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04

「うわぁああ! 嫌だ! 助けてくれ! 俺は戦いたくないんだぁぁぁぁ!!」

「やめてくれぇぇ!! 痛ぇ、痛ぇよぉ、なんで俺達がこんな目に……!」


 夜の森に悲痛な叫びがこだましている。彼らは背中から八本の蜘蛛の脚を生やし、それに振り回されるように戦闘を強いられていた。背中の大脚は脊椎に寄生したホムンクルスに制御されており、彼らの意思は全く反映されていない。


「ガルルルルッ!」


 毛を伸縮させ、それを自在に操るオクトーにとって、蜘蛛の脚を千切り取る事は難しくなかった。それを証明するように、相対する二人の蜘蛛の脚が鎌状の毛により斬り落とされた。


「やめろッ! もうやめてくれぇぇぇぇ!! ぐぁぁぁぁああ!!」


 しかし、寄生ホムンクルスは宿主の生命を吸い上げ、何度でも自らの脚を再生させる。そのたびに宿主は苦痛を受け弱っていくが、そんな事はまるで意に介さない。


 オクトー達、屋敷を守る十体の犬型ホムンクルスは人を殺さないよう命令されている。それを見越していたのか、フルカが操るこのホムンクルスは護衛をひきつける時間稼ぎには打ってつけだった。敵を倒しきる事も動きを封じる事も出来ず、オクトー達は自分の持ち場から離れる事が出来なくなっていた。





「ウウウウゥゥ……!」


 屋敷正面の扉を守っていたトリアが敵の接近を感知し、全身の毛を逆立てた。

 少女の纏う金糸で彩られた真紅のローブは闇夜でも目立つ。姿を隠す気は最初からない。


「小さい身体に、幾つもの術式を効率よく織り込んでいる……これほどの完成度……この子は先生の作品なのだろうか」


 威嚇するトリアを無視するように、アルターリアは距離を詰めていく。そのままトリアの射程に入った瞬間、眩い光を放ち、雷撃が闇を切り裂いた。


「離れた相手にこれほどの電圧を飛ばすとは……凄まじいな」


 アルターリアを貫いたかに見えた電撃は、直前で不自然な弧を描き的を外していた。


「ワンッ!」

「許せ。少し傷つける」


 トリアが再度電撃を放とうとしたが、その試みは突然背中が燃え上がった事で中断された。


「キャン! キャィン!」

「――――眠れ」


 地面を転がり、火を消そうとするトリアに()()()()()が襲いかかる。()()の直撃を受け、吹き飛ばされたトリアは気を失い行動を停止した。


「圧縮した水弾……なるほどな、お前はアクアの系譜から眷属ファミリアを譲り受けたのか。水は雷を受け流す。トリアじゃ相性が悪すぎたな」


 ウォルターの考察を裏付けるように、トリアの身体は水に濡れ、背中の炎は消えている。最初の電撃も水のホムンクルスがアースのように流れを逸らしたのだ。


「――――……先生。お久しぶりです。十年ぶり、でしょうか……」

「だが、それだけじゃないな。さっきの発火現象……術を使った気配が無かったが……まさか、その瞳……イグニスの系譜が管理する財の中に『熱を操る魔眼』があると聞いた事があるが」

「……はい、その通りです。私のこの瞳に映る物すべて、燃やすも凍らせるも私の意志一つです。どうか、無駄な抵抗はやめて投降してください」

「……アルターリア、まさかお前が来るとは思ってなかったよ。ベラーレはどうした?」

「ベル兄様はミネルヴァです。ここには私が志願して参りました」

「なるほどな、師の不始末は弟子がつけるという訳か。師匠想いの弟子を持って俺は幸せだよ。子守をしてやった報いがこれとは、嬉しくて涙が出るぜ」

「ち、違います! 私はそのような事は! 私は先生を助けるために!」

「よせよ、泣き虫娘(アリー)。お前がどう聞いているのか知らんが、イグニスレオ家としちゃ面子もある。俺を許す事はできんだろう。少なくとも、お前の親父はそう思っている」

