加筆修正版 エピソードⅠ 天空都市と大迷宮
エピソードⅠ 天空都市と大迷宮
鳥のさえずる可愛らしい声で僕は目を覚ました。窓からは、ギラギラとした夏の日差しが降り注いでいる。
はっきり言って、茹だるような暑さだ。
ベッドから立ち上がった僕は抜けるような青空を見上げながら、窓の外に向かって大きく欠伸をした。
こう暑いと、のんびり寝ていることもできない。
噴き出した汗はヌルヌルしていて気持ち悪いし、頭にキーンと響くような冷たい井戸水が飲みたいところだ。
とにかく、とある事情から、僕はいつもの日課をこなさなければならないのだ。なので、寝惚け眼を擦りながら、外に出られるような服に着替える。
今の僕はまるで剣士のような格好をしている。腰からも普通の剣を下げているし、これなら道で誰かに絡まれても怖くない。
ま、僕の住んでいるサンクフォード王国の王都は治安があまり良くないからな。
特に王都の真下には地下三十階まである大迷宮があるし、そこでは恐ろしいモンスターも出る。
でも、そのモンスターを狩るために多くの冒険者たちが毎日のように迷宮に潜っているし、冒険者たちは世界中から集まるのだ。
ちなみにモンスターの角や牙、革などは加工品などに使われる。その上、肉はそのまま食料にもなる。
そして、加工品や肉は地上の町で売り買いされるのだ。
故に、迷宮に出て来るモンスターは王都の経済を大きく支えていると言えた。
しかしながら、サンクフォード王国の王都を有名にしているのは、やはり天空都市の存在だろう。
世界がどれだけ広くても、空に浮かぶ都市を見られるのは、この王都だけだからな。
僕の家の窓からも、空にポツンと何かの塊のような物が浮いているのは分かる。地上からは小さく見えるのだが、実際には想像を超える大きさを誇るらしい。
ま、その辺は天体の月や太陽をイメージしてくれれば良く分かる。
僕も知り合いの研究者から望遠鏡なるものを借りて、天空都市の裏側を見たことがあるからな。
表側がどうなっているのかは見る術がないので分からないが、裏側はゴツゴツとした岩ではなく、綺麗な白石の表面を見せていた。
そして、そんな天空都市の名前をサンクリウムという。
位置としては、サンクフォード王国の王都ちょうど真上に、天空都市サンクリウムは浮いているのだ。
とにかく、天空都市がどんなところなのか、それは誰にも分からない。何せ、天空都市に行って帰ってきた者はいないとされているからだ。
その事実を裏付けるように、天空都市の様子を誰も詳しく語れる者がいない。
見え透いた嘘を口にする者はいるが、それとてリアリティーを全く持たせることができないのだ。
全てが謎に包まれているのが、天空都市サンクリウムだった。
だが、天空都市には意外と簡単な方法で行けた。
王都には神殿があって、そこに天空都市へと転移できる魔方陣があるのだ。
もし、天空都市に行けるだけの資格を持った者が魔方陣の中に入れば、そのまま転移することができる。
反対に資格がない者が魔方陣の中に入っても何の反応もない。
天空都市に行ける者と行けない者の区別がどのようにされているのかは、今のところ誰にも分かっていない。
ただ、古代人と共に天空都市を作った善神サンクナートの定めた基準を満たしていれば転移できるとは言われていた。
そんな魔方陣には基本的に誰でも入ることができる。
なので、自分が善神サンクナートの基準を満たしている人間かどうかを試すために、わざわざ神殿のある王都を訪れる人も多いのだ。
王都の観光スポットとしては、神殿は一番、人気があるところだしな。
そして、僕はそんな魔方陣の中に毎日のように入っている。
なぜかというと、五年前に僕の妹、ルーミィが魔方陣に入った途端、転移して、そのまま帰ってこなかったからだ。
その瞬間を僕も目にしていた。
なのに、すぐ近くにいた僕は転移することができなかったのだから、不思議だとしか言いようがない。
なぜ、ルーミィだけが転移してしまったのか、思い当たる節はない。
ただ、ルーミィは僕とは血の繋がらない妹だったのは確かだ。両親は遠い親戚の子と言って、ルーミィを引き取ってきたからな。
だが、その他の要因については、全く分からない。
なので、僕は色々と試してみれば天空都市へと行けるのではないかと考えた。しかし、その考えはあまりにも幼稚で、浅はかだった。
考えつく限りのあらゆる方法を試しても僕は転移できなかったのだ。これにはただ途方に暮れるしかない。
だから、一縷の望みを掛けるように毎日のように魔方陣の中に入るようなこともした。そして、いつしかそれは欠かすことのできない日課になっていた。
朝になったら、必ず天空都市へと転移できる魔方陣の中に入る。
その結果については拘らない。万に一つの可能性があるのなら、無駄とは知りつつも試さずにはいられないし。
だが、この五年間、毎朝、必ず魔方陣の中に入ったが、僕が天空都市へと転移することは一度もなかった。
もう悲しいとすら思わない。
何とかして、天空都市に行くのが僕こと、フィル・フィアックの人生を賭けた夢になっていたのだ。
「ご飯ができたわよー、フィル」
母さんの声が聞こえてきたので、僕は朝食を食べると自宅を出て、そのまま神殿へと向かった。
