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01

 実験室に運び込まれたアルターリアが手当てを受けている。


「とりあえず手首の縫合だな……出血さえどうにかすれば命は助かる……」

「ウォルターさん、これって……! 眼球が……!」

「抉られてるな……だがそれは培養した眼球を移植すれば何とかなる……生きてさえいれば」


 言葉をかわしながらも、ウォルターの手は淀みなく傷口を縫合していく。


「こいつはな、ガキの頃に世話してやった事があるんだよ……こいつの家――イグニスレオはミネルヴァでは名家中の名家でな……まだ五歳そこらだってのに無理な期待をかけられて……いっつもべそかいてやがった……」

「そんな子が……どうしていきなり襲いかかって来たんですか?」

「父親かベラーレ――こいつの兄な。その命令だろうよ。目的は『哲学者の石』の回収と、ついでに俺の身柄の確保って所だろう」

「『哲学者の石』……さっきのフルカとかいう人もそんな事を言ってました。ホムンクルスの材料がどうとか……――ッ! まさか、メモリアが攫われたのはそのせいなんですか!?」

「違う! メモリアにそんなものは使っていない!」


 返って来たのは意外なほどに強い否定の言葉。ウォルターにしては珍しく、生の感情を感じさせるものだった。


「あの……ウォルターさん、メモリアって本当にホムンクルスなんですか?」

「……前にも言っただろ、あいつは産まれた時からあの姿で――――」

「ええ、前にも聞きました。それを聞いて僕はメモリアはホムンクルスなんだと思いました。でも、あの時……ウォルターさん、『メモリアはホムンクルスだ』とは言わなかったですよね? 色々と教えてくれましたけど、自分の口からそうだとは言わなかった」

「……………………」

「だから一度ハッキリと答えて下さい。メモリアは本当にホムンクルスなんですか?」

「…………『人』と『ホムンクルス』を定義し隔てるものは何か……それが難しいんだ」


 しばし考え込んだ末の答えはやはり曖昧な物だった。更に言葉は続く。


「誰かに『造られた』ならホムンクルスなのか? だが、それなら胎児はどうなる? 無から発生した訳ではない以上、これも広い意味では『造られた』と言うべきじゃないのか?」


 片方の手首の縫合を終え、もう片方の縫合に取り掛かる。


「フラスコで産まれるのがホムンクルスか? だが、フラスコと子宮、どこが違う? フラスコでも子宮でも、ほとんどゼロの状態から外部の栄養を供給されて肉体を構成するんだ。両者に違いがあるのか? なあ、イオリ。お前はどう思う? 何も答えをはぐらかしたい訳じゃない。単純に、異世界の人間のお前の意見が知りたいんだ」

「僕の世界にホムンクルスは存在しませんでしたけど……ウォルターさんが言いたい事はわかるつもりです。向こうでも遺伝子操作の是非で似たような議論はありましたし……」


 ウォルターが言ったように、何かを定義するという事はとにかく難しい。自然なままの存在を定義するのは簡単だが、そこに人が手を加える事が出来るとなると途端にややこしくなる。


「でも、すいません……結局僕の世界でも、誰もが納得できる答えなんてありませんでした。僕の意見を聞かれても……正直、ちゃんと筋の通った答えなんて出せません……」

「……そうか。いや、良いんだ。質問に質問を返すようで悪かったな」


 アルターリアの手首の縫合はほぼ終わりつつあった。


「メモリアは……俺とあいつの受精卵をフラスコ内で培養して精製した。イグニスレオの目を誤魔化すために髪と瞳の色をいじり成長を促進させ、最低限の知識を与えはしたが……それ以外は何も手を入れていない。首の『刻印』もお前の顔と同じ、上から貼り付けたものだ。その気になれば何時でも剥がせる」

「それじゃあ、やっぱりメモリアは――――」

「この話を聞けば、この世界の人間の大半がメモリアは造られた存在(ホムンクルス)だと判断するだろう。俺の娘と思われて目をつけられる事を考えれば、それは好都合だから訂正する気は無い。実際、そう思わせるための『刻印』でもある。だが、俺は……少なくとも俺だけは……メモリアは俺の娘だと思ってる。メモリアは俺とあいつの娘だ。誰に何と言われようとな」

「で、でも! それならどうしてメイドさんみたいな扱いをしてるんですか!?」

「メイドの何が悪い? 下働きの知識と経験は立派な技能だ。天道術が使えない以上、あいつは天道士とは違う技術で飯を食えるようにならなきゃいけないんだ」

「いや、でも、そもそもウォルターさんの子供なら天道術を使える筈ですよね? 天上人なら天道術を使えるって前に――……え、って事は、メモリアの母親は――――」


 伊織の言葉を遮るように扉をノックする音が響いた。


「ウォルンタース殿、入って良いですか?」

「ああ、入ってくれ。手当てもあらかた終わった所だ」


 実験室の扉を開きフィードとグラティアが顔を見せた。


「俺はこれから奴を追う。お前達はここでこいつの容体を看ててくれ。念のため、トリア達はここの警備に残しておくから安全な筈だ」


 アルターリアの目にガーゼと包帯を巻き、傷口に触らないよう両手を固定しておく。


「そう言うと思って、馬車を呼んでおきました。すぐに到着する筈です」

「流石だな、グラティア――――っと、その前に、フィード。渡しておいた『シリンダー』は持っているか?」

「ええ、もちろん」


 懐から取り出した銀の筒をウォルターに手渡す。


「イオリ、この筒の中には対象を『故郷に送還する』天道術が封入されている。これを使えばお前は元の世界に戻れるんだ。それを踏まえた上で、これからどうするか。お前が決めろ」

