タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「た」 ‐田・他・詫‐
た行
「意外…」
今まで見たことない表情で発したその一言に乙女心は砕け散った。
柄にもないことするんじゃないよと嘲笑う聞こえない声にあたしは耳をふさぐ。
ものすごく恥ずかしいことをしたかのような後悔の念で、しばらく山里に篭りたい気分になった。
年に1度、お菓子会社に乗せられつつも女の子として楽しいと思う行事。
バレンタインデー。
あたしは密かに思いを寄せていた同じゼミの多田君にチョコレートをあげた。
そして「意外」の先を言わない彼との時間がいたたまれずその場から逃げ出した。
そんなに意外かよ。なんだよあの態度。嫌がってもないけど、ぜんぜん嬉しそうでもない。
本当に意外な展開に戸惑う。うろたえる余裕もないくらい未知との遭遇をしたかのような顔。
その表情と言葉は、まったく自分に興味がないと言われたようなものだ。
ゼミ内でも結構仲が良くて、あいつのしょうもないボケにあたしが軽快にツッコム。周りからも「夫婦漫才」みたいに言われてた。このままじゃ友達で終わっちゃうから決死の思いでチョコを用意したのに。
幸か不幸か、多田君は2月14日補習授業の日だったので学校で会った。
逃げてきたあたしは図書室の隅のソファーにもたれかかって泣くのをこらえていた。
「ねぇ。あの対人コミュニケーション論でやってた、窓のコンビなんだっけ」
「ああ、ジョハリ」
「そうだ!ジョセフとハリーだ」
ちょっとセンチメンタルになってたのに本棚ごしに聞こえた会話に反応してしまった。
あたしも受けた講義だったが半分寝てたので記憶がない。
もうレポート出して終わったから、今更知っても単位に影響ないけど気になった。
窓のコンビ、ジョハリ……
そんなお笑い芸人の話してたのか?ってお笑いとは限らないか。とにかくコンビ。
なんだよ、そいつらはうまくいってるのかよ。
あたしは、コミュニケーション・心理学の棚を探し始めた。
『ジョハリの窓』
格子窓に見立てている対人関係における気づきのグラフモデル。
心理学者ジョセフとハリーが提案したってことらしい。
そこに描かれたモデルグラフは、丁度「田んぼの田」っていう字みたいな窓だ。
左上の窓が「解放の窓」自分と他人が分かっている
右上の窓が「盲点の窓」自分は分からないけど他人からは見られている
左下の窓が「秘密の窓」自分に分かっていて他人は分からない
右下の窓が「未知の窓」自分も他人も分からない
あたしは本当にこの講義を熟睡していたようだ。
この窓の存在を知って、泣きそうな気持ちが和らいでいる。
自分も相手も知っている自分なんてほんの一部だってこと。
相手が知らない部分があるに決まっているってこと。
あたりまえなのに。
秘密の窓のあたしを分かれと言っている盲点の窓のわたし。
相手にも秘密の窓があるのに。
「まったく。逃げんなよ」
「え?」
振り向くとあたしのチョコを握った多田君がいた。
「だって意外とかいって黙るから」
「あれは、びっくりして、自分でもなんて言ったらいいか分かんなくて」
「未知の窓だったんだ」
「え?」
「なんでもない」
「お詫びにさ」
「お詫び?」
「いや、コレのお礼に」
顔を真っ赤にする多田君。
さて、この掛け合いにオチをつけるのはどっちだろう。