1.水の精霊の導き①
「――こっちの方だったと思うけど……」
一人の細身の男がそう呟きながら、何かに追われるように黒い森の中を歩き続けていた。
どのくらい時間がたったのだろうか?
一心不乱に歩き続けていた為、男は道に迷ってしまったようだ。
「この森ってこんなに広かったか?」
男は独り言を言いながら、当てもなく歩き続けていた。
いつも見ているはずの小さな木々の重なりが、いつの間にか果てしなく連なっていた。
男は今にも押し潰されそうな、味わった事のない圧迫感を感じていた。
そして、男の額には一筋の雫が滴り落ち、胸が痛くなるような不安に襲われ始めていた。
さらに震えが止まらなくなり、たっているのがやっとの状態だった。
その時、男は周りに何者かの気配を感じた。ふらつく足を踏ん張り、身構えた。
その気配は一人や二人ではない……。
十人……いや、数十人くらいの痛い視線を感じていた。
――やばいな……。
男はそう考え、何とか逃げ切る方法を模索していた。
その中で、相手の正確な人数、武装の可能性などを冷静に分析する事で突破口を開こうとしていた。
しかし、自分が何の武器も持たない丸腰であることを考えると、
逃げ切ることなどできる状態ではない事は明白だった。
まさに八方塞の状況で、男はもう無理だと諦めかけていた。
その時、
「待てぃ!」
どこからか他の兵士らしき男たちを制す声が聞こえた。
兵士たちの後方から白馬に跨った、いかにも貴族といった雰囲気の男が現れた。
そして、その貴族らしき男は、傍らに佇む青年に問いかけた。
「お主、何者だ? 見かけない顔だが、どこのものだ?」
「……」
周囲の視線を感じ、緊張で何も答えられずにいた。
しかし、青年は黙っていても埒が明かないと感じ、勇気を振り絞って答えた。
「えっと、俺は日本人ですけど……」
「ニホンジン? 聞いたことがないな……。
まぁ、良い。
武器も持っておらぬし、悪いモノには見えぬ。
そなた、名はなんと申す?
この地で何をしておったのだ?」
「俺、いや私の名前はダイと申します。
ここにはあの森に迷い込んでしまいました。
自分でもどのようにここにやってきたのかはわかりません」
と、後方の森を指差し、改まった口調で説明した。
すると、貴族らしき男は目を大きく見開き、驚いた口調でダイに問い掛けた。
「そなた、カオルスの森に入ったのか?
この森は昔から精霊の森と言われており、
一度足を踏み入れたら精霊様の怒りを買い、
二度とは生きて戻れないと言われておる。こ
の近辺の民でさえ、全く近寄らん」
「……」
ダイがまた何も答えられずに黙っていると、
「本当に何も分からないのか?
まさか……。
お主はこれからどうするつもりだ?
決まっていないのなら是非、わが城に客人として来て頂きたい。
もっとそなたの話を聞かせてはくれまいか?
ワシはこのブリュレ国の王、ブローウ3世。
どうか我が城に来ていただけないか?」
「ありがとうございます。
実際、ここがどこなのかも分かりませんし、状況も飲み込めていないので、
その申し出受けさせていただきます」
「では早速、戻ろうではないか! ブルーノ、ダイ殿を頼むぞ」
そう言うと、ブローウ王は駆けて行った。
すると、ブルーノと呼ばれた若い兵士がダイの方に近づき、話しかけてきた。
「我が王の頼みを聞き入れて頂き、ありがとうございます。
私は王を護衛する部隊の隊長、ブルーノと申します。
ダイ殿のことは私が責任を持って我がブリュレ城までお連れしますのでご安心ください。
では、私の後ろにお乗りください」
ブルーノはそう言うとダイの腕をつかみ、軽々と持ち上げた。そして、自分の後ろに乗せ、
「一気に行きますよ! しっかり掴まっていてください!」
そう言うと、すぐに馬を走らせた。
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