してくれたんだと思うのだよ。」


 「君のお母さんにも治療を頼んだのだが、無理だったのだ。

 魂に傷が定着してしまって、傷を無かったするには時間が経ちすぎていたそうだ。

 彼女を恨むつもりは全く無い。そうなるだろうとわかっていたからね。

 昔から、古傷は治療術では治せないと、有名な話だ。

 万能の魔術師と呼ばれた彼女が作った筋肉スーツ、あれが私が欲しかったものだったのだろう。」


 「彼女から相談と言うか、私が協力を要請した事もあって、リビングアーマーや魔物の筋肉を調べていた事があってね。

 甲冑構造や筋肉と骨の関係や、私の研究にも重なる部分があってな、なりふり構わず研究したんだよ。

 装具の技術は飛躍的に進んだんだけどね。

 研究に没頭しすぎて他の事が疎かになってしまってね、ゴミの研究済み骨格やら筋肉がネズミに引っ張り出されて撒き散らかされたり、きつい匂いがしたり、ちょっとしたご近所トラブルになって怒られたな。

 君のお母さんにも、人様に迷惑かけるんじゃありませんと、怒られたわ。

 あはは、あの時は、子供みたいに泣いてしまったよ。」


 「多分それが、生贄やらなんやらに繋がっているかと。

 この毒林に住んでるなんて私だけだし。」


 「しかし、奇妙な話で、3年前もの事をどうして今頃になって。

 こっちに移ったのは1年前だ。

 私を亡き者にしようとしているんだろうね。」


 重い。軽く話してるけど、重い話を聞いてしまった。

 母さんもガチで噛んでいるし、新旧筋肉スーツ開発に関わってた僕もある意味当事者だ。

 母さん、知っていて送り出したな…。


 「ところで、おじさん。死んだ人と話せるとして。話してみる気はありますか?」

 「それはもちろん、そうだよ。

 謝ることもあるし、苦しんでいるなら何とかしてあげたい。

 出来ることがあるならしてあげたい。」

 「じゃ、死霊術を覚えましょう。死霊術のレベルが上がれば、すぐです。」

 「そうか、あの人の息子だからか。

 よし、どうすればいい?」

 「じゃぁ、とりあえず家行きましょう。」


 母さんに、協力してもらおう。隙きを見て母さんにぶん投げよう。

 奥さんの部屋にドアを貼り付けさせてもらい、家に帰ってきた。


 「おかえりー。やっぱり連れて来たのね。」

 「パルサママさん、今回も助けていただいたようで。ありがとうございます。」

 「仕方ないわ。友達が殺されるのって嫌だし。あの事もあるしね。

 夕食食べて。これからのことはそれから話しましょ。」

 「はい。」


 おじさん名前なんだっけなぁ。重い雰囲気嫌で聞けないな。

 ぼんやりと、料理しているのや、みんなが話しているのを聞いていた。

 夕食を食べ終え、死霊術の話題になる。

 死霊術のレベル上げに、おじさんを呪うことになった。僕が。

 母さんから、パスされる。


 「んー、細胞や髪の毛とか、一度に沢山呪っちゃうのが簡単かなぁ。」

 「色々、やってみましょー。」


自爆系魔術発動!

ジジジジジ・・・・。


 「あは、おじさんまっくろけ。

 治療ー治療ー治療ー!」

 「前より上手だけど、自爆って考えるから燃えちゃうんじゃないかしら?」

 「なんか馴染んじゃってて、そうなっちゃうだよね。」

 「ダメねぇ。」

 「まだおじさんのレベル足りないっぽいね。もうちょっとかも。

 あ、起きたよ。」

 「ダメみたいね。」


 まだ見えてないっぽい。

 そもそも、レベルなのか?レベルあげて本当に見えるのか?と言う話になる。

 五感を呪って一度潰してみる?って話になった。

 おじさんは、青い顔してるけど、さっきより健康ぽいから大丈夫でしょ。


 「目と耳を重点的にやってみる?」

 「それしかないわね。」


マインドスタン!


 流石に痛いのは可哀想なので、麻酔代わりに痺れててもらった。

 目と耳をやっつけて回復するとうまくいきました。

 この家の死霊密度にびっくりしているけど、これがうちの平常運転です。

 家に入り切れずに、庭でも死霊がくつろいでますから。



 うちには見える人しかいないので、全部聴こえてますし見えてます。

 父と妻と娘の語らいが、予想通り甘々諾々なので放置です。

 いちいち気にしてると、目も耳も甘くて腐ります。


 こっちはこっちで、背骨の神経は後から魔術で直せるかどうかを話しています。

 死霊術のキメラ技術で複製して繋げちゃえば良いんじゃね?ってなり、いかに死霊術を治療術に見せるかの話題になってます。

 死霊術万能説。

 そもそも魂の領域に作用するのだから、それ以外無いし。

 治療術に拘るのは、肉体にしか興味を持てない変態って結論に落ちました。


 さて、おじさん一家劇場が終わりました。

 噂についての新たな進展はなかった。

 パルササイドで考えていたような、劇場帰りの襲撃を目撃してもないし、恨みを買った覚えも無いとか。


 この噂についての調査は、みんな飽きてきたらしく、甘ったるい空気を一部に残して弛み切っています。

 気分転換するためにも、悪魔召喚して噂を流してた人達に死んでもらえば、笑えていいんじゃない。そんなことはいけません。悪魔を使役するなんてとんでもない。断固反対しました。

