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03

 小山かと見紛うほどの巨大な建造物、ゲート。この転移設備を利用する事で、地上からの物資の供給、他の空中都市との往来が出来るようになっている。

 昼間はひっきりなしに人や物資に溢れているのだが、夜間はゲートが閉鎖されるため、周囲に人の気配は無い。


「ああ、良いねぇ……これなら余計な邪魔が入らない。最高の戦場じゃないか……」


 一見ゲートは閉鎖されているが、それはあくまで地上階層――――一般向けのゲートに限る。特権階級用の地下階層のゲートは常に利用できるのだ。そしてフルカはミネルヴァの名家イグニスレオの代理人。条件は十分に満たしている。


 下り坂のような入口を通りミネルヴァに繋がるゲートへと歩を進める。コツコツと靴音が薄暗い廊下に響き渡るが、幅の広い通路に人の気配は無い。

 悠々とした足取りのフルカが辿り着いた大きな部屋。広大なスペースの中心に淡い光を放つ魔法陣が設置されている。そして、その魔法陣の傍に立つ二つの影。


 思い描いていた展開が叶い、フルカが口元を吊りあげる。


「足止めのホムンクルスを差し向けてくれたおかげで準備運動の手間が省けたよ。不意討ちなり罠を仕掛けるなりしてくれて良かったんだが……特に何も仕掛けていないようだ。さて、どういうつもりかな? すまないが、話し合いに応じる事は出来ないよ」

「よく言う……未来を読める相手にそんなものが通じるか。マルスの戦道士、それも最上位の『魔人』となれば、小細工が通じない事ぐらい承知している。当然、交渉が通じない事もな」

「ク、クク……それじゃあどうする? まさかこのホムンクルスのお見送りという訳でもないんだろう? なあ、どうするんだ? ウォルンタース殿?」


 笑いをこらえ切れないといった様子でフルカが近付いて来る。


(怖い……! 歩いてくるだけなのに、怖くてたまらない……でも、逃げる訳にはいかない……そんな事はできない!)


 一歩間合いが狭まるごとに圧迫感がケタ違いに跳ね上がっていく。伊織は逃げ出したくなる心を無理やり押しとどめた。


「ところで、一つ聞きたい事があるんだが」

「ほう? 何でも聞いてくれて構わないよ。冥土の土産というやつだ、遠慮する事はない」

「なに、大した事じゃない。ちょっとした疑問というやつだ」

「へえ、どんな疑問だろう。俺に答えられる質問なら良いのだけど」


 ウォルターとフルカは穏やかに会話を交わしている。互いの距離まで十歩を切ろうかという距離までフルカが近付いて――――


「マルスの戦道士とは、『人質』を取らなければ満足に戦えない臆病者を指すのか? いや、彼らは勇敢な戦士と聞いていたから少々不思議に思ってね」


 ――――フルカの足がぴたりと止まった。


「敵を倒さずに戦利品だけを持ち去るなど、それは戦士ではなく盗賊のやり口じゃないか? ――――と、思ったんだが、実際の所はどうなんだろう? 君の意見を聞かせてもらえないかな、マルス=フルカ=ニヒルネブラ殿」

「……………………」


 押し黙ったまま小さく息を吐くと、フルカはにこりと微笑みを浮かべた。


「『荷物』を抱えたまま戦うなど、貴方に対する侮辱だな。いや、これは迂闊だった。非礼を詫びさせて頂きたい。――ああ、ちょうど荷物持ちもいるようだし、預かってもらえるだろうか」

「…………構わんよ。イオリ、受け取ってやれ」

(メモリアを『物』扱い……! ウォルターさん、メチャクチャ怒ってる……!)