「確かに……五芒天道士(ペンタグラム)の称号を盗まれた事でお父様はお怒りでした……ですが、先生を許してもらう方法はあるんです! 私を信じて下さい!」

「だから盗んでないってのに、そこからすでに話がずれてるだろうが……まあ良い、それで? お前はどうやって俺を助けるんだ? 家に逆らうとでも? ガキが無茶言うなよ」

「先生……」

「なんだ? 勿体ぶるな」

「私と結婚して下さい!」

「ほう、結婚か? なるほど、結婚ね――――……ん? 今なんつった?」

「ですから! 私と夫婦の契りを結んでください。そうすればお父様も許してくれる筈です!」


 アルターリアは顔を真っ赤に染めている。少なくとも計略や演技ではないようだ。


「――――……ク、ククク……ハハハハ! ハーハッハッハ!!」

「せ、先生! 私は真面目に言っているのです! ベル兄様もお父様を説得すると約束して下さいました! 次期当主である兄様の言葉なら、きっとお父様も……!」


 腹を抱えて笑うウォルターに、アルターリアは頬を膨らませている。


「いや、いやいや、マジでその発想は無かったよ。俺を身内にしてしまえば五芒天道士の称号も、俺の能力も、全てイグニスの系譜に連なるって訳だ……確かに筋は通っている」

「でしたら――――!」

「……だが駄目だ」


 その言葉に先程までの嘲りは一切含まれていない。ウォルターの目はまっすぐアルターリアを見つめている。


「ど、どうしてですか!? これ以外に先生と私達が和解する方法は――――」

「わかってる。だが駄目だ。それは駄目なんだ」

「理由を……理由を仰ってください! 私に至らない所があるなら改めます! ですから!」

「俺の妻は、生涯ただ一人でいい。我が身かわいさにあいつを裏切るような真似だけは……絶対にできない。する訳にはいかない」

「え……?」

「それに、お前達が欲しがっているのは五芒天道士の称号だけじゃない。と言うか、そんなものは珍しいだけでそれほど価値のある物じゃない。お前達の本命は別だろうが」

「……………………」

「『哲学者の石』。それが狙いなんだろ? だが、残念だったな。どうせ狙われるんならとホムンクルスの材料にしちまったよ。どうだ? それでも俺と結婚するか? 『哲学者の石』無しで、ベラーレがお前の味方をすると思うか? お前の父親が許すと――――ッ!」


 不意にウォルターの正面に激しい火花が舞い散った。自動で展開した防御魔法陣が魔眼を防ぎ、ウォルターの前に壁として立ちふさがっている。


「……ずっと、好きだったのに……初恋だったのに……先生の事をいつも想ってたのに」


 虚ろに言葉を紡ぐアルターリアの双眸が妖しく揺らめく。


「……魔眼と言っても、ノータイムで発動できる天道術と思えば対処は出来る。悪いがお前には交渉材料になってもらうぞ」

「行こう、アロー……もうどうでもいい……先生なんか、もうどうなってもいい……」


 アルターリアの両袖から水の蛇が這い出した。水蛇は空を泳ぐように浮遊している。


 水蛇から無数の水の弾丸が放たれた。それはアルターリアの魔眼により熱を奪われ、鋭い氷柱へと変化しウォルターに襲いかかる。


「チッ! 水の元素のホムンクルスと熱量操作の魔眼か……厄介な組み合わせだな!」


 ウォルターが腕を振るうと地面から鉄の板が突き出し、氷柱は鉄板に食い止められた。


「……それ、弾けちゃえ……」

「――――ッ!?」


 鉄板に刺さった氷柱が不意に爆発を引き起こした。ウォルターは瞬時に足元の地面を陥没させる事で爆発を回避する。


「これは……水蒸気爆発か……! まさか、そこまで熱を自在に操れるとは……」


 圧縮していた氷柱を一気に気化させる事で小規模の爆発を引き起こしたのだ。小規模とはいえ、まともに食らえば人を吹き飛ばすくらいの威力はある。





「ウォルター様が! ああ、どうすれば……!」

「やっぱり、あれはアルターリアさんだ。でも、どうしてウォルターさん一人で……? オクトーやセプテムは何を……? まさかずっと森で戦い続けてるのか……?」


 書斎の窓からはウォルターとアルターリアが戦っている庭園を見下ろす事ができる。目に見える氷柱や水弾、そして目に見えぬ魔眼の攻撃により、ウォルターは防戦一方だ。


 水蛇のホムンクルスを操るアルターリアと、一人だけで戦うウォルター。どちらが有利かなど考えるまでも無い。本来ウォルターをサポートする筈の犬型ホムンクルスも、何らかの足止めをくらっているらしく応援に駆け付ける事が出来ない。


「せめて私がおそばにいれば――――!」

「駄目だよ、メモリア。ウォルンタース殿の言い付けを忘れたのかい?」

「でも、フィードゥキアさん! このままではウォルター様が!」

「ふーむ、メモリアはウォルンタース殿の事をわかっていないね。あの人があの程度の不利でどうにかなるとでも? まあ、見ていると良いよ。あの人の力はあんなものじゃない」

「そうですね。あまり無理をされると庭園が壊滅してしまうので、あれくらいに抑えてくれると助かるのですが……さて、どうなる事やら」


 うろたえるメモリアとは対照的に、フィードとグラティアは落ち着き払っている。考えてみれば、すぐそこまで賊に侵入されているというのに逃げ出すそぶりも見せていない。


「確かに……ウォルターさんはこの日の為に準備をしていたみたいだし……あの人の性格からしても、あっさりやられるとは思えない」

「準備……?」

「うん。メモリアが教えてくれただろう? ウォルターさんは今までずっと屋敷にこもってたって。それが急に来客に姿を見せ、さらに毎日色んな商会の人と顔を合わせてた……きっと、今日のこの時の為の準備だったんだ」


 来客に対して力を見せつけるような真似をすればその噂はすぐに広まるだろう。ウォルターが本気で姿を隠し通したいのであればいくらでも方法はあった筈だ。だが、そうしなかった。ならば、あのパフォーマンスは全て目的あってのものだと考えるべきだ。


