~第八章~
「セラフィナイト! シューレンベルグを立て直す為にお前が東奔西走してるのは分かる。でも、くれぐれも無茶はするな」
「私は別に無茶な事をしているつもりはありませんが……」
「嘘をつくな! 屋敷の者が心配してた! 食事も碌にとってないんだろう? 夜だって遅くに帰って来ても、ずっと部屋に灯りが点いてるって言ってた! きちんと寝てるのか!?」
(少し痩せた? 顔色だって悪い)
「そんなんじゃ、身体がもたない!!」
「私は貴方の『領地を治める事に専念しろ!』というご命令を、忠実に遂行しているだけです」
「俺は寝食を忘れてやれ……なんて言った覚えはない!!」
「経緯がどうであれ、結果が伴えば文句はない筈です」
「…………」
シェルにはセラフィナイトの言葉が信じられなかった。
シェルにとってセラフィナイトは守役であり剣の師匠であり兄であり、最も信頼する臣下だった。
セラフィナイトの言葉は何時も正しかったし、シェルにとって耳に痛いような言葉も時にはあったが、それは自分の為を思って言ってくれている言葉だと分かっていたから素直に受け入れる事が出来た。
しかし、今のセラフィナイトの言葉はそれとは明らかに違う。
確かに会った直後から違和感は感じていた。
自分の言葉がセラフィナイトを素通りしていくような、そんな焦燥感。
言葉が、想いが……伝わらない!
このままではセラフィナイトを失う!
……とシェルは直感的に思った。
セラフィナイトの心を繋ぎとめる為には自らの本心を伝えるしかない事も分かっていた。
けれど、それは出来ない!
それだけは、出来ない!!
(譬え、お前の心を失う事になっても……俺はお前を護りたい!!)
「そうか、職務の邪魔をしてすまなかった。でも、これだけは言っておく。身体を大切にしろ。決して無茶な事はするな」
そう言うとシェルは踵を返した。
背後にセラフィナイトの視線を感じてはいたが振り向かなかった。
振り向く事は、出来なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セラフィナイトはそのシェルの後ろ姿をずっと見つめていた。
シェルの姿が見えなくなっても暫くその場を動く事が出来なかった。
シェルが、ただ純粋に自分の身を案じて此処まで来た事は分かっていた。
それが既に“国王”という地位に就いているシェルにとってどんな困難な事かも分かっている。
シェルの気持ちは嬉しかった。
けれど、それはセラフィナイトの傷を更に広げる結果にしかならなかった。
セラフィナイトが一心に領地を治める為に奔走しているのは、それがシェルの命だから……だけではない。
それ以上、他の事を考える余地がないくらいに何かに打ち込んでいなければ、自分を律していく事が出来ない。
シェルの事を考えないようにする為に。シェルを忘れる為にっ!
セラフィナイトは我が身を削るように職務を全うしていたのだ。
しかし、それは虚しい努力でしかなかった事をセラフィナイトは痛感していた。
シェルの声を聞いただけで、シェルの姿を見ただけで……セラフィナイトの心臓は張り裂けんばかりだった。
――誰よりも貴方を愛しています――
そう叫んでシェルを抱きしめたかった。
だが、それは出来ない。
あの公の場で……
大臣や大貴族の歴々が居並ぶ前で!
シューレンベルグ家の家督の継承と伯爵位の授与を辞退し、シェルの側近で居させてほしい――と申し出る。
それがどんな危険な事かは承知していた。
(それでも貴方の傍に居たい。貴方を愛している……という私の想いを、貴方は受け入れては下さらなかった。貴方の愛を得たい等という大それた望みを持っていた訳ではない。ただ貴方のお傍に居られれば、貴方をお護り出来れば……それで良かった。けれど、それすらも許されなくなった私は……)