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最終話.最期《さいご》

 百体は居たであろうゾンビは全て葬り去った。ただ殴るだけで体を貫通するし、蹴るだけで吹っ飛ぶ。こんな有り得ないほどの力が備わった俺は言わば無敵といえよう。


「もう、皆殺しだ」


 恵が死んだことにより俺は殺人鬼に変わり果てた。自分でも理解はしているが、自分が恐ろしい。ゾンビだけではなく、生身の人間でさえ殺してもいいとさえ思っている。


「もう・・・・・・、どうでもいい」


 呟いてから俺は空腹を満たすため、近くのコンビニを探した。




「ここだな」


 適当に歩くとコンビニは見つかった。今のこの世の中にはコンビニが溢れかえっている。どの方向に進んでも、コンビニは容易に見つかる。便利な世の中である。

 どうやらコンビニの中にはゾンビはいないらしく、幸いなことにおにぎりや弁当は無傷だった。いや、全てが元のままと言っても過言ではない。血の一つもなければ、荒らされた形跡もない。ここは秘境なのか?


「ま、どうでもいいか」


 頷き、おにぎりを手に取る。おにぎりの裏にはどう袋を開けるかの手順が記載されており、順番通り行うと簡単に開けることができる。

 ベリッと手順通り袋を破り、おにぎりを手に持ち食べる。持っていた袋は床に捨てる。どうせ、すぐここだって荒らされるんだ。


「うめえな・・・・・・」


 空腹が満たされていくのを実感し、呟いていた。ホロリと頬を伝う涙は床に落ちる。


「涙もろいな・・・・・・俺って」


 恵を思い出して俺は無意識のうちに泣いていた。

 項垂れる俺に声がかかった。


「あのー、ちょっとどいてください」


 こんな時になんなんだ、と思い舌打ちをしてからそいつを見上げる。


「ふぁっ!?」


 驚いた。驚愕。それ以上に相応しい言葉は見つからなかった。

 

「おっ、これだ」


「いらっしゃいませー」


「私最近ねー」


 突然ワイワイガヤガヤとコンビニ内で騒がしくなる。どうやら俺は軽く意識を失っていたのかもしれない。


「1010円になりますー」


「ありがとー、またくるね」

 

 そんな前までの日常が目の前で繰り広げられる。いつの間にやら店内は人で溢れかえっていた。


「まじか・・・・・・。いや、うそだろ」


 目の前の光景が信じられず、目を閉じて深呼吸をする。終えてから再度目を開ける。


「ま、じ、か」


 目の前にはゾンビたちが居た。なんと店員まで居た。店員ももちろんゾンビだ、客も恐らく俺以外はゾンビなのだろう。そんな信じられない光景に軽く逃避したかったが、現実から目を反らしてはいけないとばあちゃんが言っていた気がするので耐える。


「なぁ・・・・・・」


 目の前に居たゾンビに勇気を振り絞って話しかける。そのゾンビは俺の方をちらと見て返事をする。


「どうしましたか?」


「あんた、ゾンビだよな・・・・・・」


 確認するように言う。途端、店内に居たゾンビはばっと俺の方を一斉に向く。腕のないゾンビや、身体(からだ)全身が焼けただれたゾンビ、顔の原型を留めていないゾンビなどさまざまな者が居た。


「こいつどうする」


「毒回して仲間にしようぜ」


「いっそのことカッターナイフとかで殺さねえか?噛むの飽きたわ」


 実に人間らしい声色で人間らしい発想を発する。いや、人間らしくねえだろ発想。


「いや、その、気のせいだった」


 なぜか会話を成り立たせることができ、思考も持つようになったみたいで、恐ろしい案が次々と出される。屋上から落とそうとか、爪や歯を一本一本抜いてしまおう、なんていうのがひどい案であった。怖い。


「許さない。殺す、決まった」


「まて、まて、待つんだ。早まるな!!」


 俺の言葉は聞きいられることはなく、一斉にゾンビは襲ってきた。またか、それが俺の気持ちだった。


「おらあああああ」


 店内のゾンビは全て殺した。俺の力もあり、噛まれることなどなく楽々殺すことができた。会話ができるようになったのは驚きだ。もしこれで走られたりしてみろ、対処できねえよ。思考まで持つようになったら待ち伏せなんかも考えられる。


