【三日目】
「ねぇおばあちゃん。どうして僕は嫌われてるの?」
どうしてなのかわからないけれど、僕は村の子供たちに嫌われている。
大人の人たちは挨拶すれば普通に返してくれるし、話もしてくれるけど、どうしてか子供達だけは、僕の顔を見るなり嫌そうな顔をしてから僕から逃げるように走っていく。
別に僕は、彼らに何もしてないのに。
「おや……新しくできたお友達に、嫌われたんかい?」
「ううん。その子は僕のことを嫌ってない……と思うよ。でも、他の子達は、僕の顔を見て嫌そうな顔をしたあと、すぐに逃げちゃうから……」
僕がそういうと、野菜を取るためしゃがんでいた状態から立ち上がり、腰を伸ばしながらおばあちゃんは少し考えた。
大きな麦わら帽子をかぶり直しながらおばあちゃんを見ていると、何かを思い出したみたいで、僕に言った。
「そういやぁ、一年くらい前に都会の方から、療養の為にこの村に越してきた子いたっけなぁ。その子、この村の悪口言ったみたいでなぁ……それで都会の子は嫌われてるんやと思うけんど……都会の子が、皆同じってわけにゃあないんになぁ。まぁ、しょうがないかもしれんねんけどね」
「そうなんだ……」
僕が都会の子だから、また悪口を言われるんじゃないかと、疑ってるんだろう。
ここで取れる野菜は美味しいし、僕ん家の方よりも風が通って涼しいし、景色がいいし、なにより、自然が多くて気持ちいい。
でも、そんなこと言われても、信じられないんだろうけど。
そう思って僕が落ち込むと、おばあちゃんが頭を撫でてくれた。
「大丈夫。ちゃんと話せば、伝わるき。それに、ヒロちゃんを理解してくれる子が、いるんやろう?やったら、そんな心配せんでも、その子が理解してくれたんなら、他の子等も理解してくれっと」
「……うん!!」
「あ、お昼ご飯、昨日と同じようにその子と食べるんよな?今日も2人分の量でいいんか?」
「うん!お願い!あのね、その子が、昨日のご飯美味しかったって言ってたよ」
「そりゃあ、作った甲斐があったっちゅうもんやんなぁ」
嬉しそうなおばあちゃんを見ながら、僕は二階の自分の部屋にいき、昨日と同じようにバッグに遊び道具を入れていった。
***
「来たよ!」
「今日も来てくれたんだ!ありがとう」
「一緒に記憶を思い出す手伝いするって、いったもん。僕は約束はきちんと守る人間だよ!」
「ふふ。ありがとう」
昨日と同じように坂を上り、昨日と同じようお墓の隙間を通り、その先には、昨日と同じように彼女がいた。
彼女は幽霊だと僕も彼女も思っているけど、やっぱり、そんな風には全然見えない。
……でも、幽霊じゃなかったとしても、僕が彼女の記憶を思い出す手伝いをやめることは、ないけど。
だって僕は、彼女の名前を、知らない。
「そういえば、今日もおばあちゃんがお昼ご飯作ってくれたよ。食べよ?」
「え!?今日も!?昨日のご飯、とても美味しかったから、嬉しい!ありがとうって伝えておいてね」
「うん」
そう言われて頷いてから、草の上に座り、バッグからお弁当箱を取り出した。
蓋を開けると、昨日は見ていない野菜や、同じ野菜でも違う姿になっている野菜たちがおかずとして詰められていた。
その光景に僕らは顔を見合わせ、箸を彼女に渡してから、一緒に手を合わせた。
「「いただきます!!」」
「今日のご飯もとーってもおいしかった!迷惑かもしれないけど、また、食べさせてくれると嬉しいな……?」
「そんな!迷惑だなんて!こっちが勝手に作ってるだけだし、美味しいっていってもらえてるんだから、作りがいもあるっておばあちゃん言ってたよ。だから、そんなこと言わないで」
「……うん」
そんなことを話しながら、お弁当箱をバッグの中へしまい、代わりにあるものを取り出した。
今日の、遊び道具であり、思い出してもらうためのおもちゃだ。
