~第九章~
「この度の事、本当に良かったですね。おめでとうございます、兄上。僕は兄上を誇りに思います」
セラフィナイトによく似た面差しの青年は、満面に笑みを浮かべて嬉しそうにそう言った。
リューシャイト・シャモスはセラフィナイトの三つ年下の弟。
シャモス家の三男坊、末っ子だった。
嫡男である十歳年上の長兄は天才的な商才を持ち、父親の片腕としてシャモス家を盛り立てていた。
兄の代になればシャモス家はもっと大きくなる。
“シャモス一族は安泰だ”とリューシャイトは常々思っていた。
それ故に、次兄であるセラフィナイトの才を惜しいと子供心に痛切に感じていたのも事実だった。
十歳年が離れ、リューシャイトが物心ついた時にはもう、父の仕事を学ぶ為にほとんど家に居なかった長兄より、常に自分の傍に居て、その上、文武両道に秀で、その頃すでに周りの大人たちに敵う者は居ないほどの剣の腕前を誇っていた次兄は、リューシャイトの憧れそのものだった。
その剣の腕をラピス女王に買われ、シェルの守役にセラフィナイトが選ばれた時『兄上の才が王家に認められた!』と我が事のように喜んだリューシャイトだった。
やがてシェルの側近筆頭に抜擢され、四天王最強と呼ばれるようになったセラフィナイトは、リューシャイトの自慢であり、目標であり『僕も兄上のようになるんだ!』と自分を奮い立たせて、学問に武術にと勤しんでいた。
「何年か前に兄上のお陰で一度だけシェルタイト様に御目通りをお許し頂いて……“王子殿下”だと存じ上げてはいても、思わず『綺麗な姫君だなあ~』って思った事を、シェルタイト様の戴冠式の時に思い出しましたよ。戴冠式の後、バルコニーに出られたお姿を遠目からですが拝見させて頂いて、あの頃よりも遙かに麗しくなられたなあ~って」
「…………」
リューシャイトの言葉を聞きながら、そういう事を誰憚る事なく言える弟が、セラフィナイトは羨ましかった。
「そのシェルタイト様に……あっ、もう“国王陛下”とお呼びしなくちゃいけないですね。一番信頼されている臣下なんですよね、兄上は! 兄上の能力と忠誠を陛下がお認め下さったからこそ、このシューレンベルグ家と伯爵位をお授け下さったんですから」
「……お前も、そう思ってるんだな。そうだな、これはやはり……喜ぶべき事なんだろうな」
「えっ? 兄上は、嬉しくはないのですか? 兄上が陛下に心酔されて、全てを捧げられていた事は知っています。確かに陛下の側近ではなくなったのは残念な気もしますが、やはり男なら領主として一国を治めてみたいと僕は思いますけど」
「…………」
(そう、確かにかつては私にも野心があった。シェルタイト様の守役に抜擢された時、これはチャンスだと思ったのは事実だ)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日は朝から晴れていた。
それまでの三日間、降ったり止んだりのぐずついた天候が続いていたから、それは、久しぶりの晴れ間となった。
ノンマルタスの都の天候は地下に存在するユーディア・ライトのメインコンピューターが管理している。
王室の重要な式典等の場合を例外として、都の天候は遙か昔に設定されたプログラムに基づいてランダムに運行されていた。
天候は人の都合で変えられるものではない――というのが基本的な考え方だったからだ。
――シェル、タイトさ……ま――
誰かに呼ばれたような気がした。
(セラフィ……ナイト?)
一瞬シェルはセラフィナイトが自分を呼んだのかと思った。
しかし、そんな筈はない。
空耳かとも思ったが、何故か胸騒ぎがする。
その胸騒ぎは時間が経つ毎に激しくなっていった。
「陛下! 大変ですっ! シューレンベルグ伯が……っ!!!」
「……っ!!?」
その知らせがシェルの許に届いたのは、それから三時間ほど後の事だった。
セラフィナイトのシューレンベルグの家督継承と伯爵位の授与は、シャモス一族にとってもこの上ない栄誉なので、一族をあげて盛大にお祝いしました。
セラフィナイト的には不本意なんですが、主役なので出席しない訳にはいかないですしね。
リューシャイトはブラコンなので勿論、凄く喜んでたんですが……彼はこの時、他の町に留学していて出席出来なかったので、お祝いが遅くなった事を申し訳なく思いながら、留学を終えて帰郷する際にシューレンベルグ家に立ち寄ったのです。
セラフィナイトにはもう一人、既に嫁ついでますがお姉さんがいます。
シャモス兄弟はみんなそれぞれに出来がいいんですよ。
勿論セラフィナイトは容姿でも学問でも身体能力でも、兄弟の中で群を抜いてましたけどね。