今日も王都のメイン通りは朝だというのに活気に満ちていた。
王都で暮らす人々が歩いているのはもちろんのことだが、明らかに異国の服を着た人もたくさんいる。
天空都市へと転移できる神殿があるせいか、宗教的な衣装に身を包んだ巡礼者のような人もいるからな。
だから、王都は常にエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
そして、そんなメイン通りの横手にはずらりとカウンターが通りに面した店が並んでいる。通りを歩くだけで棚に置かれた様々な品を見ることができるのだ。
その中でもやはり一番目立つのが武器屋や防具屋だ。
王都の地下にある迷宮に挑む冒険者は掃いて捨てるほどいるので、彼らを相手にした商売をしようとする者も多いのだ。
その証拠に通りには目に見える形で武器を所持している人たちがたくさんいる。そんな人たちに目を光らせるべく制服姿の騎士たちも各所で待機しているが。
他にも、道端には食べ物を売る屋台や、敷物の上でアクセサリーなどを売る露天商などもいて、観光客のような人たちが足を止めていた。
目立たない路地に入れば、肌を露わにした女性たちが客引きをしている卑猥な店も建ち並んでいる。
夜になれば、この手の店が並ぶ通りは更に賑やかになる。
そんなメイン通りを見ていると、僕もまるでお祭りのようだと思う。まあ、本当にお祭りになったら、もっと凄いことになるんだけど。
とにかく、世界中の人たちが空にある天空都市に行けるかどうかを試しに来たり、反対に地下にある迷宮に挑戦しに来たりするのだ。
これで王都が賑やかにならないわけがない。
王都がこの世界、つまりリバインニウムで最も人を集める観光地として認定されるのも当然といえば当然だ。
僕はメイン通りの喧噪の中を通り過ぎながら、荘厳な空気を漂わせている白を基調とした神殿を視界に納める。
神殿には外からも見える太くて立派な柱が何本も立っていた。
屋根に近い部分には神秘的なレリーフが刻まれている。雄々しく翼を広げる鷲の彫像も取り付けられていた。
そして、神殿は白石の階段の上に建てられていて、王都の中の建物としては宮殿よりも目立つ存在感を発していた。
そうは言っても、宮殿は宮殿で見栄えのする建物なんだけど。
僕はメイン通りを出ると、それほど急ではない横幅の広い階段を上っていく。
その周りには明らかに観光客のような服装をした人たちが大勢いる。この辺まで来ると、地元の人は少なくなり、反対に観光客の数が極端に増加する。
とはいえ、これほど大勢の人間が神殿を訪れると言うのに、天空都市へと転移できた人間は一年に一人か二人いれば良い方なのだ。
その現実を、妹を失った僕も噛み締めている。
僕は階段を上りきると、空気がガラッと変わる神殿の中へと足を踏み入れる。
研究者の中には、この神殿の造りは天空都市の造りを反映していると言う者もいるらしい。
なので、この神殿を観察することで、天空都市の様子も断片的ではあるが想像することができるのだそうだ。
ま、天空都市の裏側も、この神殿と同じように白石になっているからな。あながち的外れな意見とも言えない。
ちなみに、神殿の中は光を放つ石で照らされていて、僕の体も不思議な色合いの光りに包まれている。
故に、明かりを確保するのに火を使う必要性は全くないのだ。
それから、回廊のように一列に柱が立ち並んでいる通路を歩いていくと、その奥に一際、広い空間があった。
空間の端には大きな柱が規則正しく配置されている。
そして、その空間の中央の床には、神秘的な光を放っている巨大な魔方陣がある。魔方陣の中には幾何学的な文字や記号などが踊っているが、意味は全く分からない。
ただ、光りは魔方陣の線に沿って放たれていた。
そんな魔方陣の中をたくさんの人が出入りしているのだから、ちょっと異様に感じなくもない。
みんな魔方陣に入っては、何も起こらないことに落胆したような顔をするし。
まあ、僕も自分が見ている前で天空都市へと転移できた人はルーミィ以外、一人もいないからな。
巡礼者のような人たちが、肩を落としながら去って行くのを見ると、善神サンクナートはよほど意地悪な基準を設けているんだろうなと言いたくなる。
「よっ、フィル。今日も朝から、ご苦労なことだな。妹を思うその一途さは俺も見習いたいところだぜ」
声をかけてきたのは白を基調とした騎士の制服を着た青年だった。その手には美術品のような装飾が施された槍が握られている。
そこにいるだけで、この場所の神聖さを増し加えているような騎士だった。ただ、戦うことを目的とした騎士ではないことは発せられる雰囲気からも明らかだ。
「フリックか。相変わらずだらけたような格好をしてるけど、調子の方はどうだい?」
僕は主に神殿の警備をする役目を負っている神殿騎士団の団員、フリックを見た。すると、フリックの方もにやついた笑みを浮かべる。
その笑みには神殿騎士には相応しくない軽薄さが滲み出ている。
現に他の神殿騎士はいつも畏まったような顔をしていて、例え観光客に愛想を振りまかれても笑みなど見せはしない。
「ぼちぼちだよ」
フリックは浮かない顔で答えると、首の後ろに手を回しながら言葉を続ける。