「屋敷で見たホムンクルスか。俺としては三対一でも構わないんだが――――……ん?」

「え、あの……?」


 肩に担いだメモリアを降ろそうとした所で、フルカが訝しむように伊織を見据えた。


「いや、何か引っ掛かる気がしたが……思い出せないなら大した事じゃないか……ほら、しっかり受け取れ。落とすなよ」


 渡されたメモリアを抱きかかえ、伊織は二人の戦いに巻き込まれないように距離を取る。


「メモリア! メモリア! 大丈夫!? しっかりして!」


 声をかけてもメモリアに反応は無い。呼吸は安定しているが、まだ意識は戻らないようだ。


「……あいつに何をした」

「別に珍しい事はしてないさ。騒がれると面倒だったので腹を殴っただけだ。死なない程度には加減もしたし、すぐに目を覚ますんじゃないか?」

「そうか」

「ああ、そうさ」


 一瞬の沈黙。その直後、ウォルターが瞳孔の開いた瞳で目を見開いた。

 空気中に大量の氷柱が刹那の速さで形成される。氷柱の群れはフルカを串刺しにせんと襲いかかった。


「ハハハハハッ! それじゃあ始めようか、ウォルンタース!」


 高速の拳打が自らに迫る氷柱だけを狙い澄まして叩き落とす。


「……ここから生きて帰れると思うなよ。お前は、五分刻みにして空にバラ撒く!」

「素晴らしいぞ、その殺気! 心地が良い、肌が粟立つ!」


 一足で間合いを詰めたフルカの蹴りがウォルターに叩き込まれた。

 攻撃に反応し、自動的に防御陣が展開される。が――――


「ちぃっ……!」


 ホムンクルスの攻撃すら防ぐ防御陣を容易く打ち破られた。頭部に迫る蹴りを腕で受け止め、反撃の術式を展開する。瞬時に硬化術を発動したが、腕はギシギシと軋み痺れが走っている。


(未来を読める戦道士に『点』の攻撃は通用しない……ならば――――!)

「吹き飛べ!」


 凄まじい突風が吹き荒れ、フルカを宙に吹き上げた。


「この程度の衝撃! まさかこんなもので――――」


 軽々と宙返りを決めたフルカだったが、その表情が固まった。

 眼前に浮かぶ巨大な氷塊。自分を押し潰すためではない。そんな甘い話ではない。ウォルターが更に追加の術式を展開すると、氷塊の内部に真紅の超高熱の球体が出現――――


 ――――ドゴォォォォォォン!


「うわぁぁぁぁ!」


 水蒸気爆発から守るため伊織がメモリアに覆いかぶさる。急いで部屋の外に出ようとしていたのだが、動きの鈍いこの身体では部屋の半分も移動できなかった。


 ウォルターが風を操る事で衝撃波の大半や氷の破片は流れを逸らされていたが、それでも暴風が室内を荒れ狂いまともに動く事が出来ない。


(ウォルターさんが言ってた通り、この部屋はすごく頑丈なんだ……建物が倒壊する心配はなさそうだけど、やっぱり巻き込まれたらひとたまりもない!)

「水蒸気爆発か……! 良いぞ! イグニスレオの小娘とは比較にならない威力だ! やはりお前は素晴らしい! 俺の好敵手足り得る存在だ!」


 爆発をまともにくらい、その余波で超硬度の壁面に叩き付けられたというのにフルカはまるで堪えていなかった。シャツが破れてはいるが、肉体には何の損傷も見当たらない、


(恐らく……こいつの未来予測の精度は一秒前後……破格の能力だが、やりようはある!)


 壁面に追い込まれたフルカに黒曜石の飛礫つぶてが襲い掛かる。


「水、風、火、そして土! 流石だな、四元を手足の如く使いこなすか!」


 喜々として、拳で黒曜石の弾丸を打ち砕く――――


(かかった……!)


 ――――ドドドドドォォォォン!


「か、はッ……!?」


 黒曜石を砕いた瞬間それは爆発し、周囲の弾丸も巻き込み連鎖爆発を引き起こした。


(黒色火薬を黒曜石でコーティングしていたんだよ……ダメージは大した事ないだろうが、黒煙で視界を奪えた……そして、既に()も整った。貴様の負けだ! マルスの戦道士!)


