~第七章~
「セラフィナイトっ!」
その声を聞いた時、セラフィナイトは一瞬我が耳を疑った。
(そんな筈はない。あの方がこんな処にいらっしゃる筈が……)
だが、聞き違える筈もない。
セラフィナイトはまるで吸い寄せられる様に背後を振り返った。
「シェルタイト様……っ!」
その場所は深い森の奥にあった。
薄暗い森の中に木々の間から木洩れ陽が差し込む。
その陽の光を受けて輝く緑がかった碧い髪。
久しぶりに見たシェルの姿は二ヶ月前より更に美しかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セラフィナイトは荒れた土地を開墾する為の足がかりとして、その近くに拠点となる施設を建設しようとしていた。
この日は、その下見に訪れていたのだが、その場所は決して容易に来られるような場所ではなかった。
「何故、こんな処に貴方がいらっしゃるんですか?」
「此処が土地を開墾する為の拠点になるんだな」
「屋敷に行かれたんですか?」
「ああ、此処の事も教えてもらった」
「…………」
セラフィナイトは屋敷の者への同情を禁じ得なかった。
何の前触れもなく、しかもたったお一人で“国王陛下”が訪ねていらした。
その時の屋敷の者たちの驚天動地ぶりが目に浮かぶ。
シェルは確かに昔から“王子殿下”らしくはなかった。
供も連れずに出歩く事も日常茶飯事だった。
このノンマルタスの都にシェルに仇なす者も敵う者も存在しないが、それでも流石にそれは王都レムリアン・シードの中に限られていた。
供も連れずに王都から出る事はラピス女王が許さなかったからだ。
故に王都の者は馴れっこにはなっていたが、こんな田舎町でそんな事態になったら驚かぬ者は居ないだろう。
「貴方はご自分が“国王陛下”だという自覚をお持ちですか?」
「あ、ああ……。シューレンベルグの者には悪い事をしたと思ってる」
シェルは申し訳なさそうにそう答えた。
自分が訪ねた時のシューレンベルグ家の者たちの慌てぶりに、逆にシェルの方が驚いたからだ。
「此処にも一緒に来るってきかないから、断わるのに苦労した」
「何故、断わる必要があるんです? 供をさせればよかったものを。お一人でこんな処に来られるなんて! 貴方にもしもの事があったら……」
「お前が一人だって聞いたから! 俺はお前と二人きりで話がしたかったんだ!」
「……っ!?」
およそ“国王”らしくないシェルの行動を諌めるつもりだったが、意外なシェルの言葉にセラフィナイトは思わず言葉を詰まらせてしまった。
「…………」
(あの授与式でのお言葉が、貴方の本心ではない事くらい分かっています。けれど、それが本心であろうとなかろうと、私はもう貴方のお傍にはいられない。その事実は変わらない)
「そんな事をお気に病む必要はありません。貴方は“王”なのですよ。一臣下のことを一々気にかけていたら、御身体が幾つあっても足りません。私の方こそ、貴方の御心を踏み躙るような真似をして申し訳なく思っています」
「いや、それはいいんだ。俺もやり方が強引過ぎたと反省してる。でも、俺はお前の事を“一臣下”だなんて思ってない! お前が俺の側近であろうがなかろうが、“最も信頼している臣下”である事に変わりはないんだ!!」
「…………」
今のシェルにはそう言う事しか出来なかった。それが精一杯だった。
けれど、“最も信頼している臣下”――そのシェルの言葉が逆にセラフィナイトを追い詰める。
――そう、私は貴方にとって“臣下”にすぎない。
それ以上には決してなれないのだ――と。