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02

「――――あっさり見逃したと思ったらこういう事か。ま、敵地なら当然だな」


 襲いかかってきたホムンクルスの残骸を踏みつけながら、フルカが髪をかきあげている。


「――――う……ん……」


 壁にもたれかかっていたメモリアが意識を取り戻した。


「おっと、目が覚めたかホムンクルス。面倒だから逃げようなんて考えるなよ、どうせ無駄だ」

「これは――――!」


 目の前に広がっていたのは無数のホムンクルスの残骸。理由は不明だが、それらは一般の警備用ホムンクルスとは違うものだった。


「ゴルルルルルッ!」


 屋根の上から跳びかかったのは、ゴリラのような肉体の屈強な亜人型ホムンクルス。その身軽な動きと剛力は高い戦闘力を誇る――――


「オラァッ!」


 相手がその豪腕をふるうより早く、フルカの回し蹴りが首筋に叩き込まれていた。メモリアの胴体ほどもある強靭な首が、その一撃で枯れ木のようにへし折られた。


 ホムンクルスを凌駕するレベルの、常軌を逸した速さと威力を誇る一撃。

 メモリアは一目で理解した。この男は人間の枠から外れた存在なのだと。


「ったく、次から次へと……玩具をよこしてくれるのは嬉しいが、せめてもう少し楽しめるモノにして欲しいぜ。歯応えが無さ過ぎて、これじゃあまるでゴミ掃除だ」

「どうして私を……人質のつもりですか?」

「……おいおい、ホムンクルス。人質とはどういう意味だ? それじゃあまるで俺がまともにやれば負けるみたいじゃないか。それにホムンクルスが『人質』だと? 思い上がるんじゃないぞ。人並みに口は回るようだが頭の巡りは悪いのか? 分際をわきまえろ」

「あ、うっ……!」


 桜色の髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。


「『哲学者の石』の回収はイグニスレオの頼みなんでな……大人しくしていれば壊すつもりはない。だが、あまりふざけた口を叩くようなら……その舌と喉、ひねり潰しても良いんだぞ? 外見はよくできてるみたいだが……なんなら中身も確かめてやろうか?」

「ぐっ……!」


 直接触れられるだけで相手の力が尋常でない事が伝わってくる。この脅しはハッタリでも何でもない。文字通り、素手で人体を解体する事など造作も無いのだ。


「…………わかり、ました。あなたに従います」


 素直に従うとは思っていなかったのだろう、フルカは驚いたような拍子抜けしたような様子で目を丸くしている。


「クッ、ハハハッ! おいおい、どういうつもりだ? 主以外の命令をあっさり聞くとは、どういう思考ルーチンが組まれてるんだ? 我が身かわいさに主人以外に尻尾を振るとは、まるで人間みたいじゃないか! ウォルンタースが聞いたら何て言うだろうなァ!?」

「…………ッ」


 ゲラゲラと嗤うフルカを前に、メモリアはぐっと唇を固く引き結んでいる。


 自分が貶められるのは構わない。だが、ウォルターを侮辱するような言葉は我慢ならない。それでもメモリアは黙って耐える事を選んだ。何故なら、これが挑発だとわかっていたから。

 ここで激情にかられて挑めば相手は喜々として自分を破壊するだろう。頼まれ事がどうこうと殊勝な事を言ってはいるが、本人が望んでいるのは破壊行為。ただそれだけなのだ。気絶させられてからの事はわからないが、フルカの言葉からウォルターが無事である事は推察できる。なら、自分の感情よりウォルターの意思を重んじるべきだ。メモリアはそう判断した。


 そして、周囲に散らばる警備用ではないホムンクルスの残骸。これらは私的な護衛や警護に使用されるもの。つまり、議会の管理下にあるホムンクルではない。

 ウォルターは今回の件を公にする事を避けていた。それ故、議会ではなく個別の有力な商会に助力を求めていたのだ。屋敷から逃走する者がいれば身柄を確保してもらうように。


 そこまでわかれば、ウォルターが次に打つ手も予測できる。


「……なんだ、つまらん。新しいゴミが来る前にさっさと移動するぞ」


 挑発には乗って来ないと見切りをつけるとあっさり嗤うのをやめ素面へと戻った。


「……どちらまで?」


 答えは聞かなくともわかる。メルクリウスからミネルヴァに移動する手段はただ一つ。


「ゲートだ。……とは言え、お前の足に合わせてたら時間がかかり過ぎるか」

「――か、……はっ……!」


 まるで花でも摘むように、僅かなためらいも見せずにメモリアの腹部を打ち抜いた。

 意識が途絶えるのを感じながらも、メモリアに不安は無かった。必ずウォルターが助けてくれる、そう信じていた。





 深夜の街に乾いた音が響き渡る。御者が馬型ホムンクルスに鞭を入れ、飛ぶような速さでゲートへと向かっていた。


「ウォルターさん……そろそろ教えてもらえませんか? どうして僕をこの世界に召喚(と言っていいのか微妙ですけど)したんですか? 『哲学者の石』を使えば、もっと他に有意義な事が出来たんですよね?」