 フルカの使う未来予測は、因果を読み取る事で未来を予見する天道術。その扱いは困難を極め、使えたとしても常人に予測できるのはせいぜいゼロコンマ一秒にも満たない。にもかかわらず、約一秒先の未来を予測できるフルカは規格外の術者と言える。


 しかし、未来予測も万能ではない。

 欠点として二つ、一つはその時点での因果を読み取るため、未来を予見した自分の行動によって実際の未来が変わる可能性がある事。弾丸の軌道は予測できたが、その内部が火薬である事はわからなかった。故にフルカは手を出し、連鎖爆発を引き起こしてしまった。


 そしてもう一つ。未来を『予見』するという性質のため、見えない場所の未来は予測できないのだ。火薬の黒煙に包まれた現状、予測できるのは自分の周囲の限られた範囲に過ぎない。


 黒煙が晴れるまで、うかつに動けば攻撃が直撃する可能性がある。なので、今は下手に動かず守りを固めるのが上策――――


「とでも思ったかァ!?」


 その場で打ち抜いた拳が音の壁を突破した。音速を超えた拳圧により黒煙が吹き飛ばされる。切り裂かれた黒煙の先にウォルターの姿を見付け、フルカが一気にその間合いを詰めた。


「終わりだ、ウォルンタース!」

「――――終わるのはお前だ」


 拳に交差するように、不意に雷鳴のような轟音と閃光が迸った。


「――――グ、ガッ……!? 何を、した!? 答えろ、ウォルンタァァァァァス!」


 自らの攻撃に合わされた事で未来予測をしくじった。戦闘経験による直感で咄嗟に身をかわしたが、右腕が肩口から消し飛ばされている。


(ウォルターさんの周囲に浮かでいるのは……まさか……冗談だろ!?)


 メモリアを庇っていた伊織が、ウォルターの周囲に浮かぶバスケットボールほどの球体と、それによるさっきの攻撃の正体を推測し驚愕していた。


 浮かぶ球体の中心からは紫電のような光が迸っている。伊織もあくまで知識として知ってはいたが、実際に目にする事はないと思っていた。雷光を凝縮したような、超高密度のエネルギー体、いわゆる『プラズマ』だ。


「それはもしや……火の根源、なのか!? 第四の物質の形態……理論上の存在を、まさか!」


 固体、液体、気体、そしてプラズマ。それぞれ地、水、風、火に対応する根源的形態と考えられている。他の三態は再現が容易だが、プラズマだけは違う。自然界では落雷やオーロラといった現象で観測されるが、それを人の手で再現するのは不可能と言われていた。


「クク、ク、ハハハハハッ! イグニスレオがお前にこだわるわけだ! イグニスを差し置いて火の頂点を極められたのでは立つ瀬が無いと! そういう事だったのか!」

(多分、さっきの光……あれはプラズマが内包する高密度のエネルギーをレーザーのように指向性を持たせて解放したんだ……周囲の水蒸気に風で通り道を作って……必要以上のエネルギーは水蒸気に吸収される……今までの展開は、全部このために……!)


