滅亡の胎動 2
村は既に壊滅し、焼け焦げた野原となっていた。
火は既に大方が消し止められ、今はそのくすぶった煙が、夕陽に染まり始めた乳白色の空に、高く高く昇っている。逃げおおせた村人も傷ついた村人も立ち尽くし、ただ茫然とした時間が過ぎていた。
セスチナの目の前には黒焦げた2つの骸が転がっていた。その様子にうつむきながらも涙を見せることなく、しかし強く、強く、強く、唇をかみしめる。後方に佇むクラトは、ただただ残念な、そして寂しそうな様子で立ち尽くしていた。セスチナは2人分の穴を自らの手で掘り、骸を入れると土を盛って墓とした。墓標には生前、義母が大好きで家に飾っていたハナミズキの花の枝を立てた。いつの間にか周囲は夕陽の朱に染まっていた。傾いた夕陽を受けて、セスチナの影は長く伸び、墓標のそれを追い越している。そんな自らと墓標の影を見ながら、セスチナの心は仇を討つ事だけを心に誓うのだった。
セスチナの周囲には4人の男女がいた。先の魔物との戦闘の際、共に魔物を退治した者達だった。
クラトは村長としての顔を見せ、セスチナを含む5人に、村を襲った炎の巨鳥の退治依頼を出すのだった。銀髪の少女以外の者達はその依頼を受けるものの、当のセスチナはその依頼をキッパリと断る。
依頼料を受け取る仕事として、この問題に対峙するわけにはいかなかった。日常と両親と村と、そして数時間前までそこにあった思い出を業火によって奪われたセスチナにとって、これは自らの問題であり、私怨に基づくただの仇討ちでしかなく、それ以上でもそれ以下でもなかった。
おそらくセスチナに冒険者としての依頼をしたのは、クラトの親心なのだろう。セスチナを村の娘ではなく、1人の大人として認めての。しかしそんな事はセスチナにとってどうでも良かった。炎を纏った巨鳥の息の根を止める、その事について依頼や仕事など、俗世間の慣習に倣おうとは一切思わなかった。それが依頼であろうと仕事であろうと、セスチナにはもうカタキ討ちしかなかったのだ。
少女のナリをした娘はリュネットと名乗った。身長はセスチナの胸の辺りか。そんな小さな子どもの姿ながら、先の戦闘での身のこなしは目を見張るものだった。“野なる者”猫族の青年、ダレンと共に旅をしているのだという。フェゼント村に立ち寄ったのはグランフェルデンに帰還する途中だったようだ。ダレンは人懐っこい笑顔でセスチナに語った。2人は数年一緒に旅をしている間柄のようだが、リュネットは人見知りなのか、あまり喋らない少女のようだ。ダレンはリュネットに「喋らされている」ような態度を見せた。いかなる時も2人は常に傍にいたが、リュネットは自らの意思表示をダレンに任せているような、そんな雰囲気があった。
高身長の妖精族の青年は、ナルシと名乗った。美麗な顔立ちの彼はいわゆる軟派者のようで、共に歩む道中で様々な女性に声を掛け、華やかな言葉で彼女たちを誘惑しているようだった。とは言え、同じ女性であるセスチナやリュネットには、その甘い言葉を掛けてこない辺り彼にも好みがあるのだろう。共に居ながら、しかし口説かれる事のないセスチナとリュネットは、彼を男性とは見ていなかった。短期間で友情が芽生える事もなく、故に仲間として捉えている。
最後の1人は寡黙な魔術師だった。アルト・ガルデーニアンと名乗ったが、旅の中で彼の言葉を聞いたのは数回しかない。巨大生物に興味がある学者と言う事で、彼の荷物の大半は書物だった。村の外にあまり出たことのないセスチナには、その奇異な様子は新鮮だったが、小柄な少女のリュネットは、彼みたいな本の精霊に取りつかれた者を「ヲタク」と呼ぶのだと教えてくれた。
グランフェルデンに着くと、その足で神殿に向かう。出迎えたのは神官長であるソーンダイク、その人であった。柔和な表情と物腰やわらかな対応で、セスチナらとの意見交換を行う。フェゼント村の事、急に現れた炎の巨鳥と魔物について。周辺の村や町においてはフェゼントほどの被害はないとは言え、大陸全土で霊獣や妖魔が活発な動きを見せ、ただならぬ気配を感じられるとのことだった。
そんな中でソーンダイクは、リュネットとダレンに新しい指令を出す。それは「黒衣の集団」という謎の者達が、ルディオン山脈の南、陰の森で何やら不穏な動きをしているとの事で、その者達についての調査だった。その話はセスチナをひどく落胆させた。彼女の目的である炎の巨鳥を追うという事とは全く別の内容だったからだ。ソーンダイクからは部外者であるセスチナ、ナルシ、アルトの3人についても同様にはからい報酬を出すという話があったが、セスチナにはそんなグランフェルデン神殿の仕事の話が、村と両親を亡くした者に取り計らう「慰み」であるかのように感じ、この大神殿の神官長を軽蔑せざるを得なかった。
宿に戻った一同だったが、セスチナの表情はすぐれなかった。隠しもせず青い顔を見せる少女を、リュネットは心配した。ほとんど全てを失ったと言っても過言ではない銀髪の少女が、このまま単身、出立するのではという気が窺えたからだ。
「セスチナ、そんな顔をしないで。もしかしたら黒衣の集団とやらが、実は裏で炎の巨鳥と繋がっている。そんな話もあるかもしれない」
リュネットは言ったが、その内容はリュネットを含む全員が絵空事のように感じられた。それは希薄な細い糸のような、ほとんどありもしない繋がりしか感じられなかったからだ。
「心配してくれてありがとう、リュネット。私は大丈夫」
冴えない顔色と声色でボソボソと話す銀髪の少女は、この数日で見る見るやつれ、明らかに落胆している様子だった。
そしてその翌朝、宿からセスチナとナルシの姿が無くなっているのであった。