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明日のためのファンタジー  作者: みちかまり
2/3

中編

5.


〈穏やかに時が過ぎる 自然豊かなまち たんぽぽ市〉は、リサが以前住んでいた商業都市とは違い、なにもかもがこじんまりとしている。


 ラスアラスからの手紙を受け取る条件が、この街に移り住むことだった。

 しかし、彼がどこに住んでいるのかをリサは教えられていない。そして、彼を探さないこと・物語の件以外でことばを交わさない、という約束にもなっている。

 リサからの手紙は、出版社を経由して小説家へ届くようになっている。


 こうして毎日、リサへ手紙が届くようになった。

 内容は1行程度の物語。差出人のところには何も書かれていない。

 例えばある日の内容は、

『うさぎとカメが競争をして、うさぎがあっさり勝ちました。 おわり』


 リサにはこれで、じゅうぶんだった。



 6.


 近所の定食屋で働き出したリサは、持ち前の明るさで周りにもとけこんでいった。

 店主も優しく、まかないも美味しいので仕事に励むことができた。


 夜に帰ってくるリサから、いい匂いが漂ってくる。

 スカーレットは彼女の行き先に興味津々。

 思い切ったネズミはリサの通勤バッグに潜み、探検に出かけた。


 5月の町並みは風も爽やかで、料理以外の素敵な香りに溢れている。

 アーケードの可愛らしい旗飾り。薬局のカエル人形、肉屋の揚げたてコロッケ、八百屋から聞こえる威勢のいい呼び声。花壇のパンジー。ちいさな公園のブランコやグミの木。小鳥のさえずり。子どもの笑い声。

 スカーレットの目が輝いた。

 

 帰宅したネズミは大喜びで話す。ヘイゼルも面白がり、2匹である計画を立てる。

 猫は耳を貸さず、あくびをして丸まった。


 数日後、日曜の早朝。

 リサが寝ているのをいいことに、犬とネズミはこっそり家を出る。

 目当ては公園、グミの茂み。

 朱く実るグミは、いがらっぽくも甘酸っぱく、美味い。

 犬とネズミは小鳥に負けずパクついていく。

 

「おや?おもしろい人間がいるよ」

 ヘイゼルが振り向く。

 視線の先には人間がひとり、ぼーっと立っていた。

「何が面白いの?」

 首をかしげるスカーレット。

「儂の勘は当たる。あいつはおもしろい」


 そいつはどうやら、葉についた朝露を見ている様だ。

 一体なにが面白いのか?犬とネズミもそれを覗こうと、男の前へ。

「わっ」

 急に現れた大きな犬に驚く男。そして、その頭上にいるネズミを凝視した。

 赤いポシェットのネズミ、が。

「俺、疲れてるのかな……オハラが見える」

 しゃがみこんだ男の頬を、ヘイゼルが舐める。相手は苦笑いしながら犬を撫で返し、小ネズミをちょい、と触る。

 スカーレットは彼の指と握手をした。

 ふいに男が俯くので、犬とネズミは心配そうに見守った。

 


7.


