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悪魔の生物 第1幕 5

ホコリとカビの匂いが周囲一帯に包まれている。辺りは静寂に包まれており、彼以外の生物の存在を感じさせない。孤独を愛する魔物愛好魔術師であるアルト・ガルデーニアの姿は、今日もグランフェルデンにある王立図書館の中にあった。

この王立図書館の蔵書数は周辺の城や街の中でも随一で、グランフェルデンという街の歴史柄、珍しい図書も数多く存在しているのであった。法学や政治学、戦術学や兵法、文学、経済学などの専門書がズラリと並び、中には誰も手に触れずに数百年が経つだろう、ホコリまみれの書籍もある。その中でアルトの興味を引き付けるのは一部の魔導書と魔物研究の書籍。そして今は生物学の書を漁るようにして読んでいた。

村で見た炎の巨鳥(フェニックス)の暴走、黒衣の集団の妖しきまじない、そして黒翼馬(ダース・ペガサス)の出現。

1人の冒険者、そして1人の魔術師であるアルトであるが、それ以上に興味が惹かれてやまないのは霊獣の暴走原因と、未だ文献で見たことのない黒翼馬(ダース・ペガサス)であった。特に黒翼馬については、アルトの学者魂を蘇らせるのに十分な代物である。リュネットらと別れて以降、この王立図書館にほぼ住まうような状態で、以来生物学や霊獣、魔物や歴史学に関する文献を総ざらい確認していた。幸いこの場所は、それこそ本の虫とも言えるような輩以外ほとんど入退室のない場所である。そしてこの時期に生物学や霊獣について調べる者はアルト以外におらず、本人としては悠悠自適の生活を送っていたのだった。

図書館の中には宿泊環境も整えられており、アルトのような学者はその宿泊施設を利用する。

朝起きると簡単な食事を済ませ図書館の書籍棚に行く。誰が設置したか分からないが、館内には机と椅子が用意されているので、館内で利用できる台車に運べるだけ積み込むと、それを()いて机に移動し読書を始める。小休憩をする頃にはたいてい日が暮れているので、簡単な茶と満腹にならない程度の食事を摂る。そして眠気が襲ってくるまでまた読む。そういう生活をしていると今が何曜日で何時なのか。いやそれ以上に、何月頃でどのような季節なのかが分からなくなる。しかしアルトにとってそんな時候などどうでも良かった。ただ書籍に囲まれて生活していれば良かった。それ以上に望むものは何もなかった。

しかしそんなアルトであるが、たまに彼を慕って客人が訪れる。彼の客人はほぼ毎回1人でやってくる。神殿に仕え、黒衣の集団の一件で共に旅をした猫族(アウリク)の青年ダレンだ。ダレンは日中、特に用事もない様子でアルトを訪ねた。それは一週間に一度の事もあれば、数日に何度か訪れる事もあった。ダレンはたいてい「炎の巨鳥」について知りたがった。霊獣について、その生物学的な知見からダレンに伝えることは出来たが、彼が求むる情報は、どこに行けば会えるのかという話についてだった。アルトは少々、この猫族の青年がなぜそれほどに炎の巨鳥にこだわるのか、全く分からなかった。が、特に邪険にする必要もなかったので、青年との少しの間の会話を楽しんでいた。青年は毎回一時間程度の雑談をすると、そそくさと帰って行った。そしてまたダレンの好きなタイミングで、唐突にアルトを訪ねるのだった。


その日もいつものように夕闇が訪れ、しかし普段より暗い雲が立ち込め強風を伴って、細かい雨が窓を叩いていた。そんな強風や雨音に影響を受けるように、館内の照明もたまに明滅を繰り返し、外の天候の不安定さを如実に現すかのような雰囲気であった。

アルトは普段通りの机を確保し読書に耽っている。あの冒険からどれほどの時間が流れたのか定かではなかったが、アルトはほぼ読みたい書籍を一通り読み終わっていた。そして頭の中で、およそ2つの結論を見出していた。

1つ、黒翼馬(ダース・ペガサス)に関する内容については何を探しても関連する情報は見当たらなかった。炎の巨鳥(フェニックス)の暴走については、霊獣以前に獣であるが故、暴走する事もあるだろうという、半ば投げやりな内容で帰結する事は出来たが、とは言え暴走を示す明確な文献は1つもなかった。