「……本?」
不思議そうに首をかしげる彼女に、持ってきた訳を話す。
「けん玉とかは少し昔のおもちゃだし、今だとゲームで遊ぶ子が多いから、やったことないこともあるかなーって思ってたんだけど、皆に大人気のこの本だったら、君も名前くらいは見たことあるんじゃないかと思って!で、ちょうど暇つぶしに持ってきてたこの本を用意したんだ」
「そうなんだ。ありがとう」
そういって笑ってから、彼女は僕のもっている本を受け取った。
彼女は、僕の持っていた本を一回パラパラとめくったあと、僕が読むよりもとっても早く……まるで、本を読みなれた人が読むみたいに、彼女は読んでいた。
でも、明らかに読みなれている風なのに、横から見ていても、彼女が何かを思い出した感じはしない。
「あっ」
「なんか思い出した!?」
彼女が小さく、声をあげた。
思わず僕が近寄ると、彼女はびっくりして、僕に触れないように少しだけ離れてから、首を振った。
「ううん。違うの。……このお話に出てくる2人が、なんだか私たちに似てるなって思っただけなの」
「……そういえばそうだね」
彼女から本を受け取り、忘れてしまった部分を読み返しながら、話の内容を思い出していく。
主人公は、魔法が当たり前の世界で珍しい、魔法の使えない田舎の村に住む少女。
魔法が使えないから、村の皆から仲間はずれにされている主人公は、森の中にある小さな小屋で、倒れた少年を見つける。
主人公が助けたおかげで少年は目を覚ますが、少年は自分の名前も含め、何も覚えていなかった。
そこで主人公は、少年の記憶を戻す手伝いをしようと考え、知らない人はいないと言われる話しを聞かせたり、皆が大好きな遊びをしたり、ご飯を一緒に食べたりして、少年が思い出せるように沢山のことをしていく。
この本の最後は、少年が村にやってきた貴族に引き取られ、村を去っていくところで終わる。
僕も四日後には去っていくから、そんなところまで同じだ。
そう思っていると、彼女が声をかけてきた。
「パラパラって読んで、大まかな内容はわかったけど、私たちに凄い似てない?まぁ、去るところは違うけど」
彼女のその一言で、僕が彼女に何も伝えてないことを思い出した。
僕の家族のことも、僕の友達のことも、僕のことも、僕の住んでいるところのことも、……僕が、ここに住んでいる人じゃないから、一週間で帰ることも。
他のことは教えなくても、せめて、一週間で帰っちゃうことだけは、伝えなくちゃいけない。
……だけど、彼女の顔を見ていたら、何も言えなくなった。
これを伝えてしまったら、彼女が悲しそうな顔をして、どこかへ消えていってしまうような気がした。
だから、彼女の言葉に、何も返すことができなかった。
「……?どうしたの?」
「……っ……。あっ、あのさ、僕らってさ、あったばかりだから当たり前なんだけど、お互いのこと何もしらないじゃん。名前すらも」
代わりに僕は、“約束”をするための言葉を返した。
僕の言葉に頷きながらも、不思議そうな顔をする彼女に、僕は言った。
「この本の最後で、主人公と少年は、別れる前に、いつかもう一度出会ったときに、今度は少年の方がその時までの思い出を主人公に話すって約束するんだ。……だから、僕らも、僕らだけの約束をしよう?」
「いいけど……どんな約束?」
大事なことを、伝えられない弱虫な僕の、伝えるための約束。
「名前を、教える約束をしよう。互いに名前をしらない僕らの、名前を教えるための約束」
約束をすれば、きっと、伝えられるはずだから。
……それに。
「名前を思い出した君と、ちゃんと知り合いたいんだ」
僕がそういうと彼女は、笑顔を見せた。
「じゃあ、約束しよ!名前の知らない私たちの……名前のない約束!」
「僕と君の、名前のない約束」