「ったく、こうして真面目に魔方陣の前を警備してるって言うのに、天空都市に行けた人間を見たことがないなんて、世の中、間違ってるよな」
フリックはいつものように言うと肩を竦めた。
「ふーん」
僕とフリックは顔見知りだった。
馬鹿正直に毎日、神殿に来る僕を神殿騎士のフリックは憶えてくれたのだ。それからは、こうして気軽に話をする間柄になった。
僕にとって、フリックは少し歳の離れたお兄さんといった感じだ。
「転移するところを見れた奴はラッキーだぜ。もっとも、自分が天空都市に行けないんじゃ、あんまり意味はないかもしれないけどな」
フリックは手にしている槍を持ち直しながら言った。
「そうだよ。僕みたいに自分の目の前で、天空都市に行けた人を見ちゃったら、ずっと悔しい思いをして生きていかなきゃならないんだよ」
僕もルーミィが転移してしまった時のことを思い出す。
でも、五年も経つとその記憶も風化してくる。なので、あれは夢か幻だったのではと思えても来るのだ。
それなのに、悔しさだけは一向に薄れる気配がない。やはり、僕も自分が善神に選ばれた者でなかったことに、怒りを感じているのだろうか。
「それもそうだな。けど、お前も大変だよな。夏も真っ盛りだって言うのに、毎日のように魔方陣の中に入りに来てるんだろ?」
「うん」
僕はフリック以外の神殿騎士にも顔を憶えられている。でも、彼らは僕のことを影で馬鹿にしているらしい。
ただ、その気持ちは分からなくもない。僕だって時々、自分のしていることがひどく滑稽に思えることがあるからな。
母さんも僕のことを頑固者だと言い捨てるし、僕だって一日くらいは神殿に行くのをサボっても良いよなと思う時もある。
でも、そういう感情に負けなかったのは、ルーミィのことを抜きにしても天空都市というものに強い憧れを抱いていたからかもしれない。
「神殿騎士の俺だって、毎日、魔方陣の前に来たりはしないぜ。たぶん、そんな習慣を持っている奴はこの王都中を探しても、お前だけだろうよ」
フリックは呆れたように言った。
「かもね。でも、そんなこと言っているようじゃ、フリックも天空都市には絶対に行けないよ」
敬虔な精神が神殿騎士には求められる。だが、フリックにはそれが欠けていた。
「もう諦めてるよ。俺はお前と違って大人なんだ。大人は色々なことを割り切っていかなきゃ生きてはいけないんだぞ」
そう言うフリックだって、まだ成人前の十九才だと聞いてるぞ。
まあ、十六才でエリート組織と言われている神殿騎士団に入れたんだから優秀には違いないんだろうけど。
「あいにくと僕は子供だし、諦めも悪いんだ。もっとも、大人になったからと言って、この習慣を止めるつもりはないけどね」
僕はやさぐれたような笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「もし、止める日が来るとしたら、それは僕が晴れて天空都市に行くことができた時だよ」
そんな日は一生、来ないような気もする。
でも、そう思う反面、自分はいつか絶対に天空都市に行けるという根拠のない確信もあったのだ。
その確信が僕を突き動かしていると言っても良い。
「だろうな。ま、お前のその心があと何年、持つか、俺も同僚たちと賭けをしてるから、せいぜい頑張ってくれよ」
フリックもニヤッと笑う。それから、僕はフリックとの話を切り上げて、祈るような気持ちで魔方陣の中に入る。
だが、いつものように転移はできなかった。
その結果を受け、僕は何とも言えない空しさを感じつつ、とぼとぼとした足取りで魔方陣の前を後にした。
僕は王都の住宅街にあるシュタロス・バード博士の家に向かっていた。
バード博士は王都では研究者、または発明家として知られている。昔は王立アカデミーで教授を務めていたこともあった。
僕もアカデミーの講堂で行われたバード博士の講義は何度か聞きに行ったことがあるし。
でも、バード博士はあまりにも奇天烈な学説を学会で発表したりしたのでアカデミーを追い出されたのだ。
それからは、自分の家を研究室がわりにして独自の研究を続けている。
僕は庭に大きな木造の船がある家の前へと来る。
船は大体、普通の民家が三つほど入りそうな大きさだった。一般的な漁船と比べても一回り大きい。
その上、船底は全てを押し潰すような迫力がある。
更に特徴的なのは、船の両側に翼が付いていると言うことだ。
その翼はどこか雄大さを感じさせる。だが、なまじ大きいだけにこの船を動かすことは不可能と言って良いだろう。
いくら翼があろうと船が空に浮かぶことはないわけだから。
とにかく、バード博士はアカデミーを追い出されてから何年も掛けて、この船を作り上げたのだ。
そんなバード博士によると、天空石という石さえあれば、この船は大空を自由に駆け巡ることができるようになると言う。
ちなみに天空石は伝説の石と言われている。
天空石の力があれば、どんな物でも空へと浮かばせることができるらしい。
だが、天空石は遙か昔に作られた伝説の石なので、おいそれと手に入るような代物ではない。
あの天空都市も天空石に宿っている力と、同質の力で空に浮いていると言うからな。
それに今のところ、地上の人間は空を飛ぶ手段を全く持っていない。なので、空を飛ぶことを目指す人間にとって天空石だけが唯一の希望と言えた。