「恐らく正解だろうね。ゲートの管理に携わってる商会と繋がりを持てば、転送されてきた人間の情報を流してもらう事も不可能じゃない。まあ、やっちゃいけない事だけど、ウォルンタース殿に貸しを作れるのなら喜んで横流しするだろうね」

「そして、ずっと消息不明だった五芒天道士が姿を見せたとなれば大きな噂になります。それこそ、ミネルヴァにまで届くほどの。イグニスレオ家の人間が直々に出向いてきたのは意外ですが、仮に雇われた人間が出向いてきていたとしても、戦闘用ホムンクルスを持ちこむような相手は目立ちますからね。すぐに察知する事が出来たでしょう」


 フィードとグラティアも伊織の意見に同意している。


「でも、どうしてそんなに急に! どうして私には何も仰って下さらないんですか!?」

「……僕もそれは不思議なんだ。もっと護衛のホムンクルスの数を増やしておくとか、メモリアに前もって伝えておくとか、準備出来る事はあった筈なのに。どうしてこんなに性急な真似をしたのか……ウォルターさんが考え無しにやったとは思えないし……フィードさんとグラティアさんは何か聞いていないんですか?」

「あ、いや……それは、何て言うか――――」


 その時、少し離れた場所から窓ガラスの割れる音が響いた。賊が館に侵入したのだ。


「――――い、いやだぁ! やめてくれぇ! 俺はそんなつもりじゃないんだァァ!!」


 狂乱の叫び声を上げながら何かが書斎に近付いて来る。


 ――――ガシャァァン!


 扉を破壊して侵入してきたのは背中から蜘蛛の脚を生やした若い男。男の手足よりも太い八本の脚は宿主の意思を無視して軽々と振り回している。


「ち、違うんだ! このホムンクルスが無理やり俺を! 誰か助けてくれよォォ!」

「さがって下さい!」


 両手にダガーを構えたメモリアが三人を守るように前に出ようとしたが、フィードが肩に手を置きそれを留まらせた。


「……館の主として命ずる。招かれざる者よ、ひざまずけ」


 普段と変わらぬ調子で、淡々と紡がれた言葉。即座に跳びかかるかに思われた蜘蛛脚は麻痺したように微動だにしない。


「た、助かったのか!? なあ、あんた――――」

「発言を禁ずる」


 フィードが命じると男は言葉を発する事が出来なくなった。まるで魚のように口をパクパクさせているが、無視して背中のホムンクルスを観察する。男の背中には球体の『核』のようなものが埋め込まれている。


「うわっ……これ、もしかして人間に寄生してるのか? ミネルヴァの天道士はなに考えてるんだ……えげつないにも程があるだろ……」

「危険なので、念のため脚は落としておきましょう」


 メモリアのダガーが光り、躊躇いなく蜘蛛の脚を切り落とした。

 しかし次の瞬間、背後の核が鈍く光を放ち、切断された脚が再生していく――――


「再生を禁じる」


 すかさず放たれた命令を受け、脚の再生は停止した。


「ど、どうしてフィードさんの言う通りになるんですか?」

「ミネルヴァの得意とする天道術がホムンクルスの精製なら、メルクリウスの得意とする天道術は『法則』の作成なの。この館、とくに中心であるこの書斎では誰も主である私達の命令に逆らえないわ。そういう法則が敷かれているのよ」

「――そうか……だから逃げようともせずにここに立てこもってたんですね!」

「うん、その通り。ただ書斎から離れるほど強制力は弱くなるんだ。だから敷地内の侵入者を追い払う事まではできない。それについては攻め手のウォルンタース殿達に任せるしかないね」

「フィードゥキアさん、背中の『核』を摘出しますか?」

「…………いや、やめておこう。見た所、かなり深く肉体に食い込んでる。無理に摘出すれば命にかかわるだろう。動きは封じているし、今はこのままにしておくんだ」

「イオリくん、メモリア。ここにいれば安全だから、私達はウォルンタース殿の勝利を信じて待ちましょう。全ての天道士の頂点と呼ばれる五芒天道士……その称号は伊達ではないわ」

「あの、役所とかに連絡して警備をよこしてもらう事は出来ないんですか? ウォルターさんが対処できるとしても、捕まえた人達を引き渡したりしないといけないんじゃ……」

「あー、うん。僕も本当はそうしたいんだけど……ウォルンタース殿は内々で処理したいみたいなんだよね。議会に介入させたらそれは難しくなる」

「すでに内々で済ませられるレベルじゃないような気が……理由とか言ってました?」

「いや、それは僕達も教えてもらってないんだ。……でも、確かに変だな。ウォルンタース殿の性格なら、喜んで事を公にしてイグニスレオに喧嘩を売りそうなものだけど……昔付き合いがあったらしいし、そのしがらみかもしれないね」

「――フィード、見て下さい!」


 グラティアの視線の先では、庭園の戦いが決着しつつあった。


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