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悪魔の生物 プロローグ 2

「隊長、こちらです。こちらの家屋との事です」

馬上で器用に首尾を巡らせながら、若い男がもう1人の男に向かって指さしながら声を掛けた。若い青年の年齢は二十歳前くらいか。群青色の髪に琥珀色の瞳をした美青年、馬に(またが)甲冑(かっちゅう)を着込んだ姿は、誰が見てもどこかの王国の騎士団員の姿であった。

青年に呼びかけられた男は、その声に小さく頷くとそのまま下馬する。馬は自らの主人をわきまえているかの様子でその場に制止する。近くにいた同じく甲冑を着込んだ男が、馬の手綱を引き、下馬した男の後に従った。

「こちらです、ベイセル隊長」

家屋の入り口にいたこれまた若い騎士が、下馬した壮年の男に声を掛けた。ベイセルと呼ばれた男はその声に特に反応せず、しかし騎士が示した家屋の中に入っていく。

「どうだ、様子は」

入るなり、ベイセルは声を掛けた。家屋の中にはさらに2人の騎士達と、その中央には(むしろ)に寝かされた死者の姿がある。時間経過もあるのだろう、家屋全体に死者の腐敗臭が漂い、誰もが一刻も早く外に出たい状態にあった。

「はい、この者もやはり襲われ、そのまま感染後、病死したもののように思われます。傷の程度からして、2日前後かと」

片膝をついたまま、死者の隣に佇む騎士が言った。そうかわかったと言うと、壮年の騎士は家屋を後にした。その足で付近にいた村長や死者の家族に立ち合い、見舞金も含めた調査費用の金貨袋を手渡す。死者は家族の主だったようで、村長の隣にいた若い娘とその両足にしがみつく幼い子どもが泣きながら死者を弔っているような、そんな様子であった。


支配病。

誰がそう名付けたのか知らないが、ここ最近エルーラン領の北部を中心に蔓延を始めた流行り病である。

病状はまだ謎も多いが、動物、妖魔、人間など種族を隔てず感染が確認されている。感染した者は発狂し自我を忘れて暴走、周囲の者に危害を加える面倒な病だった。その後、暴走した後に熱にうなされて死ぬ者がいる中、獣人化する例もあるなど病の本質は謎に包まれていた。また感染ルートも不明で、空気感染や疾病感染の疑いもあり、周囲の村々では戦々恐々とした日々を送っている。

ベイセルは元々、エルーラン王国筆頭の騎士団のひとつ、赤枝の騎士団に所属する騎士として首都であるログレスでの暮らしをしていた。階級は伯爵。父から譲り受けた爵位である。その後、自らの領地であるウィンディア以東の広大な平原地帯を中心に、ルネスの街を治めるシュペンガー伯爵領も合わせた地域の警護をする任を受け、騎士団の北方防衛隊のいち騎士団長として赴任したのだった。ここ数年のエルーラン王国は中央集権から地方分権に変わりつつあり、その為ベイセルやシュペンガーなどの地方貴族は他の貴族と争うような立場に立っている。面と向かっての小競り合いなどをしている者は誰一人としていないが、水面下での主導権争いは確実なものとなっていた。もちろんそれは王侯貴族だけの話であって、多くの町村の民や商人、そして冒険者たちにとってはどうでも良い話であった。しかし、エルーランのみならずエリンディル西方の騎士団としても誉れ高い“円卓の騎士団”や“赤枝の騎士団”の団員、そして爵位を持つ貴族にとってまさに今が正念場。また爵位を持たず、兵卒や親からの世襲によって騎士団員となった者にとっても、名声を上げる絶好の機会として捉えられている。その為、ベイセルに言い寄ってくる者や賄賂(わいろ)を渡してくる者、媚を売ってくる者など様々いた。元々地方の出身であり、牧歌的な国家性のもと、父から正式に爵位を引き受けるまで地方で暮らしたベイセルにとって、王国の世論や社交界の慣習などは疎ましく面倒だった。その為言い寄って来る者は誰も彼も好きになれなかった。もちろん賄賂や便宜について関係した事は一度もない。その辺り、ルネスの街を治めるシュペンガー伯とも気が合い、かの温泉街で過ごすときには2人でどうでも良い与太話をしたものだった。