そしてもう1つ。これは歴史書から得た内容でありアルトの専門外の内容であるが、遥かなる昔に、邪神復活を目論む者達が魔神、いわゆる悪魔の王が使用したと言われる神器を使い、世界を滅ぼさんとしようとした出来事があったようだ。その時、現れた魔女を中心に5体からなる黒炎をまといし霊獣が、闇の神器を使用して世界を滅ぼしかけた、と書は語っていた。幸い、その魔女たちに立ち向かった、太陽の女神を中心とした5人の勇者により、その神器は封印され、今日の平和が成ったと結ばれている。アルト個人の見解として歴史書の内容は、何か別の事件を大きな出来事で語った、いわゆる創作的な虚構である場合があり、事実に基づく信憑性に欠ける事がしばしばある。故にどこまで信用していいのか分からない点が、歴史書について興味を示せないところであった。

しかし黒衣の集団と現れた黒翼馬。そして炎の巨鳥の暴走という出来事は、この悪魔の神器と関連している部分が多く、只ならぬ不気味さを呈しているように思えて仕方なかった。それも歴史書に語られている5霊獣の中には鳳凰と天馬が載っており、併せて竜、白鳥、蛇に関する霊獣が載っている。その他に語られている神器は、実在すればそれら1つだけでも世界を闇に染めるのに、十分な道具なのであった。

「アオォォーン」

遠くで狼の遠吠えが聞こえる。雨音が急に強くなり照明がゆっくり明滅。急に暗闇が訪れた。明りが無くなった事で、アルトは読書を一時中断した。

歴史書に書いてある事が本当であるならば、黒衣の集団は竜、白鳥、蛇に関する霊獣の復活を進めるに違いない。そして他の神器としては“ヘルシャフト”と言う名の病魔の存在が気になった。これは人間、霊獣、妖魔に関わりなく寄生してその身体を蝕む病原菌であった。

当初は高熱による発熱や嘔吐、腹痛などがあり、赤痢(せきり)のような伝染病を彷彿とさせるが、その後ヘルシャフトはその名称通り、感染した者を支配するのである。菌に冒され抵抗できなくなった者は、本人の意志とは別に他者を無差別に攻撃するようになり、仮に抵抗できたとしても1段階病が進行する事で、狼男のような獣人、ライカンスロープを生み出すとある。さらにはごく少数であろうが、この病魔の適応者が菌に感染すると、それらも昇華し魔神に変化すると記載があった。歴史書に書いてある事のどこまでが事実であるか、それはアルトには分からなかったが、これが本当の事だとすれば、魔神を生み出す病魔というのが存在する事となる。それは一様に驚愕する事で、そして学者と言う立場においては非常に興味深い事でもあった。

「アオォォォォン」

遠吠えは明らかに近くになっている。アルトは2度目の遠吠えを聞いて、ふと立て掛けていた自らの小剣を見、掴む。魔術師の多くは魔術詠唱用の魔力を含んだ杖を多用するのだが、彼は古来の遺跡から発見された、魔法力を持ついにしえの小剣を自らの武器として使用していた。小剣と言えど刃の切れ味は無く、故に剣としては使用できない。その赤銅色の刀身レッドサンセット・ソードには古代文明の魔法の言葉が刻み込まれており、剣の魔法力を使用者に委ねるのである。

獣人(ライカンスロープ)の多くは常に獣人である訳ではなく、一部は人間の姿と獣人の姿を、自らの意志で変化できる者もいた。そしてグランフェルデンという街は歴史こそ古いものの、城やそれを取り巻く街も堅牢な城壁で囲まれており、狼と言えど易々と街中をうろつけるほど治安は悪くないのである。

未だ明りの点かない館内で、遠くの出入り口の木扉がゆっくり開く音が聞こえた。次いで、何者かがアルトのいる場所へ近づいて来る足音がする。足音には水分が含み、回廊の絨毯をヒタヒタと歩く音がする。