「これ無理ゲー・・・・・・だろ」


 言って、血生臭くなったコンビニは出た。食料はリュックに詰められるだけは詰めた。次はどこへ旅に行こう、そう考えていた時、目の前に見知った人物が居た。


「めぐみ・・・・・・」


 遠いので確信は持てないが、見間違えるわけがない。恵、君だな。

 ノソノソと歩いてくる恵は俺に気付いたのか、手を振る。

 はは、何してんだよ。ゾンビのくせして・・・・・・。恵はタッタっとこちらへ駆けてくる。走れるのか・・・・・・。


「ゆ、ゆうとさーん!」


 ゾンビ化しているのは間違いなかった。人間と顔色が全く違ったからだ。でも、恵であることは間違いなく、思考もあるのであれば・・・・・・。


「め、めぐみっ」


「ゆうとさん!」


 笑顔で俺に抱き付いてくる。それに対して俺は何の抵抗もせず、されるがままだった。俺の腰に手を回していた恵は離し、少し後ろへ下がる。

 恵は顔を伏せ、涙交じりに口を開ける。


「ゆうとさん、今の私では、もう・・・・・・叶わないことですが。私、ゆうとさんのことが好きでした、とても。あの日、助けてくれたことすごく嬉しかったです。もしあの時助けられていなかったら、ゾンビになっていました。いや、もう既になっていますが」


 恵は俺の方を向き、続けて言った。


「だから、その・・・・・・、ゆうとさん、今までありがとうございました」


 最高の笑顔で俺にお辞儀をしている。


「めぐみ、その、俺だってお前のことが好きだ。前のめぐみも、今のめぐみも」


 短い言葉ではあるが、それを聞いた恵は嗚咽を洩らしながらへたりこんでいた。


「ゆうとさん、ずるいです」


「ずるいかな、なにがだよ」


「全部です。もう、全てがずるいですよ」


「そっか、ずるいか。そうだな、ずるい」


 お互い笑いあい、静かな空間が作られる。互いに見つめあう。


「ゆうとさん・・・・・・」


「めぐみ・・・・・・」


 名前を呼び合い、顔を近づける。頭が沸騰しそうなほど熱く、ゾンビになった恵の頬も真っ赤に染まっているように見える。むろん、気のせいではあるが。


「ん・・・・・・」


 唇と唇とが重なり合い、いよいよもって爆発寸前。ゾンビになったはずの恵の唇はとても柔らかく、死後硬直などという言葉はみじんも感じられなかった。体温はなかったが、もう夏になるだけあって人間とかわらないくらいであった。

 何秒、何十秒、何分という時間が経ったのかもしれない、数秒のようにも感じられたし、長く感じられた、こんな感覚は初めてだ。


 キスを終え、互いの顔を見つめながら顔を遠ざける。二人で笑いあって、軽くだべったりした。

 でも、そんな時間は長くは続かなかった。


「ゆうとさん、もうお別れです。私は、私たちゾンビは、お腹が空くと見境なく人を襲う傾向があるのです。いま、生存者はこの近くにはいないのです。恐らく、私もゆうとさんを襲うでしょう。ここで、お別れです」


 恵はそう言うと、今日何度目かの涙を浮かべ、手で拭う。


「俺は、恵のことが好きだ。これからも、ずっと好きで居続けるだろう。また、会えるかな。会いにい来るよ」


「・・・・・・はい」


 今までで一番の笑顔を、声を。俺は「またな」、と別れを告げ、後ろを向き、歩き出した。またな、恵。目から出てきた滴を服の裾で拭い、後ろを振り返ることなどせず確実に、確実に一歩ずつ恵から離れていった。


「グガアアアォォォ」


 突如聞こえた奇声に反応できず振り向いた時には、恵が涙を流しながら俺の首を噛んでいた。みるみる内に毒がまわり、俺は倒れていった。


「ごめんなさい・・・・・・」


 そんな言葉が微かに聞こえた俺は「ふっ」と鼻で笑った。脳でブツっという鈍い音がしてからは意識が戻ることはなかった。


 

 最愛の女、恵によって俺は死んだようだ。

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