後編
10.
たんぽぽ市での暮らしは穏やかに過ぎていく。
リサは夏の海へも出かけ、ご近所の花火大会や盆踊りも楽しんだ。
ラスアラスからの手紙は毎日届く。
リサは帰宅すると、それを読む。
内容は他愛もない物語で、彼女の宝物は増えていった。
11.
晩秋、ある日のこと。
ポストに手紙はなく、玄関のドアノブに紙袋が下がっていた。中には手紙と本が一冊。
ラスアラスの新刊だ。
手紙には『本が一冊できました。 おわり』と。
リサは読み終えた手紙を丁寧に封筒へ戻し、専用の箱へ。
届けられる手紙は総数200通をこえている。
続けて新刊を読むリサは、夕餉の支度も忘れていた。
小説の内容は、とある蛍の不思議な旅だった。
読了した彼女は深いため息をつく。もう真夜中になっていた。
窓から星を見る。そうして、新刊と手紙の箱へ目を移す。側にはヘイゼルが眠っている。
自分の手を見つめる。夜明けまで時間はたっぷりある。
なにかもどかしくなった。リサは本棚の前に立つ。
『はじめての楽しい手芸』の本を取り出し、ページをめくる。
自然と笑顔になっていた。
12.
リサは編み物をはじめた。昔できなかったことを、やることにした。マフラーやショールを編みあげるうちに、眠れない夜は楽しみの時間へと変わっていった。
またある日のこと。
リサは家の庭が殺風景だと感じた。園芸店でチューリップの球根を買い、花壇へ埋めた。
「これは何?」
「わからん。リサに任せておけばおもしろいはずだ」
スカーレットの質問へのんきに答えるヘイゼル。
リサはレースを編みながらネズミのポシェットを見つめる。
「こんなに小さなものをどうやって作ったのかしら」
「きっと、わたしのママがリサみたいに編んでくれたのよ」
スカーレットはネズミの言葉でリサへ話し、糸玉へじゃれつく。
「わたしも作りたーい!」
「何かしたいの?」
ジャンプするネズミにリサは手を叩く。
「いいことを思いついた」
13.
翌日、リサはネズミへ水彩画セットを買ってきた。
「童話のオハラはこうやって、スカーレットという妖精へクリスマスカードを描いたの」
お手本に色を塗ってみせるリサ。
ネズミは理解した。
自らがパレットの中に入り、全身の毛に色とりどりの絵の具をつけ、画用紙の上を踊りだす。
そのひょうきんな姿にリサが笑うと、気を良くしたオハラは彼女へ飛びついた。
「儂も!」
大型犬がパレットに前足を置くと絵の具をこそぎ取り、これまたリサへ飛びつく。
「きゃー!」
慌てふためく主に興奮したカラフルな2匹は、部屋の中を転げ回った。
猫は呆れてかくれんぼ。
リサやカーテンに床や壁は、それはそれは彩り豊かになりましたとさ。
14.
『その絵がこれです』
ラスアラスが出版社から受け取った手紙には、よれた水彩画が1枚同封されていた。
リサの便りには、新生活で得られた嬉しいことがたくさん。ラスアラスの手紙で変わることができたこと、そのお礼や新刊の感想が丁寧に書かれてあった。
小説家は、返事を出した。
15.
リサに届いたのは、少し早いクリスマスカードだった。
そこには『自分の役目は果たしたと感じる。あなたへの手紙は終わりにしたい』とあった。
彼女は椅子に座り込み、肩を落とす。
覚悟はしていた。でも。
犬と猫とネズミが寄ってきたので、リサはみんなを見つめ返す。
「へこんでちゃ、なんのために元気になったか、わからないよね」
だから、みんなは笑顔で冬を越した。
16.
また、春がきた。
4月、花壇にチューリップが咲いた。
リサはうれしくてばんざいをした。
ヘイゼルは庭を駆け回り、ミルマは日向ぼっこに勤しむ。
スカーレットは編み物を覚え、3歳の誕生日を素敵に過ごした。
17.
日々は過ぎ、5月。
蛍祭りの夜。
リサは去年と同じワンピースを着て、スカーレットを胸ポケットに。ヘイゼルを連れ、祭りの会場へ向かった。
賑やかな人混みを、すいすい進む。
焼き鳥屋の前に、あの男がいた。「やあ、こんばんは」
「こんばんは。去年はきちんとお礼を言えなかったので」
「なんでしたっけ」
「この子のことです」
「うん。久しぶりヘイゼル。オハラもね」
「あれで、お祭りやここが好きになれました」
「そっか」
「申し遅れました。私はリサといいます。先日は本当にありがとうございました」
「はい」微笑む彼。
「俺の名前は――」
(了)
拝読くださり、ありがとうございました。