そんな折、炎の巨鳥がルネスの北、エリン山脈の西端の峰を住処にしている事が確認されると、ルネスの街の新たなる観光名物として人が集まるようになっていた。有数の温泉地でありまた貴族の保養地などとして名高いこの街は、シュペンガー伯の意向を持って一切の武器の携行が禁止されている。その為、警備は絶対であり、いかなる危険もあってはならなかった。そもそも炎の巨鳥といえそれは霊獣であり、霊獣とは精霊の1つで、人の姿を見ればすぐに襲って来るような凶悪な性質もない事から、それほど危険視する必要もなかった。それがここ数か月で激変。炎の巨鳥を含めた霊獣が、人や集落に悪さをするようになり、また妖魔の目撃件数が増加し、それに伴って被害件数も上昇していた。ルネスを訪れる観光客も徐々にその足が遠のき始め、現在は平年の3分の2程度にまで落ち込んでいた。ベイセルはそんな炎の巨鳥の監視役に自ら名乗りを上げ、現在はルネス近郊にその本拠地を置いていた。支配病について話が上がったのは、その矢先の事である。

「隊長、また新たな情報です。今度は獣人の目撃報告です。お通ししておりますのでお越しください」

テントの中に入って来た騎士の言葉に、机上の地図をぼんやり眺めていたベイセルは顔を上げた。獣人の目撃情報は何度かあったが、まだベイセル自身、獣人をその目で見たことはなかった。被害者の情報は多々あるもののほとんどの者は絶命しており、その真意を聞くことはできないでいたのだ。その為目撃情報について語る者については重宝しており、重要な情報源であった。

ベイセルはマントを翻して外に出た。ルネス周辺は針葉樹の森である。その中、森を切り開いたかのような場所にテントを立てて野営地とした。ルネスまでは馬を少し走らせた距離だった。食糧の調達なども容易く、武装した騎士団が観光客とすれ違う事もなく絶好の場所だった。

オリオールがベイセルの先を進む。情報者の場所へ道案内をするためだ。この群青色の髪をした団員の中で一番若い騎士は、色々と周囲に気遣いが出来また、利発的で賢い青年だった。オリオールの父はベイセルが赤枝の騎士団に所属していた時に、自らの班の兵長として任官していた男だった。男は周囲に気を配りつつ談笑するなど気さくで利発的で礼儀正しい。しかし兵としては勇猛果敢で馬術に秀でた者だった。そのオリオールの父はログレスで家に戻ったが、代わりに息子がベイセルの下に加わった。少し教えてやっただけで理解する物分かりの良さと、周囲の先輩団員に物怖じすることなく輪の中に入っていく豪胆さは父譲りだと感心していた。

「隊長、こちらです」

テントの入り口にいた兵が、オリオールとベイセルのためにその幕を開く。賓客(ひんきゃく)をもてなすための瀟洒(しょうしゃ)なテントの中には恐らくマタギだろう、年寄りの狩人の姿があった。表情は青ざめて目を見開いたまま小さくブルブル震えていた。誰が見ても今しがた恐怖体験をした、といった様子だった。

「じいさん、いつどこで何を見た?」

聴き方としては少々雑な印象も受けるが、丁寧な口調で言ったところであまり変わらない。必要な情報を聞き出すには十分な聴き方だった。しかしオリオールの言葉は目の前の老狩人には届かないようだ。相変わらず2人とは目を合わさず小さく震えていた。

「なぁ、おい!」

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォン!」

オリオールが老狩人に手を伸ばしかけたところで、野営地の近くで狼らしき遠吠えを聞いた。しかしただの狼の遠吠えとは思えなかった。身体の芯にビリリと感じる強い衝撃。ベイセルはその鳴声を聞いた直後にその方向を見、いつの間にか剣の柄に手を置いていた。老狩人は耳を塞ぐ格好で小声で何かぶつぶつと喋っている。震えは一段と大きくなっていた。