「そうだな……だがその前に、あいつの事を――――メモリアの母親の事を説明しておこうか。そうでないと、何故お前を召喚する事になったのか理解できないだろう」


 メモリアの母親――ウォルターの血を引くメモリアが天道術を使えないのなら、その母親は地上人なのだろう。伊織はそうあたりをつけていた。


「十年ちょっと前か……俺は自分の力を確かめるために一人で地上に降りてな。そこであいつと出会ったんだ……」

「――って事は、メモリアのお母さんは地上人なんですね。やっぱり……」

「いや、違う。地上にいたが、あいつは地上人じゃなかった……と思うが、確証は無い」

「思う? どうして断定しないんですか?」

「理由は簡単だ。あいつは天道術を使えたからな」

「えっ!? それじゃあその人は天上人なんですか? でも、じゃあどうしてメモリアは」

「あいつは黒髪に黒い瞳でな……外見はどう見ても地上人だった。だが、天上人とは比較にならないレベルで天道術を使いこなしていた。と言うか、俺が使ってる天道術もあいつのアレンジみたいなものだからな……実質、あいつは俺の師匠みたいなもんだ」

「その人とウォルターさんの天道術は普通じゃないんですか?」

「ああ。フィードの片眼鏡は覚えているだろ? 通常、天道術は何らかの道具を媒介に発動させるものなんだ。そういった道具を総称して天道具と呼んでいるんだが……あいつは天道具を必要とせずに身一つで天道術を発動させる術を知っていた。俺も今では同じ事が出来るが、本家本元はあいつだ。俺のはあいつの原理を流用したコピーにすぎない」

「え、でも……アルターリアさんは何も持たずに火を点けてましたけど」


 先程庭園で天道術による戦闘が繰り広げられていたが、ウォルターだけでなくアルターリアも特に何も持っていなかった筈だ。


「術式は衣服や装身具に仕込むケースが大半でな。『手に持つ』タイプはむしろ少数派だ。もっとも、アルターリアの場合は『魔眼』……自分の眼球に術式を埋め込んでいたがな」

「――ッ! まさか、それで……!」

「そうだ。アルターリアが眼球を抉られたのは、その中に仕込まれた術式を回収する為だ。恐らくは現在では禁術に指定され、新たに造る事が出来ないんだろう。……とにかく、あいつは天上人の常識の遥か上にある天道士だった。それだけ理解してくれれば、今はそれで良い」

「それはまあ……何となくわかりました。でも、結局その人は何者だったんですか?」

「……わからん。お前はどうだ? 何か思いつく事は無いか?」

「えっ? いや、僕に聞かれても……」

「知り合いじゃなくても良い。お前の世界にそういった事ができる人間はいなかったか?」

「いませんよ! 僕の世界には天道術なんてものは存在しなかったんですから!」

「だが、あいつはお前の世界の人間だぞ」

「――……え? すいません、今なんて?」

「どうしてお前を召喚したのかって話だったな。これが理由だ。俺は、あいつの事とこの世界の真実を知りたかった……だから、あいつの世界の人間を『哲学者の石』へと転写した……それにたまたま選ばれた――――と言うか、お前の世界の座標を指定し、その一番近くにいたのがイオリ、お前だ」

「そ、そう言えば、人の事を外れクジとか言ってたのは……」

「ああ、本当はもう少し話が通じるやつが欲しかったんだ。学者なり歴史家なり……この世界の成り立ちを考察できるような人間を呼びだせればと思ったんだが……」

「いや、ちょっと待って下さいよ! どうして僕の世界の人間がそんな事知ってると思うんですか!? 僕の世界とこの世界は全くの別物ですよ!? その人が僕の世界の人間とか言われても、信じられませんよ!」

「だが……あいつが言うには、この世界はお前の世界から派生したものだ。正直俺も眉つばだったんだが、実際に異なる世界を観測し、お前を転写出来たからな……恐らく事実なんだろう」

「派生ってどういう――――いや、確かに空中都市の街中はヨーロッパっぽいと思いましたし、なんで同じ言葉使ってるのかとかありますけど、世界が派生ってそんな無茶な!」

「俺だって全部わかる訳じゃない。そもそも、それを知りたくてお前を召喚したんだ。……結局、あいつも全部明かす前に逝っちまったしな。……つっても今思い出しても最初から全部明かす気はなかった節がある。何考えてるのかさっぱりわからんやつだったよ」