 もう、一件落着でいいんじゃないか。そう思ってダルダルの空気の中。ナックスさん母娘が手を上げています。


 「あ、あの、私達が行きますよ?」

 「へ、いいの?面倒くさいよ?」

 「そもそもが当家の話題ですし。このままだと、私達母娘の怨霊とか言われちゃいそうなので…。」

 「うーん。それもそうか。」


 ナックスさんちの死霊さん達が調べてきてくれる事になった。

 ナックスさんとは、腐ってたけど筋肉スーツで目覚めたおじさんで、死霊の妻子を持つおじさんです。死霊の妻子とか言うと、死霊の女と恋をして死霊の娘をつくった変態に見えますね。おもしろい。

 怨霊化しないように十分注意してお願いした。

 なんか嫌な予感がするから、ほっとけば良いと思うんだけどね。



 死霊探偵が動いてから、2週間経ちました。

 ナックスさん一家はうちの近くに家ごとお引っ越し、毒林にはトラップドア付きの3LDKコンクリート造神殿風ハウスをでっち上げてきました。

 神殿風ハウスのドアは全てトラップドアにして、開くとブラックホールに繋がり飲み込まれます。

 当家関係者とナックスさん関係者はトラップを除外する鍵を渡してあり、神殿風ハウスと薬品開発をお願いしてあります。

 その関係で、王都のドイツ君達も毒林に駆り出されていたり、領地と王都のセレクトショップに薬品が増えたりするのですが、それはまた別の機会に出てくるかもしれません。


 死霊探偵ことナックスさん母娘が、調べ尽くしてくれました。

 探偵とは何かに食いついた彼女達は、アレやコレのオーパーツを駆使し、最終的にホームズとワトソンで行こうと決めたそうです。役作りとコスチューム作成にかなりの時間を費やし、ステッキを回しながら旅立ったのを見て、心配で仕方なかった。

 ホームズはコナン・ドイルのあれです。

 あの人達、性格変わってましたからね。


 「生き生きした死霊は生霊になるって知ってるかいワトソン君。」

 「博士、それは悪質なデマです。」

 「さすがだワトソン君、貴族院に苦情を入れておいてくれたまえ。」

 「死霊に貴族はいませんよ、博士。」

 「任せておきたまえ。死霊ジョークだからね。はっはっは。」


 覚えたばかりの死霊ジョークで遊びたかっただけなんじゃないかと。

 ポンコツ死霊探偵ですが、調査自体は完璧でした。

 馬鹿な貴族馬鹿息子が馬鹿だっただけなので、王家にレポートぶん投げて終了のようです。


 ナックス母娘を襲ったのは貴族の息子でした。

 ナックス娘に一目惚れした貴族の息子がゴロツキを雇い、劇場帰りの母娘を待ち伏せ。

 ゴロツキが馬車を止める際に抵抗され大怪我を負う、逆上したゴロツキが母親を斬り殺してしまう。

 貴族の息子は、しばらく様子を見ていたが、バレずに済んだようなので終わったものと思っていた。

 しかし、ナックス夫が突然、怪しげな研究(バラバラの人体、呪力のこもったガラクタ、悲鳴や叫ぶ声)を初めたので、恐ろしげな術で犯行がバレることや、怨霊や悪魔を使役しての報復を恐れ、密かにナックス家を監視していた。

 そして1年前、ナックスが、突然屋敷ごと消えてしまう。魔術の暴走か悪魔の呪いで消えたのだと思い安心していた。

 だが、半年前に貴族院に回ってきた書類で、毒林に移転した事を知った。

 人里離れた場所に移動するなんて、残忍な研究をしているに違いない、きっと数多くの人を殺して何かしているはず。そう思い、正義のためなら遠慮する必要など無いと、金をばらまいて、冒険者が殺したくなるような噂を撒いた。


 と、言うわけだ。一件落着だ。

 その後、ナックス父は、毒林の素材から各種薬を精製し悠々自適の毎日を送っている。

 ナックスさん母娘は、ナックス父が頻繁に構ってくるのが鬱陶しくなり、ごはんの時だけ家に帰ってる。

 ナックス母娘は、心配することもなくなったので、王都でぶらぶら探偵ごっこしたり、パルサ家で他の死霊と井戸端会議しているます。



 蛇足であるが、ナックス母娘を殺した貴族のその後である。

 その貴族の領地にある屋敷と、王都の屋敷が、忽然と消えた。パルサママがやったのだろう。

 その後、悪魔召喚のデマの件が、王より詳しく公示され、処罰された。

 貴族息子は処刑、貴族は領地取り上げと貴族位の剥奪、財産没収が行われた。その後、領地の建物だけが戻された。


 パルス領地では、ナックス母娘が仲良く買い物をしています。

 フレッシュタイプの最新式お手伝いさんゴーレムだそうです。

 ナックス父は、戻ってきた母娘に時折り微妙な表情を向けつつも、仲良くやっているようです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