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悪魔の生物 プロローグ 1

真なる闇がある。それは光のない、生気のない、影のない場所だ。その深淵たる空間を1つ、そしてまた1つ、光点が中空を彷徨(さまよ)うように(きら)めく。その光は弱々しく、そして小さい。光は周囲の空気に触れあう事で生気を保っていた。徐々にその光は火となり、揺らぎを持って近づいて来る。同時に乾いたカツカツという規則正しい音が鳴り響き、火を持つ人物の姿を浮かび上がられるに至る。

「この道で本当に良いんだろうな、ヴェルージュ」

「ああ、ああ、間違いないとも。この細い通路を抜ければキヴォトスとご対面だ」

「俺ぁキヴォトスとやらも良いが、見たことのない金銀財宝の方が性に合ってるんだがなぁ」

「なぁに、キヴォトスさえ手に入れば金銀財宝どころか、王様の冠だって手に入れたも同然だ」

「王様の冠なぁ。俺には性に合わんなぁ。金銀財宝と美女と酒さえあれば他はどうだって…」

「ルージェイ、王様の冠があれば金銀も美女も酒も想いのままよ。エルーランの王もヴァンスターの皇帝陛下も皆好きな女と酒に囲まれて生活してる」

「なんだと!クソっ! あいつら税金取るだけじゃなくて、そんな事もやっていやがるのか! だったら俺も王冠が欲しいぞ!ヴェルージュ、俺はキヴォトスではなく王冠が欲しい!」

「ああそうさルージェイ、おぬしは王冠を戴く、私はキヴォトスを手に入れる。それもこれもキヴォトスが導いてくれる訳だ」

「キヴォトスさまさまって訳か! そうか冠か、気づかなかったな。ヴェルージュ、あんたは本当に賢いんだな!」

チュチュ…と近くでネズミの鳴き声がした。骸骨などが横たわる深淵では、生気ある人間さえも食糧にしようと、空腹と絶望をもって横たわるのを今か今かと待ち構えているようだ。ルージェイはそんな足元のネズミを目視すると、石ころでも飛ばすかのように蹴り殺す。跳ね飛ばされたネズミは通路の壁に激突すると悶絶する間もなく絶命、その動かなくなった同族の(からだ)を貪ろうと数多(あまた)のネズミが死体に集まり、ピチャグチュという擬音と共に生温かい血肉を食い漁るのだった。

「ルージェイ、ここだ。間違いない」

いつの間にか先行していたヴェルージュが足を止めて言った。男の前には小さな3つ穴の開いた、古めかしい木扉がある。屈強な戦士なら重量のある斧の一撃で破れそうな木扉。しかしこの洞窟内の木扉は全て、ルージェイの理解の届かない魔力が備わっており如何なる攻撃もはね返した。しかしこの扉を開ける鍵をルージェイは持っている。パンツのポケットをガサゴソ探ると、扉の穴に収まるメダルが出てきた。

(食えん奴だ)

ヴェルージュはそんな隣にいる男の様子を見ながら思った。

メダルの残りはヴェルージュの手の中にある。この洞窟の最深部までの間に手に入れたものだったが、うち1枚をルージェイは手放そうとしなかった。人の良い、もしくは流されるだけの者達はヴェルージュが持つように言うと手放したものだが、この男だけはそれを頑なに拒んだ。だからこそこの場所に立っているのだろうとも思う。他の者達とは違い。

2人は扉の穴にメダルを挿し入れた。メダルを咥えた穴はそれぞれが自転し、また3つのメダル穴それぞれの距離を保ったまま機械的な擬音を響かせながら回転していく。そんなカラクリ扉だがふいに動きを止める。数瞬の間があった後、ガチリという大きな擬音と共に鍵が開く音がした。2人は松明を持たない片方の手で、左右の扉を押し開く。


その場所は如何にも邪神復活を唱えるに相応しい祭壇であった。空間は背の低い円錐系のドームになっており、壁には馬や竜、蛇や鳳凰(ほうおう)、白鳥といった邪神の傍にいた伝説の霊獣の姿を模した背の高い石柱がある。祭壇の周囲には邪神の供物であるかのような金銀財宝がギラリとその身を輝かせ、中央にはそれ自体がキヴォトスであろう石櫃(せきひつ)が、数百年の間姿をたもったまま眠っている。

