RED_FICTION_GIRL
戦闘描写の練習用作品です。
とにかく厨二っぽさを前面に出してみました。
今一人の幼い少女が森の中の道なき道をひた走っていた。木々は深く生い茂り、ほとんどの日差しを遮っていてとても見通すことなどできはしない。
そんな森の中をまるで平地でも走っているかのごとく一切の速度を落とさずに駆け、短いスカートの端から覗くしなやかな脚は猫科の野生動物を彷彿とさせた。
少女は赤いケープに付いたフードを深くかぶりその素顔を伺うことはできない。
(急がなくては)
少女はさらに速度を上げる。それはもはや常人の動きではなかった。少女の筋肉、骨格からは物理的に不可能な駆動である。それでも少女は駆けるのをやめない。
その少女は赤ずきんと言う。
もちろん本名ではない。
少女にもかつては人間らしい名があったがすでに忘却の彼方へと追いやられ、思い出すことはない。この赤ずきんという名も施設に入れられたときに配備されたこの防具にちなんで付けられたコードネームに過ぎない。
その施設で赤ずきんは非人道的な処置を施され現在見せているような超人的能力を与えられた。
それでも今回赤ずきんに与えられたミッションは非常に困難なものだった。
異界化した森の核を破壊し物理領域に修正しなければならないのだ。
本来一個小隊をもって当たるべきミッションだが、ここにいるのは赤ずきんただ一人。とても正気とは思えなかった。
(それでもやらなければ被害が出る)
無言のままに赤ずきんは駆ける。行く手を阻む木々を逆に利用し、立体的な機動で駆け抜けることで飛躍的な時間の短縮を可能としていた。これも超人的な肉体があってこそのものだが、この肉体を手に入れた経緯を踏まえればこれ以上ない皮肉であった。
少女は故郷を異界化によって失っていた。それにより少女自身の命も失われるところであったが、その異界を修正に来た兵によって施設に連れられ、処置を施されたのだ。この処置に耐えうるのは異界化をその身に受けながら奇蹟的に生き延びた人間のみであったからだ。
つまり異界化によって被害を受けたらばこそ、異界化を食い止める力を得ることができたということだ。
だから少女は戦うことを決意した。たとえ非人道的な処置であったとしても故郷を、家族を奪った異界化を止めるためであれば受け入れ利用し尽くしてやる。
そう決めたのだ。
異界化した領域には、物理領域では観測のできないエネルギーとして以前から知られていた無力と呼ばれるエネルギーで満ちている。この無力によって異界では物理領域にない現象が起こりうるのだ。
そうたとえば今赤ずきんの目の前で起きたような。
「ッフ!」
全力で後ろへ飛び退る。
赤ずきんが次に踏み出そうとしていた地面、そこが不意に動いたのだ。いや、地面と言っては語弊がある。動いたのは花だ。突如として一輪の花が蠢きだした。
赤ずきんは懐から黒い短剣を取り出し身構える。それはいわゆるリングダガーと呼ばれるもので、その名の通り柄頭がリング状になっている。さらに光を反射しないように特殊な塗料で刀身までもが黒く塗られていた。
花は近くにあった木を取り込み巨大化していく。最終的に二メートルほどの大きさになった。
「魔獣ッ」
それは異界の中にのみ存在する化け物。魔の術理を解し、知恵ありし人外の化生。無力を源とし非物理的現象を操る。
赤ずきんが変化の最中に攻撃しなかったのには理由がある。魔獣の多くはそれまで物理領域にあった物が無力を操作することにより変化する。その際多量の無力が魔獣の周囲に渦巻き、通常人間では手が出せないのだ。
態々通常と前置くからにはそれを防ぐ手段もあるのだが、赤ずきんには不可能なので今は置いておくとしよう。
赤ずきんは花の魔獣が変化し終えるのを確認すると黒の短剣を片手に一息に距離を詰めた。
そうはさせぬとばかりに花の魔獣は鋭いとげの付いた蔓を鞭のようにしならせ振るう。
赤ずきんはその名の由来ともなった赤いケープに無力を注ぐ。
これこそが異界化した世界に適応した人間のみが扱える力――
異界の中のみの限定的な力ではあるが、無力を操ることができる――――魔獣のごとく。
「MODE:Gauntlet - active」
少女の囁くような声に従い、ケープが仄かに血色に煌めく。すると短剣を持っている右手とは逆の左手にずきんと同色のガントレットが生じる。半透明のそれからは結晶のごとき美しさと儚さがあり、とても防具として実用的とは思えない。
しかし――
ッキィィィィン……
まるで金属同士がぶつかりあったかのような甲高い音と共にガントレットは赤ずきんを蔓から守る。無力により生まれたこの防具は見た目からは計り知れない性能を有しているのだ。