「よく来た、フィル」
玄関のベルを鳴らすと白髪の老人が顔を出した。
「こんにちは、バード博士。今日も元気そうですね。でも、たまには違う服を着た方が良いと思いますよ」
僕はバード博士のヨレヨレの白衣を見ながら挨拶をする。すると、バード博士は襟元をきっちりと正した。
すると、研究者としての威厳も感じられるようになる。
「この白衣は私が研究者であることの証なのだ。だから、研究者という看板を下ろすまでは脱ぐ気にはなれんな。とにかく、コーヒーでも飲むかね」
バード博士は家の中に入るよう促してくる。が、家の奥からはカビ臭い臭いが漂ってきたし、僕の鼻も曲がる。
「アイスコーヒーなら」
僕もバード博士の家の中に入るのは初めてではない。なので、特に緊張するわけでもなく、玄関から家に上がる。
「分かった。それよりも、ようやく船の方が完成したぞ。後は本当に天空石さえあれば空を飛ぶことができる」
バード博士は僕と共にリビングに来る。
そこはかなり散らかっていた。
バード博士の珍妙な発明品がそこかしこに置かれているし、他にも、用途不明の器具などもあるのだ。
ゴミも溜まっているので、あまり衛生的とは言えない。
僕も掃除をするなら手伝ってあげようと思っているのだが、バード博士が言うにはこの空気が良いらしい。
常に閃きを求める発明家の家は散らかっていなければならないとかいう持論も口にしてるし、僕には博士の理屈は理解不能だ。
「そうですか」
僕はバード博士がおかしな器具で、コーヒーを煎れているのを見ながら頷く。
「古文書の内容が確かならいずれは大洪水が起きてこの世界は滅びる。そうなる前に天空石を見つけ、天空都市サンクリウムへと避難しなければ」
そう息を巻くバード博士も、何度、試しても天空都市に転移できなかった一人だ。
そんなバード博士だが、古代図書館の隠し部屋で発見された古文書を熱心に研究していた。そして、半分以上の内容を解読したらしい。
なので、その内容を学会で発表したりしたが、みんな信じなかった。でも、僕だけは信じている。
だから、こうして偏屈なバード博士の友人でいられるのだ。
「でも、みんな大洪水が起きるなんて信じないでしょうね。僕も試しに母さんにそのことを話したら鼻で笑われましたし」
古文書には、いずれ世界は天空都市の人間により、大洪水で滅ぼされると書いてあった。ただ、天空都市にいる者だけが生き延びられるというのだが。
「かまわんさ。馬鹿にしている奴らは、後になって後悔することになるだけだからな。いつの時代でも、世界の終わりはその様にしてやって来るものだ」
バード博士は達観したように言った。
まあ、町の人たちはバード博士の作った船のことを本当に馬鹿にしてるからな。近くに川や海もなく、どう考えても動かすことができそうにない巨大な船のことを。
だからこそ、実際に船が空に浮かぶようなことがあれば、見返すこともできるんだけど。
「前にも尋ねましたけど、どうして天空都市にいる人たちは地上を大洪水で滅ぼそうとするんでしょうね」
それが一番、知りたいところだ。
「繰り返すようだが、それは私にも分からないのだ。ただ、一応、推測は立てられる」
そう難しい顔で言うと、博士は一拍おいて口を開く。
「もっとも、私は確証のないことは口にしない主義だから、その推測はあまり語りたくないが」
バード博士も頑固なところがあるからな。
ま、学者などと呼ばれる人物はみんなどこかしら、融通の利かないところがあるんだろうけど。
「水臭いですね。僕と博士の仲ですし、隠さずに教えてくださいよ」
僕の言葉を聞き、バード博士も口の端を緩めた。
「まあ、少し考えれば分かることだから良いだろう。おそらく、地上の人間を全て滅ぼし、大地から水が引いた後は天空都市の人間が取って代わるように地上に住むに違いない」
バード博士はコーヒーをカップに入れながら言葉を続ける。
「天空都市については分からないことが多すぎるが、人間の数が増え続ければ、天空都市の中だけで生きることにも無理が出て来るはずだ」
確かにその通りかもしれないと僕が思うと、バード博士は半眼で更に口を開く。
「だから、地上に移り住みたいと思うのも当然のことだろう。そして、そのためには争いの火種になりかねない地上の人間は邪魔なのだ」
そう締め括ったバード博士の推測はちゃんと筋が通っていたし、別におかしなところはなかった。
「なるほど。まあ、地上の人間の間でも、戦争とかは絶えませんからね。天空都市の人間が地上に移り住もうとすれば少なからず争いも起きるでしょう」
無用な争いを避けるには地上の人間は滅ぼしておいた方が良いということか。
共に生きるという選択肢は神に選ばれたと驕り高ぶっているかもしれない天空都市の人間にはないのかな。
「そういうことだ。とはいえ、地上の人間を滅ぼそうとするのは、他にも理由がありそうだがな」
博士は星でも見ているような遠い目をして言った。
「でも、大洪水がいつ起きるのかは、やっぱり分からないんですよね。それさえ分かれば、僕ももっと思いきった行動に出てやろうと思えるんですが」
僕の生きている間に起きなきゃ良いけど。
「あいにくと、それに関しては古文書の解読できた部分には書かれていなかった。ただ、いつ起きても良いような心構えでいるべきだと私は思う」