ベイセルは勢いよくテントを出て声を上げる。

「獣人の攻撃に備え警戒せよ! 周囲を見張…」

「うわああああぁぁぁぁぁっ!」

ベイセルの声は周辺警護の兵の叫びによってかき消された。声の直後、勢いよく剣で掻っ切ったような音が耳に入る。そして叫びを上げた兵の方を振り返る。すると森と野営地の境目辺りに背丈2mを超す大型の狼男が、周辺警護に当たっていた兵を足蹴にする格好立っている。兵はその牙や鉤爪で負傷した様子で倒れていた。そして狼男はベイセルに顔を向ける。眼光は日中と言うのに赤くギラつき、ダラダラとよだれが垂れていた。

「獣人を目視した、戦闘隊列を取れ! 救護班、負傷した兵を回収せよ!」

ベイセルは狼男と目をそらさぬまま、後方に向かって声を上げた。そのまま1歩、そしてもう1歩と進み出でて、ゆっくりと間合いを詰めようとする。後ろで抜剣するなどの様々な音がする。単独で野営地に飛び込むほどの敵である。束で掛からないと怪我するだろう、そんな事を考えながらじりじりと差を詰めるように進む。額から頬を伝って汗が流れた。

刹那、狼男がベイセルの懐に飛び込んでくる。と同時にギラリと光る鉤爪(かぎつめ)が喉元に突き出される。ベイセルは頭で考えるよりも先に剣で振り払った、とその流れから相手の身体目がけて剣を振るう。

ザシュッ!

明らかに剣で身体を斬った音があった。ベイセル自身も確かな手ごたえを得た。が、与えたのはかすり傷程度だったか、狼男の肩口から鮮血が上がり、ポタタとしたたり落ちる。周囲から小さな歓声が上がる、がベイセルにとっても狼男にとってもそれは挨拶程度のものだった。改めて互いは対峙すると、鉤爪と剣で幾撃かつばせり合う。が、剣は1本、鉤爪は2本、明らかに手数が多いのは狼男の方だった、じりじりと剣で攻撃を払いながら後退するベイセル。肩口に与えた傷は攻撃に支障を与えるものではなかったようだ。見ると既に傷が塞がれている。塞がれている!

狼男が振りかぶって攻撃を仕掛けた。その攻撃をベイセルは剣で防がず、大きく飛んで後退する。と、その直後に腕を上げ叫び、そして下ろす。

「弓、銃砲、魔法で射よ! 撃てっ!」

ベイセルの後ろから矢と弾と魔法が狼男に向かって発射された。矢は幾本かが刺さり、弾は身体を傷つけ、魔法は身体に衝突し爆発した。防御姿勢を取りながら小さく呻き声を上げる狼男。魔法弾の白煙が風で流れると、明らかに負傷した狼男の姿があった。そして傷を受けた個所から、個別に小さな煙が上がり、くすぶっているような状態だった。苦悶の表情をしつつも、しかし赤い光る眼で周囲を見て、ニヤリと笑った。くすぶっていた傷の個所がみるみる塞がっていく。攻撃は第2撃に移っている。再び矢と弾と魔法が狼男を攻撃したが、それらを後方に飛びのきながらきれいに回避すると、そのまま野営地を抜け森の中に姿をくらました。一瞬の出来事であった。

「隊長、アレは…」

呆然とした様子で剣を構えたままのオリオールがベイセルに問う。ベイセルもまた剣を構えていたが、狼男の引き具合を見て、鞘に剣を収めた。

ライカンスロープ(獣人)。狼男などの獣人類の一族をそう呼ぶ。一般的に妖魔の一種と捉えられているが、高名な魔導士などによれば一種の魔造生物、いわゆる造られた生物(ホムンクルス)と言う訳だ。傷が塞がれるあの特殊能力は再生能力(リジェネレーション)であるだろう。一部の魔法で、そのような力があるのだと聞いたことがあった。

面倒な敵だと思った。攻撃も非常に強力で、再生能力があるならば銀製の武器などを使わない限り、致命傷を与えるには難しいだろう。そして並外れた身体能力である。相手は単騎で侵入し攻撃、我々は複数で相手に傷を与えた程度。戦力差は歴然だった。

面倒なことになった。

ベイセルは未だ太陽の光眩しい青空を望み、小さくため息を漏らした。


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