「お宝!お宝だ! なんだ王冠じゃなくて金銀財宝あるじゃねぇか!」

ヴェルージュの脇を抜けてルージェイは駆けだした。そして汗とホコリ、戦闘で浴びた返り血に染まった服装のまま、金銀財宝の泉に飛び込む。反動でジャラジャラと周囲に財宝が飛び散るがそんな事は知った事ではない。ここにある全ての財宝は今1人の新しい主人を得たのだった。それは幾十もの死者を出しながらこの最深部にまで来た男、ルージェイが獲得すべき正当報酬であった。多くのトレジャーハンターや盗掘者、王侯貴族がするのと同様に彼もまた、その手と腕いっぱいに重くのしかかった金貨や銀貨を集め、頭上に大きく撒き散らしてみせる。中空に舞ったコイン達は先ほどと同様のジャラジャラという音と、自らが持つ眩いばかりの輝きを持って主人の周囲にキラキラとその身を煌めかせる。ふと、大きな石櫃の姿が目に入った。これがヴェルージュの言うキヴォトスというものなのだろう。古めかしい埃だらけの石櫃に興味はなかったが、中に眠る財宝には興味があった。口の中にあふれるヨダレをズズと音を立てて吸い込みながら石櫃の前に立つ。ヴェルージュにやるとは言ったが、モノによっては自ら手に入れないと納得できない。大きな石櫃をしげしげと眺めながら、そんな欲望がムクムクと湧き上がるのをルージェイは禁じ得ない。俺は王になる男だ。金銀財宝と酒、そして女。王であれば領地や税金、そして家臣と城。そんなものを手に入れる男には、キヴォトスを手に入れる資格もあるのだ。そうだ、これは俺のものだ。ここまで道案内してくれたヴェルージュには悪いが、金銀財宝のみならず、このキヴォトスも俺のものだ。力づくでも手に入れてやる。そうさ、俺は王になるのだから。自らの甘い将来に想いを馳せ、舌なめずりしながら石櫃の蓋に手を掛ける。まさか蓋を持ち上げる事は出来ない。横にずらして中を確認するのだ。この中身は俺のものだ。だから開けるのも俺1人でやる。ヴェルージュがこの石櫃に触るものなら彼の命は。

石と石が擦れ合う音を響かせながら石櫃の中身が漏れ出した。石櫃の中から飛び出した小さな黒い小虫のようなそれは幾十、幾百、幾千の姿で、蓋に手を掛けた者の身体を覆い尽くす。黒い虫に身体を覆われた者はその蓋を開く態勢のままで静止し、そして床に倒れた。男の息は既になかった。金銀財宝の傍でいまかいまかと待ち構えていた小動物たちは、その石床に伏した食糧に群がり始める。肉だけではなく骨さえも食い散らかすネズミ達の獰猛な食欲のために、それまで甘い将来を確実なものとしていたルージェイだったが、王の僕よりもずっとずっと下等なる生物に、その姿と存在を消される事となったのだった。

(食えん奴だ。だが、最後は私の役になってくれたな)

1人残されたヴェルージュだったが、先ほどまでの人の良さそうな表情はキレイになくなっていた。背恰好は同じく、しかし別人のような冷酷な表情をした男は、既に骸となり果てた肉片に、それまで溜まっていた(たん)を吐き出す。痰を受けながらも返答のない骸の様子に、ヴェルージュは1人、ニンマリとほくそ笑んだ。

ヴェルージュは石櫃の前に片膝をついて拝謁する。松明(たいまつ)を手の届くところに置くと、もう片方の手で中空に魔法陣を描きながら呪文を詠唱する。

「…ティス、マラアク、グラシ・アィラボラゥス、フォラ・スガ・プ、マルファ…」

ヴェルージュの声量が徐々に大きくなるにつれて、地震でも起こるかのような地響きが祭壇、空間、洞窟全体に響き渡る。が、いつしかその鼓動がピタリと止むと、石櫃を中心に空間全体に瘴気のような薄暗い霧が立ち込めた。そしてヴェルージュの眼前、石櫃の上に長身の女が立っていた。