 さっきの水蒸気爆発もこれを見据えての布石だったのだ。一発のプラズマカノンでフルカは右腕を失った。ウォルターの周囲に浮かぶプラズマ。その残弾は四。


 ――――もはや勝負は決した。伊織はそう考えた。


「フフ、ククク……カウンターで合わせれば俺に回避する術はない……かといって何もしなければ出血により命を失う。よってチェックメイトである……そう思ってそうだな」

「……違うとでも?」

「ああ、違うな……大間違いだ!」


 フルカの失われた右腕。そこに虚空から白骨が浮かび上がり、それにまとわりつくように筋繊維や血管が再生していく。


「復元するか……だが、お前に打てる手は残されていない!」


 再びプラズマ砲が放たれるが、今度は未来予測により回避された。


「たいした攻撃だ……この俺の動体視力ですら見切る事が出来ない。未来予測がなければ回避すら不可能だろうな!」

「予測できても回避できない状況に追い込めば良いだけだ……言ったよな、貴様は殺すと!」

「ハハハハハッ! ならば、これでどうだ!?」


 突然フルカが哄笑し、あさっての方向へ拳を打ち抜いた。


「何処を狙って――――!?」

「え……?」


 不意に足を払われたような感触に襲われ、伊織が転倒した。メモリアを抱え、後もう少しで出口という所まで来ていた。


「う、ううん……イオリ、くん……?」

「メモリア! 良かった、意識が戻ったんだね。ごめん、今のは足が滑って――――?」


 そう言って足元に目をやるが、そこで言葉を失い凍りつく。


「イオリくん、足が……!」


 人間で言えば膝から下。その部分が無くなっている。そして、周囲には伊織の身体と思しき白いゼリーのような何かが散らばって――――


「う、うわぁぁぁぁァァァ!」

「イオリ! メモリア!」

「ハハハハハハハ! 続けて行くぞ! どうする、ウォルンタース!」

「――ッ! 離れて、メモリア!」


 伊織がメモリアを突き飛ばした瞬間、今度は腰から下が吹き飛ばされた。


「貴ッ様……! 貴様ァァ!!」


 プラズマ砲を射出するが、未来を読み回避に専念するフルカを捉える事は出来ない。


「おいおい、こっちに構ってて良いのか! ほら、続けて行くぞ!」


 フルカが拳を引き絞った瞬間、ウォルターがフルカとイオリ達の間に割って入った。


「クハハハハッ! まさか本当に盾になるとは思わなかったぞ!」

「お、おお……おおおおおあああアア!!」


 プラズマに使っていた力を解除し、全ての力を防御陣と身体硬化に注ぎ込む。しかしフルカの攻撃力はウォルターの防御力を優に上回っていた。破壊された防御陣が砕け散り、どうにか踏みとどまるウォルターの足元から土埃が上がる。


「どうやら『魔人』の遠当てを甘く見ていたようだな。そこらの戦道士の射程は数メートルだが、俺の遠当ての射程は視界の全てだ。隙が多いので滅多に使わんが」


 『遠当て』。それは離れた場所に衝撃を伝播する天道術。ウォルターもその術の存在は知っていたが、せいぜい数メートル程度のモノと考えていた。そしてそれ以前に、『遠当て』を使うには衝撃を伝える通路を天道術で構築しなければならない為、非常に使い勝手が悪い。


 今の連撃も天道術の通路を察知する事で、全て事前に軌道がわかっていた。だが、ウォルターは回避する訳にはいかなかった。


「ウォルター様! イオリくんが――――ゴホッ……!」


 伊織に駆け寄ろうとしたメモリアが血を吐いてうずくまる。


「おや、ちょっとばかり力加減を間違えたか? ま、良いか。多少内臓を傷めても。生きてさえいれば文句は無いだろうし……大人しくなるなら好都合だな」


 そう言うと、フルカは再び拳を引き絞る。今度は復元を終えた右拳も使うようだ。ならば、次の連撃は先程のものとは比較にならない。


「メモリア、イオリ。急がなくて良い……ゆっくりで良いから、外に逃げてくれ……安心しろ、お前達をこれ以上傷つけさせはしない……」

「ウォルター、さん……!」


 下半身を潰された伊織がどうにか身体を起こす。人体なら致命傷だがエーテルで構成されたこの身体に急所は存在しない。だが、精神を転写された肉体が破損すれば意識の破損に繋がる。身体の半分を破壊され既に意識が朦朧としてきている。


「気にするな、イオリ……! お前はさっき言った通りにすれば良い……!」


 ――――お前は何も気にせず、危険だと思えばすぐにそれを使え。


「でも、そんな……こんな状況で僕だけ……」

「うん? そっちの白いのは別にどうでも良いぞ。『哲学者の石』を持ち出されたら面倒だから足を潰しただけだ。逃げたいなら何処へなりと行くんだなァ!」


 そして放たれるホムンクルスすら容易く破壊する殺戮の連撃。

 多重展開した防御陣があっさり砕かれていくが、少し今までと様子が違う。


「ほう、防御陣に角度をつけて展開する事で衝撃を逸らしているのか……時間稼ぎにはなるが、それじゃあジリ貧だぞウォルンタース!」


 その言葉の通り、逸らし損ねたダメージは確実にウォルターに蓄積していく。


「ウォルター様……私の事など放っておいて下さい……! 私を庇わなければ……ウォルター様は絶対に負けたりなんてしません……!」

「黙れよ、メモリア……! ふざけた事を言う暇があるなら、さっさと逃げやがれ……!」


 嵐のような連撃にさらされ、じりじりとウォルターが後ずさっていく。


「戦って下さい……! 私のようなホムンクルスのために、どうしてそんな……!」

「黙れと言ってるだろう……! お前を見捨てろ……? 馬鹿を言うなよ、メモリア……お前は、俺の――――ッ!」

「礼を言うぞ、ウォルンタース! 最高の戦いだった! 冥府での再戦が今から楽しみだ!」


 とうとう逸らしきれなくなった連撃がウォルターの全身を貫いた。


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