少女の涙
少女は涙を流し、雫が地面へ落ちる。
手に握られたアズライト石のブローチ。
これは彼女にとって大切なものだった。
涙は止めどなく溢れていく、少女の心も砕けていく。
空は黒い霧で包まれ、そして世界のすべてを覆い尽くした。
少女の願いに応え、やがて滅びていく世界。
その時、一人の魔法使いが一筋の光を飛ばした。
少女は白い霧に包まれ、音もなく消えていった。
『おにいちゃん……わたし……。
ごめんね。』
頬に涙を伝い、微笑み謝る少女。
そんな少女の手を握る青年。
青年は背後を振り返る。そして、口を開いた。
この白い空間を生み出した、主に向けて。
『おれに……、力を貸してくれ。』
「ねぇ、お兄ちゃん。
どこまで行けばいいの?」
「わからない……おれにも、わからない……。
だけど逃げないと! 前を見て走るんだ!」
兄と妹は、長い長い螺旋階段を駆け上がる。真っ白い世界にある、螺旋階段。
下を見ても、底が見えない。上を見ても、ずっと階段と白い壁。
こんなに長く走ったことのない妹は疲れ、足を止めた。
そんな妹の手を握って兄は必死に走らせる。
「立ち止まっちゃダメだ!」
「でも、わたし……何から逃げてるかわからないよ……。」
引きずられるように走る妹は困惑した表情で後ろへ振り返った。
何も追ってきてはいない。真っ白な階段が続いているように見えた。
妹は兄の背中を見ると、その背中は汗でいっぱいだった。
兄が必死に走っている、何かから焦っていることが伺えた。
だから、妹は前を見続ける兄に黙って、ずっとずっとついて行った。
何十分、何時間経ったか分からないが兄妹は走り続けていた。
妹は肩で息をし、足が思うように上がらずに何度か転びそうになる。
もう限界だった。
そんな妹を兄は支え、一段一段、階段をのぼる。
二人の手は、ずっと繋がれていた。
だが、疲れてしまった妹はその手を力強く振りほどき、立ち止まった。
兄は、再び手を取ろうと妹へ伸ばした。
妹は咄嗟に手を引っ込めて、か細い声で口を開いた。
「わたし、いやだよ。
ずっとずっと階段をのぼって、気がおかしくなりそう……。」
「気持ちはわかるよ。でものぼらないと……。」
その言葉に妹は泣きじゃくって首を左右に振った。
そんな妹をたしなめようとして、頭を撫でて兄は妹の手を握った。
だが、振り向いたかと思うと急いで走りはじめた。
「よし、行こう……!」
何から逃げているか分からない妹は、兄の手を力強く振り払った。
その反動で妹は螺旋階段から足を滑らせ、中心の闇へと落ちて行った。
「きゃあーっ!」
「――――ッ、セラ!!」
妹の悲鳴、そして手を伸ばしたが空しく届かなかった兄の叫び声。
二人の声が同時に白い空間に響き渡った。
兄は一人残され佇み、静まり返った虚空を見つめる。
そんな兄の隣に風が吹くと、もくもくと煙が集まり魔法使いが姿を現した。
「落ちてしもうたか。
やはり、運命はかわりはせぬ……。」
「かえてみせるさ。」
「信用できぬ。」
「おれは、絶対に……。
アイツを、必ず助ける……!!
絶対に助けるんだ!」
魔法使いは妹の落ちた先を見ると、悲しげな表情を浮かべる。
それとは対照的に、兄は決意に満ちた瞳で魔法使いを見つめた。
「わらわは何が幸せで、何が不幸かわからぬ。
そなたのことも、わらわのことも。」
魔法使いは兄から顔を背けると、涙で頬を濡らす。
そんな魔法使いにそっと腕を回し、兄は優しく抱きしめた。
「ごめんな。
おれ、妹のことしか頭になくて……。
キミも必ず救うよ、ラピス。」
魔法使いもその言葉に小さく頷き、抱きしめ返した。そして、地面が揺れた。
白い空間には大きな割れる音が響き、辺り一面ヒビが入っていく。
「この音は?」
「もうすぐわらわの力はなくなってしまうのじゃ。
お願い……たすけて。」
「ああ、キミを助ける。
この記憶を失おうとも……必ず。
おれがキミを守るよ。だから、」
兄は魔法使いの頭をぽんっと撫でて離れると、足元に亀裂が入りそのまま下へ落っこちた。
魔法使いは咄嗟に手を出すが届くわけなかった。
「終わりない日々を、また繰り返すのか。
今度はあの子が守ってくれる……新しい世界で。
その時まで、おやすみなのじゃ。」
行き場の失った両手を握ると祈るように呟き、魔法使いも姿を消した。
白い空間は崩れ落ちていく、辺りは一面黒い闇に変わっていく。
黒い闇は何処までも続いていき、あっという間に闇となった。
その中に、一筋の淡い光が生まれる。
光はたくさん集まり、溢れだしていく。
やがて、たくさんのラピスラズリの宝石が闇を埋め尽くしていく。
ラピスラズリは言葉を語るようにモノを映し出す。
映し出されたのは、たくさんの星。
たくさんの星に宿るのは、精霊たち。
精霊は星に生命を吹き込み、やがて、たくさんの種族が生まれていく。
そこに再び、みんなの日常が始まる。
ラピスラズリは、なおも語るように映し出す。
『おれがキミを守るよ。』
そこに映る青年と女性は、小指を絡め約束を交わしていた。
女性の頭を撫でた青年の顔は、笑顔だった。
ラピスラズリは様々なモノを映し、音を立てて砕け散る。
あざやかに砕け散った宝石のカケラたちは、もう何も語らなかった。