だが魔獣もこれで終わらない。鞭のようにしなった蔓は弾かれて尚ガントレットに巻きつく。
魔獣はそのまま自らの元へ引きずり込もうとするが、赤ずきんにはまだ右手の短剣が残っている。これも無力を注げるように加工されているものだ。
能力は単純。ただひたすらによく斬れる。
黒い短剣に無力を注ぐ。これはずきんのように煌めいたりはせず、一見すると何も変化が無いようにも、見えるが――
黒き短剣はまるで熱したナイフでバターを斬るかのようにあっさりと蔓を断ち切った。
元は植物であったのにも関わらず、魔獣は痛みにのた打ち回るかのようにいくつもの蔓を振り回し悶える。
「シッ」
その乱れる蔓の間を、それこそ針の穴を通すかのような正確さで黒い短剣が投擲される。
短剣は見事に花弁の中心、めしべの柱頭にあたるであろう場所に突き刺さった。
それを確認し赤ずきんは右手を後ろに振り払う。
すると逆再生のごとく短剣が赤ずきんの右手に収まった。リング部分に見えないほど細く、しかし強靭な糸が結ばれているのだ。
油断なく構えていた赤ずきんだったが、やがて地に伏した魔獣は蔓の端から白と黒の砂塵となって崩れていった。
これが魔獣の最期である。そして赤ずきんたち異界化に飲み込まれた人間の最期でもある。
この二つの共通点が意味することとは……
そして辿り着く。異界内に充満する無力の発生源。
木々が途切れ空が覗く小さな空間。
不気味に赤く輝く空に照らせれ一軒の民家が建っていた。
それはごく普通の民家であった。
それはこの異界の中においては異常であった。
どこか既視感を与えるその家に慎重に近づく赤ずきん。
中の気配を探るが物音一つしない。
黒い短剣を構えドアを蹴破ると同時に一気に転がり込む。
すぐさま室内を見回すが――
「あらあら。そんなに慌ててどうしたんだい、あーちゃん?」
そこにいたのは一人の老婆であった。
「お、おばあちゃん……?」
それも赤ずきんの祖母である。異界の中で普通の人間が無事でいられるはずはないというのに。
しかし赤ずきんは攻撃できないでいた。
もしもここにいたのが両親や姉妹であったら迷わずに攻撃していただろう。それは何も両親たちと不仲だったとかそういったことではない。
祖母だけは離れたところで暮らしていたのでその後の生死を知らないからだ。
小さいころに何度か行ったことがあるだけの父の実家はどこにあるかも定かではなく、今回の異界化に偶然祖母が巻き込まれたかもしれないのだ。
もちろんそんな偶然がそうそうある訳ないことはわかっている。
それでも思わず手が出せなくなってしまったのは赤ずきんの人間性が残っている証拠でもある。
普段復讐のことだけを考え、おおよそこの年頃の少女とかけ離れているためそのこと自体は喜ばしいことなのだが……
「あーちゃんそんなものは危ないからおいておきなさい」
「あ、あぅ……」
カランッ
赤ずきんの手から漆黒の短剣が落ちる。
「おいで。あーちゃんの好きな野菜たっぷりの特製スープを温めてあげるよ」
一歩ずつ赤ずきんが老婆に近づいて行く。その瞳からは知性の輝きが消え、どこか焦点の合っていない視線がさまよう。
また一歩近づく。老婆の口がゆっくりと裂けていく。少女は何の反応も示さない。
二人の距離が残り二歩に。曲がっていた老婆の背中が伸ばされ少女よりも高くなる。少女は何の反応も示さない。
少女は老婆のもとに辿り着く。異様に爪の伸びた手が少女の肩に触れる。少女は何の反応も――
「MODE:Auto Reinforce - active」
もはや意識のなかった少女の口からケープの起動を命じる言葉が発せられる。
意識のないはずの少女から無力が注がれ、ケープが血色に煌めき少女の全身を覆う。
光が全身に行き渡ると同時に少女の瞳に力が宿る。
赤ずきんの意識は完全に目覚めた。
「バカな! 完全に幻術にかかっていたはずだっ!」
老婆の焦ったような声。いや、もはやそこにいたのは老婆などではなくなっていた。
一匹の人狼、鋭い牙と爪、見上げるような巨躯を誇る魔獣である。
「私は無意識の状態で無力を持つ者に触れられると自動で強化用防具を発動するように体をいじくられている」
淡々とそう言いながら糸を手繰り短剣を回収する。
「これだから人間共はどこまでもおぞましい……」
慄きながらも全身の筋肉を膨らませ戦闘態勢に入る人狼。自身の幻術が破られたとしても、真なる力はその強靭な肉体である。人間の汚さに慄こうが目の前の少女に負ける気はしない。
赤ずきんは無力を注いだ短剣を下段に構え極限まで体勢を低くしながら突進した。
狭い室内、瞬きする間もないほどの速度で二人は衝突する。
「くっ」