「そうですね」
それが、あらゆる可能性を精査する学者としての正しい在り方だ。希望的な観測という言葉は博士の中にはないのだろう。
「とにかく、天空石は古文書の内容が確かなら、大迷宮のどこかにあるのだ」
バード博士は話を仕切り直すと、声を大にして言葉を続ける。
「勇者フィルックスの子孫であり、王宮の主催する剣術の大会で三位に入ったこともある君なら必ず探し出すことができると信じているぞ」
バード博士の言った通り、僕は善神サンクナートと共に、世界を支配しようとした邪神ゼラムナートと戦った勇者フィルックスの子孫なのだ。
それが本当かどうかは今となっては確かめる術はないが、僕の剣の腕前はそこらにいる大人を遥に凌いでいる。
だからこそ、王宮の主催する剣術の大会でも、あと少しで優勝できるとこまでコマを進めることができた。
僕はアイスコーヒーを飲みながら、バード博士の船に対する蘊蓄を聞く。それから、今度はギルドへと向かうことにした。
バード博士の家を出た僕は宮殿のある通りにあるギルドの建物の前に来た。
そこには石造りの大きな施設のような建物がある。そんな建物はどこか強固さを感じさせる砦のような空気も漂わせていた。
ちなみに、ギルドには酒場からトレーニングルームまで冒険者に役立つ物は何でも揃っている。
実際に僕もギルドの中にある物には、何度もお世話になったのだ。トレーニングルームではギルドの戦士と戦って腕を磨いたからな。
そのギルドの戦士から、もう君には適わないと言われたのだから、僕の力は十分、誇れるものだろう。
とにかく、迷宮に潜るためにはギルドが発行する許可証を貰わなければならない。
しかも、許可証を貰うには審査とお金が掛かる。そうしないと、誰もが危険な迷宮に足を踏み入れても良いことになってしまうからな。
とはいえ、僕も迷宮には何度も潜っているので、既に許可証は持っている。
そんな僕がなぜギルドに来たのかというと、天空石を発見するための調査隊を結成しようと思ったからだ。
僕も迷宮の地下六階までなら、辿り着いたことがある。
だが、一人で潜ることができるのはそこら辺までだ。
それより下に行くにはやはり仲間が必要になることを僕も痛感していた。なので、ギルドの掲示板に仲間を募集する紙を貼ったのだ。
果たして、仲間は集められるのか。ま、あまり期待しないようにしよう。
僕はギルドの建物の中に入る。そこは大きな広間になっていた。
床には綺麗な赤いカーペットが敷かれているし、受付カウンターの近くには革張りのソファーが幾つも用意されていた。
天井からは光を発する石、光石が取り付けられている。
なので、光りも絶えなかった。
その中でもやはり一番、目を引くのは壁に取り付けられている大きな掲示板だった。掲示板には仕事を紹介する紙が所狭し、と貼り出されている。
そんな掲示板の前にはたくさんの人がいた。みんな目に見える形で武器を所持しているし、そのほとんどが冒険者や傭兵だ。
彼らは何とも殺伐とした雰囲気を漂わせている。
僕は自分が貼った紙を見る。
そこには仲間になりたい人は、今日の一時にギルドの酒場の五番テーブルまで来て欲しいと書かれている。
他にも僕が勇者フィルックスの子孫であることや、迷宮にある天空石を本気で探していることなどが記されている。
どんな人間が来てくれるのかは予想もできないが、それでもワクワクするものはあるな。ま、一人も来なかったりしたら、落胆するしかないけど。
僕は漠然とした不安を感じながら、バード博士が作った懐中時計の時刻を確認すると、ギルドの酒場に行くことにした。
そして、辿り着いた酒場は仄暗く、淡いオレンジ色の光で照らされていた。
なので、昼間なのに夜を演出している。これなら、昼間でもお酒を飲みたいという気持ちになれる。
もっとも、僕は子供なので、お酒なんて飲まないけど。
僕は五番テーブルに着くと、ウェイトレスにアップルジュースを注文する。それから、ジュースを飲みながら、待ち合わせの時間が来るのを待った。
すると、一人の女の子が現れる。
「あのー、私、掲示板の貼り紙を見て来たんですけど、あなたがフィル・フィアックさんなんですか?」
麗しい桃色の髪を腰まで伸ばした女の子が話しかけてきた。しかも、かなりの美少女で、僕もゴクリと唾を飲み込んでしまった。
「そうだけど、君は?」
僕は女の子の洗練されたデザインの学生服のような服を見る。肌の露出は多くないが、それでも動きやすさと可愛らしさは感じられた。
彼女の年齢は僕と同じくらいだし、現在も学生なのかもしれない。
「私の名前はミリィ・ミリセーヌです。この国の宰相を務めているミルトン・ミリセーヌの娘ですけど」
女の子、いや、ミリィはおずおずと言った。
「ミルトン宰相の娘だって!」
僕の声は裏返ってしまった。
宰相のミルトンのことなら僕もよく聞いている。会ったことこそないが、その顔は剣術の大会の時に見たことがあるし。
しかも、ミルトンはかなりのやり手で、取り分けこの王都の繁栄に尽力を尽くしてきた。そんな人の娘が現れるなんて予想すらしていなかった。
「はい」
ミリィは鈴の音のような声で返事をした。