「余を現世に復活せしめたのはおまえか、男」

「は、ヴェルージュと申します」

現れた女は腰まである艶やかな漆黒の黒髪で細身、容姿端麗の年齢20代半ばと思しき美女だった。左手には小ぶりの錫杖(ロッド)を持ち、背中には髪と同じ色の翼を生やしている。ヴェルージュは面を床に向けたまま、姿勢を変えず答えた。

「余をキヴォトスと知っての事か、下賤なる者よ」

「は、キヴォトス様の復活を夢見、今宵参りましてございます。アンヘル・カイド」

「ほう、我をその名で呼ぶか、ヴェルージュ。して、そなたの望みは何か」

「は、我を傍に置いて頂き、この世を再びキヴォトス様のものにして頂きたく存じます」

ヴェルージュは面を上げずに言った。言いながら額や背中を含む全身に汗が流れるのを感じた。目の前のキヴォトスに意識を向けている間、何かの呪詛を掛けられているような、そんな気味の悪い感覚が全身に(ほとばし)り、気の抜けない精神抵抗を継続して行っているような感覚だった。そしてその抵抗を止めた時。

ヴェルージュはそんな事をふと想像し、愕然とする。そして改めて自我を確認するのであった。

「この世を、キヴォトスのもの…か。なるほどな。しかし兵がおらぬな」

「は、それには今しばらくの猶予を。キヴォトス様のお力で、ヘルシャフトを使用し、わたくしめが兵を集めてご覧に入れます」

「ヘルシャフト…ふふ、あのオモチャを使うというか、おもしろい」

女は喉を鳴らしてククク笑う。その声を聞いているだけで発狂しそうになるのを、ヴェルージュは踏ん張り耐える。

「余は待つのが嫌いじゃ。そして余もお前と共に遊びに出掛けさせてもらうぞ、ヴェルージュ」

「!」

それまで抵抗していた自我が、女の言葉の直後に瓦解(がかい)した。ヴェルージュの意識の中に女の意識が流れ込み、全ての能力を奪い取られる。為す術なく心を明け渡す事になったヴェルージュは、自らの身体でありながら牢獄に閉じ込められた感覚を得た。脳で状況を把握しているが、身体は一切の動作を裏切る。四肢の動作はおろか、視覚や口覚など全てにおいて主が入れ替わってしまったのだった。

「余には随分狭いが、入らない事はないようだヴェルージュ=シュレイダー。もう少し広い容れ物が見つかるまで、そなたの身体使う事としよう」

ヴェルージュの口から、先の女の声が発せられる。しかしいつの間にか石櫃の上の女の姿はなくなっており、握られていた錫杖だけが残されていた。瘴気もいつの間にか晴れ、周囲にいた小動物たちの姿や息遣いや鳴き声もなくなっていた。金銀財宝だけがいつも通りの輝きを見せている空間。そこで1人、床に屈していたヴェルージュは起き上がると、石櫃の蓋を手かざしして閉じる。錫杖を持つと少し身体を動かしてみせる。準備運動のようにも見えまた、身体を慣らすようにも見えた。

「ヴェ、ジャ、シ、シェ…んん…うん、この、この声、この声か。これがおまえのものだなヴェルージュ=シュレイダー」

石櫃の上にいた女の声から、ヴェルージュの声になっていた。ヴェルージュは石櫃の上をぼんやり眺めながら独り言をつぶやく。

「まずはヴェルージュ、おまえの話したヘルシャフトで我らが魔神兵を作り出そう。それと共に我がしもべ、5霊獣の復活も進める。そして…」

ギリリと噛まれた唇から勢いよく鮮血し、顎を伝い床に血がしたたり落ちる。その様子に構う事なくヴェルージュは独り言を続ける。

「我が身体を封じたアルヴの者を滅ぼしてやろう。子孫も含めて根絶やしにする。それが終わったら世界を我が導くとしよう。しかし」

「ヴェルージュ…ううむこの名前はイマイチ言いづらい。我が魔神語では喋りづらくて適わん。シュレイダー、いやレイダーとでも名乗らせてもらおう」

ヴェルージュはそう言うと、いつのまにか手に持った錫杖で魔法陣を描き、石床をタタンとステップして飛び上がる。中空にその身を置いたはずのヴェルージュだったが、祭壇にその姿はなかった。祭壇には、ただ2つだけ残された松明の明りだけが金銀財宝の煌めきをこれでもかと輝かせ、次に訪れる新しい主人を待ち、静かに眠りについたのだった。

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