「――――……。えっ!?」


 予想もしなかった唐突な言葉に、伊織の頭はまっ白になった。


「ああ、一月かかるって言ったのは嘘だ。お前の事情を鑑みて、一月なら我慢して受け入れると判断したんだよ。騙して悪かったな」

「は!? だって、ちょ、そんな……! えっ、冗談でしょう!?」

「馬車が来るまでにもう少しかかりそうだし、お前のその身体について説明しておくか」


 パニックを起こす伊織をよそに淡々と説明を始めている。このマイペースさ、どんな状況でもやはりウォルターはウォルターのようだ。


「何度か言ったと思うが、お前の身体は『特別製』だ。理由は二つ。一つは、お前の身体には『核』がない。――と言うか、『核』だけで構成されていると言った方が正しいか……そして、その『核』こそが超高純度のエーテル結晶体『哲学者の石』だ。つまりお前は、混じりっ気無しの純度百パーセントのエーテルで構成されたホムンクルスって事だ」

「いや、それが何なんですか!? 違いがわからないんですけど!」

「エーテルは天道術の原動力なだけでなく、万物を構成する要素でもある。そのエーテルで構成されたお前は、理論上は何者にもなれるし、あらゆる天道術を発動させる事が出来るんだ。……あくまで理論上はな」


 何度か『お前が望めば元の姿になれる』と言っていたが、それはこういう事だったのだ。


「そして二つ目の理由……さっきの理由とも少し被るが、お前の身体は『哲学者の石』……つまり、超高純度のエーテルだけで構成されている。って事は『核』が無い訳だが、お前には自我がある。だったら、その自我は何処からきているのか?」

「そ、それは僕の身体を材料にしたから――――え? あれ、でも、それじゃあ……」

「その通り。俺はお前の身体を材料には使ってない。その身体は『哲学者の石』だけで構成されてるんだからな。結論を言えば、お前の身体はこの世界に召喚されてなどいない。その身体は、お前の記憶や身体情報を転写する事で自我を形成したモノに過ぎないんだ」

「いやいやいやいや待って下さい! だったら僕の元の身体は今どうなってるんですか!?」

「さあ? 俺に聞かれても知らんよ。向こうで受験勉強とやらに励んでるんじゃないか?」

「そんな……! それじゃあ僕が元の世界に帰ったらどうなるんですか!? 向こうの世界の記憶とこっちの世界の記憶がダブっちゃいますよ!?」

「まあ、肉体の伴わない記憶なんざ軽いものだ。統合されればここでの記憶はすぐに忘れてしまうだろう。どんな鮮やかな夢も一週間もすれば思いだせなくなるだろ? それと同じ事だ。その身体も、お前という『枷』を失えば形を保てず消滅するだけだろうな」


 淡々と語られる真実に伊織は絶句していた。つまりこれまでの事は夢か何かとでも言いたいのか? そんな心境を察したのか、ウォルターが言葉を続ける。


「最初に言っただろうが、『()()()()()』と。ま、困った事に俺達にとっては紛れもない現実なんだが……――――って事で、こっから先は当事者が解決すべき問題だ。お前が手を引いた所で誰も責めんし、責められる筋合いでもない。珍しい夢を見れたと思って、ここらで向こうの世界に戻るといい。お前には、医者になるという立派な目標もあるんだからな」

「イオリくん、君が気に病む事は無いんです。君は本当に巻き込まれただけなんですから。きちんと償えない内にお別れなのは残念ですが……ここから先は本当に危険な橋を渡る事になります。戻れるうちに戻った方が良い」

「短い間だったけど、それでもあなたが優しい性格だという事くらいはわかるわ。あなたならきっと大勢の命を救う医師になれるでしょう。たとえ仮の身体でも、自我を喪失すればそれは死と同じ……相手が相手だし、そうなったとしてもおかしくないのよ?」


 事前に知らされていたのだろう。フィードとグラティアは驚く事も無く、冷静にこれ以上は関わらないよう促している。


「で、でも、メモリアはどうするんですか!? 僕が『哲学者の石』って事は、つまりメモリアは僕の代わりに間違えて連れて行かれたって事ですよね!?」

「まあ、そうなるな……だがお前は何も知らなかったんだ。それは気にするな。それより、相手はマルスの戦道士――闘争のための天道術だけを突き詰めた、戦闘狂のクソ野郎だ。しかも、奴はその最上位階級の『魔人』。考えうる限り最悪の相手だ。戦えないお前の出る幕じゃない」

「……それは、そうかもしれませんけど……! 確かに、僕はろくに喧嘩もした事ないですし……役に立てないかも知れませんけど……!」


 ウォルター達の言葉は正しい。正論だ。それは理解できる。理解できるのだが――――


「それでも、メモリアは友達なんです! 自分のせいで友達がさらわれて、それを見て見ぬふりするなんて、出来る訳ないじゃないですか!」

「――……そうか。なら、俺と一緒に奴を追うって事だな? お前はそれで良いんだな?」

「こんな身体でもウォルターさんの盾になる事ぐらい出来ます! さっきだって二階から飛び降りても全然平気でしたし!」

「――――ウォルンタース殿、馬車がきたようです」

「よし、それじゃあ話の続きは馬車でするか……覚悟を決めろよ、イオリ!」

「はい!」


 メモリアを奪還するべく、二人は実験室を後にした。そして、廊下を歩く途中。


「イオリ、メモリアのためにありがとう――――心より感謝する……本当に、ありがとう……」

「――――ッ。い、いえ、友達にお別れも言わずに帰る訳にはいきませんから……」


 真っ直ぐな感謝の言葉を贈られ、伊織は照れ臭そうにローブのフードを深くかぶり直した。


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