「なんでまたそんな偉い人の娘さんが、冒険者の仲間なんかに?もし、単なる冷やかしだったりしたら僕も怒るよ」
僕の言葉にミリィは目力を強くする。
「冷やかしなんかじゃありません。私、王宮の堅苦しい生活が嫌になったんです。だから、本で読んだ自由気ままな冒険者に憧れてて」
ミリィは小恥ずかしそうに言った。
これには僕もやれやれと溜息を付きたくなる。もちろん、そんな露骨な態度は宰相の娘であるミリィには見せられないが。
「本と現実は違うよ。冒険者なんて、実際には実入りの少ない辛い仕事だし、貴族のお嬢様がなるような職業じゃないよ」
僕は切り返すように言った。冷たい言い方ではあるが、世間知らずのお嬢様の面倒を見る余裕は僕にはない。
「分かっています。でも、このまま王宮にいると、私、好きでもない人と婚約しなければならないんです」
ミリィは切実な顔で言葉を句切ると、躊躇いがちに口を開く。
「だから、どうしても一人で生きていけるようになりたくて。決して、世間を甘く見ているわけではありませんよ」
そうは言っても、そんな事情じゃ、家出人と大差ないな。
彼女のお父さんは娘が冒険者なんかになろうとしているのを知ったら、どんな反応をするだろうか。
僕なら例え女の子でもゲンコツの一つでもくれてやるけど。
ま、親の心、子知らずという子供は、どこの世界にでもいるものだ。僕もその一人だから、あまり偉そうなことは言えないけど。
「それで、冒険者になりたいってわけか。まあ、一人で生きていく力が欲しいから、というのは別に悪い動機じゃないけど」
僕はやや呆れつつ言った。
「短絡的だったでしょうか?」
ミリィは上目遣いで僕を見た。
「そんなことはないよ。冒険者になるきっかけなんて、十人十色だからね。とにかく、君には戦う力があるのかな?」
ないのなら、さすがに仲間に入れるわけにはいかない。
宰相の娘を危険な目に遭わせた、なんてことになったら、どんな責任を取らされるか怖いからな。
「主に神聖魔法が使えます。ついこの間まで、アカデミーの魔法学科に在籍してましたし、そこではいつも主席でした。あと、弓の大会でも何度か入賞したことがあります」
ミリィの声には自慢するような響きはない。ただ、ありのままの事実を告げているようだった。
「それは凄いね」
魔法の使い手としては申し分のない実力があるということだろう。アカデミーで主席を取るなんて並みの人間にできることではないからな。
だからといって迷宮で戦えるかどうかは話が別だ。
女の子じゃ、モンスターと戦いになったら、怖くて動けなくなってしまうと言うこともあり得るからな。
「ありがとうございます。それで、フィアックさんは、こんな私でも仲間に入れてくれるんですか?」
ミリィは僕の目を透き通るような紫の瞳で見た。
色々、理由を付けて追い返すこともできたが、最初に来てくれた人だしそれはしたくない。ここは運命だと思って仲間に入れてみるか。
戦力外通告ならいつでもできるし。
「もちろんだよ。魔法の使い手なら大歓迎さ。それと僕を呼ぶ時は、そんなに畏まらずに気軽にフィルで良いよ」
不安を感じつつも僕はそう安請け合いしていた。
「分かりました、フィル」
ミリィはクスッと笑うと、言葉を続ける。
「では、一緒に天空石を見つけるために頑張りましょう。もし、天空石を手にできれれば、頑固なお父様も私の生き方を認めてくれるかもしれませんし」
ミリィはそれを心から望むように言った。
すると、今度は金色のショートカットの髪をした女の子が現れる。
女の子はまるで騎士のように剣と盾を所持していた。だが、着ている服は騎士の制服とは違うし何者だろうか。
「ちょっと良いかしら?」
僕よりも少し年上な感じの女の子は僕とミリィの間に割って入るように声をかけてきた。その立ち振る舞いには普通の人間にはない強さを感じる。
「君は?」
僕はまた女の子かと思った。
「あたしは自警団の団長の娘、セレス・セレンティアよ。仲間を募集する貼り紙を見てここに来たんだけど」
セレスはハキハキとした口調で言った。
「そっか。僕が仲間を募集しているフィル・フィアックだよ」
僕は柔らかい笑みを浮かべた。
女の子は男勝りな雰囲気を漂わせているし、僕も弱々しさは見せないようにしないと。変に気を遣って甘く見られるのは翻意ではない。
「あなた、勇者フィルックスの子孫らしいわね。貼り紙を読んだだけじゃ信じられなかったけど、今のあなたを見たら、勇者の子孫っていう謳い文句も頷けるわ」
セレスは品定めでもするような目で僕を見る。
「どういう意味?」
「あたし、あなたが王宮の主催する剣術の大会で戦っていたのを思い出したのよ。あの時はたいした腕前を見せてくれたわね」
セレスは感心したように言った。
「へー」
僕の試合を見てくれていた人がここに来たのか。これには運命的なものを感じてしまうな。
「あたし、本当は騎士団に入りたいの。でも、女ってことで舐められてて、入団試験も何度も落ちたわ」
セレスは苦り切った顔で言った。
「確かに女性の騎士は少ないからね。しかも、女性だと騎士としての仕事も、ほとんどが事務的なものだと聞いてるし」
女性の騎士は一種の象徴のような存在となっている。なので、いざ何かが起きても先陣を切って戦うようなことはないと聞いている。
