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03

 ――――人気の無い裏通り。

 蝶々型ホムンクルスに案内されるまま、アルターリアが歩いている。伊織の忠告は覚えていたが、どうやら探し人はこの近辺にいるらしく、避けて通れそうにない。


 ――――パンッ!


 突然乾いた音を立てて蝶々型ホムンクルスが弾け飛んだ。


「――何者かっ!」


 アルターリアが反射的に身構えるが、暗がりから出てきた相手を見て警戒を解いた。


「フルカ殿! いきなり姿を消されたので何事かと思いましたよ!」

「いや、すまないね。人手を借りようと思い、交渉していたんだよ」


 爽やかな笑顔を浮かべる長身の男。その褐色の肌は見事に鍛え上げられている。


「しかし、このような事をされては困ります。このホムンクルスは借り物だったのですよ」

「おっと、これは失敬。見慣れないホムンクルスにはつい手を出したくなる性分でね。――が、借り物とはどういう事だい? まさか、素性を明かしたのではないだろうね?」

「……これは、この都市の役所に借りた人探し用のホムンクルスです。偽の身分証を提示したので問題ありません」

「なるほど、俺のために余計な手間を取らせてしまったという訳か。しかし、俺も遊んでいた訳ではないんだよ? ほら、この通り、協力してくれる約束を取り付けたのだから」

「ひぃっ!!」


 フルカに肩を掴まれ、突き飛ばされるように一人の男が前に出た。頬を腫らし、ただでさえ粗末な服は何箇所も破れほつれている。


「か、かか、勘弁してくれ! 俺達が悪かった! だから命だけは……!」

「フルカ殿……何をしたのですか!」


 咎めるようにアルターリアが声を上げるが、フルカは苦笑しながら肩をすくめている。


「よしてくれ、お嬢。先に手を出してきたのは彼らの方だ。随分と暇を持て余しているようだから、ちょいと協力をお願いしたのさ。もちろん対価も支払うし、何の問題も無い取引だよ」

「……わかりました。それで、どれくらいの人数を用意できるのですか?」

「う、うぅ……三十人くらいなら、なんとか……」

「ま、それだけいれば何とかなるだろう。――っておいおい。そんなに怯えなくても大丈夫だ。何も丸腰で無茶をやれという訳じゃない。ちゃんと戦闘用ホムンクルスを用意してやるさ」


 そう言って笑うフルカの背後には、何人もの悪漢が打ちのめされ横たわっていた。









「――すまんな、少し遅くなった」

「ウォルンタース殿、いったい何をするつもりなんですか?」


 二階の書斎に入ってきたウォルターにグラティアが険しい目を向けた。書斎にはフィードの姿も見える。大事な話があると言って二人をここに来させたのだ。


「俺が何かをする訳じゃない。あくまで()()()側なんでな」

「――される、ですか? いったい誰に何を? それは僕達にも関係があるのでしょうか」


 グラティアの視線はますます険しくなり、フィードは首を傾げている。


「まあ、そうだな……一言で言えば、恐らく今夜ここを襲撃される。敵の目的は俺だ」

「なッ!? どういう事です、ウォルンタース殿! いったい何をしでかしたんですか!」

「落ち着け、グラティア。これは逆恨みのようなもので俺に非がある訳じゃない。だが、フィードとお前にとってはとばっちり以外の何物でもない。だから、選べ」

「選べ、とは?」

「敵に俺を差し出すか、それとも敵の要求を拒むか、だ。もし要求を拒めば戦闘になるだろう。恐らく屋敷も被害を受けるし、最悪の場合、お前たちも無事ではすまない」

「……仮にウォルンタース殿を差し出した場合、あなたはどうなるんですか?」

「ま、確実に殺されるだろう。五芒天道士ペンタグラムの地位をかすめ取ったとか難癖つけられてな」

「なら迷う事はありませんよ。僕達は一蓮托生なのだから、当然あなたを守ります。君も同じ意見だろう? グラティア」

「……まったく、もう……あなたを雇い入れると決めた時から、この程度のトラブルは想定済みですよ。どうせあなたの事だから勝算はあるんでしょうし、必要なら議会に警備を要請する事も出来ますから」