「蛍祭りですか」

 リサは定食屋の主人と祭りのポスターを眺める。

「清流でやるんだ。結構楽しめるぞ。屋台も出るし」

「いいですね」


 その夜。

 リサは自宅でラスアラスの手紙を読む。

 側で犬と猫が寝ている。

 ネズミはバスケットの中。

 彼女は、いきものたちの寝息と時計の秒針に耳を傾ける。


 星座の本を手にしたリサは窓を開け、夜空を眺める。

 手紙の物語に書いてあった金星を探してみる。そうして、長いこと天を見つめる。

 そうしてみると星々の運行がわかってきた。少しずつ。

 都会の明るい夜空しか知らないリサからしたら、それは新鮮な体験だ。

 星の名をひとつずつ調べ、朝まで過ごし、仕事へ行った。


 リサは物心ついた頃から眠ったことがない。

 眠れないのだ。


 眠れないからといって具合が悪いわけでもない。

 しかし、家族や周りが心配するので毎晩きちんと布団に入り、寝たふりをして生きてきた。


 眠れないことは苦しくなかったが、そのことを誰にも言えず理解してもらえないことが、子どものリサには辛くなってきた。


 その頃、『いらないこ』という物語を読んだ。

 主人公の少年は孤独で、飼い犬ヘイゼルだけが友達だった。

 リサはその子に共感した。ひとりじゃない気がした。うれしかった。


 成長したリサは念願の一人暮らしをはじめ、友達のヘイゼルを迎えた。

 仕事もきちんとした。猫のミルマも家族に加わり、暮らしには喜びが増えていった。

 しかし、その中で彼女は『いらないこ』の著者・ラスアラスへ手紙を書いた。

 読んでもらえるとは思ってなかったが、自分自身のことを精一杯書いた。


 だから彼からの返事が届いた時、リサは飛び上がるほど喜んだ。



 8.


 蛍祭りの夜。

 リサはリードを付けたヘイゼルを連れて歩く。

 小ネズミはリサのワンピースのポケットから賑やかな会場を眺める。


 りんご飴やわらび餅、焼きそばなどの屋台が並び、オレンジ色の灯りの中で人々の笑い声が響く。

「蛍はどっちに行ったらいいのかしら?」

 数秒間だがリサが案内図に気をとられる内に、ヘイゼルがいなくなってしまった。


「ヘイゼル!」

 リサは慌てた。大人しい犬だか、人が大勢いる場所だ。

 彼女はオハラと一緒に迷子を探すことにした。

 犬の名を呼ぶ内、聞き慣れた犬の鳴き声が。

 その方向へ駆けていくと、焼き鳥屋の前にヘイゼルはいた。

 そして、ひとりの男から焼き鳥をもらって食べていた。

 みんながみんな「あ」と口にした。

「〈おもしろい人〉だ」とスカーレット。

「そう〈おもしろい人間〉だ」焼き鳥の味に目を細めるヘイゼル。

「なんーんだ。よかった」

 2匹はリサと男を見る。

「すみません!うちの子が!もう」

 見知らぬ男へ平謝りするリサ。

 相手は気まずそうに応じる。

「いいえ、こちらこそ……犬にしょっぱい物を……欲しがるものですから、って。犬を放してはいけません」

「はい、すみませんでした。焼き鳥のお代」

「必要ありません」

 困りながらも断る男へ、リサは深々とお辞儀をした。

 その途端、ポケットから転がり落ちたスカーレット。

「あっ!」

 みんなが再び声を上げた。

「あいたたた」チチウと鳴き、腰をさする赤いポシェットの小ネズミ。それに絶句する男。

「ごめんオハラ!あ、すみません。この子はうちの子で……失礼しました」ネズミを抱き、顔を真っ赤にして立ち去ろうとするリサ。

「待って」

 男がリサを呼び止めた。「蛍を見た?」

「いいえ……」

「じゃあ行こう。おいで、ヘイゼル」

 男は犬のリードをとるとスタスタ歩き出す。

 リサは困惑しながらも、後を追った。


 蛍の会場へは、竹灯篭の道を辿る。

 賑やかながらも、照明が減る。

「足元、大丈夫?」

「はい……」人混みの中、ついていく。男がリサの手を取る。

「迷子にならないようにね」

 屈託なく笑う男。少しびっくりしたリサだが、ヘイゼルも尾をふっている。彼に従うことにした。



 9.


 蛍の清流。小さな青白い光が数多舞う、その眺めに息を飲む。

「ここには数百匹の蛍がいる。これだけの数が生息する場所はなかなかないよ」

「ほんとに、きれい……光も。星みたいに瞬くんですね」

「星もよく見える」

「はい、うちからも眺めます」

「山奥に行くとそんなもんじゃない。もっとすごい。天の川も」

「そうなんですか」ため息をこぼすリサ。

「ど田舎だからね」

「でも、いいと思います」

「そう?」

「はい。越してきたばかりなんですが、来てよかったです」

「そうか」

 男はそれだけ答えると、黙って蛍を眺め出した。

 リサも習い、淡い光を楽しんだ。今度はヘイゼルもおとなしく座っている。

 ポケットからスカーレットも蛍を見つめる。

 こんなに素敵な場所があるなんて。スカーレットは嬉しかった。


 リサがはたと気がついた時、男は既にいなくなっていた。

 



 (つづく)


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