滅亡の胎動 5
祭壇のある部屋はいつしか乱戦の場へと姿を変えていた。冒険者の数はたった5人ではあったが、それなりに修練を積んだ者達であった。
軽戦士を自負しているセスチナは、わざと敵の多くいる中に単身で特攻し、その攻撃を剣や盾、そして軽やかな身のこなしで防いでいた。その回避の最中、攻撃してきた者が見せるわずかなスキを狙って、強靭な剣戟を振るう。彼女へ5人が揃って攻撃すると、その攻撃が終わったころに1つの黒装束が床に伏し、次の4人の攻撃が終わる事にもう1つと、その刃に倒れているのであった。
リュネットの戦い方も目を見張るものだった。少女は敵との間合いを上手くとりながら、戦場全体を縦横無尽に駆け抜けていく。1人の相手と対峙している黒装束の魔術師は、あらぬ場所から現れた伏兵に為す術なく、その刃に倒れた。しかし数で押そうとして来る黒装束相手には、その両手に携えられた愛用の短剣・ソードブレイカーを上手く使って、攻撃の軌道を反らさせる。その攻撃の多くは虚空を斬らせ、またある時は同士討ちをさせるのだった。
そんな縦横無尽に動きまわる少女に業を煮やした黒装束がリュネットを抑え込もうと飛びかかる。と、そこに待ってましたとばかり打ち込まれる光の矢と風の刃。周囲の敵に狙いをつけるナルシと魔術師のアルトは、自分たちの存在を見失った黒装束目がけて光の矢と風の刃を飛ばし、1つまた1つと確実に葬っていく。が、しかしその攻撃魔法を飛ばす瞬間を狙っていた者もいる。奇声を上げながら美男子に斬りかる黒装束。ナルシの身体を横に分かつはずの剣は、その身体に触れた直後「柔らかい何か」を斬った感触だけを残し、そののち虚空を斬るのだった。
「サンキュー大将、ナイスタイミング!」
ナルシは片手を上げて後方のダレンに合図を送る。敵の攻撃を受ける直後、ダレンが張った魔法障壁がナルシの身体を包み込み、剣の攻撃を受け止めたのだった。ダレンはナルシの仕草に、「オウ!」とだけ反応し、戦場に身をおく他の仲間の状況に鋭い視線を送るのだった。
数と士気では明らかに黒衣の集団の方が上だった、だが相手が悪かったようだ。5人の冒険者は少しずつその数を減らし、確実に葬り去っていく。そうするうちに黒装束の数が当初の半分になり、3割になり、そして1割ほどになったころ、戦場を観察していた黒翼馬が急に大きく嘶いた。
黒衣の集団はその様子に呼応するように雄叫びを上げる。5人の冒険者も真打登場とばかりのその様子を見守るように視線を送っていた。
黒翼馬の動きは速かった。動物の馬を軽く凌駕するその動きは、弩弓の矢のように突き抜け、数人の黒装束を刎ね飛ばしながら銀髪の少女の眼前に躍り出る。その直後、軽く床を蹴って中空に飛び上がると、黒翼馬はその隆々に引き締まった両の前足を振りかぶって、銀髪の少女に叩き付けた。攻撃の瞬間、セスチナが持つ盾にダレンの魔法障壁が付与された。しかしその攻撃は魔法障壁をいとも簡単に貫き、セスチナの小さい身体を吹き飛ばす。吹き飛ばされたセスチナは同じく弩弓の矢のような速度で壁面に身体を叩きつけられて、周囲の壁を砕いた。セスチナの息はあったが、すぐに戦闘に戻れるほどの浅い傷でもなかった。攻撃を放った黒翼馬は、セスチナの元いた地面に静かに降り立つと、ブルルと小さく嘶いてみせた。
「フハハハハ!これぞ邪神様のチカラよ!これまでは準備運動に過ぎぬ、ここからが本当の闘いだぞ、正義の冒険者諸君!」
「うるさい」
祭壇の上で高笑いをする魔術師であったが、グサリと刺さる短剣が胸元にある事に気が付いた。戦場でスキを見せ放題していた暗黒魔術師の身体に、リュネットが放った短剣が深々と刺さっている。短剣は魔力を帯び、魔術師の息の根を止めんと淡く光った。身体から急に生気が抜け出るのを感じた魔術師は、祭壇の段差によろめきそのまま転がり落ちる。悪役の親玉にしては呆気なすぎる最後であった。
直後、黒翼馬の身体が足の先から徐々に風化していく。暗黒魔術師の召喚術が効力を失くしたようだった。黒翼馬はその身体の様子に特に驚いた様子も見せず、徐々に体躯が、翼が、たてがみが、そして首が灰のように消え去って行った。それでもなお、消え去る直前に見せた、醜い生物を憐れむような視線は、場にいた全員を畏怖させる。しかしその畏怖も完全に灰となり、部屋に粉となって散った。
固唾を飲んで様子を見ていた息のある黒装束は狼狽し、すぐに潰走を始めた。邪神復活を目論む一味とは言え、死や恐怖への感情は他の生物と同様のようで、剣や錫杖など、身につけた武具をその場に放り出し出口に殺到していく。そうしてしばらくすると静寂が部屋を包み込んだ。異様な祭壇のある部屋に多くの黒装束の骸が転がる。そんな中で唯一5人の冒険者だけが立っていた。
「ねぇ、まだ生きてるみたいだよ」
リュネットは自らの短剣を回収しようと暗黒魔術師の下に行ったところ、その呼吸を聞いて仲間を呼んだ。啖呵を切ってケンカを始めた美青年は、虫の息となった暗黒魔術師に最期の宣告をする。
「クックック…浮かれている冒険者ども、これで終わりとでも思っているのか。邪神様復活を目論む同志は我らだけではない。今後も霊獣や魔獣が貴様らの周囲でその産声を上げ、世界を崩壊に導くだろう。貴様らの、いやエリンディルの災厄は今まさに始まったばかりなの……だ……っ」