アルトは暗闇の中、徐々に利きだした夜目と耳で周囲を確認する。

足音は2つ。

普段アルト以外に出入りする者のないこの回廊で、2人というのは非常に奇妙だと言わざるを得ない。

アルトは身体を強張らせる。

獣人、ライカンスロープと言うのは獣の強さと、人の賢さ、いわゆる狡猾さを兼ね備えた魔物である。そして多くは銀製の武器でないと致命傷を与えることは出来ない。魔法の武器であれば多少は影響するかもしれないが、魔法単体であれば普通の武器で戦う事と同義なのだ。

2つの足音はアルトを探すように、ゆっくりとした足取りで、しかし着実にアルトに向かってきていた。書棚の1つ1つで立ち止まり、その都度、獲物の姿を確認するかのように。

アルトは改めて戦闘姿勢をとった。魔法の詠唱で疲弊したかのように、既に背中にはたっぷりと汗をかいている。

魔法で攻撃するとして何が有効であるか、アルトは思案していた。

一撃で仕留めるのは、ほぼ不可能であるだろう。そして相手は2体いるのだ。1体目を運よく(ほふ)ったとして、2体目にスキを見せて攻撃されてはひとたまりもない。相手は訓練された戦士とほぼ同じ力量であるといえる。か細い身体つきのアルトにとって、相手の一撃はそれこそ致命傷になりえるのだ。しかしそうであるならば、ひとまずは相手の奇をてらう魔法が功を奏すかもしれない。敢えて暗いこの館内で、魔法の光を浴びせるなどすれば。

アルトの思案がまとまらないうちに相手の足音が目前にまで迫った。2体の距離は決して離れてはいない。2体が現れたタイミングで光の魔法を唱えればもしかしたら。

その時、館内の照明が回復した。周囲が真昼のように明るくなる。

そして通路の先から顔を出したのは、アルトの見覚えある猫の耳をつけた人懐っこい表情のダレン青年であった。

「あー先生いたいた、やっぱりここだった!」

次いでダレンの後ろから顔を見せたのは、青年の仲間であるリュネットである。不思議そうな表情で姿を見せたその様子は同じ獣人らと同じ狼であれど、アルトが想像する獣人とは真逆の姿であった。

「ったくダレン! なんでこんなお化け屋敷みたいな暗闇の中でアルト探さなくちゃならないのよ! 明かり点いてからでも良かったのに」

「でもこうして見つかったんだから良いじゃないか。夕刻だし閉館時間も迫っていたから、仕方ないだろ」

「物音のしない暗い中を歩くのは洞窟の中だけで結構よ! まぁ確かにアルトは居たけど…」

2人のいつも通りの会話を聞いて胸をなでおろしたアルト。大きく深呼吸して、強張っていた身体の緊張を解いた。

「それで…お2人揃って、こんなところまで何用です?」

「それは先生、また黒衣の集団の調査依頼が入ったので、ご一緒にお願い出来ないかなと思ってさ」

「温泉の街ルネスってご存知ですか? 実はあの町の周辺に炎の巨鳥(フェニックス)も出ると言うのです」

戦闘が楽しいのか道中の旅が楽しいのか、ダレンは人懐っこい笑顔でアルトの問いに答えた。そしてリュネットが詳しい内容を続ける。

「なるほど、またしても黒衣の集団と炎の巨鳥に出逢えるわけですね。なら私も喜んで同行しましょう」

アルトは机の上で開いていた書籍をパタンと閉じて、2人の話に同調した。

黒衣の集団しかり、炎の巨鳥しかり、歴史書の内容がどこまで真実であるのか。その内容について、アルトは新たな検証を行う必要性を感じていた。そしてその検証は館内で引きこもる研究では導き出すことは難しく、実際に自らの足でその地を訪れる他ないのである。例えそれが命の危険にさらされる場所であると知っていようとも。


雨はまだ勢いよくグランフェルデンの街に降り続いていた。

そして時折、天から稲光が雷鳴と共に轟き、周囲に威厳を放っている。

その中で高い屋根から見下ろす人影がひとつ。

そしてその人影の、何者にも怯える事を知らない2つの赤い眼が3人の冒険者の姿をギラリと睨み、そして牙を剥きだしにした口元をゆっくりと綻ばせるのであった。

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