人狼は赤ずきんの刺突を避けることなく、ただその腕で少女のたおやかな細腕を掴み止めていた。
何とか振りどこうともがく赤ずきん。しかし、同じ無力を使い強化している者同士では肉体の性能差がダイレクトに響く。
人狼は赤ずきんを片手で釣り上げ軽く放る。それだけで赤ずきんは石の壁を突き破り外へと投げ出された。
「ぃ……ぁがっ……」
坂道を下るようにゴロゴロと転がり続けるのを短剣を地面に突き刺すことでかろうじて止める。地面には二メートル近い引っ掻き傷ができた。
もはや赤ずきんの全身はボロボロであった。掴まれていた右腕の骨は砕け、各関節部にも無数のひびが入っていしまっている。
それでもよろよろと立ちあがりその瞳に力を失わない。
最初からこの任務が無謀であることなど解っていたのだ。
たとえこの身が果てようとも必ず敵を打ち倒す。
だらりと垂れさがった右手にはもはや力は入らない。左手に持った短剣を構え、人狼を待ち構える。
身体能力では敵わない。ヒットアンドアウェイをするだけの機動力も失われた。
であれば残るはカウンターくらいしかとれる手段は残っていない。
こうしている今も異界は拡大を続けているのだ。
これ以上被害を拡げないためにも一時撤退などはできない。
「気持ち悪い害獣めっ、さっさと散れ!!」
そう叫びながら人狼が家を飛び出してくる。それは無力で強化された赤ずきんの動体視力でもっても捕らえることが困難な速さである。
人狼の核があるであろう心臓部に短剣を突き刺すべく体をわずかによじりながら短剣の位置を合わせる。しかし――
吹き出す鮮血。
「っ……くぅ――」
声にならない叫び。
短剣は直撃する直前にかざされた人狼の左腕に突き刺さり、赤ずきんの左腕は人狼によって斬り飛ばされ宙を舞う。
完全に勝負は決した。
人狼の凶悪な咢が赤ずきんの残りわずかな生命に終焉を与えようと首元に近づく……
ズダーーンッ……
森に囲まれた空間に響いたのは一発の銃声であった。
「な……」
どさりと倒れる人狼。
そして一瞬ののちモノクロの砂塵となって消えていく。
痛みに意識が飛びそうになっている赤ずきんも状況について行けずに混乱する。
「ふいぃー。何とか任務達成やな」
そんな似非関西弁とともに現れたのは若い青年だった。
金髪に染められた短髪にどこか機械めいた機構のモノクル。肩に猟銃をかついだその青年のことを赤ずきんは知っていた。
「狩人っ……何でここに……」
息も絶え絶えに問いただす。この任務は自分一人に与えられたもののはずだった。
「あーその傷はシャレにならんから大人しくしとき」
頭を掻きながら近付いてくる。
「どこから話したもんかな……」
狩人から治療を受けながら聞いた話はこうだった。
異界化した地域があったがそこに派遣できる人数が二人しかいなかったこと。
それが赤ずきんと狩人であったがまずは偵察、狙撃の得意な狩人が先行して調査に来たこと。
その結果核である魔獣は家の中にいて様子がうかがえず、狙撃は困難であったこと。
単純に二人で組んで行っても魔獣の強さによっては敵わない可能性が高かったこと。
なので組織上層部は赤ずきんを捨て駒にして魔獣をおびき出し、狩人に遠距離狙撃を命じたことなどであった。
「アンタそんなこと言ってよかったの?」
応急処置を終え狩人に背負われながらの発言である。
「えー、だって知っときたいやん? こんなちっこい子を捨て駒にするとかどんだけ鬼畜なんやっちゅう話や」
「あそこは最初からそんな組織でしょう」
「なんや赤ずきん、えらい冷めた物言いやな」
赤ずきんのまるで自分の身などどうでもいいかのような態度に顔を歪ませる。
「組織を抜けたいとか思わんのか?」
「私は異界をすべて無くしたい。そのためには組織にいないといけない」
「捨て駒にされてもか?」
「もともと復讐しか考えていない身だもの。有効に使ってくれるのなら望むところよ」
あくまで赤ずきんは淡々と答える。
「そうか……一緒に逃げへんか聞こうと思ったんやけど……」
「愚問ね」
即答である。
だが狩人はそれで逆に決意した。
(こんな悲しいことしか言われへん子を放っておくのはポリシーに反するわ)
「すまんな」
「え?」
突然背の赤ずきんを降ろし首を絞めて一気に意識を奪う。
大量の出血をした直後の少女の意識を落とすことくらいたやすいことであった。
狩人は少女を抱え徐々に物理領域へと戻りゆく森の中を走る。
その日一つの異界が物理領域に修正され、しかしそれを行ったはずの組織の構成員二人が行方不明となった。
読んでいただきありがとうございました。
セリフ、効果音、地の文のバランスが難しいですね…
もっと練習しないと戦闘描写はむずかしいです。