「いや、できれば内々で処理したい。議会の介入を許せば事が公になる。それでは都合が悪い」

「色々と事情がありそうなので、それについては構いませんが……それで、相手は何者なんですか? あなたが私達にわざわざ確認を取るくらいですから、それなりに厄介な相手なんでしょうけど」

「……敵は、第三空中都市ミネルヴァのイグニスレオだ」

「えっ!? ちょっと待って下さい、それって――――」

「ああ、その通り。ミネルヴァの四大名家の一つ、イグニスの直系に連なるものだ」

「冗談でしょう? いったい何をしてそんな名家を怒らせたんですか?」


 別の空中都市に住むフィード達ですら、ミネルヴァの四大名家の存在は知っていた。火水風土の四元素をそれぞれ司り、その天道術は常人のそれを遥かにしのぐと。


 中でもイグニスレオ家は四大名家の中でも中心的存在と言われ、その能力や権力は飛びぬけているらしい。普通なら、怒らせるどころか関係を持つ事すら難しい相手だ。


「昔、そこの娘の家庭教師を務めていた事があってな。一時期イグニスレオに出入りしていたんだが……それが不味かった」

「まさか娘さんに手を出しちゃったんですか!? そりゃあ怒りますよ――――」


 ――――ゴツン!


 無言で拳骨をお見舞いされ、フィードが頭を押さえてうずくまる。


「その後、地上に降りた俺は……とある天道術を成功させた事で五芒天道士と呼ばれるようになったんだが……どうやらその天道術はイグニスレオでも考案されていたものだったらしく、俺がその理論を盗んだと見なされた訳だ。そうでもなければ二十にも満たない小僧に出来る訳が無い、とな」

「いや、待って下さい。理論があるならイグニスレオも同じように使ってみせれば良いのでは? それとも五芒天道士には人数制限でもあるんですか?」

「ああ、お前の言う通りだ、グラティア。五芒天道士に人数制限があるとも思えない。普通に考えればそうなるんだが……その天道術は俺が行使した時点で、ユピテルによって禁術に指定されたんだ。それで怒り狂った連中のせいでミネルヴァに住む事すら難しくなってな、地上での隠遁生活を強いられてたって訳だ。これが逆恨みじゃなかったら何だというんだ」

「……なるほど、ウォルンタース殿が地上に住んでいたのはそういう事情があったんですね……いや、僕もどうして不便な地上に住んでたのか疑問でしたけど、これで納得がいきました」


 親の代で没落し、もう後が無かったフィードは噂で聞いた腕利きの天道士を探すために地上に出向いた。そしてウォルターとメモリアに出会ったのだ。


「それにしても、成功させるだけで五芒天道士の称号が与えられるなんて、どんな凄い天道術だったんですか? ウォルンタース殿には色々と逸話がありますけど、やっぱり一番有名な『島崩し』ですか?」

「島崩し、か……あれはそういう風に言われてるらしいな。だが、あの術は本来島を消滅させるためのものじゃなかった。島を消してしまったのは俺が制御を失敗しかけたせいで、本来の目的は別にあったんだ」

「そうなんですか? では、本来の目的とはいったい――――って、聞いて大丈夫なんですか、この話」

「ああ、構わん。今回の一件と全く無関係という訳でも無いしな……あの術は本来、空気中のエーテルを取り出すものだったんだ。だが、俺はその制御を失いかけ、島ごとエーテルに変換してしまった……完全に制御に失敗していたらどこまで消滅していたか、俺にもわからん」

「……とんでもないですね……そりゃあユピテルも禁術に指定しますよ」

「そして、その結果俺が手に入れたのは、超高純度のエーテル結晶体。お前達もおとぎ話で聞いた事があるだろう。あらゆる願いを叶えると言われる、通称『哲学者の石』だ」

「なっ!? 本当なんですか、それは!? いや、しかしあらゆる願いを叶えるって……現実にそんな都合の良いモノが存在するとは……」

「まあ、使い方次第で世界をぶっ壊す事も出来ただろうな。実際、イグニスレオが俺を狙うのも、これを手に入れるためと考えて間違いない。天道士にとっては至宝中の至宝だ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 世界をぶっ壊す事も『出来た』って、何で過去形なんですか? ま、まさかとは思いますが……」