「それじゃあ、その人はもうお亡くなりになってるんですね……ちなみに、お名前は何て言うんですか? ないとは思いますけど、もしかしたら何かわかるかも」

「……病でな。名前はムリエルと名乗っていたが……これは天上語で『女』を意味する言葉だ。十中八九偽名だと思うぞ」

「そうなんですね……知らない名前ですし、そういう意味の言葉なら偽名なんでしょうね……」


 ウォルターは頷き、故人を懐かしむように天を仰ぐ。


「思わせぶりな事ばかり言って散々人を振り回したくせに、一人であっさり逝きやがった。俺には何もわからないんだ……あいつが何者なのか、この世界で何をしようとしていたのか、この世界とお前の世界がどう関係しているのか……全てわからない。だから、それを知るために『哲学者の石』を使ったんだ」


 そして今回の一件に繋がるもう一つの理由。


「それと、イグニスレオとの因縁を清算する良い機会になるだろうという計算もあった。物がなくなれば連中が俺にこだわる理由も無くなるからな」

「その、何て言うか……それって凄く貴重な物なんですよね。それを使ってしまったのに僕が向こうの世界に戻ってしまって良いんですか……?」


 もちろん、駄目だと言われても従うつもりは無い。だが、そこまでやった執念の結果をあっさり手放すのか? それがどうしても引っ掛かる。


「まあ、な……お前を失うのが惜しくないと言えば嘘になる。だが、お前はあいつと同じ世界の『人間』だ。そのお前を裏切るんじゃあいつに顔向けできん。だからお前は何も気にせず、危険だと思えばすぐにそれを使え。それで全部忘れられるんだからな……」


 伊織の懐には先程渡された元の世界に戻るための『シリンダー』がしまわれている。これを使えば、またあの当たり前の、穏やかな日常に戻れるのだ。


 屋敷で見せたフルカの力はその片鱗ですらないかもしれない。そして、屋敷の敷地外ならフルカを縛る物は何も無い。人外の域にある暴力に巻き込まれれば、この身体でもひとたまりもないだろう。


(でも……だからって、メモリアをそのままにして自分だけ逃げるなんて出来ない……! 友達を見捨てる事だけは……絶対に嫌だ……!)





「行くのだ、アルマトゥラ! 今こそフィードゥキア殿に受けた恩義に報いる時!」

「オオオオオオォォォォ!」


 主の命を受け、全身鎧のようなホムンクルスが掴みかかった。


「遅すぎる! 欠伸あくびが出るぞ!」


 フルカの回し蹴りが頭部に叩き込まれ、千切れた頭が石畳の向こうまで転がって行く。


「怯むな、アルマトゥラ!」

「――――――――ッ!」


 頭を失ったがアルマトゥラは怯まない。その豪腕がフルカを捕らえ――――


「言っただろうが……遅すぎるとなァ!」


 攻撃後の隙を突かれた筈なのに、フルカはまるでそうなる事を知っていたかのように跳躍していた。メモリアを肩に担いだままだというのに、一瞬でアルマトゥラの長身を見下ろす高さにまで達している。


「複数の『核』の匂いがするが……その程度の細工で俺に届くと思ったか!」


 上空からの踵落としがアルマトゥラを縦に両断し、着地と同時に追撃の連続蹴りが叩き込まれアルマトゥラをバラバラに解体していた。


「ぬああーーーー!?」

「『核』を増やすなど、一つの身体に複数の脳を繋げるようなものだ。かえって動きは鈍くなる。その程度の事もわからんとは、メルクリウスの天道士は間抜けなのか?」

「お、おお……アルマトゥラぁぁ……」


 自慢のホムンクルスを一蹴され、中年の男がへたりこんでいる。

 戦意喪失とみなしたのか、はたまた最初から眼中にないのか、フルカは中年の男を無視し、大きく息を吸った。


「後一匹、ホムンクルスの気配があるが……こいつは追跡用にウォルンタースが放ったものか……? 向こうから距離を詰める気は無いようだな。まあ、ミネルヴァでやりあうとなるとイグニスレオの横槍もありうる……暴れるならメルクリウスの方が色々と都合が良いか……」

 フルカは尾行するセプテムの気配に気付きながらも対応する気は無いらしい。理由は単純だ。フルカは逃げ切るつもりなど毛頭なかった。むしろ追いつかれる事を望んでいた。


「ウォルンタース……お前なら俺を満足させてくれるんだろう? なあ、五芒天道士ペンタグラム……お前なら、俺に闘争のうずきを思い出させてくれるんだろう? あの熱を、痛みを、快楽を! お前なら……お前ならば! 俺にもう一度、戦いの喜びを感じさせてくれるんだよなァ!?」


 夜空に輝く満月を仰ぎ、今にもはち切れそうな戦闘衝動を吐露している。

 ここまで無数のホムンクルスの襲撃を受けたが、その全てをフルカは生身で叩き潰していた。それもメモリアを担いだままというハンデを背負った上で。


 一際異彩を放つドーム状の建物――――他の空中都市や地上間の転移に使われる設備、ゲート。すでにそれは視界に入っている。

 そこで待ち構えているであろう好敵手の存在を予感し、フルカは猛獣が牙をむくような壮絶な笑みを浮かべていた。


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