心躍るパンケーキ
「ご、ごめんなさい。迷惑をおかけしました。」
ミリアは宿屋の椅子に座り、目の前の男……バズへ頭を下げて謝罪した。
彼女の表情は俯いていて彼にはわからない。
けれど、声音からして申し訳なく思っているのは理解できていた。
だからなのか、バズは大きな溜息をついたのだった。
彼のそんな様子から、ミリアはびくりと肩を震わせ恐縮する。
「やっぱり怒っていますか?」
「いや、そうじゃねぇ。どんくさいと思ってただけさ、ははっ!」
そういって爽快に笑い飛ばすが、再びまた大きな溜息をひとつ。
バズはミリアの足へと視線を移した。
その先には白い包帯が巻かれている。そう、彼女は数時間前に怪我をしていた。
そんなバズの心中とは裏腹に、彼女はテーブル上の皿へ手を伸ばす。
やわらかいパンケーキを口に運びながら、ミリアは食べることに集中しているようだった。バズはまた、何度目かの溜息を漏らす。
そして、小一時間前の彼女のことを思い出していた。
『あの……ねぇ、バズさま。
禁忌の森は危険な場所です。準備を怠らないようにしましょうね。』
『へぇ、巫女さんにしちゃ張り切ってるじゃねぇか。』
『そ、そんなことはないですけど……。』
『まっ、旅の準備はしっかりしねぇと駄目だよな。』
バズと一緒に旅をすることになったミリアは、ちいさな村を見つけるとそう口にした。
彼もそれは正しいと思い、無邪気な彼女の頭をポンッと撫でて同意する。
小さな頃から巫女として育てられてきたミリア。
彼女は村や街に行く機会が少ない。それ故に、旅に出た理由が何であれ嬉しいのだ。
村へ近付くにつれて彼女の足取りは軽やかに、足早になってバズから遠ざかっていく。
距離が離れるミリアとバズ。
バズは楽しそうに進む彼女を微笑ましく見ていたが、急に小さな悲鳴と共に彼女の姿が消えていた。
目を見開き、急いで彼女が居た場所まで走るバズ。
『ミ、ミリア……!』
『いったたたぁ……わたくしは大丈夫ですよ。』
バズが慌てて近づくと、そこには腰を擦りながらにこりと笑うミリア。
彼女は足を滑らせ崖から落っこちていた。
ミリアの無事な姿に安堵するバズ。だが、彼女は立ち上がろうとはしなかった。
バズは手を伸ばしながら問いかけた。
『どこか怪我でもしたのか?』
『え、ええ……足を捻ってしまったみたいです。』
ミリアは途切れ途切れに頷き答えるが彼女の視線は泳ぎ、バズを直視出来ないまま地面を見つめる。
そんな姿に大きな溜息をひとつ漏らして「手を」と、彼女の手が捕まえてくれるのをを待った。
ミリアは申し訳なさそうにその手を取るとバズは引き上げたのだった。
「……さま、バズさま?」
いきさつを思い出していたバズは、ミリアの呼びかけに我に返るとまたひとつ溜息を。
何度も何度も溜息を漏らしてしまうバズ、そんな彼の行動にミリアは頬を膨らませていた。
そんな彼女の口元にはパン屑がついており、バズは思わず顔を背けると一言呟く。
「やっぱり怒っているのではないですか。」
「ち、ちげぇよ……。」
ごきげん斜めになっているミリアを見て頬を掻く。
その行動は逆効果だったのかミリアは更に不服そうな表情をしていた。
そんなミリアの機嫌を取るにはどうしたものかと、バズは困っていた。
だがそんな彼をよそに、ミリアは真剣な表情でバズを見据えた。
「バズさま、大切なお話があります。」
彼女の真剣さにバズは息を飲む。
ミリアは一度双眸を伏せる。そして開くと意を決し、続ける。
「禁忌の森……おそらく行きは簡単でしょう。
ですが、帰りは気を付けてくださいね。決して惑わされないように気を付けてください。」
そう彼女は言った。
バズは頷く事しか出来なかった。それでもミリアは満足そうにうなずく。
「今日はご迷惑をおかけしました。もう遅いので休みましょう。お休みなさいませ。」
頭を下てから再び元の位置へ戻すミリア。
彼女は笑顔を浮かべていた。
「ああ、おやすみミリア。パン屑ついてるぜ。」
バズはそれだけ告げると彼女の口元についたパン屑を取って食べた。
部屋から出た彼は、真っ赤になった彼女の顔を思い出して豪快に笑う。
そして、自分の借りた部屋へと向かったのだった。