「ああ、もう使っちまったんだ。イグニスレオにはざまぁ見ろと言ってやりたいね」

「使ったって……いったい何に!? そんな、世界を壊せるようなマテリアルを何に使ったんですか!?」

「なんだ、お前達も知ってるものだぞ? それはな――――――――」


 それを聞いたフィードは、うーんと呻くと意識を失い崩れ落ちた。





「お帰りなさいませ、ウォルター様!」

「今日は早かったんですね――――ってフィードさん、どうかしたんですか?」


 フィードはソファーに横になり、額には濡れタオルが置かれている。


「気にしないで、イオリくん……ちょっと、何と言うか……ショックを受けて寝込んでいるだけだから……」


 珍しくグラティアも疲れた表情を浮かべている。


「大した事が無いなら良いんですけど……あ、そうだ。ウォルターさん、昼間の事を説明して下さいよ。どうして僕達を尾行するような事をしてたんですか?」

「尾行というか護衛だったんだが……その件で話があるからお前達を呼んだんだ。もうすぐ賊が夜襲をかけてくる筈だから、お前達はここで待機しておく事。良いな?」

「はい、わかりま――――って何言ってるんですか! 賊って何なんですか!?」


 素直に頷きかけ、慌てて声を上げる。


「ウォルター様に何があろうと、私がお守りいたします。どうか御安心を」

「……メモリア、お前とイオリはここでフィード達を守れ。賊は俺とトリア達で迎え撃つ」

「ワンッ!」


 ウォルターの足元でじゃれついていたトリアが元気よく吠え声を上げた。


「ま、待って下さい! わ、私は、ウォルター様のおそばに――――」

「駄目だ。これは命令だ。それとも、俺の言う事が聞けないのか?」

「け、決してそのような事は! で、でもウォルター様に何かあったら私は……!」

「メモリア、命令を復唱しろ。お前に与えられた役目は何だ?」

「ッ……ここで……フィードゥキアさんと、グラティアさんを……お守りする、事です……」

「理解しているなら結構。ここは任せたぞ」

「ウォルターさん、その賊っていうのは……もしかしてお昼に僕達が会ったアルターリアさんと関係があるんですか? もしそうなら、どうして彼女がメルクリウスに来ている事を知ってたんですか? もしかして、ここ最近接待とか言って出歩いてたのは――――」

「待て待て待て、そういっぺんに聞かれたんじゃ答えられないだろうが。……だが、まあ、お前の推測で八割がた当たってるだろうがな。まったく……お前が最初からそんだけ頭を回してくれてれば、もっと違うやり方もあったんだが」

「最初って……! いきなりこんな身体にされて冷静でいられる訳が――――」


 突然何かがぶつかる音と木が倒れる音が響き渡った。そしてそれを契機に、屋敷の周りの森から一斉に争う音が響き始める。


「……来たか。ま、予想通りだったな」





「おや、不意を突いた筈なのにしっかり出迎えられたのか。まあ、相手の庭に乗り込むんだ。察知されるのは当然か」

「フルカ殿、余計な犠牲を出してしまっては纏まる話も纏まりません。奇襲による無力化に失敗した以上、一度彼らを退かせるべきでは?」

「その心配はいらないな。この屋敷の人間は家主の二人とウォルンタース殿の三人だけだ。彼らにも人間は傷つけないように伝えているし、ここは戦闘を続行させるとしよう」

「わかりました。……しかし、雇った彼らにそれほどの戦力を期待できるのですか?」

「彼らには時間稼ぎにうってつけのホムンクルスを用意してあげたから心配無用だ。それよりお嬢、君もそろそろ行くかい? 今なら護衛のホムンクルスは彼らとやりあっていて手が離せないだろう。ほら、ちょうど屋敷の正面が空いている」

「……言われずとも、正面から堂々と行くつもりです。フルカ殿はどうされるのですか?」

「俺は指揮官だからね。まあ、戦況次第でなんとでも」

「私が先生の身柄と『哲学者の石』を回収したら、すぐに戦闘を停止させて下さい」

「わかっているとも。期待しているよ」


 林道を抜けた先に見える屋敷へと向かい、アルターリアは足を踏みだした。


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