前編
明日のために。
1.
「おなかすいたなぁ」
小ネズミのスカーレットは、赤いポシェットから取り出した最後のクラッカーをかじる。
彼女は明日で2才の誕生日を迎える。
巣立ちした他の12匹のきょうだいたちとは別れ、みんなはそれぞれに好きな場所で生きている。
もちろん、スカーレットも。
しかし棲む家の人間が、消えてしまったのだ。
古い木造家屋内はしんとし、床には埃がうっすら。
ネズミのおなかがくぅ、と鳴る。
食べ物がない。かといって、庭ではカラスの鳴き声がする。外は恐ろしい。
スカーレットはひっそりと眠った。
2.
翌日、春の陽気が心地よい中。
幌付きトラックが1台、スカーレットの家にやってきた。
「ヘイゼル、着いたわよ」
そう言われ荷台から降りた一頭のレトリーバーが、庭の草木を嗅ぎまわる。年老いた白い尾が揺れる。
物音に気がついたスカーレットは新しい住人を偵察しようとし、毛を逆立てた。
玄関に猫がいる!人間の女性が抱いている。
しかも、そのペルシャ猫は既にスカーレットを見つけていた。
小ネズミは震え上がる。
「父っつぁん!」
「どうした、ミルマ?」
呼び声に、とんで来た犬。
猫は既に、人間の腕を離れスカーレットを咥え込んでいた。小ネズミは気絶している。
「いいものさ」
ミルマはにっこりした。
バスケットの中で、スカーレットは気がついた。
「おはよう、ネズミちゃん」
「猫。わ。わたしを、食べ」縮み上がるスカーレット。
「食って欲しいのかい?」ミルマが笑う。
「まあまあ」
ヘイゼルが2匹の間に入る。
「ネズ子ちゃんよ。ここら辺に詳しいかの?」
人間には動物たちの会話はわかっていない。女性は不思議そうに3匹を眺めている。
「少しなら」
「そうかい。じゃあ、いいね。ミルマ」
猫が言う。「ネズミ。お前はリサのともだちになれ」
「ともだち?」
「そ。リサはこの町でともだちをたくさん作るとアタシに言った。だから、なれ」
「ともだちになるかは、わたしにも決める権利があるわ」
「お前が餌になるかを決める権利はアタシにあるんだよ」
「ミルマ、あなたとはともだちになれないわね」
スカーレットが猫を睨み返す。ヘイゼルが吹きだしたので、ミルマはフン!鼻を鳴らす。
「儂はヘイゼル。よろしくお嬢ちゃん。この子はリサ、儂等の主だ」
犬はネズミを頭上に置き、女性へ向いた。
「なるほど。ネズミちゃんは仲間なのね?」
犬は〈正解〉と尾を振った。
3.
ラスアラスという小説家が一通の手紙を受け取ったのは、まだ初雪が降る季節だった。
「私は毎日、物語をひとつ読まないと死んでしまうんです」
リサという、見知らぬ者の打ち明け話。
よくある内容だと、彼は思った。そうして、窓から曇り空を眺める。
さて。
どこから来たのか、青い蝶が1匹ひらひらと舞っている。彼の周りを、ひらひらと。
さて。
ラスアラスはリサへ、返事を書いた。
4.
小説家へ手紙を出した後、新しい生活を始めた4月。
リサは1匹のネズミに出会った。
ネズミの名前はすぐに決まる。
「オハラよ」
彼女は『ラスアラスのおとぼけ童話集』を開く。
「おはなし『13月のネズミ』の子がね、赤いポシェットをしているの」
ネズミは彼女からもらったヒマワリの種をかじる。
〈オハラ〉という名も、いいかもね。
スカーレットはリサの指にキスをした。
(つづく)