女性の騎士は騎士団という組織に花を添えるだけ、と皮肉る者もいるからな。
「ええ。でも、あたしだって剣の腕なら男にも負けないつもりなのよ。大の男を十人も敵に回して、打ち勝ったこともあるし」
セレスは腰に下げた立派な剣の柄に手を置きながら言葉を続ける。
「なのに、入団試験をした奴らは、そこら辺を正当に評価してくれなくて。しかも、あたしには粗忽な自警団の団員がお似合いだって笑ったのよ。まったく、頭に来るわね」
男尊女卑ってやつだろうか。
でも、自警団だってこの王都の平和を守っているんだから、馬鹿にして欲しくはない。
僕的には鼻持ちならない態度を見せる騎士よりも、必死に町でのトラブルを解決するために奔走する自警団の団員の方が好感が持てるし。
「君の心情は十分、理解できたよ。それでどうして、冒険者の仲間になんかなろうと思ったの?」
そこが肝心なのだ。
「天空石よ。幻の石と言われた天空石を見つければ、その功績で騎士団にも入れるかもしれないと思ったのよ」
セレスはミリィとは別の意味で短絡的かもしれない。まあ、それだけ天空石がこの王都で、重要視されていると言うことだけど。
「そっか。でも、そんな思いをしてまで騎士団に入りたいの?嫌な思いをしたり、辱められたりするだけじゃないか」
他人の夢に口を挟めた義理じゃないけど。
「まあね。でも、あたしにだって譲れない思いがあるのよ…。あたし、小さい頃に騎士の人に命を助けられたことがあったから」
セレスは過去を懐かしむような目で言葉を続ける。
「それで、あたしもいつか騎士になって、あたしを助けてくれた人と肩を並べて、王都の平和を守りたいって思ったのよ」
セレスは更に言い募る。
「だから、騎士団を気に入らなく思っている父さんの反対を押し切って、騎士になろうとしたんだけど、結果は散々だったわ」
セレスはそう言い切ると肩を落とした。
「なるほどね。ま、君の思いはともかく、剣の腕に自信があるって言うなら、僕も歓迎するよ」
僕としてもセレスの仲間入りを拒否する理由はどこにもなかった。
「ありがとう。迷宮に入ったら、父さんに叩き込まれた剣の腕を思う存分、披露させて貰うわ。楽しみにしててね」
セレスは屈託なく笑った。すると、僕の背後から男性の声が投げかけられる。
「こんなに綺麗な女性が二人もいるとは思わなかったな」
入れ替わるようにして、気障な笑みを浮かべながら現れたのは、銀色の髪をした美青年だった。
その腰にはこの王都で売られているものとはかなり雰囲気の違う剣が下げられていて、服装も旅人のようだった。
そんな青年の嫌味なほど端整な顔立ちからは、高貴さのようなものを感じる。ただ者ではないと僕も察した。
「君は?」
僕はようやく男性が来てくれたことにほっとしていた。
「俺の名前はロッシュ・ドゥ・ローファン。あの剣の国の王子だって言ったら、お前たちは驚くか?」
ロッシュは歯並びの良い歯を光らせながら笑った。
見るからに軽薄そうな青年だが、自分の持つものを隠すために、わざとそう振る舞っているようにも思える。
ちなみに剣の国と言われるローファン王国は、かなり遠い場所にある。そこでは取り分け剣の力が重んじられていると聞くけど。
「王子様が何の用なの?」
僕は胡乱目で尋ねた。
「俺も仲間に入れて貰いに来たのさ。もしかして、可愛い女の子じゃなきゃ仲間にはなれないのか?」
ロッシュは皮肉を効かせるように言った。
「違うに決まってるだろ。僕だって、女の子ばかりじゃ困ると思っていたところだし。とにかく、仲間になりたい理由を聞かせてよ」
僕は少しムキになりながら問い掛ける。すると、ロッシュは様になっている仕草で前髪をサラッと払うと、口を開いた。
「俺は王子だったが、王宮であんまりにも自堕落な生活をしていたら、親父を怒らせちまってな。それで、半ば無理やり見聞を広めるための旅に出させられたんだ」
ロッシュは口元を歪める。
「自堕落ねぇ」
ロッシュの顔を見ていると何となく想像できるな。ま、王宮での生活なんて平民の僕には縁のないものだ。
「しかも、親父は何か一つでも良いから偉大なことをして見せろ、それができるまで帰ってくるなとか俺に言いやがったんだぜ」
良いお父さんじゃないか。子供を甘やかすとろくなことがないからな。それが一国の王子なら尚更だ。
「だが、旅に出てから半年近くも建つが、何をして良いのかさっぱり分からない」
ロッシュはお手上げと言ったポーズを取りながら言葉を続ける。
「だから、宛てもなく旅をしていたら、天空都市があるというサンクフォード王国に流れ着いたのさ。ま、神殿の中の魔方陣にも入ってみたが、俺は天空都市には行けなかったけどな」
「だろうね」
こんな奴が天空都市に行けたら、僕が自信を失う。
とはいえ、歴とした王族でも天空都市に行けないとなると、益々、サンクナートの定めた基準が分からなくなる。
「それでギルドの仕事でもこなして、金を手に入れようとしたら天空石を探すための仲間を募っていた貼り紙を見つけたんだよ」
ロッシュは馴れ馴れしく僕の肩を触る。
「とにかく、あの天空石を手に入れたとなれば俺の名前も世界中に轟くし、親父も俺が国に戻るのを許してくれるだろうよ」
ロッシュは僕の隣の椅子にどっかりと座りながら言った。これには立ったまま話を聞いていたミリィとセレスも顔をしかめる。
この態度のでかさも王子という大物故か。
「そっか。まあ、モンスターと戦う力があるなら、歓迎するよ。ただし、いくら王子様でも特別扱いはしないからね」
ロッシュが口先だけの男ではないことは、僕も見抜いている。良く引き締まった腕を見れば、その実力も自然と推し量れるからな。
僕以上の剣の使い手かもしれないと思わせられるだけのオーラがロッシュにはあった。
「分かってるよ。ま、戦いなら俺に任せろ。俺も剣の国に生まれた王子だし、剣を扱う腕にも自信があるからな」
ロッシュは剣の柄を叩きながら言葉を続ける。
「旅をしている最中に盗賊やモンスターにも襲われたこともあったが、無事に切り抜けることができたし」
ロッシュは研磨されたような強さを感じさせながら言った。これには、僕も大船に乗ったような気持ちになる。
そして、僕はミリィ、セレス、ロッシュの顔を見ながら、集まってくれたのはこの三人だけかと思った。
迷宮に一度に入れるパーティーの数は五人までだから、もう一人くらいは仲間が欲しいところだけど。
でも、そう都合良くはいかないかと僕が思っていると、魔導師のように見える紺のローブを着た男性が近づいてきた。
「仲間を集めているのは君か?」
僕の顔に視線を向けて来る男性はどこか亡霊を思わせる容貌をしていた。顔の方も血が通っていないかのように青白いし。
だけど、四人もいる中で、良く僕が仲間を募集している人間だと分かったな。さては、どこかで聞き耳でも立てていたのか。
「ええ」
僕は男性に対して気後れしたように返事をする。
見た感じ年齢は三十才くらいだし、明らかに大人の男性でもあるので、言葉遣いも丁寧なものにした方が良いだろう。
「私の名前はレイナード。ただの魔導師だが、仲間に入れて貰えないかな」
レイナードは全く表情を変えずに言った。
「とりあえず、理由を聞かせてください」
僕はレイナードを見て、どこか不吉なものを感じていた。
この男を信用してはならないと脳が警鐘を鳴らしている。だが、その反面、レイナードからは邪悪なものは一切、感じ取れなかった。
悪い人間ではないと僕も信じることにする。
「私は単に天空石をこの目で見たいだけだ。私も君と同じように、天空石は大迷宮にあるのではないかと推測していたからな」
レイナードは妖しげな光を放つ目で言葉を続ける。
「だから、天空石は大迷宮にあると、はっきりと断定している君の貼り紙に興味を持った。こんな説明では不足かな?」
レイナードは真っ直ぐに僕の顔を見た。
「いえ。まあ、そういうことなら、僕の方としても拒む理由はありません。でも、あなたも魔導師と言うからには戦う力は持っているんですよね?」
僕は一応、そう尋ねてみた。魔法使いはそこら中にいるけど、魔導師と名乗れる人間はごく限られている。
レイナードが嘘を吐いていなければ、魔法の使い手としてはミリィよりも頼りになると言うことだ。
「ああ。遠い昔の話ではあるが大賢人などと呼ばれていた時もあったし、微力ながらも、君の役に立てると思う」
微力という言葉とは裏腹に底知れない力を僕はレイナードの言葉から感じ取っていた。
しかも、大賢人という言葉を聞いて、僕は伝説に出て来るある人物を思い出す。とはいえ、その人物は何千年も前の人間だし、もう生きてはいまい。
レイナードがその人物と同一人物とはさすがに考えられないし。
「分かりました。では、一緒に天空石を探しましょう。どんな事情があるにせよ、僕もこれ以上は詮索しませんから」
不安も感じたが、僕はそう口にしていた。
直感とでも言うべきものが、危険ではあるがこの男の力を頼れと告げていたからだ。そして、僕はカンというものを何よりも大事にする人間だ。
「ありがとう」
レイナードはニコリともせずに礼を言った。
それを聞き、僕も仲間を募集するのはこれで締め切りにして、この四人とパーティーを組むことにする。
要するに早い者勝ちと言うことだ。
「これで迷宮に潜るためのパーティーは結成できた。それと、みんなは迷宮に入るための許可証はちゃんと持っているんだよね?」
許可証を所持しているのは、仲間になる条件の一つだ。それを忘れて貰っては困る。
「はい。つい最近、発行して貰ったばかりですけど私も許可証は持っています。もっとも、迷宮に入ったことは一度もありませんが」
ミリィは表情を綻ばせながら言った。
「あたしも持っているわよ。父さんから取るように進められたから。もちろん、迷宮でモンスターと戦ったこともあるわ」
セレスの言葉は殊の外、頼もしく聞こえた。
「俺も持ってるぜ。ま、発行料に二万五千シェケルも取られたのは痛かったが、元は取り返すつもりだった」
ロッシュもやれやれと言った感じの笑みを浮かべる。
「私も持っている。迷宮には何度か足を踏み入れたこともあるからな。ただ、モンスターと戦ったことは数えるほどしかない」
レイナードは淡々と言った。
「よし。そういうことなら、みんなの実力を確かめるためにも、明日になったら一仕事してみよう」
僕はそう高らかに言った。
もちろん、反対する者は誰もいなかったし、こうして後に大きな運命を背負うことになるパーティーが結成されたのだった。
エピソードⅡに続く。